「理事長と学生の恋」七年後 啓太ｖｅｒ． 〜元学生の教師の恋〜 ※ちゃんとした小説ではありません ・「理事長と学生の恋」の七年後という設定です。あの話の七年後に、もしもこういうことが起きたら、というＩＦ話です。（あの話はそのまま置いておきたい気持ちもあるので）。 ・あのあとの啓太が今度、教師になったときに、男（和希）と一緒にいるところを見られ、学園内で噂が立ち、教師をやめるように追い詰められる事態になります。 ――学園内でホモだとか生徒を食べているという噂が立ち、追い詰められる啓太。 でもそばには和希はいなくて、自分一人で事態をどうにかしなきゃいけなくて。 あのときは、学生の立場で和希に開き直れと言った啓太。 今度は同じ、矢面に立つ大人の立場でどうするか――。 （以下注意点） ・七年後設定なので、勇気や智友たちもいます。勇気と智友は話の中で恋人同士であるとも、単なる友達同士とも出てきません（この話的にはどちらでもよいので。ただどちらにしても、少なくとも学園内でいかがわしいことはしない関係です） ・榊先生は副理事です。廃校問題も片付いて平和な日々の中での出来事です。 ・啓太に対して多少ひどい噂が流れます。 ・設定に甘いところ、強引な展開、ベタな展開があります…。あと和啓なのに和希の出番が少ないです。 「理事長と学生の恋」七年後 啓太ｖｅｒ． 〜元学生の教師の恋〜 ・週末、空港で、久々に和希と会う啓太。和希の方が啓太と会えて嬉しくなり、テンション高く抱きついたり、頬にキスしたり。それを人前だとたしなめながらも、自分も嬉しさが込み上げて受け入れる啓太。 ・その啓太の様子を、海外遠征に行っていたベルリバティの一人の生徒が見てしまう。咄嗟に携帯で写真を撮る生徒。（慌てていたため相手の顔はうまく撮れず。啓太が男と抱き合っているのははっきりわかる） ・空港からそのまま、短い逢瀬を楽しむ啓太。和希は翌日、そのまままた海外へ。 ・啓太が週明け出勤するときには、なにやら学園に不穏な空気が流れている。自分を遠巻きに見て、なにかをこそこそ話している生徒たち。そのときはさして気にならなかったが、休み時間に廊下を通るときに生徒の話し声を耳にする。伊藤先生が空港で男と抱き合っていた、キスまでしていたから相手は恋人らしい、など。 「えー、それって伊藤先生ホモってことじゃん」 「あー、でも俺、あの先生そっち系だと思ってた。なんとなく雰囲気で？」 「確かに、高校時代を男子校であるベルリバティで過ごして、そのままここに就職なんて、男が好きじゃなきゃ有り得ねーよな。もしかして俺たち生徒のこともそういう目で見てたんじゃねえの？」 「マジかよー。きしょ」 そんな話を聞いてショックを受ける啓太。気を取り直して次の授業に向かうも、その授業の開始早々に一人の生徒が大きな声で啓太に質問を投げる。 「伊藤先生質問でーす。先生に男の恋人がいて、ホモっていうのは本当ですかー？」 「――」 たちまちざわめく教室内。そしてまた、 「伊藤先生、俺も質問ー。先生ってやっぱ女には勃たなかったりするんですかあ？」 などと下卑た質問まで飛ばされ、それに一部の生徒の笑い声がかぶさる。 「やめろよ！ そんな質問、今は関係ないだろ！」 そこに机をバン！と叩いて立ち上がった勇気が、質問をぶつけた生徒に言う。 「なに言ってんだよ朝比奈。お前だって気になるだろ。一人だけいい子ぶるんじゃねえよ」 「だから俺は今はそんなときじゃないって言ってるんだよ。先生に聞きたいことがあるならあとで聞きに行けばいいだろ!?」 「ばっかだなあ、朝比奈。あとで先生のところに質問しに行くなんて、ナニされるかわかんねえのに、怖くて行けるかよ。なあ？」 そんなこんなで教室内が騒がしくなったところに、通りかかった榊先生が入ってきて生徒たちを一喝。その場はそれでおさまる。（啓太の蒼白になった様子を見て、榊先生がこのあとを引き継ぐといい、啓太を退出させる。なにも考えられず、そのまま榊先生に任せて教室を離れる啓太。授業はこのあと数学に変わり、騒ぎの元になった生徒たち（勇気も含む）が容赦なく指される） ・一人になって呆然とする啓太。生徒をそういう目で見ているなんて話にははっきりと否定できる。けれど男の恋人がいるというのは間違いなく事実で。そして教師なのに、まともに授業を進められなかった自分。この先もまたちゃんとできるだろうか。 そして啓太は思い出す。昔のことを。 昔、和希が理事長だったときに、似たような噂が立ったことを。そして和希が自分の力であっという間に学生たちの信用を取り戻していったことを。 ・啓太の話は理事会にも伝わり、啓太は数日、仕事を休ませられることになる。授業中に騒ぎを起こしたことと、‘淫らな私生活による’噂で、学生たちによくない影響を与えるからと。そして理事会の決定いかんによっては、そのまま教師を辞めてもらうことも充分ありうるという話がもたらされる。 ・啓太は和希と話したい気持ちにかられるが、和希に心配をかけたくない気持ちも起きる。和希が忙しそうというのもあるが、こんなことに和希を巻き込みたくないとも思う。自分の問題が大きくなり、恋人が誰か突き止められたり、そこから昔流れた噂と繋げられて、昔の問題をいまさら追求されたら、和希の立場的に良くないと思う。 啓太は昔のことを改めて思い出す。自分があのとき、どんな言動をしていたかを。 『――俺にとっては本当に周りの目なんか一切関係ないんです。俺はただ和希を好きになっただけです。理事長だとか学生だとか大人だとか子供だとか、そんなの一切関係なしにただ好きになっただけだ。周りが俺たちのことをどう見ようと、俺は恥ずかしいことをしているとは思わない。今後なにかが起きて俺たちのことが公になったとしても俺は誰の前でも堂々としていられます。だってただ一人の人と出会って恋愛したことは、けして間違ったことじゃないから。どれほどたくさんの人に謗られようと俺は自分に恥じるところはないし、そんな程度で俺の和希を好きなこの気持ちに歯止めなんかかけられない』 今ももちろん、和希を好きになったことに恥じる気持ちはない。後悔もしていない。 だけど、昔ほど強気にそう言いきれない自分を啓太は感じていた。あのときの自分は、なにも持っていなかったからこそ、あんなにはっきりと言うことができた。でも今は。 和希の立場。和希に迷惑をかけたくないという気持ち。 家族のこと。このことで教師をクビになったら、家族はどんなに驚いてどんなに心配するか。 それから、ベルリバティの生徒たちに与える影響。 今の自分はいろんなものを抱えている。 あのときは大人である和希に開き直れと言った。でも今同じ大人という立場になって、そう簡単にはいかないことを痛感する。今になって、あのときの和希が背負っていたものや和希の思いが、本当の意味で理解できた。そしてあのときの和希と今の自分との差を強く感じる。弱くて、なにもできない自分。 ・休むことが決定して、榊先生に挨拶に行く啓太。あの日の授業のことを謝ったり、私事でしばらく休むことになり、迷惑をかけてすみません、と。 榊先生にこれからどうするか聞かれて、しばらく一人で考えてみると答える啓太。教師の仕事のことを問われて、今は理事会の決定に従うと俯く。 「――ベルリバティの教師になりたくてなったんじゃないのか？ そんなにあっさり辞められることなのか？」 「俺は…っ！ ……いえ、いいです。俺の気持ちより、生徒たちに与える影響の方が大切ですから。……噂は事実も含んでます。それにより俺に教師を続ける資格がないというなら……仕方のないことですから……」 ・そのあと智友に会う。ベルリバティの現在の理事長である智友に、学園を騒がせてしまってすみませんと、ここでも謝る。 そして智友に弱音を吐く。 「笠原くん、この学園にはね、昔、理事長が学生に手を出している…なんて噂が流れてたことがあるんだよ。でもそのときの理事長はすごい人でね、自分の力で問題を解決して、噂はすぐに消えたんだ。俺は、その人みたいなことができるかな。……同じ大人になったのに、年齢が近づくほど、ますます俺は自分が弱くて全然力が足りないことを実感するよ……」 あのときの和希は本当の意味で大人だったと思う。自分はそこまでの力はなくて、脆くて、こんなにも頼りない。本当に和希とは全然違うんだってことを感じて情けなく思う。ただ年を重ねているだけで。 ・啓太には何も言わず、智友、和希との定時連絡（電話）のときに啓太の話をする。 「和希さん、ベルリバティには昔、理事長が学生に手を出しているなんて噂が流れたことがあるそうですね」 「どうしてそれを……」 「今のベルリバティにも似た噂が流れているんです。教師が、生徒に手を出しているんじゃないかっていう噂が」 「――！ その教師って」 「伊藤啓太先生です」 ・和希、智友から今の学園の状況を聞いて啓太に連絡を取る。啓太、努めて何も変わったことがないふうに装って答える。 また和希も、あえてこちらからは啓太に何も聞かずに。 「和希!? 急にどうしたんだよ!? しばらく忙しくて連絡もできないかもって……」 「うん。でも、やっぱり啓太の声が聞きたくなってさ。啓太は？ 俺の声は聞きたくなかった？」 「バカ言うなよ。勿論聞きたかったに決まってるだろ。……うん、和希の声が聞かれて嬉しい…」 「そうか、ならいいんだ。啓太は元気か？ 最近疲れてたりしないか？」 「俺は…大丈夫だよ。元気だし、病気だってしてないし。和希の方こそ忙しいんだろ、無理するなよ」 「ありがとう。俺は、啓太が元気ならほっとするんだ。啓太の声を聞くと癒されるしな」 和希としては、本当は、啓太の口からすべてを聞き出したい。そして、「啓太、大丈夫かっ!? 啓太のために俺に何ができる？ 何をしてほしい？ なんでもしてやる、俺は啓太の味方だからなっ！」って言いたい。そしてすぐに啓太のもとに駆けつけ、抱きしめて、啓太の悩みを取り払って、学園に乗り込んででも、自分にできることなら何でもしてやりたい。 でも今の啓太は大人だから。啓太が自分からなにも言わないのなら、あえてこちらからは聞き出さずに今はまだぐっと言葉を飲み込んで、和希も普通に話して。 勿論なにかあればすぐに啓太の元に行く気は満々で。 ・和希、噂が立ったきっかけも智友から聞いていて、自分に対して反省もする。啓太の立場を深く考えずに行動したこともそうだし、中途半端な立場に啓太を置いていたことも。いまだ啓太の親には、ちゃんと挨拶に行っていない。啓太が抱えている悩みの中には、家族のこともあると推測する。問題が起こる前に自分がちゃんとしていれば、啓太の悩みを一つ減らすことができていたのに。 そして和希はこのあとどんなことになってもいいように、覚悟を決める。啓太の親のこと、自分の親のこと、自分の立場など、啓太のことをはっきりさせてそのうえでの啓太との未来を得るために。 ・啓太にやめてほしくない生徒たちは、メールなどを通して啓太に励ましの言葉を送る。（勇気や空也さんたちなど） また啓太のことは卒業生たちにも広まる。 「啓太が教師を辞めさせられるかもしれないだあ!? 事の発端は昔も今も遠藤だろうがよ！ なんでやつがすべて悪いのに、今になって啓太がその責任を取らなきゃなんねーんだよ!?」 「それについては同感だな。だが丹羽、今は遠藤ではなく鈴菱だろう」 「いいんだよ郁ちゃん、あんなやつなんか遠藤で。あの嘘つきの秘密主義にはふさわしい名前だろうが。それに啓太を守るだの、自分のことでこれ以上騒ぎを起こさないって俺に言ったのも遠藤だしな。……これのどこが守れてるって言うんだ!?」 ・また卒業生たちは、啓太に連絡を取って励ます。中には啓太に男の恋人がいることを知らなかった人もいたが、嫌悪感などなく、啓太を励ましてくれる。 そして啓太の恋人が誰か知っている人は、さらに具体的な言葉で励ます。 「伊藤くん、大変でしたね。聞きましたよ。今度、理事会での査問を受けるのだとか」 「七条さん、そんなことまで……」 「理事会の方々は今学園内にある噂が事実かどうかを伊藤くんに問い質したいんでしょうから、何を聞かれても、全部否定すればいいんですよ。そして実際にも今すぐあの人と別れてしまえば、伊藤くんに同性の恋人がいないことが事実になりますしね。そうすれば全部解決で、伊藤くんが教師を辞めることもなくなりますよ。ね、名案だと思いませんか？」 「七条さん…ありがとうございます。でも、それはできませんよ。和希と別れる選択は、俺の中にはありません」 「そう言うと思いました。あんな人、さっさと捨ててしまえば話は早いんですけどね。伊藤くんなら、とりあえず嘘をついてその場をごまかすという方法もとらないんでしょうね」 「嘘は、つきたくないです。自分の気持ちに嘘はつけないし、教師としても嘘はつくべきじゃないと思いますから」 「あの人は平気でつきましたけどね。以前似たような問題が起きたときに、嘘八百並べ立てたって丹羽会長も怒っていたでしょう？」 「和希は……あれは和希のやり方ですから。俺を守るために、和希がそういう道を進んでくれたんです。俺は俺のやり方しかできませんし…」 「本当のことを話したら、回りまわってあの人の立場が大きく揺らぐとしても？」 「……っ、それは……っ」 「伊藤くんが名前を出さなくても、簡単に辿りつかれると思いますよ。完全に隠し通しているわけではないですしね」 「――それでも、やはり嘘はつけません。和希と別れたとも、初めから男の恋人がいないとも言えません。俺は和希が好きで、それを恥ずかしいと思ったことは今まで一度もありませんから。もし俺が恋人の存在を認めることで和希に迷惑がかかるとしたら……俺には力がないけど、でもできるだけ和希を巻き込まないようにしたいと思います。嘘をついてなかったことにして守るんじゃなくて、ちゃんと認めたうえで、今は自分の責任を果たしたいです。もう守られる立場じゃなくて、俺がちゃんと逃げずに向き合いたい」 勢い込んでそう言ったあとで、啓太は自分が今何を口にしたかを振り返る。七条と電話で話すまではまとまっていなかった自分の考え。 「え…俺、今……」 「すみません、少し意地悪なことを言ってしまいましたね。僕としては伊藤くんが言う迷惑なんて、全然迷惑のうちに入りませんし、思いきりぶつけてあの人の立場を足元から粉々に崩してしまってもいいと思いますよ。それぐらいで簡単に壊れる人でもないですしね」 「そんなこと…っ」 「それに、伊藤くんの姿勢はとても立派ですが、伊藤くん一人が頑張るより、きっと頼られたいと思っていると思いますよ。……まあ、伊藤くん一人で頑張れるようなら、やはりあの人は必要ないってことですしね。このまま別れることをお勧めしますよ。伊藤くんの目が早く覚めるといいですね」 にこやかに笑みを浮かべて付け足された言葉に、啓太も思わず笑みをつられて。 「俺の目が覚めることは一生ないですよ。ずっと和希を好きなままです」 「それは本当に残念です。でも、今の伊藤くんの頑張りをあの人がまったく知らないというのは、とても気分がいいですね」 「七条さん……。ありがとうございます」 ・数日後、啓太、理事会の呼び出しを受ける。理事会の面々の前でいろいろと質問をされたり、啓太を貶める発言をされる。教師なのに学園内でこんな破廉恥な騒ぎを起こすなんてとか、教師のくせに男の恋人がいるなんておかしい、本来ならこんなことになる前に自分から辞表を提出するべきだろう、などなど。また啓太の学生時代の話を掘り返し、当時も退学一歩手前になるような問題児だった、そんな人間を採用したのが間違いだっただの言われる。「だから私は彼を採用するのに反対だったんですよ。それを理事長が……」とか言う人もいる。（この場には副理事として榊先生もいるが、特になにも声はかけず） 啓太、生徒に手を出したことはない、生徒をそういう目で見たことはないとはっきりと否定する。だが、男の恋人がいることや、空港でのことは認める。教師として軽率な行動だった、このような問題を起こしてすみませんと謝罪しつつも、恋人のことについては謝らない。 そして啓太は、自分が教師になりたいと思った理由、教師になって目指していたこと、実際働いてどうだったか、教師としての仕事に誇りを持っていることなどを話す。そのあとで、だからといって、教師なのに同性を好きになって悪かったとは思わない、自分にとってその人だけが特別で、世界中のだれよりも大切な人で、そしてその人を想う気持ちを恥ずかしいと思ったことは一度もないし、今後もあり得ないと、顔を上げて堂々と告げる。それは、昔の啓太が言ったことの体現。 自分がおかしなことをしているという自覚がまったくない、そんなんだったら生徒たちに悪影響があるから教師を辞めてもらう、それでもいいかと聞かれる。 啓太、その質問に対しては表情に影を落としながらも、仕方がないと言う。勿論本当は教師を辞めたくない、でも自分の存在が生徒たちに悪影響を及ぼすというのなら。 それに自分の夢と和希の存在は比べるまでもないから、と心の中で思う。 「だったら本日付けで教師を辞めてもらう、いいね。ほら榊くん、結論は出た。話をまとめたまえ。 ――そもそもこんな集まりなど無駄な時間だったんだ。こちらからさっさと解雇通知を出してしまえばよかったのに、榊副理事がちゃんと本人から話を聞くべきだと言うから……」 「伊藤、本当にここで終わりにしていいのか？」 「……辞めたくないです。でも……仕方がないです。俺が生徒たちに必要とされてないのに、俺だけ教師という仕事にしがみついていても、ただの独りよがりですから――」 そこで理事会室の扉がバーンと開く。 「伊藤先生は独りよがりなんかじゃないですよ！！ 俺たちの大事な先生です！」 と、勇気登場。その後ろには生徒会やデュラックをはじめ、大勢の生徒たちの姿。 「なんだなんだおまえたち。ここは生徒は立ち入り禁止だ！」 「伊藤先生の不当解雇に反対を表明します！ 理事会が伊藤先生の解雇を決めたって、俺、朝比奈勇気が、生徒会長として反対に一票投じます！ そして」 勇気、持っていた一枚の紙を理事会の面々に見せる。それはただの文字だけの紙だが。 「ここに、理事長の反対表明の手紙もあります。これで二票、伊藤先生の不当解雇は撤回できますよね!?」 「なっ…そんなただの紙切れ…っ」 理事会の一人がそう言いかけるが、勇気の後ろには扉に寄り掛かっている智友の姿もあって、言葉を飲み込む。 「勿論、伊藤先生にやめないでほしいのは俺と理事長だけじゃないですよ」 勇気、紙の束を持っている空也さんや高東さんを指し示す。 「確かに伊藤先生を悪く言う生徒たちもいましたが、それはほんの一部です。ここに伊藤先生に辞めてほしくない生徒たちの署名を持ってきました！ 学園のほとんどの生徒が、伊藤先生に辞めてほしくないんです！」 勇気の言葉に呼応して、後ろで啓太に対しての「辞めないで」の声があがる。 「伊藤先生、教師辞めないでください！ 先生に悩みを聞いてもらって、俺、どんなに気が楽になったか！」 「先生にどんな恋人がいたって関係ない。教師続けてください！」 「先生、ここにいてください！ 先生みたいな先生ぽくなくて何でも話せる先生、ほんと貴重だから！」 「……みんな……」 「伊藤先生が学園内で何かしたわけじゃない、今回のことは伊藤先生のプライベートに関することじゃないですか。こんなことで解雇するのは不当です。まだ伊藤先生を辞めさせるって言うなら、俺たちは断固戦いますよ！」 そこで榊先生が、生徒の署名の束を手にする。パラパラめくって、「確かに、生徒一人一人の手によって書かれたものですね。これはどうやら、伊藤先生の解雇通告は撤回しないといけないようですよ」 「いやしかし…っ」 「そんな簡単には…」 「生徒会長と理事長による反対表明、九割近い生徒たちの嘆願署名、それに……」 榊先生、理事の一人にぼそぼそと耳打ち。他の人間たちには聞こえなかったが、それは啓太を辞めさせたらどうなるかの、卒業生たちからの様々な形での脅し。 「……仕方ない、ですな…」 「理事会としての結論は出たな。伊藤教諭の解雇は撤回。ただしもう問題は起こすなよ、伊藤」 「はい、すみません。そして、ありがとうございます」 そのあとで啓太、理事会の面々にも改めて頭を下げる。 「今回のことでは俺の軽率な行動で、本当に問題を起こしてすみませんでした。そしていろいろ生意気なことを言ってすみません。俺、本当にベルリバティの教師になりたかったんです。まだ新任で頼りないですけど、俺、頑張りますからこれからもよろしくお願いします！」 「ふ、ふん。今度問題を起こしたときは即刻教師を辞めてもらうからな」 捨て台詞を言いつつ、理事会の面々が退室する。そして改めて生徒たちを振り返った啓太に拍手が起こる。 「先生、やめないでよかったー」 「これからもいろいろとよろしくな先生」 「俺たちも協力したんだから、テストの採点、今度から甘くしてくれよ先生ー」 など、冗談もとんだりして、なごやかな雰囲気になる。 「朝比奈くん、それにみんな、本当にありがとう。そしてこんな騒ぎを起こして本当にごめん…！」 「もういいんですって。実は理事会室の中での会話は、榊先生の協力によって、俺たちも聞いてたんです。伊藤先生がどんなに教師になりたかったか、どんなに頑張っていたか、そして恋人のことをどんなふうに想っているか…全部、聞いちゃいました」 「……え。……えええっ!?」 「世界中のだれよりもその人のことが大切で、愛しているんです、か…。先生、かっこよかったですよ」 「ちょっ、全部みんな聞いてたってそんな…！」 自分の発言を思い返して慌てる啓太。 「ますます先生のことを尊敬しますし、大好きになりました。これからも俺たち生徒をよろしくお願いしますね、先生」 「朝比奈くん……」 そこによく響く拍手の音が聞こえる。生徒たちの後ろから。 「生徒たちに引き止められるなんて、啓太が今まで頑張ってきたことの成果だな。啓太が生徒たち一人一人にどれだけ向き合い、心を砕いてきたか、その証が今回の結果につながったんだろうな。 ――ほら、やっぱり啓太はすごいだろ。啓太はいつもいつも自分を卑下してばかりいるけど、本当に啓太の力はすごいんだって。そろそろ俺が惚れた啓太の力を自分でも認めたっていいんじゃないかな」 生徒たちの後ろから進み出て啓太に親しげに話しかける人物を、生徒の大半は知らない。高級そうなスーツとコートを身につけた、啓太と同い年ぐらいの大人の男性。 「――和希……っ！ ……どうしてここに……っていうかなんで!? だって俺……っ！」 なにも話していないのに。 そこでハッとして智友を見る。智友、目で肯定する。 「和希……っ」 目の前に本当に和希がいることを実感する。啓太の目元がじわりと熱くなる。 「よく、頑張ったな」 「――っ。和希……っ！」 目の前で優しく微笑まれたら我慢できなくて。子供みたいに泣きじゃくって和希の胸に抱きつく。 啓太の頭を優しくなでる和希。 「本当に一人で頑張ったよな。俺は、啓太が助けてほしいって言ったらなんでもするつもりだったんだけど、とうとう最後まで俺の手は必要なかったな」 「……違うっ。俺の胸の中に和希がいたから…っ、和希の心が俺のそばにあるって思えたから、だから俺が頑張れただけだ。本当に一人でなんて頑張れっこない、和希がいてくれたから…っ！」 知らない男性の登場に思わず注目してしまった勇気たちだったが、智友に行こうぜって合図を送られて、静かにこの場を離れていく。それに和希は気づき、智友に軽く手を上げて礼と謝罪を伝える。今までの不安と緊張の糸が切れて泣きじゃくっている啓太は気づかない。 啓太たちから離れながら、生徒たちはこっそりと、あれが伊藤先生の恋人かあ…なんて思ってる。そして、あんなにかっこいい恋人がいたら、自分たち生徒になんか絶対に目がいかないだろうなあとも思う。 「――啓太、今回の元々の原因も俺だっただろ。ごめんな……本当に。啓太をこんなにつらい目に合わせて、そのうえなにも助けてやれなくて。俺は、啓太の恋人失格だな」 「違う、そうじゃない…っ。俺だって浅はかだった。全然深く意識してなかった。だから、今回のことは時間の問題だったんだ。俺がもっとちゃんと自分が教師でいることを意識していれば……っ」 「啓太はちゃんと教師として頑張っているじゃないか。だからみんなが啓太を引き止めてくれたんだろ」 「でも全員じゃない。俺はまだまだ自分の力が足りないことを実感するよ。……同じ大人になったのに、俺は和希みたいに強くなれないし、頼りないままなんだ……」 「こらこら。今回、一人で全部を解決させた人間がなにを言ってるんだか。啓太はこれ以上、どこまで強くなる気なんだ？ 俺は今だって啓太を助けられなくて寂しいのに、今よりもっと啓太が強くなったら本当に俺の手を必要とされなくなりそうで怖くなるだろ。……啓太は強くなったよ。そして、大人になった。今、改めてそれを強く感じるよ」 涙でぐしゃぐしゃになった啓太の顔を上げさせ、その目元やほおなどに何度も口づける。 「……でも頼むから、これ以上俺の手を離れないでくれよ。今回は啓太に任せたけど、俺にももっと啓太を守らせてくれ。見守っているだけでなにもしないで待つなんて、耐えられない。俺の方がまいってしまいそうだった……」 「か、和希？ それって、いつから……」 それには答えずに。さらに啓太の顔に軽く口づける。 「本当に、俺の啓太は魅力的で、俺は何度も惚れ直しているよ。そして、これ以上啓太が俺の手を離れていかないように、俺に啓太を縛らせてくれ」 「え？」 啓太から少し顔を離して、啓太の目をまっすぐに見つめて。 「啓太の家に二人で挨拶に行こう」 「――っ！」 「勿論俺の家族にも会ってほしい」 「和希…っ…」 「この先一生啓太といることは俺の中でとっくに決定事項だったけど、でも今までは中途半端なままだっただろ。それをちゃんとした形にしたいんだ。少なくとも互いの家族には俺たちの気持ちをはっきり伝えたい。今度は手紙とか、学園の理事長としてとか遠回しな方法ではなく、俺自身が本当の名前で、啓太の恋人として啓太の両親に会いたいんだ」 啓太は和希のその言葉で、昔自分の家に、当時の理事長からの手紙が送られていたことを思い出す。 「……俺を縛るために？」 「そう。周りを固めて、啓太を逃がさないために」 そう言って二人で目を見交わしあって、かすかに笑う。 「勿論、啓太が嫌でなければの話だけど」 「そんなのいやじゃないに決まってるだろ！ あ、でも……」 「啓太？」 「…俺、学園で問題起こしたばかりだけど…だ、大丈夫かな？ 俺なんか和希の両親に一蹴されるんじゃ…」 「大丈夫だよ。むしろ、啓太のあの大演説をうちの両親に聞かせたら、息子のことをこんなに想ってくれてるのね！って、感激するんじゃないかな」 「――え？ 和希もまさか……聞いてたのかっ…？」 「人前で、あんなに熱烈に告白してくれてありがとうな啓太。いやあ、俺たちの思い出の品がまた一つ増えたよな」 「……お、もいでの品…？ …って……」 「笠原くんと榊副理事に協力してもらって、元々は理事会での他の人間の発言を証拠として録っておくだけのつもりだったんだけど……とりあえずあとで啓太の声だけ別に抜き取って保存するのは決定だな」 「――和希……っ！」 「まあまあ。それだけ啓太が心配で俺も何かしたかったんだからしょうがないだろ。それに、こんなに俺を愛してくれる人は他にはいませんっていう、いい証明になるしな」 「……っ」 「――啓太。本当に今回のことが無事に解決してよかったよ。すべては啓太のおかげだな。……だから、今度はベルリバティスクール元理事長の俺から、な？」 和希のいたずらっ子めいた表情で和希がなにをしたいのか悟り、啓太は溜息をついたあと和希に顔を向けた。 昔は頬だったが、今は自分の気持ち的にも。 「では改めて、ベルリバティスクール元理事長の鈴菱和希から伊藤啓太教諭に、よくできましたのご褒美を」 そして二人はそのまま、唇を重ねた。 ・和希が啓太の元に駆けつけたのは、啓太が心配だからでもあり、何か問題が生じたときに自分が乗り込めるように、でもある。あともう一つ、ひそかに伊藤先生かわいいと思っているごく一部の生徒に対する牽制の意味もある。啓太は自分のものだとさりげなく見せつけるために。（啓太のことが片付いてすぐ、啓太の男の恋人が学園に現れるのって問題だと思うが、和希はうまく立ち回れる自信もあるし、もしうまくいかなかったらそのときはそのときだと思っている） あと、榊先生が理事に伝えた「卒業生たちの脅し」には、「卒業生」でもある和希の分も含まれてます。 ・和希が言った、啓太の話を聞いたら両親が感激するというのは冗談。実際はそこまで簡単ではないです。でも録音は本当にしていたので、啓太の和希への気持ちはそれで伝わります。 ・勇気が言った、「伊藤先生が学園内で何かしたわけじゃない」の言葉は、昔和希と一緒に、学園内でナニかしていた啓太には痛い言葉。勇気に再びその言葉を向けられたときには笑ってごまかすしかなかったり。もう時効かもしれないとはいえ、生徒たちにはとても言えない話。（サーバー棟の入り口や理事長室であんなことをしていたとかも、智友にはけして言えない話） ・啓太を悪く言っていた生徒の一人は、こののちベルリバティの他の生徒のことが好きになり、啓太に恋愛相談を持ちかけるようになる。また、空港で啓太の写真を撮った生徒は、実は啓太にひそかに好意を持っていたため、恋人といるところを見てショックを受け、動揺のままに周りに見せたことがのちに判明。あとで啓太に謝ってくる。 ・啓太はこのあと他の生徒からも恋愛相談を持ちかけられる。ノーマルな恋愛相談もあるが、学園内の恋愛事情にもいろいろ詳しくなる啓太。松岡先生に、生徒たちから頼りにされてますねと言われて、頼られるのは嬉しいですが、思っていたのとちょっと違うような……いえ、やはり嬉しいですね、と言って笑う。自分のように同性を好きになって悩んでいる生徒がいるなら、いろいろ相談に乗ってあげたいと思う。 ・啓太と和希、場所を変えてあのあとたっぷりいちゃいちゃしてから、「本当は啓太が教師を辞めさせられてたら、そのまま啓太をさらっていって、いつも俺の側にいてもらうんだけどな。そうできなくて残念」なんて、半分冗談、半分本音を込めたことを言う和希。（少し上の、和希がそのときはそのときだと思う理由はここにある。啓太の夢を応援しつつも、それもまた和希の本心） ――お疲れ様でした！！ お付き合いありがとうございました！ （改めて……設定いろいろ甘くてすみません。急な思いつきもあって練り込んでいないので、つじつまが合わないところや物足りないところがあると思います…。啓太のこと、智友が知らせるより、松岡先生が和希に早く知らせるだろう、とか、勇気と智友、榊先生以外のキャラにもちゃんとした出番を作れたらよかったのに、とか、あと和啓なのに、和希の出番が少なくてすみません。でも思いのままに考えるのは本当に楽しかったです！） |