ある日の夢 「――だめだっ、啓太。それだけはっ」 「･･･え？」 「そんなことしたらおまえが･･･っ」 「か、和希!?」 「う、うーん･･･」 「和希、大丈夫か!? うなされてるぞ」 啓太に揺り起こされて、和希は目を開けた。目の前には自分の顔を覗き込む啓太の顔があって、こちらを心配そうに見つめている。 「啓太!?」 「なにかいやな夢でも見たのか？ すごくうなされていたようだけど･･･」 ちゃんと起きて周りを見渡せばそこはベルリバティでの自分の私室で、自分も啓太もベッドの上にいた。お互いに裸のままで。 「かっ、和希っ」 思わず布団の中をのぞきこんで二人とも下半身にもなにも身につけていないことを確認すると、和希は安心して啓太に抱きついた。 「よかった･･･夢だったんだな･･･。俺の隣りにはちゃんとこうして啓太がいてくれるんだもんな･･･」 「いったいどんな夢見たんだよ。俺がその、離れちゃうような夢なのか･･･？」 「まあ･･･な。だから夢から覚めて啓太がちゃんと俺のものなんだとわかって安心した」 「･･････」 心配させた啓太に和希が明るく笑いかけると、啓太が無言のまま顔をすり寄せてきた。 「啓太？」 「俺が見た夢じゃなくて、和希の夢であってもそういうのはいやだな･･･。夢の中でも、俺は和希と離れたくないよ」 「――啓太っ」 「わ、和希！」 和希は啓太の上に体を移動させると、そのまま啓太の首筋に顔をうずめた。 「ちょ、和希、朝、朝！」 「だめ。誘ったのは啓太だろ。それに･･･本当に啓太が俺のものだって確かめたいんだ。つらかった夢のことを忘れて啓太に思いきりひたっていたい･･･」 そう言いながらすでに和希の手はあやしげな動きをはじめている。もうやめる気はないんだという意思表示のように。 今は朝であり、これから二人とも学校に行かなきゃいけないのにと真面目に考えた啓太だったが、和希の手が布団の中の自分自身に伸ばされ、かつ胸の突起を口に含まれたときには、さすがに思考が停止した。 「･･･っ和、希･･･っ」 さんざん昨日体を合わせたというのに、和希の手の動きは的確で、ゆるく扱かれると啓太の息があがりはじめた。 「･･･もうっ･･･あとで、夢の内容教えろよ･･･？」 そう呟いて、啓太は学校に遅刻しないで行くことを諦めて和希の首に手を回した。 「――で、和希、いったいどんな夢を見たって？」 「さーて、今日は手芸部にでも顔を出すかなあ」 「和希！ さっきからずっとはぐらかしてばかりいるけど、いい加減教えろよ！」 啓太は何度聞いてもそのたびにはぐらかす和希に頭にいらついて声をあげた。 今はもう放課後である。 あれから二人して二時間目の授業からもぐりこみ、一日の授業を普通に終えて今は中庭を歩いていた。 「･･･だから、すごくいやな夢だったから言いたくないんだって。言ったら本当にそうなりそうでさ」 「どんな夢か教えてくれたら、俺だってそうならないように気をつけられるかもしれないだろ」 「いや･･･啓太が気をつけても向こうのほうが何十倍もうわてだからな･･･」 「それに、夢は夢であって現実にはそうならないよ。だって、俺は和希だけが好きなんだからさ」 「啓太････。あー、なんて啓太はかわいいんだっ！ こんなかわいい啓太にあんなひどいことさせるなんてほんと鬼や悪魔だよなっ。まったく啓太がこわれちゃったらどうするんだよっ」 啓太の言葉に感動し、和希が思いきり啓太に抱きついた。 「お、俺がこわれる？ それってどういう･･･」 「おや？ こんなところで人目もはばからずにラブシーンですか？ 伊藤くんも遠藤くんも大胆なことをしますね」 「大胆というより単にサカっているだけだろう。自分の生徒に手を出しただけじゃ飽き足らず、昼間っからことに持ち込もうとするとはいい身分だな遠藤」 啓太が和希の言葉に疑問を抱いたとき、横合いから二つの声が続いて聞こえてきた。 姿を見せた七条と中嶋に、啓太は和希に抱しめられているという状況も忘れて普通に挨拶をしようとした。だがその前に和希が、二人に鋭い視線を送った。 「放課後は自由な時間ですからね。どこでなにをしようとこちらの勝手でしょう。そもそもなにをしているかわかってて姿を見せるなんて野暮というものでしょう」 「野暮、でしたか。そうかもしれませんね。いいところでお邪魔してしまいましたね伊藤くん」 「い、いいえっ。別にそんなことないですよっ。ただ俺たち話をしていただけですから」 七条の言葉に啓太は慌てて和希から離れて言った。 「･･･と、伊藤は言っているが？」 「お邪魔でしたよ、おもいきり。いいところで無意味にしゃしゃり出てこないでください。どうせ別に俺や啓太に用事があるわけではないんでしょう中嶋さんも七条さんも」 啓太が離れたので和希もしぶしぶ腕を下ろしたが、それでも和希は二人から啓太を守るような位置に体をずらした。今日に限ってなんで二人に攻撃的なんだろうと思いつつ、啓太はあることに気づいた。 「そういえばお二人ともどうしたんですか？ お二人が一緒にいるなんて珍しいですね」 「･･･伊藤くん、誰と誰が一緒にいるように見えるんですか？」 「･･･え･･･」 「啓太は目が悪いらしいな。俺が啓太の目をよーく見えるようにしてやろうか」 「あの･･･」 「もう、二人ともいい加減にしてください。同時に姿を見せたら誰だって一緒にいるように見えますよ。啓太を怖がらせてなにが楽しいんですか」 中嶋と七条から冷ややかな言葉を向けられてひきつってしまった啓太を背にかばい、和希は二人に強く言った。途端にそれぞれからもっと寒い言葉が吐き出される。 「そんなのいまさらでしょう遠藤くん。伊藤くんは愛らしくてなにをしていてもたまらないのですが、びくついている伊藤くんの姿というものはくるものがあるでしょう？」 「無論楽しいに決まっているだろう。小動物のようにおびえる伊藤をさらにいろいろな意味で震え上がらせて泣かせるというのは、充分な満足感が得られる。遠藤、おまえにも身に覚えがあるだろう？」 「･･･な、なんなんですかそれは･･･。七条さんも中嶋さんも、俺のことそ、そんな･･･っ」 「身に覚えなんかありませんよ。俺まで一緒にしないでください。そりゃあ啓太は昔っから怖がりなところがあって、ちょっと怖がらせるとすぐに俺にしがみついてきて、そんな様子がたまらなくてつい何度も怖がらせたこともありますけど、でも別に俺はお二人ほど変なことを考えているわけじゃありませんから」 「･･･和希･･･」 啓太を守って生真面目に言った和希だったが、その生真面目さがちょっと啓太を引かせたことに和希は気づかなかった。それはただ自覚がないだけなんじゃあ･･･と啓太はひきつったが、あえてこの場では黙っておくことにした。勿論心の中では和希もやっぱりあやしいとしっかり書き留めておく。 「とにかく、お二人がここにいるなら俺たちは帰ります。あとは二人で討論でも議論でもなんでもやってください。こんなところにいて啓太が妊娠したら困りますから。行こう、啓太」 「に、妊娠て妊娠て･･･か、和希っ。あ、じゃあ七条さん中嶋さん、俺たち失礼します」 和希に腕を引っ張られ、啓太は慌てて二人に挨拶をした。二人はなにも言わずに見送ってくれたが、いまさらながら本当は自分たちに用があったんじゃないだろうかと啓太は思った。あの二人が言うように元から一緒にいたわけではないとしたら、それはつまり二人とも自分たちに用事があってたまたま鉢合わせしたということではないだろうか。 「和希。もしかしてやっぱり七条さんたちって･･･」 手を引っ張る和希に思いついたままを話そうとしたら、前を歩く和希がぴたりと足を止めた。そしてこちらを振り向き、先ほどのように抱きついてくる。 「か、和希？」 「･･････本当に夢でよかった･･･。あんなのの好きにされている啓太なんて可哀想すぎて見てられないよ。いくら啓太がそれで幸せなんだって言ってたって、あんなことばかりされていたんじゃ、啓太が壊れちゃうよな」 「あんなの？ あんなこと？」 「たとえ夢でなくても、やっぱり危険極まりないんだから啓太は極力近づいちゃだめだぞ？ お互いに足の引っ張り合いをしそうなくせに、いざってときは妙に意見が一致してそれで啓太のことを罠にはめるんだから。いいか、本当に妊娠しちゃうかもしれないんだからなっ」 「･･･なんのことを言ってるんだよ、和希」 和希の話は啓太にはよくわからなくて何度か説明を求めたが、結局和希は詳しいことは教えてくれなかった。ただしきりに和希はあんな夢はもう見たくないと苦笑するばかりだった。 「あんなの、だそうですよ」 「おまえと一緒にされるのははなはだ迷惑だな」 「それはこちらも同じ気持ちですよ。気持ち悪くて吐き気がしそうなくらいですね」 「しかし夢、か。おまえと共有というのはぞっとするが、それでも一考の余地はあるな」 「そうですね。あんなふうに遠藤くんが張り付いている状態ならだめもとですからね。それに･･･試したあと得られるものはとても大きいですからね」 「――まずは遠藤を排除するか」 「一筋縄ではいかないところが楽しそうですね」 「･･････っ」 「和希？ どうかしたのか？」 「いや、なんかすごい悪寒が･･･」 「大丈夫か!?」 「た、多分･･･」 夢のことを口にしたことで墓穴を掘ってしまった和希に幸運の女神が微笑んでくれるかどうかは、また別の話――。 ＥＮＤ |