なんかすごく落ち込んでいると思って人が必死に浮上させようとすると、いつの間にか立ち直ったうえにあっさり図にのる和希って、かなりたちの悪い存在なんじゃないだろうか。 いや、そんなのとっくにわかっていたけど！ 「和希って･･････和希だよな･･･」 俺は思いっきり深い溜息をついた。 そりゃああんな和希を見続けるよりはずっとましだけれど。 「啓太が、いるからな」 「え？」 「啓太が俺のそばにいるから俺は俺でいられる。今も――。だからつい、顔を見たくなるし甘えたくなるんだよな」 そう言って、和希は俺の目の前で着ていたスーツのボタンをはずしはじめた。そしてそれを脱ぐと俺の頭にかぶせた。 俺の頭を濡らしていた雨が、和希の上着で遮られる。 「本当に、頼りない大人でごめんな」 「――」 和希の、どこが頼りないっていうんだろう。今だってこんなにも自然に、俺を気遣ってくれているのに。 「それに雨の中つきあわせてごめんな。それももう濡れているけど、なにもないよりかはましだと思うから。このままここにいると風邪をひくかもしれないから、啓太は早く帰った方がいいな」 「って、和希は!? 和希は帰んないのかよ!?」 俺が聞くと和希はネクタイをゆるめながらこともなげな口調で言った。 「もう少し酔いを冷ましてから帰るよ。少し、頭を冷やしたいんだ」 「そっか、なんて言えるわけないだろ!? 和希だってこの雨の中ずっといたら風邪ひいちゃうだろ!?」 「俺には啓太のほうが心配だよ」 「俺は和希のほうが心配！ 仕事で疲れているうえにアルコールも入ってて雨に打たれたら、体が冷えちゃうだろ」 「そんなやわな鍛え方はしてないから大丈夫だよ。これでも毎日学生の日課と理事の仕事をこなしているから体力はあるんだ。啓太だって、俺に体力があるのはよく知っているはずだけどな」 和希の視線が俺に対するからかいを含む。確かに和希には見かけ以上に体力･･･っていうか持久力があるのはよく知っているけど･･･ってそうじゃなくて！ 「和希、とにかく中に入ろうって」 「これぐらい濡れると気持ちいいよなあ。なんか雨の中で歌ったり踊りたくなる気持ちもわかる気がする。俺も踊ってみようかな」 ネクタイをほどき、シャツのボタンをいくつかはずした和希が楽しげに歩きはじめる。 く･･･この酔っ払いっ。 「服、びしょぬれになるだろ!? これだってけっこういい値段のする服なんだろ!?」 「別にそのまんまクリーニングすればいいし、だめになったらだめになったで、別の服仕立てればいいだけだしな。あー冷たくて気持ちいい」 俺が和希を追いかけてそう言うと、和希からはそんなあっさりとした返事が返ってきた。人の気も知らず、悠長に手を伸ばして雨に打たれている。えーい、このお坊ちゃんめっ。 「そんなに酔っててちゃんと部屋まで帰れるのかよ。途中で倒れたり、誰かに見つかって変なこと言ったりするんじゃないのか？ 取り返しのつかない失態見せて、あとで困るのは和希なんだぞ？ もし飲んでたことが篠宮さんの耳にでも入ったら･･･」 「心配してくれてるんだな」 「――」 和希が不意に振り向いて、俺に笑いかけた。 びしょぬれになって目にかかっていた前髪をかきあげて、和希が俺に微笑みかける。 「･･････っ」 俺はしばらくなにも言えなくて、その場に突っ立っていた。 和希の濡れたベストとかシャツとかほどかれたネクタイとか濡れた髪とか何気ない笑みとかに無性に惹きつけられてしまって。 俺は和希から目を離すことができなかった。 その流し目とかも、今の和希は無意識なんだろうけど。 「でも本当に啓太のほうが風邪をひくから帰った方がいいぞ。帰ったらすぐに熱いシャワーを浴びてあったかくして寝て･･･」 「･･･だったら、ちゃんと俺を部屋まで送れよ！」 俺は勢いよく和希の胸に抱きついた。俺の頭にかぶさっていた和希の上着がその勢いで濡れた地面に落ちてしまったけど、俺はかまわなかった。いいスーツなんだろうけど、当の和希だって全然かまってなかったし。 「和希のせいで俺の体、こんなに冷えちゃったんだぞ。ほら！」 俺はそう言って和希の背中に回した腕にさらに力を込めて抱きついた。 本当はそんなの口実で、和希に笑いかけられてから無性に和希にくっつきたくなっただけなんだけど。和希の体温を感じたくなって。和希の濡れた肌に触れたくて。 「啓太。そんなにくっついたら、本当にずぶぬれになるぞ？」 「･･････」 「･･･啓太？」 「一緒に帰ろう和希。和希だけ雨の中に残しておくことはできないよ。それに俺にだけ帰れなんて、まるで和希に突き放されたみたいでいやだ。･･･離れたく、ない･･････」 「――」 和希がいけないんだ。酔っているのに、そんなにかっこいいから。なんか色気みたいなものまで感じさせるから、俺はのぼせたようになってしまって。 体は冷えているのに頭の中はくらくらして。 「そりゃあ俺だって離れたくないよ。それに俺が啓太を突き放すわけないだろ」 そう言った和希に、指であごをすくいとられた。そのまま唇を重ねられる。 はじめは俺の唇をそっと挟み込むような優しいくちづけだったけど、それがだんだんと深くなっていった。 俺も和希にこたえるように懸命に和希のキスを受け入れる。 「･･･んっ･･･ふ･･･」 和希の中のアルコールが俺に移ってきたみたいに頭の中が熱くなって、俺は次第にキスに夢中になっていった。 多分、本当に俺まで酔ってきているんだ。 目の前にいるこの人に――和希に、酔いしれてしまっているのかもしれない。 そんなことを思っていたら、俺から離れた和希が俺の耳元で囁いた。 「啓太の言葉は俺を正気にさせるな。･･･というか、アルコールとは違う別のものに酔いそうになる」 和希も俺と似たようなことを思ってたんだ――と考えた矢先に、俺のおなかにいきなり冷たいものがあたった。 「ひゃっ･･･」 いつの間にか和希の濡れた指先が俺のシャツの中に滑り込んできていた。 「か、和希･･･っ」 俺が驚いて声をあげると、途端にその声は和希のキスで封じられた。その間にも、さらに和希の指が張りついていたシャツの下をかいくぐってくる。 「･･････！」 和希の指が俺の胸の敏感なところに辿り着いて、寒気とは違う震えが俺の体の中を走った。そのまま、遠慮もなくそこを指先で弄ばれる。 触れてくる指先も降り注ぐ雨も冷たいのに、口の中は無性に熱くて。それから俺の体も和希に煽られてだんだん熱を帯びてくるのがわかった。 こんな･･･雨の中なのに。俺の服も和希の服も濡れていてこのままじゃ風邪をひいちゃうのに。 頭の中ではそう考えてるのに、なのになぜか俺はやめてほしいなんて言えない気分になっていた。 本当に、アルコールでどうかしちゃったのかもしれない。 「･･･ぁ･･･は･･･っ」 和希のキスから解放された途端、たまらず俺の口から甘い声がもれた。一人では立っていられなくて、ほとんど和希に寄りかかる形になる。 そんな俺の様子を見て和希が意地悪く笑った。 「啓太･･･なんかすごく敏感になってないか。外だから？ いつもと違うから敏感になってたりする？」 「違う、和希が････」 和希が、かっこよすぎるから。 雨の中で濡れそぼっている和希が、いつも以上に大人の顔を見せて、いつも以上に艶っぽく感じられるから。 だから俺もほだされてその気になっちゃって。 こんなの普通じゃないってわかっているのに、どうしよう。感じすぎて本当に足から力が抜けていきそうになる。 「俺が、なに？」 そう言った和希に一気にシャツをめくられた。 そしてそのまま、触れていなかった胸の片方を口に含まれた。 「･･････っ」 胸の突起を和希の熱い口の中に取り込まれたと同時に、和希の手が俺の下腹部に伸びてきてそこを軽く撫でられた。 うわ･･･本当に足が崩れそうだよ。勿論ぬかるみに座り込む気にはならないけど、でもこのままじゃ時間の問題のように思えた。 「啓太のズボンも雨で濡れちゃったな。もしかして下着まで濡れちゃったのか」 「･･･や、しゃべ･･･な･･･っ」 口に含まれたまま喋られて、俺の胸に和希の歯と舌が交互に当たる。そのうえズボンの上から膨らみはじめたそこをこすられて、俺はたまらなくなった。 布越しの感触に煽られる。肌が敏感になって、体に当たる雨や首筋を流れる雫にすら感じさせられた。 「啓太。俺に、ちゃんとつかまって。直接触るから」 「え･･･あ、あぁ･･････っ」 俺は反射的に手に力を込めて和希にしがみついた。でないと、本当に腰が砕けてそこに倒れこんでしまいそうだった。 和希の手が今度は俺のズボンの中に入ってきて直接触ってくる。ほんのちょっと和希の手に包まれただけで、俺のがまた育ってきたのが自分でもわかった。和希の指が触れた部分から甘い熱が広がり、俺の呼吸を乱していく。 「か、和希･･･っ･･･んっ･･･」 「体は冷たいのに啓太のここだけは熱くなっているんだな。それに･･･やっぱり下着の中も雨で濡れちゃったみたいだな。俺がつきあわせたからこんなに濡れちゃって･･･特にここなんか雨でぬるぬるしてるみたいだな」 「･･････っ」 和希が指の腹で俺の先端をかき回した。和希の指のすべり具合に、自分がどれだけそこを濡らしていたか知らされる。 勿論そこが濡れているのは雨のせいなんかじゃなかった。和希だってきっとわかってて言ってるんだ。俺を、いじめるために。 「でも雨のわりにはそんなに冷たくないのはなんでだろうな？ 啓太の熱であったまったのかな。それとも･･･」 和希がそう言って、俺の胸元から離れて身をかがめた。それから俺のズボンと下着を強引に引き下ろすようにして中を覗き込む。和希の目の前に、そして雨が降り続ける外の空気に俺自身が引き出された。 「･･･和希･･･っ」 和希に見られていることが恥ずかしくて、外でこんなことをされたことが恥ずかしくて俺は力が抜けそうな足を叱咤し、片手でどうにかズボンを引き上げようとした。体を滑る雨の雫が遮るものもないままそこに流れていくのも恥ずかしいし、また外の空気にさらされてるなんて心もとなさすぎる。 けれど和希はズボンと下着を引き上げてはくれなかった。 「･･･こんなにせつなそうに濡れているなら、このままイかしたくなるよな」 俺の･･･なんかを見てそんなことを呟いたかと思うと、和希は。 「！ ･･･かず、き･･･っ･･･！」 あろうことか和希は口を寄せて、俺のを一舐めした。 これまでの比じゃないくらいの快感が一気に俺の中で膨れ上がる。 そしてさらに和希は、俺の一番濡れている先端を舌でこじるように舐めとりはじめた。 「･･･あ･･･ぁ･･･っ、んんっ･･･っ」 抑えようとしても抑えられない声がもれる。和希にそんなことをされて恥ずかしい気持ちも、溶けてしまいそうだった。 「ん･･･やっぱ雨以外の味がする。ここが濡れてるのは雨のせいだけじゃないみたいだな」 「･･････っ」 そんなの当たり前だろっ。和希にそんなことまでされているんだからっ。 ぬかるんだ地面に倒れるのはいやだったけど、でももう足が限界にきていた。体の中心のそこだけに意識も熱も集中して、そのまま倒れこみそうになる。 「････おっと」 足から力が抜けてふらついた俺の体を和希が支えて立ち上がった。下げていたズボンも下着も、和希の手によって引き上げられる。 「は･･･あ･･････」 俺が和希に寄りかかってどうにか呼吸を整えていると、和希は俺の顔を覗き込みながら言った。 「啓太のあまりのかわいさにこのままイかしたくなるけど･･･でもやっぱり風邪を引かせるからストップな。部屋に帰るまで、我慢できるか？」 「――」 ストップって、なんだよそれ。 俺の状態なんて和希が一番よくわかってるくせに。今は感じすぎて、そこが･･･熱くなりすぎて、歩くのだってつらい状態なんだぞ!? 部屋に帰るまで我慢しろなんて、そんなの。 だったら最初から和希が仕掛けてこなければ、俺だってここまで感じたりなんかしなかったのに。 俺は腹立たしくなって体を支えるために腕を回していた和希の背中に爪を立ててやった。ベスト越しだから和希は痛くもなんともないんだろうけど。 ここまで追いつめといてこんな中途半端な状態でそう言うのってありなのかよ。 そりゃあこれ以上したら本当にもう立っていられなくなるけど、でも。 「･･････我慢できないって言ったら？」 俺は和希を恨みがましげに見上げてそう言ってみた。 「んー、大胆だな啓太。こんな外なんかでおねだりしてくるなんて。さすがの俺も大胆で積極的な啓太にまいってしまいそうだよ」 「～～～～」 そんなことを言いながら和希の表情はまだまだ余裕ありげで。俺はさらに和希のことを睨みつけてやった。 それでもきっと涙目になっているから全然迫力なんかなくて、むしろ和希を喜ばせてしまっているのかもしれないけど。 ･･････最初からこのつもりだっただろ、和希！ 「部屋に帰ったら、すぐに二人で熱いシャワーを浴びような」 俺の体に腕を回して、和希が俺の髪に幾度もキスを落としながら言った。 「冷たくなった啓太の体を俺があたためてやるからさ。勿論すみずみまでな」 「･･････」 「だから啓太も、俺のことあたためてな？」 「･･････」 俺はなんか納得がいかなくてわざと和希の言葉になにも言わないでいたんだけど。 それでも和希が、「今夜は――啓太のぬくもりに甘えさせてほしいんだ」と囁いたときには、俺としてはもう白旗を掲げるしかなかった。 その声の響きが、少し前の和希のさみしそうな響きに似ていたから。 だから俺は和希がどんなに意地悪でもずるくても許してしまうしかなくて。 「もうわかったから、早く部屋まで帰ろう。俺だってつらいし･･･俺だってもっと、和希のぬくもりに甘えたいから･･･」 俺がそう言うと、和希はかすかに笑って俺のまぶたにくちづけた。 「本当に啓太は俺を甘やかすのが上手だよな」 ――〝だから俺はもう啓太なしではいられないんだよ〟 和希が小さな声でそう付け足したのが聞こえた。 でもそれは、俺も･･･おんなじだけどな。もう和希なしではいられない。 勿論、和希を増長させるだけだから口にはしないけど、でもそれは本当におんなじなんだよ和希。 俺は黙って和希にいっそう身を寄せた。 多分、今日は和希にほだされて理性なんか飛んじゃうんだろうなあということをちょっと心配しつつ、それでも和希が俺で安らげるんならいいかなあと思いつつ。 ＥＮＤ |