ふたりで

「お兄ちゃん、このケーキおいしいね！」
　小さな頬についた白い生クリームには気づかないまま、啓太が和希に向けて笑顔を見せる。
　それから手にしているフォークにイチゴを刺し、あーんと口を開けてイチゴをほおばる。
　啓太の笑みがいっそうとろけそうになった。
　そんな様子を隣で見ていた和希は、「これも食べていいよ」と、自分の分の皿も啓太の前に差し出した。
「ううん。これはお兄ちゃんが食べて。このケーキおいしいから、一緒に幸せになろう！」
「幸せに、ね。わかった。食べるよ」
「うん！」
　元気いっぱいに頷いて、啓太はわくわくした表情で和希がケーキを食べる様子を見つめる。
「啓太。そんなに見つめてなくても、ちゃんと食べるよ」
　啓太にそう答えながら、和希も自分のフォークを手に取り、目の前のショートケーキに手をつけた。
「ん……おいしい」
「でしょでしょ！　イチゴも食べて食べて。イチゴもすごくおいしいから！」
「うん…おいしいよ」
「やったあ！」
　本当は啓太のほうが客の立場で、目の前にあるのは出されたケーキなのだが、啓太はまるで自分が出したケーキのように喜んだ。
「お兄ちゃん、今幸せ？」
　ケーキを食べた感想としては少しおかしいと思いながらも、和希は啓太の顔を見つめて答えた。
「うん、すごく幸せだよ」
　食べたケーキの味だけではなくて。
　今こうして、少年と一緒に穏やかな時間を過ごせることを和希は幸せに思う。
　そして返ってくる答えを確信しながらも、和希も啓太にその問いを向けた。
「啓太は？」
「勿論幸せ！　だっておいしいケーキが食べられるし、隣にお兄ちゃんがいるんだもんっ！」
「じゃあ…ケーキがなくなっちゃったら啓太は幸せじゃなくなっちゃうのかな？」
　和希が、啓太を少しからかうようにそんなことを言ってみる。
　だが啓太からは迷いのない答えが返ってきた。
「ううん、お兄ちゃんがいるから幸せだよ。それにこのケーキがなくなってもまたいつか食べられるもん」
「やっぱりケーキがあったほうが啓太はより幸せなんだな」
　少年の素直な言動に笑いながら、和希は指で啓太の頬についたクリームをぬぐった。
「お兄ちゃんだってケーキ好きでしょ!?」
「うーん、そんなに好きでもないかな。普通だよ」
　指についたクリームをぺろりと舐める。クリームは甘かったが、特別に好きとは感じなかった。なかったらなかったで別に平気なものだ。
「でもでもお兄ちゃんだって、お誕生日のときはケーキを食べるでしょ!?」
「うん、まあ、一応用意されてるかな」
「僕もね、僕の家もね、誕生日にはお母さんがケーキを用意してくれるんだ！」
「うん。ろうそく立ててふーって消してお祝いするんだろ？」
「そう！　お兄ちゃんだってするでしょ？　僕、お兄ちゃんのお誕生日のときにお歌歌ったり、ぱちぱち拍手したいな」
「ありがとう啓太。啓太にお祝いしてもらったらすごく嬉しいよ。ただ…残念ながら俺の誕生日は終わったばかりなんだ。一年近くあとになっちゃうな」
　和希がそう言うと、途端に啓太の表情が曇った。
「え～～。終わっちゃったんだ、お兄ちゃんの誕生日……。僕、お祝いしたかったな……」
「あーっと、俺の誕生日はいいから、啓太の誕生日は？　啓太の誕生日こそ俺が…」
「僕の誕生日五月……もう終わっちゃった……」
「そ、そっか……」
　和希の誕生日を自分が祝うというのは、啓太にすればすごい名案だと思ったのだろう。もう終わってしまったと聞いて、しょんぼりと肩を落としている。
　ケーキをつつくフォークも止まってしまった。
「え、えーと、啓太。啓太の誕生日は五月の何日だって？」
「……五月五日」
「こどもの日か！　そうか、啓太はこどもの日生まれなんだ。啓太らしいなあ。――じゃあ、今度の啓太の誕生日は俺がお祝いしてやるよ」
「え？」
「次の啓太の誕生日。ケーキはきっと啓太のお母さんが用意するだろうから、そのときはプレゼントを持って、啓太のお祝いをするよ」
「ほんとに!?」
　和希の提案を聞いた啓太の顔がぱっと輝く。
「うん。だから、次の俺の誕生日は、逆に啓太が俺のお祝いをしてくれよ。歌を歌って拍手、してくれるんだろ？」
「うんっ！　するする！　僕、お兄ちゃんのお祝いいっぱいするよ」
「楽しみだな」
「僕も楽しみ！　僕の誕生日とお兄ちゃんの誕生日、両方とも一緒にお祝いしようね。お父さんにもお母さんにもお友達にも、お兄ちゃんのこと教えてあげるんだ！　それからねえ…」
　嬉しそうに話しながら、啓太が再びケーキを食べ始める。
　和希は再開した啓太の楽しそうなおしゃべりを聞きながら、和希は、本当にこの少年が一つ大きくなったときには、自分がそばにいて祝ってあげたいと思った。
　そしてまた逆も。さほど意味がないと思っていた自分の誕生日も、啓太と過ごしたらきっと特別なものに感じられることだろう。
　まだ少ししか一緒に過ごしていない啓太と。誕生日を祝い合えるほどこの先もずっと一緒にいられたらいいと、和希は心からそう願ったのだった。

「――で？」
「だから、そんなこともあったよ、という話だよ。約束というほどはっきりしたものじゃなかったけど、お互いに誕生日を祝い合おうって」
「でも結局、次の俺の誕生日は祝ってくれなかったんだろ？」
「まあ、啓太の側ではね。啓太の誕生日は勿論覚えていたよ。離れたところでお祝いも言った。――啓太こそ。俺の誕生日覚えてたか？」
「う……」
「なんてね。あのとき俺日付までは言わなかったからなあ。ま、それは仕方ないか。嘘。別に気にしてないよ」
「……っ今度は！」
「え？」
「今度はちゃんと祝うから。…祝いたいから。一緒に和希の誕生日…」
「ありがとう。でもまず今日は啓太の誕生日だろ。…初めて二人で祝える、俺たちの最初の誕生日だろ？」
「うん……」
「歌うたって拍手、してやるからな」
「そ、そんなの恥ずかしいからいいよ」
「じゃあおいしいおいしいイチゴの誕生日ケーキな。クリームいっぱいの」
「それもいい……。もう子供じゃないんだからさ。――子供じゃ、ないから」
「子供じゃないから？」
「和希がそばにいればいい。それだけで俺はすごく嬉しいよ。和希と一緒にいられるだけで……きっと子供の頃だって、和希が本当にいてくれたらプレゼントもなにもかもいらなかったと思う」
「……俺は大人だから、きっと俺の誕生日には啓太がそばにいてくれたうえであれこれ望んじゃうかもしれないけど」
「それでも……いい。だって和希と一緒にいられることは変わりないんだからさ。でもまずは俺の誕生日、だろ？」
「ああ。――啓太、誕生日おめでとう」

　啓太が小さかったときには直接伝えることが出来なかった言葉を、和希は今初めて、唇にのせたのだった。
　二人で祝う最初の誕生日。

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