囚われ身の怪盗５ （後） 誰もいない部屋の中で、七海は机の上に残った湯飲みを冷ややかな目で見下ろす。 たった今まで、この湯飲みを使っていた少年がいたのだ。この、部屋の中に。 存在を無視するなんて我ながら子供じみたことをしているという自覚はあったが、それでも無性に腹がたって、普段の笑顔を向けてやることさえ出来なかった。 こちら側の気持ちなどまったく知らずに快感を得るためだけに抱かれにきて、薬で酔ったような〝告白〟の言葉をおいていった小悪魔にも似た少年。 どこまで人を馬鹿にして、どこまで人を惑わせるのか――少年が本当に計算づくでそうしているわけではないだけに、許しがたかった。 そんな自分の気持ちを納得させるには足りないけれども、それでもささやかな意趣返しにひそかに喜びを覚えていた。 ここに来てからずっと、自分の一挙手一投足を見守っていた少年。自分のかすかな表情の変化をその目で逐一うかがって。 自分の態度を目で追い、それに落胆していた少年の顔は、こちらをなんとも言えないほど心地よい気分にさせてくれた。 そんなふうに、自分の罪深さをもっと思い知ればいいのだ。 カラリと保健室の扉が開いたとき、七海は頭の中を占めていた思いをわきに置き、とっさに笑顔を浮かべていた。 体調をくずしたか、けがをした生徒がやってきたと思ったのだ。 「こんにちは」 だが、その笑顔が途中で強張った。 部屋に、入ってきたのは。 今まさに頭の中を占めていた少年――空、だったのだ。 「･･･忘れ物ですか？」 先ほどのお茶のあとを片付けるために、との体を装って、七海は空に背を向けた。陶器と陶器が触れ合う音が、静かな保健室に響く。 「そう、忘れ物をしたんだ。すっげぇ大事な忘れ物をさ」 「ここにはなにもないみたいですけど？ 他のところを探したほうがいいんじゃないですか？」 「違う･･･ここにしかねえ、忘れ物なんだよ」 「そうですか。じゃあ私が探しておきますよ。見つけたら寮のほうに届けますから」 暗に、だから今は帰れと言っている七海の言葉に、空の心の中が灼熱する。 胸に湧き上がった想いのままにドアを叩きつけるようにして閉め、そうして空は叫んだ。 「なんで七海ちゃん、オレのこと避けるんだよっ!? さっきだって祭とばっか話してて、オレのことなんか全然見もしなかったじゃん。なんでオレのこと視界にさえ入れてくれねーんだよ!? オレ、七海ちゃんと目が合うだけでも嬉しいのに！」 「それは･･･羽柴くんの被害妄想なんじゃないんですか？」 くすりと、声に笑みをにじませて。 七海が呟いた。 空は顔を赤くさせ、強引に七海の腕をとって自分のほうに振り向かせる。 「七海ちゃん！ オレの被害妄想なんかじゃないのは、七海ちゃんが一番よくわかってんだろ!? 七海ちゃんにとってオレの気持ちなんか迷惑かもしんねえけど、でも、避けないでほしい。もうオレのことなんかどうしたっていいから。七海ちゃんの時間をもらえるなら、オレのこと好きなように扱ってくれてもかまわねえからっ！ だからあんなふうに避けたりなんかすんなよっ」 「――迷惑？ ええ、迷惑ですね。セックスを覚えたての子供になんかなつかれたくないんです。そりゃあたまにはって思って私も遊びましたけど、結局、面倒なんですよね子供の相手なんか」 七海の冷たい声に、空の腕から力が抜けた。それを見てとり、七海がその手をふりほどく。 そうしてはすに構えた目で改めて少年を見やった。 「抱いてもらいたいのなら他の相手を探してください。――そうじゃない用件なら羽柴くん、いつでもお茶を飲みに来てくださいね？」 「――」 最後だけ、七海はいつものやわらかい微笑みを浮かべてみせた。生徒に向けるような、温和で、優しい微笑みで。 意図して向けられたその残酷な笑顔に、空は七海の本心を垣間見る。 こんなときにこんな笑顔を向けられるほど、七海は、自分のことをなんとも思ってはいないのだ。むしろ、本当に疎まれているくらいで。 「･･･オレは七海ちゃんしかほしくねーよ。七海ちゃんに触れられないんなら、誰にもされたくない」 空の唇から、押し殺したような低い声がこぼれた。 認めてしまうのはひどく、せつないことだったけれど。 それでもこれが事実なのだと、空は諦めにも似た気持ちで理解した。 「七海ちゃんはオレのことをちゃんと見ていないんだな。オレが誰にでもカラダをひらける人間だと思ってるんだ？ 快感だけがほしくて、七海ちゃんに抱かれにきたと思っているんだ･･･」 ずっとどのときも、七海はそういう目で自分を見ていたのかもしれない。 確かに催淫剤を飲んで七海の元を訪れたときの様子ではそう誤解されても仕方がなかったかもしれないが、それでも自分は言葉の端々で気持ちを伝えていたように思うのに。 届かない、心。 体だけ重ねても、彼の心までは。 空は皮肉げに唇を歪めた。 「いーよ、七海ちゃんがそういうふうに思ってんなら。･･･オレ、もう一生誰ともヤんねえから」 淡々とした口調でそう言うと、空は七海に背を向けた。 保健室を出て、後ろ手でドアを叩きつけるように閉める。そのあと少年は全力で廊下を駆けだした。 七海の目の前で、大きな音を立ててドアが閉まった。 そのドアが、七海がいる場所と少年がいる場所とを遮断する。目の前にあるのは少年の背中ではなく、いつも見慣れた保健室のドアだけだった。 そんな七海の耳に、廊下を駆け去る少年の足音が聞こえていた。 いつかもそうだったと、七海は数日前のことを思い出す。 あのときも、少年はこの部屋を飛び出していったのだ。そのあとを、彼の親友である少年が追いかけていった。 そして自分はあのときも、ずっとここにとどまっていただけだったのだ。 ――そして、今も。 しばらくその場に立ち尽くしていた七海だが、軽く吐息をつくと、閉められたドアに背を向けた。先程、湯飲みの片づけが途中のままだったことを思い出す。 湯飲みを流しに運びながら、あんな形でこの部屋を飛び出した以上、少年が自主的にここに来ることはもうないだろうと冷めた気持ちでもって考えた。少なくとも数日間はここにも来ないだろうし、他の場所でもまともに顔を合わせることもないだろう。 そうなって初めて、自分は安心できるのかもしれない。 これ以上、無邪気で残酷な子供に振り回されたくない気持ちがあった。 少年はここには来ない。 少年は、もう自分を煩わせない。 彼はこれから放課後の貴重な時間を、別の誰かと過ごすために使うのだ。 自分の、知らないところで。 そんなことを考えた七海の脳裏に、数日前夢見心地で呟いていた少年の声が不意に思い出された。 ささやきにも似たやわらかい声が、一つの意思をもって七海の心に響いてくる。 『七海ちゃんが、好きだよ・・・』 「――」 それが、錯覚だとしても。 たとえそれがまだ本当の恋を知らないからこそ口に出来る言葉だとしても。 快感と薬に浮かされてたまたま呟いた言葉だったとしても。 それを利用すれば、あの手をふりほどかなくてもいいのだ。少年を自分だけに向けさせることが出来る。 そして七海は自分が少年に対する腹立たしさで、肝心なことを心の奥に閉じ込めていたことに気づいた。 少年の気持ちがどうであろうと。 ･･･自分の、心は。 窓の外からは放課後を満喫する生徒たちの喧騒が聞こえる。天上には澄みきった青空が広がっており、空の心とは裏腹な穏やかな風が、少年の青い髪をなびかせていった。 はあ･･･と、少年の唇から何度目かの重い溜息がこぼれた。 特別棟四階の廊下である。 空は保健室を飛び出してから目的地もなく走り回り、いつの間にかここに来てしまっていたのだ。いつかこの窓から下を見下ろしたように、空は窓枠に腕をついて見るともなしに外を眺めていた。 頭の中に浮かぶのは柔和な顔立ちの青年と、その青年から今さっき向けられた冷たい声。 青年のことを想ってわきあがる愛しい気持ちも、すぐさま鋭い痛みに取って代わった。 「ちぇ･･･。七海ちゃんのバカ。あんなにはっきり言うことないじゃん･･･」 迷惑だとか面倒だとかいう言葉で、手加減なしにばっさりと切り捨てられたような気がする。あれのどこが、「優しい保健室のセンセイ」「かわいい七海ちゃん」なのだろう。学園内に広がっている七海についての認識は、大きく間違っていると空は思う。そもそも「かわいい七海ちゃん」ならこの冷たい態度以前に、あんな意地の悪い抱き方はしないはずだ。 ･･･それでも、そんな彼の本性を知ってさえ･･･知ったからこそ、こうして自分は囚われてしまっているのだが。 胸の奥がつきりと痛くなる。 そう、彼の素顔を見てしまったからこそ余計に惹かれているのだ。 単に普通の生徒のように優しい笑顔を向けられていただけでは、こんなに惹かれなかったはずだ。 なのに。 「しかもお茶を飲みに来たかったらいつでも来ていいなんて、そんなの生殺しじゃんっ。七海ちゃんが目の前にいるのに他のやつらと同じ笑顔を向けられて今までどおりに話せて･･･そんなの、もう、むちゃくちゃきついだけじゃん」 その笑顔を見て声を聞いたら、もっと、と思ってしまう。 もっと自分のことを相手にしてほしいと。 なのにいつもはたわいなく笑いかけてくれるくせに、そういう話になるときっと七海は一転して手を引くのだ。ほしいのに与えられない。諦めようにも、目の前でその存在をちらつかされて。 そんなことになったら、また泣いて保健室を出ていってしまいそうだった。 元はと言えば七海がいけないのだ。 この体に、心に、七海という存在を植えつけたのは七海の方なのだから。 「ったくもう･･･。これからどうすればいいんだよ･･･っ」 また七海を想いながら一人で、なんてせつなすぎる。けれどもう、気持ちはそんな簡単に切り替えられないのだ。 七海を忘れることも出来なければ、他の人間を想うこともできない。 「こうなったらやっぱり諦めずにまとわりつくしかないか･･･」 長期戦を覚悟して。多少邪険にされてもあしらわれてもへこたれずに。 多分、少しは七海だって自分を他の生徒と同じようには扱えなくなっているだろうと空は推測する。二度の体の結びつきがそうはさせないはずだ。 七海だって自分を見て〝その気〟になり、この体を求めてくれたのだ。そのことを七海自身の記憶は勿論、体だって思い出さずにはいられないはずだ。たとえばこの先ふたりっきりになったら、七海の理性が揺らぐときがあるかもしれない。 もしくはたとえ七海本人が意識しなくても、そのときは自分が体を重ねたときのことを思い出させてやるまでなのだ。 だから、ここで本当に諦めたりはしないのだ。 そんなに簡単に割り切れる想いではないから。 そう、空が自分を奮起させたとき、だった。 少年の後ろで。 小さな靴音が聞こえた。廊下で足を止めた音が。 そして、声。 「――私は、独占欲が強いんですよ？」 声ににじむかすかに乱れた呼吸。それを整えながら。 「本当は、他の人間と口をきくのだって制限したいくらいなんですよ。友達であれ、後輩であれ、教師であれ･･･だれにもその笑顔を向けてほしくはないくらいなんです」 「――」 どくんと、空の心臓が大きく脈打った。 「大人ぶってはいても全然大人じゃなくて、これからも感情的になって羽柴くんを困らせるだろうし、そのせいでまたあなたを傷つけてしまうかもしれない。そういう人間でもいい･･･ですか？」 「――いやだって言ったら？ オレが、そんなんだったら七海ちゃんなんかもういらないって言ったら、七海ちゃん、どうする気だよ!?」 叫んで、空は振り向いた。 空の目の前に、先ほど振り切って離れたはずの七海が立っていた。 その姿を見ただけで、空は自分の視界が歪んでしまいそうな気がした。追いかけて、きてくれたのだ。･･･まぎれもなく。 ここに七海が立っていることがなかば夢のように感じられた。 その少年の目の前で、七海が目を伏せた。 空の心に芽生えた喜びの中に、たちまち暗雲がかかる。 七海がここにいるのが信じられなくて、思わず七海を試すようにあんな言葉を口走ってしまったけれど、失敗、だったろうか。せっかく自分の前にいるのに、七海はここで自分から手を引いてしまうのだろうか。 なにも言わずに、ただその人をつかまえればよかったのだろうか･･･？ 七海の答えを怯える空の前で、だが七海は次の瞬間毅然として顔を上げた。 「そのときは、今度は私が羽柴くんを追いかけます」 「･･････っ」 「羽柴くんにまとわりついて、羽柴くんを口説いて、いつか羽柴くんの頭の中を私のことだけでいっぱいにしてみせます」 「――」 七海の目が空だけを捕らえる。真正面から見返しても、もう七海は空の視線を避けたりはしなかった。 「～～～～んなのとっくに、オレん中なんて七海ちゃんでいっぱいになってるよ！！」 勢いよく窓から離れて、空は目の前にいる青年に手を伸ばした。その腕をつかみ、自分の身を寄せる。 青年の体温を感じた瞬間、たまらなくなってそのまま相手に自分の体を強く押しつけた。思いきり力を込めて相手の体に腕をまわして抱きつく。 「誰のせいだよ！ オレの心も体もぼろぼろにしてくれちゃってさ。毎日毎日七海ちゃんのことだけしか考えられねえようにさせられてさ！ みんな七海ちゃんがいけねえんだぜ!? 大人としてちゃんと責任取れよな！」 「責任の所在が違いますよ、羽柴くん。最初に大人を誘惑して惑わしたのはあなたのほうでしょう？ 羽柴くんが罪作りだからいけないんですよ」 「そんなん･･･んっ･･･！」 七海に向けてさらに文句を言おうとした空の唇が塞がれた。これまでにも幾度か重ねたことがある唇に触れられ、空は目を閉じた。 空のひらいていた唇から、すぐさま七海の舌が侵入してくる。空は七海の深いくちづけに、自らも積極的に応えていった。 ただ体を重ねるときのついでのようなキスではなく、ちゃんと気持ちを確かめ合っている上でのくちづけだと自然に理解できた。 唇を合わせ、舌を絡ませる。かと思うと唇の表面を軽くなぞられ、優しくついばまれた。 快楽を求めるだけのキスだったら、もっと激しくなっているはずだった。けれど今の七海は、そんなふうに人を追いつめようとはしなかった。あくまでもこちらを陶然とさせるような優しいキスを繰り返す。 そしてそれこそが空の体を甘くしびれさせた。 「な、なみちゃん･･･っ」 空は七海の体に回した腕に、一段と強く力を込めた。 七海も、それに応えるように背中に腕を回してくれた。 ちゃんと、離さないように。独占するようにして。背中に感じる七海の腕の力が、所有権を主張してくれているようで心地よかった。 唇を重ねては離れ、またくちづけを繰り返す。ときには頬や他の場所にキスされて、かと思うとまた唇にもどってきた。互いに交わす吐息の熱さが、さらに二人を結びつける。 それは、お互いが相手に囚われていることを証しづけるようなくちづけだった。 「･･･はぁ･･･」 「ん･･･もっと･･･。離れないで･･･？」 「あ、んっ･･･」 際限なく繰り返されるかに思えたくちづけだったが、その途中で、空ははたっとここがどこかを思い出した。 ここはだれが通るとも知れない廊下の途中なのだ。そして今自分がキスしている相手はこの学園の教師の一人で。 空は慌てて七海から腕を離した。 「な、七海ちゃん！ ここ廊下っ･･･だれか、人が来るかもしれねえじゃん。やっぱまじぃよ･･･！」 「そんなこと、全然かまうことじゃないですよ。今の、気持ちが大切でしょう？」 「あ、で、でも･･･」 慌てる空の表情を見やって、七海は最後に軽く唇を押し当てた。それから空の背中に回していた腕に力を込める。 そうして空の肩に七海が頭を預けた。 「七海ちゃん･･･？」 「･･･おかしいですね。これまでに何度もあなたを抱いたことがあるのに、今初めてこうして抱きしめたような気がします。ちゃんと、私の腕の中に羽柴くんがいるんだって実感できたのは初めてです･･･。ようやく手に入れられたからそんな気がするのでしょうかね」 「――だって、七海ちゃん、まともにオレをこんなふうに抱きしめてくれたことねーじゃんっ」 いくらか拗ねた口ぶりで、空が呟く。 「そうでしたか？」 「そうだよ！ いつも人のことを拘束するし、いつも変なことばっかしてくるじゃん！」 「ああ、それは羽柴くんの趣味でしょう？」 「ぜってぇ、違う！！ あんなの七海ちゃんの趣味だろ!?」 空が思いきり否定すると、七海の頭が肩から離れた。そうして空の顔をじっとのぞきこみながら、いつものあどけない声で七海が聞いてきた。 「羽柴くんは、そういう人間は嫌いですか･･･？」 「――っうわっ、それ、すんげえ卑怯っ！！！ そんなのずりぃじゃん、七海ちゃん！ あんなやり方、誰だって嫌いに決まってんじゃん！」 「じゃあ、やっぱりやめますか？ 私はそれでもかまわないですよ。･･･今度は、私が羽柴くんを追いかけると決めたんですから」 「･･････も、いーよ･･･。今までのことは。そのかわり、今度はちゃんとまともに抱いてくれよ？」 「それだったら、しばらくプラトニックでいるという方法もあるんですよ？」 そんなやり方を好まないのであれば。 いっそ、体の関係をなしにしても。 七海にそう提案されて、空は憮然とした表情をのぞかせた。 「･･････七海ちゃんて、ほんとずりぃ･･･」 「どうして？ 保健医として、羽柴くんの体を気遣っただけでしょう？ それともなにか不満があるんですか？」 「いまさらオレの体を気遣ったって遅すぎるだろ!? こんなときばっか保健の先生ぶるなよっ」 本当に七海はずるいと空は思う。 ほとんど、自分には選択の余地がないのだ。この青年に、惹かれてしまったときから。 空は大きく溜息をついた。 「七海ちゃんの･･･気持ちがこもっているんなら、も、なんだっていいよ･･･」 今度は先ほどと逆に、空が七海の肩に頭を預けた。 七海が、空の背中に回していた手を離して、空の髪に触れた。 七海の指に優しく髪を梳かれて、空は幼いころにもこんなふうにされたことを思い出す。 感覚が覚えている、この、しみとおるほどに優しい気持ち。 「･･･好きな子をついいじめてしまう子供じみた大人ですみません。でも･･･ずっと伝えていなかったけれど、羽柴くんを好きになったのは、私のほうが先だったんですよ･･･？」 「･･････え･･･？」 「私が、最初にあなたを好きになったんです。だから･････」 〝ずっと気づいてもらえなくて、拗ねてたんですよ？〟 小さな声で空にそう囁いたあと、七海はしばらく空をいとおしむかのように、そのまま髪を梳きながら抱きしめていた。 そんな優しい時間から数日後。 空は思いきり冷ややかな声を相手に向かって言い放っていた。 「――なんでまた復活してんの？」 目の前の青年の姿を見たときに、思わず発してしまった言葉だった。ずっと見ていなかった彼の赤を基調としたその派手ないでたちに、相変わらず似合ってるなぁというような、普通の感想は浮かんでこなかった。少年の気持ちとしては、今はそれどころではなかったのだ。 「今回は別に４１６に頼まれたわけじゃないんだろ？ なんでも自分から今回の仕事を手伝うって言い出したらしいじゃん。なんでここにその姿でいるんだよ、７７３！」 自分は修行中の身でいまだこの異様な世界から抜け出せないが、７７３は別にそういうわけではないのだ。現に初めて体を重ねたあの日以降、７７３はずっと別の仕事を理由に自分や４１６と行動をともにしなかったのだから。 少年に冷たい声で言われても青年のほうはまったく堪えなかったらしい。むしろ少年を見て無性に楽しそうな微笑みを浮かべていた。 少年はその笑顔に、胸がざわめくのを感じた。 「あ、なんかものすごくいやな予感がする・・・」 「ふふっ。私、８４８のその格好って本当にかわいくて好きですよ。４１６でなくったって、こう･･･そそるものがあるんですよねｖ」 少年の頭についているオプションから足の爪先までをうっとりとした視線で見やり、７７３が呟く。その途端、少年の脳裏にぱっと閃くものがあった。 「――ま、まさか７７３、またこれで〝やりたい〟なんて思ってるんじゃ･･･っ」 空の直感からつきつけられたその言葉に、７７３はにっこりと微笑んでみせた。 それは、まぎれもなく肯定の意味での笑顔だった。 「だって、私たちの記念すべき初めてのときの･･･ですものね。やっぱりなつかしくなったり、再現してみたいって８４８も思いますよね？」 「却下～～～～～～！！！！ そんなん、ぜってぇ却下！ オレはなつかしくもねーし、再現したいとも思わねえよ！！」 「二人して、なにを騒いでるんだ？」 空が大声を出したのを聞きとがめて、少し離れた場所にいる４１６がこちらを振り返って聞いた。 「・・・・・え、えっと･･･」 「なんでもないですよ」 とっさに上手く答えられなかった空の代わりに、７７３が笑顔を見せた。そしてそのあとで再び空を振り返って、囁く。 「８４８、またつかまってもいいですよ。今度もまた私が助けに行きますからね？」 「やだ。ナニされるかわかんねーもんっ」 「なにされるかだなんて･･･子供たちは、みんなかわいいですよ？」 「子供じゃなくて、めちゃめちゃ凶悪なのがいるじゃん！！！」 「大丈夫ですよ、お洗濯の心配ならしなくても。よごれても、私がまたちゃんと綺麗に洗っておきますから」 「そんな問題じゃなくて･･･っ！！」 「気持ちがこもっていれば、いいんでしょう？ 気持ちなら、誰にも負けないくらいにたっぷりとこめてあげますからね」 そう言って７７３は、４１６が見ていない隙に少年の服の胸元をつかんでその身を引き寄せると、その唇にくちづけを落とした。 ＥＮＤ |
「囚われ身の怪盗」シリーズ、すべて終了です。 キリリクとして開始した「１」の前編が７／１５ＵＰなので、この３／４の終了までに約七ヶ月半もかかっているということになります。（←これ、今では早い方っていうのが…） もともと、この話は続きを書く予定はなかったのですが、続きを読みたいと言ってくださった方々のおかげでこんなに長いシリーズとなりました。 途中の重さとは裏腹に最後は軽くなりましたが、でもそれだけ七海も空も吹っ切れてラブラブになったということですね。ややこしくなるので４１６こと真一朗さんはこの話にはまったく絡めていませんけど、今後二人がくっついちゃったことを知ったら一人孤独に思うことでしょうね（笑） タイトルに「怪盗」とあるとおり、ちゃんと最後にまた７×８を書けたのですっきりしました。途中のシーンはみんな七海×空でしたけど、やっぱりこの話は７７３×８４８でもあるのです♪ ４１６×８４８を書かずに７７３×８４８を書くやつは普通はいないでしょうね･･･。きっと超珍しい７７３×８４８、こんな感じでいかがでしょうか？ |