proposｅ 〜あなたを求めて〜 「七海ちゃん、オレ、七海ちゃんと結婚したいっ」 オレが大真面目な顔をして言ったのに、七海ちゃんは最初きょとんとしていた。 ･･･七海ちゃん、別にカレンダーを確かめなくったって今日はエイプリルフールでもねえよ。 ･･･七海ちゃん、オレの周りを確かめなくったって、酒なんか飲んでねえよ。 ･･･七海ちゃん、だからオレのおでこに手をあてなくったって別に熱は･･････。 ････････････。 「だーっ。だからオレ大マジで言ってんだから茶化すなよ、七海ちゃん！」 「だって、空くんが単なる冗談で言っていた場合、本気にして傷つくのはいやですからね」 七海ちゃんがオレの顔を見てくすっと笑った。 あ、なんか余裕ありげでやだなあ、その顔。 相変らずすごくかわいーんだけど、オレの言葉になんか全然動揺していないって顔だ。 そりゃあ七海ちゃんにすればオレの言葉なんか子供がなにを言っているのかって感じかもしれねえけど、でも普通、プロポーズを受けたらもうちょっと驚いてくれてもいいんじゃねえ？ ･･････そもそもプロポーズにとってくれていないってことか･･･。 そりゃあ前置きもなく、いきなりすぎたかも知れねえけどさ･･･。 「はあ・・・」 オレは溜息をついた。 オレと七海ちゃんは男同士だから、本当に戸籍を動かしての結婚ができるわけじゃない。 でもこうしてずるずると一緒に暮らしているだけじゃなくて、オレたちの間にちゃんとした区切りっていうものがほしくなったんだよな。単なる同居でも同棲でもないものといったら、やっぱ結婚だろ？ 大々的に結婚式みたいなものをしたいわけじゃねえけど、これからもよろしく、改めて二人で暮らしていこう･･･って、七海ちゃんとそんな神聖な誓いをかわしておきたかったんだけどなあ。 でも、まだまだガキのオレじゃ七海ちゃんには相手にされてないってことか。ちぇー。 「そんな顔をしないで。空くんからのその言葉、とても嬉しいですよ」 七海ちゃんがむくれたオレの顔に手を伸ばし、オレの両頬をその優しい手で包み込んで言った。 「･･････無理しなくていいよ、七海ちゃん」 「無理なんかしてません。だから、空くんの言葉が冗談や一時的なものだった場合、本気にして泣く羽目になったらいやだからつい確かめてしまっただけなんですよ」 「一時的なものなんかじゃねえよ。ずっとずっと考えていたことなんだ。今七海ちゃんとこうして一緒に暮らしているけど、この生活は『一緒に暮らそう』みたいな、きちんとした言葉をかわしてはじめた生活じゃないだろ？ だからこれからもずっと二人で暮らしていくにあたって、区切りみたいなものをつけたかったんだ。男同士だけど、でもオレは七海ちゃんと永遠の愛を誓ってみたかったんだ」 「私も、誓ってみたいですよ。あなたは永遠に私のものだと全世界に向けて宣言してみたいです。空くんは、私だけの大事な伴侶だと」 オレの視界が翳ってきて、オレは目を閉じた。 七海ちゃんがオレにかぶさるようにしてオレの唇に七海ちゃんのそれを重ねてくる。オレは七海ちゃんにいきなり仕掛けられて少し気恥ずかしかったけど、そのまま素直に七海ちゃんの甘いキスを受け止めた。 結婚の話をしていたからか、そういえば結婚式には誓いのキスっていうものもつきものだったなあと思い出す。 「･･･オレのプロポーズがもし冗談だったら、七海ちゃんは泣く？」 キスのあと、さっきの七海ちゃんの言葉を振り返ってオレは聞いてみた。 七海ちゃんはオレの頬に触れていた手をオレの髪のほうに滑らせながら小さく笑った。 「そりゃあ泣きますよ。本気にしてすぐに喜んで、いそいそと準備はじめて、それで嘘だなんて言われたら泣くしかないでしょう？ 少し待っていてほしいとか、あとで改めてっていうのならまだしも、それが完全な嘘で空くんにはまったくその気がなかった――なんて知らされたら、本気にさせられた分なにをしてしまうか私自身わかりませんからね。だから慎重になっただけなんです」 「今のは嘘で取り消しっていうのは、ほんとは、七海ちゃんからプロポーズしてほしかったなあなんていう遠回しな意思表示かも知れねえぜ？」 本当にそう思ったわけじゃないけれど、オレたちは男同士なんだからそういうのもありなんだよなーと思って言ってみる。勿論オレの性格からしても七海ちゃんのかわいさからしても、オレがするほうが好きだし落ち着くんだけど。 「それだったら、私は空くんに待たせてしまってごめんなさいって謝らないといけないですね。いつ切り出そうかとずっと考えていて、そのせいで空くんにそんなふうに思わせていたんだとしたら」 「･･････へ？」 そのとき、オレは変な顔をしていたんだと思う。 だって今の七海ちゃんの言葉って･･･。 「七海ちゃん･･･も、いつ切り出そうか、考えていたわけ･･･？」 オレと同じことを考えて。 男同士で結婚だなんて馬鹿馬鹿しいことだと思わずに、きちんと区切りをつける意味でもオレに結婚のことを切り出そうとしていた･･･？ オレの質問に七海ちゃんは言葉では答えなかったけれど、その笑顔がなにより雄弁に答えを表していた。 「知らなかった･･･。七海ちゃんもそんなふうに思ってくれていたんだ。オレのこと、一生涯の相手としてほしいってそんなふうに求めてくれていたんだな」 「当然でしょう。いつだって私は、あなたがほしいですよ。だから普通の結婚のように法的な束縛はできなくても、一つの形で空くんを私に縛りつけたいって思ってたんです。――他の人を見ないように。私の言う結婚はそんな意味合いも兼ねているんですよ。空くんが考えるものより怖いものでしょう？」 「――」 「大人の本気は怖いものなんです」 オレに向かって七海ちゃんがくすくす笑いながら言う。確かにオレはそこまで考えていなくて、ただこれから先も一緒にいるための儀式としてしか思っていなかった。 けど。 オレはなんとなくくすぐったい気分になって笑った。 「空くん？」 「そうか、結婚したら七海ちゃん、ずっとずっとオレだけのものになるんだ。オレだけに操立ててなきゃいけないんだよな」 なんか、すごくいいことを聞いた。 これから先、ずっとオレだけの七海ちゃんなんだ。そう思うととても嬉しくなった。七海ちゃんをオレが一生独占できるなんて。 「それは空くんもですよ。どんなに誘惑されたって、人に騙されそうになったって、他の人に指一本触れさせちゃだめなんですよ。空くんの身体も心も私だけのものなんですから」 「うん。オレ･･･七海ちゃんにそうやって縛られるのもすげえ心地いい。それだけ七海ちゃんの愛を実感する･･･みたいな感じで」 「じゃあ、もっとたっぷりと私の愛を実感してください」 微笑んだ七海ちゃんが悪戯っぽくそう言って、座っていたオレに体重をかけてきた。うわ･･･っ。 七海ちゃんに押し倒されてオレは少し焦ったけど、でも七海ちゃんはオレにかぶさってオレを見下ろしてきただけだった。 「七海ちゃん･･･」 「結婚、しましょう空くん。どこか旅行に行って愛を誓いあうのもいいですね。勿論今日今ここで、というのでもいいんですけど」 「旅行かあ･･･婚前旅行と新婚旅行を兼ねるみたいでいいかもな」 「花嫁のヴェールだけ用意しましょうか？ こんなにかわいいお嫁さんをもらえるなんて、私とても嬉しいですよ」 七海ちゃんがオレの鼻を指先でつついて言った。 だけどオレはその言葉にすごく驚かされていた。え？ ちょ、ちょっと待てよ七海ちゃん！ 結婚て結婚て･･･っ。 「七海ちゃんがおヨメさん役だろ!?」 オレは七海ちゃんに向けて大声で叫んだ。だってかわいさからしたってそれが当然だろ!? 「いやですね、勿論年下のうーんとかわいい子がお嫁さんでしょう？」 「年なんか関係ねえだろ!? うーんとかわいいのは七海ちゃんの方だって！ オレそのつもりでプロポーズしたんだけどっ。オレが七海ちゃんをもらいたいから！」 「なら空くんからのプロポーズはなしにしましょう？ 私、それだったらお断りすることにします」 「七海ちゃん！ それめちゃくちゃひどくねえ!? お断りするってなんだよそれっ」 「つまり、空くんは私にふられるんです。お嫁さんになってくれるんだったら受けますけど」 「ふられるって･･･････」 七海ちゃんが本気じゃないのはわかるけど、それでもその言葉はオレの気分を消沈させた。七海ちゃんにふられる･･･。想像しただけで倒れてしまいそうだ。 ･･･いやもう床に倒れているんだけど。 「･･････ンなこと言ったら、オレだって七海ちゃんのプロポーズ受けないからな！」 むくれた気分のままオレがそう言うと、七海ちゃんからはあっさりとした返事が返ってきた。 「いいですよ。別に私は形式にはこだわりませんから」 形式にはこだわらないって、思いっきりこだわってるじゃん七海ちゃん･･･。嫁とか婿とかそういう形にさ。 「はあ･･･。七海ちゃんひでーよ･･･」 オレはまた大きな溜息をついた。純真な男の気持ちを弄ぶなんて七海ちゃんマジでひどすぎる。 「だって、昔からずっとかわいいお嫁さんをほしかったんです。だから、ね？」 オレがむくれたって拗ねたって譲ってくんないし。もうちょっと年上の恋人として広い心を持ってくれてもいいじゃん･･･。 「空くんはよく私に対してかわいいって言いますけど、私からすれば空くんのほうがずっとかわいいですよ。昔から素直でいじらしくて。あのときだって、自分がどんなにかわいい顔をしているか知らないでしょう？」 ――･･････。 「し、知るかよそんなのっ」 オレの顔は多分赤くなっていたんだと思う。オレの顔を見て七海ちゃんが笑ったものだから、余計頬が熱くなるのを感じた。 「まあ本当に空くんが私のお嫁さんになるのがいやならそれでもいいんですけどね。ただ、私はずっと空くんのことが好きですし、この身もこの心もずっと私だけのものだとあなたが誓ってくれればとても安心するんです」 七海ちゃんがオレの手をとったかと思うと、その薬指に。 いつの間に手にしていたのか、七海ちゃんがオレの指にリングをはめた。 恭しく･･･厳かに。 それからはめたばかりのリングにそっと唇を落とした。 「これで、空くんは私のものですよ。いつでも私のものだという証しに、ずっとこのリングをはめててくださいね」 七海ちゃん、いつの間に指輪なんか用意してたんだよ!? オレなんか結婚のことだけは考えていたけど、指輪を用意するまでは頭がまわっていなかった。いやいつかはって思っていたけど、七海ちゃんはもうすでに用意していたなんて。 結婚のことをいつオレに切り出そうかとタイミングを計っていたという七海ちゃんの言葉が、本当に真実だったんだとこのリングで裏づけされたような気がした。 「･･････」 シンプルなデザインのそのリングを、オレはまじまじと見つめた。そしてすごく幸せな心地になる。 こんなのもらったら、お嫁さんとかお婿さんとか、そんなことはどうでもいいように思えた。 オレと七海ちゃんが一緒にいることが大切で、お互い愛し合っている気持ちが一番大事なんだから。 「あー･･･オレの負け。もう七海ちゃんがオレのお嫁さんじゃなくてもいいや。今はこの指輪をもらっただけで幸せで、他のことなんかどうでもいい。･･･七海ちゃん、ありがとう。オレも七海ちゃんのために指輪買うからな。そして七海ちゃんにはめてもらうから！」 「ふふっ。楽しみに待っていますよ」 でもそれとは別にやっぱり二人で旅行に行きましょうね？――七海ちゃんに囁かれて、オレは強く頷いた。 旅行先で二人で指輪して、一緒に手をつないで歩くっていうのもちょっといいかもしれないよな。勿論堂々とはできないだろうけど、でも人目のないところでならそんなふうに歩くのもありじゃねえ？ オレはそんなことを想像しただけでさらに嬉しくなった。 籍が動くわけでもないし、もうとっくに七海ちゃんとは一緒に暮らしているんだけど。 それでも今までとはまた違った、新しい日々が待っているような気がした。 ＥＮＤ |