「啓太。誕生日おめでとう」 そう言って、和希が俺の誕生日を祝ってくれた。 昔からよく誕生日のことで友達にからかわれたりしたものだけど、やっぱりどんな日であれこうしてお祝いしてもらうっていうのはとても嬉しい。 なんと言っても和希は俺にとって一番大切な人だし、その和希と二人だけで過ごす誕生日は本当に幸せな日だった。 和希が俺のために計画を立ててくれて、当日はそれにそっていろいろなところに連れてってくれて。和希が俺のことを想ってくれている、そのことがすごく伝わってきて、俺としてはそれだけで充分な誕生日プレゼントだったんだ。 なのに――。 和希が用意したプレゼントは、俺をちょっと驚かせた。 和希らしいといえば和希らしいけど、これ･･･どうするんだよ･･･。 想いの数だけ 「ほらこれ。啓太に」 ベッドの上で火照った身体を休ませていたら、ベッドに腰かけた和希が俺の枕元にリボンと包装紙できれいにラッピングされた箱を置いた。 「和希？」 「誕生日プレゼントだよ。本当はもっと前に渡そうとしてたんだけどな。この部屋に入ったらすぐに渡そうと思ってたんだけど･･･ちょっと順番間違っちゃったよな」 「･･････部屋に入った途端、なしくずしにベッドに流れるはめになったのは和希のせいだぞ･･･」 俺はちょっと恨みを込めてぼそぼそと呟いた。ここは和希が取ってくれたホテルの一室･･･というのはいいんだけど、俺としては部屋の中とかいろいろ見たかったのに、そんな時間もくれずに和希が仕掛けてきたんだ。そりゃあ俺としても気持ち的に盛り上がってきちゃったからそのまま和希にこたえちゃったんだけど･･･。 というのはまあいいとして。 「わざわざプレゼントなんて用意してくれなくてもよかったのに。和希が俺を一日楽しませてくれたというだけで充分なプレゼントになってるよ。ただでさえ和希は俺にいろんなものをくれているのにさ」 「そうはいかないよ。プレゼントはプレゼントだろ。こころよく受け取ってくれよ。俺は啓太が喜んでくれるところを見たくて贈っているんだからさ」 「ん、わかった。ありがとう和希」 俺は和希に礼を言ってさっそくそのプレゼントを開けてみることにした。･･･が、その途中で和希がベッドの脇にある和希の鞄から、もう一つ箱を取り出してきた。 「啓太。今渡したのは１７歳の誕生日の分な」 「へ？」 「でもってこっちが、１６歳の誕生日プレゼント」 「１６歳って･･･去年じゃないか」 「だって啓太の１６歳の誕生日は、俺は一緒に祝ってやることが出来なかっただろ？ でもプレゼントだけは用意しておいたんだ」 確かに俺がベルリバティにきたときには、俺の誕生日なんかとっくに過ぎていたもんな。でも、わざわざさかのぼって一年前のプレゼントなんか用意するかな、普通。 そのとき俺は、和希の思考にはちょっと普通とは違う部分もあるってことをすっかり忘れていた。正真正銘まともなやつだったら、二十歳をとうに越えているのに制服を着て高校生のふりをしようとしたり、くまのぬいぐるみに変な言葉なんか喋らせて遊んだりしないよな･･･。 「再会する前に俺の誕生日のプレゼントを用意していたってことは、『カズ兄』は俺の誕生日を子供のころから知っていたってこと？」 「そうだよ。啓太は覚えてないか？ ちっちゃい啓太が俺に自慢げに教えてくれたんだ。『５／５のこどもの日がボクの誕生日だから、いつもボクの誕生日はにちようびなんだ、すごいだろ！』って。多分、日曜日じゃなくて休日ってことを言いたかったんだろうけどな」 笑いながら和希が、当時のことを話してくれた。･･････俺、そんなこと全然覚えてない。子供のバカな言動ぐらい、そのまま忘れててほしいよな･･･。 「で、１６のときには和希は俺のことをベルリバティに呼ぶつもりだったから、わざわざ誕生日プレゼントを買っておいてくれたってことか？」 「いや、毎年のことだしな」 「･･･毎年って･･･」 いやな予感を感じた俺の目の前に、和希はさらに鞄から取り出したものを喜々としてベッドの上に並べはじめた。 「だから毎年だよ。啓太と出会ってから今年までいつも啓太の誕生日プレゼントを買っていたからな。いつか啓太と会えたときにそれを渡すのをずっと楽しみにしてたんだ」 「･･････」 「これが１５歳の啓太への誕生日プレゼントで、これが１４歳のときの分。こっちが１３歳、１２歳、それから･･････」 「･･････和希」 「ん？ どうかしたか？ あ、わざわざ今全部開けなくてもいいからな。あとでゆっくり見てくれればいいからさ」 「じゃなくて！ こんなに誕生日プレゼントがあってどうするんだよ!? 俺の誕生日プレゼントなんか一つで充分だろ！」 「だって、俺は啓太とずっと会えなかったからさ･･･」 声にさみしさをにじませて、和希が呟いた。 それを聞いて、俺はさらに文句を言おうとしていた衝動を慌てて引っ込める。 「和希･･･」 「啓太とあんなふうにわかれて、いつか一緒の学校に通おうって約束したけどその約束は全然果たせなくてさ。それでも啓太といつか会えるってことだけを楽しみに、毎年誕生日プレゼントを選んできたんだ。だから、ちょっと多いかもしれないけど啓太に受け取ってほしいんだ」 「･･････」 「どうしてもいらないって言うんだったら、とりあえずもらうだけもらっといて、俺の見ていないところで捨てちゃってもかまわないからさ。･･･頼むよ啓太･･･」 心細そうに俺を見つめた和希の目に、俺はほだされた。和希の声はほんの少し自嘲的な響きもあって、俺がそんな和希を邪険に出来るはずなんかなかった。 ちょっとびっくりしたけど、でも俺が和希からのプレゼントを捨てちゃったりするわけないじゃないか。和希が俺のためにいろいろと考えて選んでくれたプレゼントだもんな。 「これ全部和希が用意して、そうしてずっと取っといてくれたんだな。一番古いものなんか十年は経ってるよな。その間ずっと持っててくれたんだな････」 そう考えるとすごいことだなと思った。最初にいくつものプレゼントを見たときはそんなにいらないって思ったけど、でもこのプレゼントの一つ一つに、和希の気持ちがつまっているんだもんな。 だが和希は、次の瞬間あっさりした声で言った。 「んー？ いやここにあるのはみんなこの前買ったものだけどな」 「･･･和希〜〜〜っ！！」 俺は感動を台無しにされたようで、一度脱力してベッドに突っ伏してしまったあと、すぐに起き上がって声をあげた。その勢いのまま和希に向かって叫ぶ。 「だったらよけいに一つでいいだろ!? ずっと前に買ってずうっと取っておいてくれたものだったら俺もありがたく受け取るけど、なんでわざわざ俺と会えなかったからってプレゼントをたくさん用意するんだよ!? 和希の気持ちは嬉しいけど、でもちょっと普通じゃないぞ!?」 「い、いやだって、十年前のものなんかいまさらあげたってしょうがないだろ？ そりゃあうちにあるにはあるけど、おもちゃだったり子供のスニーカーだったりするからさ。そんなのより今使えるもののほうが啓太もありがたいだろうと思って、この前買い替えたんだ」 「別に今、わざわざ和希にプレゼントしてほしいものなんて五個も十個もないよ！ なんでわざわざ買い替えるんだよ!? そんなことされたって別に俺は嬉しく･･････え？」 俺はふと黙って、和希の顔をまじまじと見つめた。和希は俺の勢いに押されたような顔で俺を見ている。 「･･････とって、ある？ 十年以上も前のプレゼントを？ おもちゃや、子供用のスニーカー･･･？」 「ああ、うちに･･･鈴菱の自宅のほうにあるよ。でももう今回こうして啓太に今までの分のプレゼントをまとめてあげられたし、もうそっちは捨てるつもりだけどな」 「おもちゃの他になにがあるって？」 「･･････あまり言いたくないけどな･･･。俺が昔編んだ目のとんでる毛糸の帽子とか、俺とお揃いのジャケットとか、サッカーボールとか俺の好きな歌ばかりまとめたＭＤとかそんな感じの･･･」 「――」 俺は『プレゼントの中身』を聞いてちょっと感動した。 それは本当に和希が毎年選んでくれたものなんだと、聞いただけでよくわかったからだ。 「本当に、毎年用意してくれたんだな。和希、日本にいなかったときもあったよな？」 「そうだな。だからただでさえ俺と啓太の年が違うのに、そのときの日本でなにが流行っているか全然わからなかったからいろいろ調べたりもしたかな。日本にいる小学生だったり中学生だったりする啓太が欲しいものなんか全然思いつかなくて、でもプレゼントを選ぶことで啓太との思い出にひたれたり、いつか会おうっていう気持ちを強められたりしたから、今すぐ渡せなくてもプレゼント選びをやめることは出来なかったんだ。啓太のそばにいられなかった分、気持ちが膨らんで夢見がちにもなっていたけどな。･･･啓太のためというより、俺のためのプレゼント選びだったよな。そんなもの送ったって、啓太にすれば重いだけだよな･･･。――啓太、悪かったよ。とりあえず今年の誕生日プレゼントだけ受け取ってくれればいいからさ。あとは本当に捨てちゃってかまわないから･･･」 「俺、ほしいよ」 俺は和希に向けてはっきり言った。 「え？」 「和希が本当に毎年毎年用意してくれたプレゼント、俺全部もらいたいよ」 「啓太･･･」 「だってそのときそのときの和希が俺のことを考えてくれた、その気持ちがつまってるプレゼントだろ？ だったら俺が全部もらって、俺だって一年ごとの和希の気持ちを感じたいよ。和希、このときなにを考えてこれを選んだのかなとか、そのときの和希はどんなふうに生活していたのかなとか、そのときの和希の好きなものはこれだったんだななんて、和希のことを感じながら一つ一つのプレゼントを大切にしたいよ。今使えるとか使えないとか、そんなことじゃない。俺は、そのときの和希の気持ちがほしいんだ」 そう考えると本当にすごいプレゼントだと思った。和希が長い間とっておいてくれただけじゃない。俺と会えない間も、和希が俺のことを忘れていなかったってことだけじゃない。 「そのプレゼントは、俺と和希が会っていなかったときの思い出だよ。俺と和希は何年も会っていなかったのに、俺たちをつなぐ思い出の品がいくつもあるんだ。それってすごいことだよな!? そして本当にすごく、幸せなことだよな」 遠く、離れていたのに。 和希はプレゼントを買うことで俺のことを考えてくれていて、俺はプレゼントをもらうことでそのときの和希を感じることができる。 距離も、時間も越えて。 「･･･はは･･･なんか、俺本当に今日は最高の誕生日だよな･･･。和希とこうして初めて誕生日を過ごすことが出来て、そうしてたくさんの気持ちをもらえて」 本当に幸せすぎて怖いくらいの誕生日だとしみじみ思う。 「和希のことが好きだよ。和希がいてくれてよかった。和希と出会えてよかった。･･･俺に幸せをくれて、ありがとう和希」 俺がそう言うと、すぐさま和希に抱きしめられた。それはちょっときついくらいに強い力で、でもすごく幸せだった。 「違う、それは俺のセリフだよ。啓太がうまれてきてよかったと思う。啓太という人間がいてくれてよかった。幸せにしてもらったのは俺のほうだよ･･･」 「･･･でも俺のほうはこんなにすごいプレゼントをもらっちゃったけど、俺、来月どうしよう･･･」 来月には和希の誕生日がある。今度は俺が和希をお祝いしてあげる番なんだけど、でもどんなプレゼントを用意しようか。 「別に品物とかはいらないけどな。啓太の気持ちがあるだけで。あと、ちょっと啓太が頑張ってくれればさ」 「･･････最後のは聞かなかったことにしておく･･･」 なんとなく勘で和希がどういう意味でそんなことを言ったのかわかって、俺は小さい声で呟いた。 すると俺の声を拾った和希が、俺を抱きしめたまま吹き出したのがわかった。そのまましばらく身体を震わせて笑い続ける。･･･和希、ちょっと笑いすぎだろ。 ひとしきり笑ったあとで、和希が俺の耳元で「最初の誕生日だな」と囁いた。 「え？」 「俺と啓太が出会って、二人で過ごす最初の誕生日だな。そしてこれがはじまりだよな。これから先、何回も何十回も今日みたいに二人で誕生日を迎えような」 今日が最初の誕生日。 １７歳の誕生日という中途半端な数字の誕生日だけど、でも確かに記念すべき俺の「初めての誕生日」なんだ。そう思うとなんだかくすぐったいような気がした。本当にこれから何回も何十回も、二人で過ごす誕生日を迎えられるのかな。 でも俺も、この先ずっと和希と一緒の誕生日を迎えたいと強く思う。 「･･････和希。来月は、またうーんといちゃいちゃしような」 俺は自分から和希に甘えるように頬を摺り寄せて言った。 それを聞いた和希がちょっと意外、というような顔をして俺の顔をのぞきこんだ。 「嬉しいけど･･･どうしたんだ啓太？」 「和希の誕生日にはまたこんなふうに二人で過ごして幸せになりたいから･･･だから勿論そのときには和希の年、ちゃんと教えてくれるよな？」 俺は明るく爽やかに和希に笑いかけた。 「――」 「いくつになったのか教えてくれなかったら誕生日なんか祝えないし、俺とたっぷりいちゃいちゃして幸せになるためにも、勿論そんなことぐらい和希は簡単に教えてくれるよな？ 俺、すっごく楽しみにしてるから。――勿論、本当のこと教えてくれないならいちゃいちゃの誕生日はなしな？」 「･･････」 和希がちょっとだけ俺から視線をそらした。少し、考え込んでいるみたいだった。 まあ本当は、たとえ和希が例によって例のごとく教えてくれなくてもうまくごまかしたとしても、ちゃんと和希の誕生日はうーんと盛大にお祝いしてあげるけどな。 でも今日は俺の誕生日だし、ちょっとだけ甘えてみてもいいだろ和希？ それぐらい和希から気持ちのこもったプレゼントもらって、俺は今、すごく幸せなんだからさ。 ･･･勿論和希の年なんかもう関係ないよっていうのは、しばらく黙っておくけどね。 ＥＮＤ |