将来の夢 「啓太は大きくなったらなにになりたいんだ？」 　冗談めかして聞いてきた和希に、啓太は途端にムッとした顔を見せた。 「大きくなったら、ってなんだよ。子ども扱いするなよな！」 「ごめんごめん。いや、まあ、啓太の将来の夢を改めて聞いたことなかったなと思ってさ。なにかもう考えているのか？」 　屋上の柵に腕をついて、和希が今度は真面目に聞いてくる。その優しい表情に、啓太は自分も表情を改めた。 「う…ん、実はまだ悩み中。いろいろ考えてて決まらないんだ」 「そうか。でも俺は啓太が追いかける夢だったらなんでも応援するし、俺にできることなら協力は惜しまないよ。だから決まったら俺に教えてほしい」 「ありがとう、和希。……和希はもう具体的に将来の夢を考えているんだよな」 「そりゃあな。俺にとっては今が“大きくなったら”に相当するからな。近い将来のことで叶えたいと思っていることや実行しようと決めていることはあるけど、今からまったく違う将来の夢を考えてはいないな。俺は今の俺で、したいことを追及するだけだよ」 　当たり前のこととして語る和希のその瞳に、啓太は惹きこまれる。 　将来なんていうあやふやなものではなく、和希はしっかり地に足をつけて自分の夢を叶えている最中なのだ。日ごろは同じ学生として隣にいても、和希が自分の仕事にたいしてどれだけの誇りと情熱を持っているかは啓太にもちゃんと伝わっている。 　同い年のような顔をして、和希はもうとっくに。 「うん、だから……俺も迷っているんだ」 　啓太は柵を両手でぎゅっと握りしめると、目の前に広がる青空を見つめた。 「俺もそんな和希のそばにいたい。和希が叶えている夢を、俺もそのすぐそばで手助けしたい。俺にできることは小さなことばかりだろうけど、それでもなにか和希の力になることがあるなら、俺は頑張りたいと思うんだ」 「啓太……」 「だから俺も将来鈴菱の一員として和希のそばで働きたいって思うよ。できたら直接和希の指示を仰げる部下で。もしくはずうずうしいけど和希の秘書として和希をサポートするとか。でも……」 　再び啓太は自分の手に力を込める。 「和希のそばにいたい気持ちとは裏腹に、和希が俺をベルリバティに呼んで俺の成長を見守ってくれているというなら、俺は和希から離れて本当に自分のやりたいことを見つけるべきかなとも思うんだ。和希のため、和希の色に染まった道ではなくて、時間がかかるかもしれないけど、俺自身がこれだって思う道を模索するべきかなって。もし俺がそんな道を選んでしまったら、俺は今よりももっと和希のそばにいられる時間が減るかもしれないけど、それでも俺たちはちゃんとつながっているし、俺が自分の道を追いかけることで、和希に――」 　そこで啓太は隣にいる和希にはにかむような笑顔を向けた。 「俺に惚れ直してもらうことができるかなって。新しい俺自身を見てもらえるかなって、そうとも思うんだ」 「啓太に惚れ直すのなんか、毎日のようにしてるよ」 　和希もつられて笑みを浮かべた。 「和希のそばにいたい気持ちと、和希にもっともっと新しい俺を知ってもらいたい気持ち……ほんと、まだまだ悩み中で決まらないんだ」 「まだ時間はあるし、ゆっくり考えて啓太のいいように決めればいいよ。俺はどちらがいいとも言えないしな。勿論啓太がずっとそばにいてくれたら嬉しいけど、啓太が本当にしたいことを見つけられたらそれが一番だとも思うし。啓太が新しいことを覚えて、それを俺に返してくれるっていうのもなかなか楽しみだしな」 「……なんか今へんな方向で考えただろ…」 「そんなことないって。気のせい気のせい。――啓太がどんな道を選んでもちゃんと俺の隣にいるのは啓太だし、俺は本当にかまわないよ。俺が絶対叶えるって決めてることの一つに啓太と一緒に暮らすっていうのもあることだしな」 「え……ええっ!?」 「俺が啓太の夢を応援するように、啓太も俺の夢を叶えてくれるだろ」 　和希にそう言われて。 　驚きから立ち直った啓太は、笑顔で和希に抱きついたのだった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　20080304