ペアルックでいこう 「はい、ここでリボンを結んでマントをとめて……ふふ、この衣装、とても似合いますよ〝８４８〟」 オレの胸元にあるリボンを結い終わった七…もとい、７７３は、そう言ってにこやかな笑顔を見せた。なんかめちゃくちゃ楽しげなのは…きっとオレの気のせいじゃないんだろう。ううっ。 「サイズも見た感じではちょうどいいようですね。８４８、少し体を動かしてみてください。もしきついところがあったら手直ししますから言ってくださいね？」 ７７３に言われて、オレは素直に手を動かしてみる。うん、きつくもなくゆるくもなくちょうどいい感じだった。――って、これって確か７７３が作ったって言ってたよな。こんなにサイズがぴったりなのって、不思議を通り越してちょっと怖い気もするんだけど…。身体測定の結果で身長や胸囲はわかるとしても、それだけでこんなにぴったりに作れるものなんだろうか。 それに…。 「…この後ろにあるものって、もしかして７７３と同じ…だったりする？」 「後ろにあるもの、ってなんですか？」 …ぜってえ、わかっててとぼけてるだろ７７３…。 「…だからこれだって。この、ふさふさした、妙に丸っこいヤツ」 勿論オレだってそれがなにかわかってるけどよ、なんとなく口にしたくない気がした。 そんなオレの気持ちもわかっているのか――きっとわかっているんだろう…――７７３はニコニコしながらオレのそれに触ってきた。軽くなでたあと、そっと引っ張る。わわわっ、ちょっと位置が微妙なんだから、そんなふうにやばい触り方すんなよ～。 「ええ、私とおんなじですよ。ペアルックですね。コレも、とても似合っててかわいいですよ」 う、嬉しくねえ…。こんな服でペアルックというのも、この丸いふさふさしたヤツも。ふつー、男が着るもんじゃねえだろー…。そりゃあ７７３は似合うにしてもさあ。かわいいなんてマジですか･･･。 ――藤守のことやクリスのことなど、いろんなことに失敗したオレは、今は４１６の元で修業をする身の上となった。つーか、簡単に言えば４１６との賭けに負けたんだけどさ。（その賭けの内容はここでは言いたくない…ちきしょー４１６め～！） で、それにあたって今は、なんでもオレのために新しく用意されたという衣装を身につける羽目になっていた。 兄…じゃなくて、４１６は嬉々として、〝ふふふ。これが栄誉ある怪盗８４８の衣装だぞ、そら豆くん〟とか言って、オレにその衣装を渡した挙句、〝それではこれは着方になかなかコツがいるからな、向こうで私が着させてあげよう〝と言ってオレの肩に手を回してきたんだけど、それを７７３が遮ったんだよな。確かそんとき７７３が、〝８４８の衣装を縫ったのは私ですから、私がサイズを確かめますね〟とか言ってさ。 そんなわけで今オレは４１６をおいて、この部屋に７７３と二人きりで衣装合わせなんかしているわけだけど…。 「ああ、そうそう。８４８にはもう一つオプションがあったのを忘れていました。ちょっと待っててくださいね」 ７７３はおもむろにそんなことを言ったかと思うと、床に置いてある箱をがさごさと探りはじめた。そうしてしばらくして７７３が箱から取り出したものは――。 「ああ、ありました。はい、これです。頭につけてくださいね」 げっ。げげげげっ。 オレは思わず本当に７７３からずざざざざっと身を引いてしまった。だって、今７７３が持っているものはなんと、白くてふさふさして長いウサギの…うわっ、冗談きつすぎっ！ 「コレって本当は７７３がつけるはずだったやつだろっ!?」 「別に私がつけるはず、なんて決まってないですよ？ より似合うほうがつけるべきだと思いませんか？」 「ンなこと言ったら、ぜってえ７７３がつけるべきだろっ」 「私なんかより、８４８のほうがずっと似合いますよ。ほら」 そう言って７７３がオレの頭にそれをかぶせた。もっちろんオレはすぐに取り外そうとしたんだけど、 「ふふ。とったらだめですよ？」 なんて笑顔で７７３が言うもんだから、オレは手を上げたまま固まってしまった。う…やっぱりこええよ。なんか逆らったらやばいって気がする。 「ああ、やっぱり似合いますね。あつらえたように似合っていて、私も嬉しいですよ」 オレの頭にあるそれをぽむぽむと手ではじくように揺らす７７３…。ふ…。もうどうとでもしてくれ…。 「やっぱりこうしてみると、８４８もいい体つきになったんですね」 ８４８の服を身に着けている今のオレの全身を眺めて、７７３がしみじみと言った。げ。そんなにマジマジと見るなよ～。 オレは自分がいたたまれなくなって目を伏せた。それでもやはりしっとりと絡んでくるような７７３の視線を感じる。 頭につけられた耳、胸元のリボンや手袋をはめた腕、そして尻尾がつけられた腰を通って足元。うわわ…すっげえ恥ずかしい。 「このあたりとか、筋肉ついてきたみたいですよね」 「わっ。さ、触るなよ」 「腕も、肩も、鍛えている成果が少し出てきたんじゃないんですか？」 「だと嬉しいけど…って、別に触らなくても言葉で言われればわかるしっ」 「それからこことか、ここもね」 「ちょっ…！ 胸はともかく、尻尾なんか筋肉には関係ないだろうっ!?」 いくら７７３だって、やっぱり自分の体を触られるのはとっても困る。４１６だったら張り倒すこともできるけど、やっぱり七…だと思うと、本気で抵抗なんかできねえよ。なんかそれをわかっていて遊ばれているような気もするけどさ…。 「とにかく、衣装合わせはこんな感じでいいんだろ!? じゃあオレもう脱ぐから、７７３は向こうに行っててくれよ」 話を切り上げるようにオレが７７３に言うと、７７３はきょとんとして、「脱いだらだめですよ？ だって、これから８４８の怪盗デビューが待っているんですから」と言った。 え!? か、怪盗デビュー!? 「４１６からまだ聞いてなかったんですか？ これから出かけるんですよ？」 ……。 「…は―い、センセー質問でーす。仕事って、まさかこの格好のまま外に行くんでしょうか？」 オレがまさかそれはないよな、と思って聞くと、７７３からはいともあっさり簡単な答えが返ってきた。 「そのとおりですけど？」 ……。 「じゃあオレは、留守番ということで」 オレは片手を上げて、さっさとこの場から逃げようとした。 が。 「だめですよ、８４８の初めての仕事なんですから」 勿論７７３はオレを簡単には逃がしてくれなかった。 「だ、だってよく考えてみろよ、七海ちゃんっ。こんな衣装を着ているだけでもすっげえ恥ずかしいのに、このまま外に行くなんて冗談じゃねえよっ」 オレがあまりのことに驚き過ぎて本名で七海ちゃんのことを呼ぶと、七海ちゃんは困ったような苦笑いを見せた。だけど、オレが「七海ちゃん」て呼んだことに対してはお咎めはないまま。 「でも、そういう仕事ですから」 「そういう仕事って言ったって、この格好はないだろう!? 七海ちゃんだって、こんな格好いやがっていたよな!? オレと七海ちゃんの二人でいやだって強く言えば、４１６だって諦めてくれるさ！」 オレがそう言うと、七海ちゃんは溜息をついた。そうして胸に手を当てて、オレをじっと見つめる。 「でも、７７３も８４８も、もともとは羽柴くんが考えついたものなんですよ。勿論衣装についているオプションも」 「へ？」 「羽柴くんが言ったことなのに、それを忘れて自分だけやめようなんてずるいと思いませんか？ ここまで人を巻き込んでおいて」 「ま、巻き込んだ？ オ、オレが七海ちゃんを!?」 「ええ、そうですよ」 妙に自信ありげな七海ちゃんの言葉に、オレは慌てて自分の言動を振り返った。一生懸命考えてみたが、しかしオレが七海ちゃんに対して７７３や８４８になることを誘った言動はなかった。 「オレ、いつンなこと言ったっけ!?」 「完全に忘れているんですね。…〝ねえ、ななちゃん。ななちゃんは４１６みたいなの着ないの？〟」 「いっ!?」 「〝オレ、ななちゃんなら似合うと思うなあ。ななちゃんは女の子だから赤いのを着て、リボンとかつけるの。そしてウサギの耳とか尻尾とかつけたらすっごいかわいいと思う〟」 「――」 オレは絶句した。絶句するしかなかった。 七海ちゃんが今言った言葉は、多分ガキの頃のオレの――。 「羽柴くん、あの頃４１６を追いかけながらも４１６に憧れる気持ちもあったようですからね。私が４１６みたいな格好をしたら、自分もおんなじ格好をするよ、とも言ってたんですよね」 ははははは……。ガキのときのオレの馬鹿。しかもウサギ耳に尻尾だなんて、ガキのくせになに考えてんだよお前。 「え、えーと、ガキんとき、七海ちゃんを女の子だと思っててごめん…」 「羽柴くんが謝るべきところはそこではないでしょう？」 冷ややかな七海ちゃんの一言。 う…。やっぱりごまかせねえか…。 「…だって、ガキンときのことなんか、オレ、責任取れねーよ…」 ちらりと七海ちゃんの顔を上目遣いで見てみる。七海ちゃんはいっそう冷ややかな目つきでオレを見――るということはなくて、ふっと、優しい笑みを見せた。 「私自身、羽柴くんたちに好かれている４１６が少し羨ましかったのかもしれませんね。羽柴くんに無邪気にそう言われて、羽柴くんの気持ちに応えたい気持ちもほんの少しだけありましたから。だからそのとき、そんなことできない、なんて言えずに返答に詰まってしまったんですよね。今回４１６はあのときのことを覚えていて、私を誘ってきたんですよ。あの当時の羽柴くんの気持ちに応えてみたくないか、とか、昔のことを覚えていたら羽柴くんが喜ぶかもしれない、とか、いろいろと４１６に吹き込まれたんです。――でも結局、羽柴くんは昔のことをなにひとつ覚えてはいなかったんですけどね…」 な、七海ちゃんの言葉が冷たい…。 「そんなわけですから、勿論自分が言い出したことはちゃんと守ってくださいね羽柴くん」 そう言って七海ちゃんがにっこりと微笑む。 …全開の笑顔がすっげえ、怖いんですけど…。 かくして。 「明日はあの幼稚園だ。子どもたちの喜ぶ姿が目に浮かばないか？」 ４１６がいかにも楽しそうに言っているのを、オレは呆れた気分で聞いていた。 ちらりと７７３のほうを見ると、７７３の妙になにかを含んだような微笑みが向けられる。うう、巻き込んだ責任をとって、ちゃんと仕事をすればいいんだろ。 「さあ、行こうか。見習いの８４８くん」 「了解っ！ ４１６!!」 完璧やけになってそんなことを言うと、４１６からも変な顔をされてしまった。 「なんだ？ 妙にやる気になっているじゃないか８４８」 ほ、ほっといてくれよっ。 「ふふ。じゃあいきましょうか」 ７７３がオレのほうに手を伸ばしながら言った。 オレはその手に応えながら、これから始まる非日常的な日々のことを思った。 ＥＮＤ |