わがまま 「啓太。俺って、わがままだと思うか？」 「うん」 和希の問いに、啓太はあっさりと答えた。 その途端和希の肩ががくりと下がる。 「･･････啓太。少しくらい考えて返事をしてくれてもいいんじゃないのか。そんな即答しなくても･･･」 「だって和希は実際にわがままだろ。･･･あ、それとも和希の場合わがままとも少し違うのかな」 啓太はしばし、「うーん」と考え込む。 「和希はわがままって言うよりは」 「･･･言うよりは？」 「こだわりとかマニアックとか変態性とか言うのかもしれない」 「･･････なんだよそれ･･･」 「だって和希って、俺にあれしろとかこれ着てほしいとかこうしてほしいとかよく言うだろ？ 人がいやだって言ってるのにうまく丸め込んで押し通そうとするしさ。最初それが和希のわがままかなって思ったんだけど、あれはわがままじゃなくて･･･もっと変な方向のものだろうなって思いなおしたんだ」 率直な恋人の言葉に、和希は話題をずらそうと咳払いをした。 「ま、俺のわがままはいいとして･･･」 「和希が最初に聞いてきたんだろ」 「――啓太は、俺にわがまま言わないよな」 「え？」 今度は自分の話題を向けられて、啓太は戸惑って和希を見返した。 和希のまなざしが優しくなっていることに気づき、啓太の戸惑いがいっそう大きくなる。 「そ、そんなことないだろ。俺、けっこう和希にわがまま言ってると思う」 「啓太はわがまま、全然言ってないよ」 「だからそんなことないって。和希が甘くてすぐに俺のこと受け入れてくれてるから実感がないだけだよ。自分ではたくさん言ってると思う」 「じゃあ･･･足りない」 「――」 「足りないよ啓太。もっと言って」 和希に甘い視線で見つめられて、啓太は思わず顔をそらした。自分の頬がだんだん熱くなってくるのを感じる。 「わがままが足りないってなんだよ･･･」 「啓太が望むことを俺にどんどん言ってほしいってことだよ。啓太が望むことならいくつでも受け止められるよ」 「いくつでもって･･･」 「･･････たとえば俺に急な仕事が入って遊びに行く予定がだめになることあるよな。そういうとき啓太はいつも『仕方ないよ』って笑ってくれるけど、啓太がものわかりよくて助かっているときもあるけど、でも簡単に『仕方ない』で片付けられると、啓太にとって予定がだめになることは大したことじゃないのかななんて、つい考えてしまうんだ」 和希の声に宿るなにかを敏感に感じとって、啓太はすぐに和希の顔を見直した。 その表情に特別なものはなにもないけれど。 「そんなのっ！ 俺だって勿論すごく悲しいしいやだし、和希ともっと一緒にいたいのにって思うに決まってるだろ！」 啓太は衝動のままに和希に抱きついた。 「でも仕事だって言われたら仕方ないし、わがまま言って和希を困らせたくないし、俺が寂しそうな顔をしていたら和希が仕事に集中できないだろうと思うから頑張ってそんな顔しないように努力してるんだろ！ これ以上子供に見られたくないからいつも無理してものわかりのいい振りをして。実際に俺がそんな状況で和希に行くな！とか、ずっと俺といてって言ったら和希うーんと困るくせに。なのにそんなことを言う和希のほうが本当にわがままだっ！」 「啓太･･････」 強い力で自分に抱きついてくる啓太の体を、和希は優しく抱きとめる。 腕の中にある心地よさ。 大切な、宝物。 「うん。本当はちゃんとわかってるんだけどな。･･･ごめんな啓太」 あやすように啓太の頭を撫でると、啓太が和希の背中に回した手で和希の服をぎゅっとつかんできた。 「ほんとにわがままな大人でごめん」 「･･････俺がわがまま言わなくったって、頑張ってものわかりのいい振りをしようとしてたって、和希のこと本当に好きなんだからな」 「ああ」 「いつだって和希と一緒にいたいって思ってるんだからな」 「うん」 「本当はいつも、和希の仕事や和希が仕事で関わるすべての人に妬いているくらいなんだから。自分ばっかり寂しがっていると思ったら大間違いだ。俺は和希が思っているよりずっと寂しがりやだし、あまえんぼうだし、和希なしではいられないくらい･･･なのに。――俺を試すようなこと言って、俺を不安にさせないで」 「･･････うん、大人気ないことしてごめんな･･･」 そう答えてから、和希は啓太のあごに手をかけた。すぐに目を閉じた啓太の唇に、自分の唇を重ねる。 和希は啓太に謝罪するように、啓太は和希に自分の気持ちがたくさん伝わるように、互いに自分の想いを乗せてくちづけをかわした。 「･･････それにしても、なんで和希、いきなりあんなこと言い出したんだ？ わがままについてなんて、唐突じゃないか？」 キスの余韻にひたりながらも、啓太が自分の中の疑問を口にする。 それに対して、和希は明るい声で答えた。 「ん、いやな。ただちょっと、啓太はベッドの中ではあんなに素直なのに、普段はあんまりわがまま言わないよなって思っちゃっただけなんだ」 「･･････へ？」 「『もう我慢できない』とか、『ほしい･･･』とか、『もうだめ』とか。あれくらい、普段の啓太も俺にわがまま言ってくれたらなあって思っただけなんだよ」 「･･････わが、まま･･･？」 「俺がもう少しだけ我慢しろって言っているのにいやいやしたり、『もっと』とか『動いて』とか。あれこれ注文してわがままを言う啓太って本当にかわいいんだよな〜。だから啓太はもう少し普段も俺にわがままを･･･」 「――そういうのはわがままって言わないだろっ！」 和希に向けて思いきり叫んでから、顔を真っ赤にした啓太はすぐにこの場から駆け去ったのだった。 ＥＮＤ |