いちご 　学園から寮に帰ってきた啓太を、仕事で休んでいたはずの和希が笑顔で迎えた。 　思ったよりも早く仕事が片付いたんだと説明した和希は、続けて啓太に「今日会った取引先からおいしそうなイチゴをもらったんだ。食べるだろ？」と言って、啓太を自分の部屋に誘った。 　啓太が和希の部屋に行くと、すぐにイチゴがのせられた皿とフォークが出てきた。 「啓太がすぐ食べられるように、洗っておいたんだ。ほら、どうぞ」 「う、うん、ありがとう和希……」 　啓太はイチゴののった皿を見つめながら和希に礼を言う。 　その歯切れの悪さに、和希は疑問符を浮かべた。 「どうした啓太。イチゴ、好きだろ？」 「うん、好きだよ。…えっと、いただきます」 　啓太は皿の中のイチゴを、手にしたフォークで突き刺す。口に運ぶと、それはちょうどいいくらいに冷えていて、とてもおいしかった。 「うん、おいしい！」 「よかった。啓太のために用意しておいたかいがあったよ」 　啓太の嬉しそうな顔を見て、和希も笑みを浮かべる。 「……」 　啓太は続けてイチゴを食べながら、こっそりと和希の顔と皿の上のイチゴを見比べた。 　当たり前のように皿にのせられたイチゴ。 　当たり前のように渡されたフォーク。 　当たり前のように――ちゃんとヘタが切り落とされてあるイチゴ。 「俺はその場で食べてきたから、啓太が全部食べていいからな」 「ありがとう」 　そういえば昔和希の家で食べたイチゴもこんな感じだったな…と、啓太は子供の頃をぼんやりと思い出す。 　勿論あのときイチゴを用意してくれたのは和希本人ではなかったが。 　啓太は内心でひそかに思う。 　自分だったら、イチゴなんてざっと水洗いして、そのまんま元のパックに入れて手でつまんで食べただろうな、と。 　目の前で微笑んでいる和希自身は自覚していないのかもしれないが。 （やっぱり和希って……こういうとこ、お坊ちゃんというか、品があるというか…） 　いつか食べたりんごも皮がむかれてきれいに切られていた。きっと和希は、器用な指先でそんなことまで難なくこなしてしまうのだろう。 （俺ってやっぱり庶民というか、和希に比べるとがさつかも……） 「啓太？　さっきからどうした？」 「ああ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」 「もしかして、砂糖とか練乳があったほうがよかったか？」 「あ、別に今はなくても…」 「実は一応用意しておいたんだ。じゃあ啓太、先にイチゴを口に入れて」 「え？」 　唐突に、和希の指にイチゴを口に押し込められる。啓太がイチゴを口に入れたまま不思議がっていると。 「それから練乳。ほら」 　和希は自分の二本の指の上にたっぷりと練乳を出して啓太にすすめた。 「啓太口あけて。早くしないとたれちゃうだろ」 「…………」 　うろん気なまなざしを和希に向けながらも、啓太は仕方なく少しだけ口を開いた。 　たちまち和希の指先から甘い練乳が口の中に落とされる。そしてゆっくりと、指ごと。 「…ん…っ」 　目を閉じた啓太には和希の顔は見えなかったが、しかし簡単に今の和希の表情が想像つくような気がした。 　和希の“手”にのせられながら、啓太は思う。 （和希って、本質は品のいいお坊ちゃんなのにこういうところはさあ……） 　それでも。 　だんだんと練乳よりも和希の指先のほうを甘く感じてしまうあたり。 　即物的な自分はあまり人のことは言えないかもと思う啓太だった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　20080310