さくらさくら 「あ、桜！」 　風に乗って流れてきた白い花びらを見つけた啓太が声を上げる。 　見れば、風が吹いている方向には何枚もの花びらが同じように宙を舞っていた。 「こんなところに桜の木があったんだなー」 　啓太は少し離れた場所にある桜の木を見つめた。 「そうだな。ちょうど満開になるかならないかってところだな」 　隣を歩いていた和希も桜を見つめて足を止めた。 「……桜か…。きれいだな…」 　先に見つけた啓太よりも、感慨深い呟きが和希の唇からこぼれる。 　それを聞きとがめて、啓太は不思議そうに問いかけた。 「和希？　桜に何か特別な思い出でもあるのか？」 「ああ、いや。俺一人ならなんともないんだけど、啓太と一緒に見た桜は初めてだなと思ってさ」 　優しいまなざしが啓太に注がれる。啓太は和希のその瞳に気恥ずかしくなり、慌てて視線をそらした。 「そ、そうだっけ？」 「そうだよ。残念ながら啓太とは、昔もこうして一緒に桜を見たことはなかったからな。俺にすればそれだけで、特別な桜だよ」 　視線をそらしても、和希が自分を見ているのがわかる。啓太は自分の顔に熱が集まってきているのを感じた。 　そんなふうに突然優しいまなざしを向けられても困る――嬉しいけどとにかく困ると、内心で呟く。 「啓太」 「な、なに」 「…髪に、花びらがついてるぞ」 「えっ」 　和希の言葉に啓太は手とともに視線をあげる。 　――と、たちまち和希のあの視線にからめとられた。 「……っ」 「ほら、とってやるから動くなよ」 　和希の手が啓太の髪に伸びる。 　ほんの少し髪に触れたあと、その手が啓太の頬を滑るのを、啓太は心のどこかで予測していた。 　花びらを取ると言いながら、啓太の髪をまったく見ない和希。 「和希…ここ道端だってわかってるか…」 「勿論。でも人はいないだろ」 「だからって……」 　指先にかかる優しい力に引き寄せられて。 　啓太は仕方ないなあと心の中で呟いて目を閉じた。 　ふたりのさくらきねんびだよ――唇が触れそうな距離で、和希がひそやかに囁いた。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　20080322