囚われ身の怪盗（後） 頭の中が真っ白になるような強烈な快感は、少年自身からの吐精を一度だけでは終わらせなかった。 吐き出したものを飲み込まれ、さらに指で扱かれると、少年自身から体内にあったものが再びあふれ出す。 「ん・・・あっ・・・ふぅん・・・・」 中のものを搾り出すように吸われ、汚れを舐め取るように舌をひらめかせられる。それだけで、また新たな快感が生み出された。 もっと、と思う気持ちがある。 ここでやめないで、もっと気持ちよくしてほしい。 一度の絶頂だけじゃ物足りない。もっと、追い詰めて追い上げて――。 強烈な快感に押し流された意識は、少年から理性を奪った。ここがどこで自分が誰にされているのかということをちゃんと認識していないまま、ねだるように腰を動かす。 少年が体を動かすと、汗ばんだ肌に巻かれた縄が擦れたが、それすらも甘い快感に変わった。 少年の足を結んでいた縄がほどかれた。 そのあと、少年のズボンに手がかかる。いくらか足を持ち上げられズボンを脱がされる間も、少年は拒絶の言葉を口にしなかった。 ズボンと下着を取り去られ、足を開かされる。鋭角な形をしたシャツのすそから、今放ったばかりの少年自身が見え隠れしていた。 足元を覆うブーツと喉元のリボン。マントはそのままで、少年の耳にはいまだ白くて長いウサギ耳がついている。 日常とかけ離れた異様な姿だからこそ、みだれた衣服はいっそう少年の艶やかさを強調した。 ７７３――七海は、自分のマントをはずして床に落とすと、そんな少年の奥まったそこに指を当てた。たちまち少年の体が揺れたが、それでも少年は顔をそらしたままその行為に耐えようとしていた。 人差し指の腹でそこをなぞりながら、七海が問いかける。 「・・・抵抗しないんですか？」 そのいつもの柔らかい声を聞き取った少年が、いくらか理性を取り戻した。今目の前にいる人間を、はっきりと思い出す。 そう、自分はここで、彼に。 少年は七海を見上げた。目のふちには涙の名残が残っていたが、それでもあえて強く睨みつける。 「・・・オレが抵抗しないと、興ざめなの？ 抵抗されたほうがもえるんだ？」 かすかに嘲りをこめた少年の声に、七海の落ち着いた声が返る。 「――そうですね」 「・・・っ！ それってオレの気持ちなんかどうでもいいってことじゃん！！ オレの意思を無視してめちゃくちゃやるほうが好きなんだっ!? ・・・はっ、ほんとどっかおかしいんじゃねえ？」 「私が、自覚していないと思っているんですか？」 「・・・・・・も、好きにしろよ。七海ちゃんのやりたいようにやればいいだろ」 七海から顔をそらして、少年が呟いた。 実際、今の空の体は、そんな余裕があるわけではなかった。 七海の指がそこをくすぐるたび、もう一方の手が再び少年自身を扱きあげるたび、体の中で強烈な快感が走る。 「――もういいから、さっさとしろよ。オレがその気になってんの、見ていてわかるだろ!? そういうんじゃもえないかも知れねえけど、オレがしたいっつってんだからさっ」 「割り切る気になったんですか？ ・・・快感のために」 〝割り切る〟。 七海が口にしたその言葉に、少年はかすかに口元をゆがめた。多分に自嘲をこめた笑みで。 本当は七海の真意を知りたかった。 ただ、このシチュエーションでしてみたくなっただけなのか。たまたまその気になったときにそばにいたのが自分だったから、自分をこんなふうに追い詰めてみただけだったのか この場に他の人間がいたら、自分じゃなくてもよかったのか。 ――それとも、別の意味があるのか。 七海の真意を、この行為の意味を問いただしたいけれど、七海は答えてはくれないのだ。 だから、〝割り切る〟。 七海の気持ちを知りたいと思わずに、その心を求めずに、快感だけを欲して。 そうすれば、不安も疑念も無縁のものでいられるから。 「してよ、七海ちゃん。七海ちゃんだってこれで終わらせる気はないんだろ？ オレ、も、こんだけじゃ足りないから早く・・・。ああ、七海ちゃんはもえないかもしれないけど縄はほどいてほしいな。せめてそれくらい、オレの意思を尊重してくれてもいいだろ？ この体勢だと動きにくいんだからさ」 空の言葉に七海が空の体を拘束する縄に手をかけた。それを解きながら、ときおり空の体にキスを落とす。肌に押し当てられる柔らかな唇に空の体がそれだけで震えた。 すべての縄がほどかれたとき、空は目の前にいる存在に腕を回した。 子供の頃からずっと大好きだった存在。優しくて暖かくて、彼とこんな艶めいた行為をするとは一度たりとも想像したことなどなかった。 なのに今は、ごく自然な気持ちでもって抱かれたいと、思う。 自分の気持ちなんて知らない。恋愛感情なんて見えない。 ただ体に煽られているだけかもしれないけれど。 自分の体に回された腕に、七海は驚く。だがそのあとで、今の少年は快感に溺れて、とにかく自分の中の嵐を解消してくれる相手なら誰でもいいのだと冷めた気持ちで納得した。 自分を求めているわけでなく、快楽を与えてくれる人間なら誰でも。 太陽のようなさわやかで健全な心を持つ少年にも、こんな淫乱な一面があるのだ。 少年のあごを持ち上げ、唇を合わせると、素直に舌が絡んできた。従順になにもかもを任せてきた体に、七海は、残酷な感情をそそられる。 「・・・私の、したいようにしていいんですよね」 「ん・・・もういいから・・・」 熱に浮かされたような少年の声に、七海は囁いた。 「じゃあ、自分で触ったり、はずしたらだめですよ？」 「え？」 七海は一度少年から身を離すと、自分の右手の中指の先を口に咥えた。手袋の先端を歯で押さえ、口を動かす。７７３の赤い手袋が、七海の腕からゆっくりと抜けていった。 そしてはずした手袋を口から離すと、七海はそれを手に持ち替えた。 「な・・・？ ――!? 七海ちゃん！！」 少年自身に七海の手がかかり、空は七海の意図を察する。赤い長手袋を、再び勃ち上がりかけた、少年自身に。 「気分を盛り上げる方法はいくらだってあるんですよ。もちろん私に協力、してくれるんですよね？」 手袋を結び終えたあと、七海は不安げに自分を見つめる空の頬を指で辿らせた。 「なんで、こんなこと・・・っ。も、普通にすればいいじゃんっ」 「普通って、これが羽柴くんにとっての普通でしょう？ こういうの、好きですものね」 先ほどと矛盾するようなことを言って煽る七海の体を、空は押しやった。そこには本気で抵抗するほどの力はなかった。 ただ、そんなことを吹き込む七海を受け入れたくない気持ちの表れだった。 だが無論、七海はこれで空を解放する気はなかった。 手袋をはずした七海の右手が、直接空自身に絡む。布越しではない生身の指が、吸いつくように絡んで空を扱きあげた。 「ん・・・っ」 勃ち上がりかけていたそこに甘い刺激を与えられると、たちまち空自身が容量を増した。だがそれを残酷に堰き止めるものがある。 空は目の前にいる青年の服にしがみつきながら自分の気持ちを訴えた。 「はず、はずしてよ、七海ちゃん・・・っ。もう限界なんだか、らさ・・・っ」 「嘘ついちゃだめですよ、羽柴くん。もっと我慢できるでしょう？ ちゃんと我慢したほうがあとでいい思いができるんですよ」 空の肌を舐めとり、左手で胸や脇を撫で上げていく。その一方で巧みに指を動かし、七海は空を追い上げた。故意に性急に、少年の昂ぶりを荒々しく揉み扱く。 最初のときとは違う激しい動きに、少年自身が素直に反応した。先端からにじみ出る液体は、もう充分に七海の指を濡らしている。しかしどれほど苛烈な愛撫に追い上げられても、きつく縛られたものが解放を許さない。 「あっ・・・あっ・・・やだ・・・ほんとに、マジで、おかしくな・・・っ」 「そう、もっとみだれて？ 誰にも見せたことがないほど恥ずかしい姿を私に見せてくださいね。あさましく腰を振って快感を求めて。羽柴くんが体を揺らすとね、頭についているそれもかわいく揺れているのに気づいてます？」 「――っ」 たまらなくなった空が、解放を求めて自分自身に手を伸ばした。とにかく自分を堰き止める７７３の手袋をほどいて、達きたかった。 だが空の手が赤い手袋の端を捕らえたとき、空は七海に押し倒された。固い床が背中のマント越しに当たる。 そして七海は、思いきり少年の足を開いた。 「はずしたらだめって言いましたよね、私。そんなにもう達きたいんですか？ だったら・・・」 「ふっ・・・んっ・・・」 少年の開いた足の奥にあるそこに、七海は濡れた指を這わせる。先ほど触れられたときよりも、ぞくぞくとした快感が増した。 「男のコのね、一番気持ちいいところを教えてあげますよ。羽柴くんみたいにいやらしい子だったら、ゆっくりほぐす必要なんかないですよね」 「あっ・・・痛っ！ やめ、ななみちゃ・・・っ！」 くいっと、遠慮なく七海は少年のそこに指を差し込む。初めての経験に少年の体がたちまち引きつった。だが、指は止まらなかった。 七海の指を止めるべく空が少し身を起こし、腕を伸ばす。七海の服をつかみ、一方で自分の秘所に侵入する腕を捕まえようとした。 しかし少年の意思や痛覚を無視して、さらに冷酷に指が増やされる。 あまりにも一方的な行為と痛みに、少年の瞳から涙があふれて頬を伝った。 「痛いってば、そこ、やだ・・・っ」 「続きをしてもいいって言ったのは羽柴くんでしょう？」 「違っ・・・こんな、やり方じゃなく、て・・・くっ・・・う」 「もっと、優しく？ ――ふふ、冗談でしょう」 「や・・・っ！」 「それに、羽柴くんのココちゃんと反応してきているじゃないですか。ほら、やっぱり好きみたいですよね。ここをいじくられるのも」 「・・・はっ・・・・っ」 息を詰めて、少年が痛みに耐えるように首を振る。確かに一度目の解放だけじゃ物足りなくてもっと、とねだったのは自分だけれど。こんなやり方を望んだわけではなかった。多少底意地が悪いかもしれないが、七海ならもっと優しくしてくれるとも思っていたのに。幾度かのキスでそう思ったのに。 なぜ、今はこんな状況になっているのだろうか。 なにかがずれてしまった――そんな気がした。 「達きたいって言ったのは羽柴くんでしょう？ だからこうしてしてあげているんじゃないですか。・・・ほら、ここ」 「！！！ あっ、あっ、やっ・・・・ふぁ・・・んっ」 「いいんでしょう？ すごく。男のコはね、ここが一番気持ちいいんですよ。知らなかったでしょう？」 「・・・・っ」 七海の服を握る手と腕を摘む手に力がこもる。あれほど痛かった七海の指が、今は、これまで感じたことがないほどの快感をもたらしたのだ。中に埋められた指がそこに触れるたび、少年は体を突っぱねて、その快楽に耐えねばならなかった。 そして後ろの痛みが薄れると同時に、前を締めつける強い痛み。 「も、ほどいて、お願い、だからっ・・・。イかしてよ、七海ちゃん・・・ほんとに限界、だからっ・・・！！！」 涙とともに少年が哀願する。 自分の中にある嵐は理性を粉々に崩し、少年からプライドをも奪った。 自分がそこまで追い詰めた経験の浅い少年の顔を、七海は、そのときだけ憂いを込めて見つめた。 もし、ここに気持ちがあったのなら。 今の少年の言葉に自分への感情が込められていたのなら。 こんなふうに、飢えた気持ちにはならなかったのかもしれない。 それは、ないものねだりだとわかっているけれど。 「・・・一人だけ気持ちよくなるなんて、ルール違反でしょう、羽柴くん。ちゃんと、私のことも受け入れてくださいね？」 七海は少年のそこから指を引き抜いた。そうして指の代わりに、少年の淡い色をしたそこに。 引き出した、自分自身をあてがう。 そうして片手で少年自身に巻きつけたそれをほどくと同時に、一気に腰を押し進めた。 「――っ！！！ あっあっ・・・ななみちゃ・・・・・！」 一番敏感なところを強く刺激され、また、自分をきつく締め上げていたものが解かれ、空はすぐに絶頂を迎えた。目の前にある存在にしがみつき、より快感を求めるように自らも体を動かす。 体だけの感覚がすべてで、なにかを考えられる状態ではなかった。 七海が言葉で追い詰めたように、あさましくねだっても、今はいいと思った。 この行為の意味がわからなくても、通じ合う気持ちがなくても。 この柔らかい髪に触れ、この体温さえ感じることができるのなら。 快感に押し流されても、今、だけは。 ――空が意識を取り戻したとき、そこは、先ほどと同じ場所だった。 たった一つの照明が照らす、湿った空気の倉庫内。 だが自分の体を見下ろしてみると、いつの間にか普段の服に着替えさせられてあった。 この場所を訪れたときは車だったので、強引にあの格好のまま来させられたのだが、ちゃんと、まともな服も用意されてあったようだ。 当然それは真一朗が用意したわけではないだろう。 「気がつきましたか、羽柴くん」 しっとりとした青年の声に、空は半分覚醒していない意識のままそちらを振り返った。空同様、いつもの服に着替え終えた七海が、倉庫の壁に寄りかかって立っていた。 「七海ちゃん・・・」 「気がついたのならよかったです。さすがに私一人では、人目につかないように羽柴くんを車まで運ぶことはできませんからね」 「車・・・あるの？ 兄ちゃんが乗って行ったんじゃねえの？」 「置いて行かせましたから。多分、真一朗はタクシーでも拾ったんじゃないですか？」 「・・・兄ちゃん、もちろん着替えて行ったんだよねえ？」 「さあ、どうでしょうね」 床に座り込んだまま、立っている七海と普段どおりのやりとりを交わす。七海の様子をじっと見ているうちに、空はふと、七海の足元に置いてある紙袋に気がついた。 紙袋からのぞく赤い布。どうやら紙袋の中身は、例の衣装のようだった。 「それ・・・」 「ああ、とりあえず洗濯するしかないでしょうね。お互い、かなり汚してしまいましたから」 「――」 七海のその言葉を聞いて、空は、先ほどのことを思い出す。目覚めたときすでに軋むような体の痛みや、汗ばんだ体そのものにも気づいてはいたが、あえて深く考えずにいたのだ。 そこで深く考えたら、気だるさと憂鬱さだけに襲われることを予感していたのかもしれない。 空は、その紙袋自体を見ていられなくなって目を伏せた。 「・・・後悔しているんですか？」 そんな空に、七海が静かに問いかけた。責める響きも謝罪の意味もそこには込められていなかった。 ただ、淡々と言葉を紡いだだけだった。 空が即答を避け、七海に逆に聞き返す。 「・・・七海ちゃんは？」 「半々・・・といったところでしょうか。後悔していないといえば嘘になりますが、でも全面的に後悔しているわけではないんです」 七海は自分の気持ちを正直に口にした。 自分の中に暴走する気持ちがあった以上、しないほうがよかったとは今も思えないのだ。少年の心と体を傷つけたと思える今でさえ、真に、後悔はしていない。 心がないからこそ、せめて体だけでもつなぎたかった気持ちがある。卑劣であさましい我欲だと、知り尽くしていても。 「そう・・・。オレは、後悔しているよ。七海ちゃん一人を責めるわけじゃない、オレも、その気になったんだからさ。でも、あんなことしなければよかった。あんなこと、言わなければよかった・・・・・・」 そう呟いて、空は立ち上がった。床ににじんでいる先ほどの名残を踏みつけ、七海に背を向ける。 「そう・・・でしょうね・・・」 背後で、かすかな吐息にも似た七海の声が聞こえた。 空は数歩歩いて、倉庫の扉に手をかけた。 重い扉を開くと、外から流れ込んだ、黄昏色の空気が少年を包み込んだ。そばにある園舎の向こうに、赤々とした夕日が見える。 そう、少年は先ほどの行為を激しく後悔していた。 本当にあんなことをしなければよかったと痛切に思う。 快感に押し流されて、自分からも求めてしまったけれど。一度だけではなく、自分たちは何度もつながったけれども、それは少年にとってせつない出来事でしかなかった。 子供の頃から心を許し、無邪気になついていた青年。 再会してからもどこかで優しさとあたたかさを求めていた相手。 だけど、もうこんなことをしてしまった以上、今までの関係ではいられないのだ。 「・・・知らないほうが、よかったんだ・・・」 空は七海に聞こえないように、もう一度小さく呟く。 抱かれたことで見えてしまった相手の奥にあるもの。ただの穏やかな関係では知り得なかった、七海の激しさと深い感情。 そう、知らなければどれほどましだったろう。 知ってしまった今では、もう、歯止めが利かないのだ。 もっと、もっと知りたいと思う。これまで自分が気づかなかった七海の内面を。奥に秘された心を。 ――自分はただ、七海を満足させるための、一時しのぎの相手でしかなかったのに。 縄がないのに囚われている。 縛りつけるものがなくても、もう、逃げることはできない。 深く。 侵食されて。 ――互いに。 ＥＮＤ |