　Ｌｏｖｅ　ｍｅ　ｍｏｕｔｈ　ｔｏ　ｍｏｕｔｈ

「再テストが延期ってなんだよ、それっ。オレ、せっかく明日のために必死で勉強したんだぜっ」
　空が叫ぶと、ベッドの中の男が額を抑えながら空をたしなめた。
「いちいち耳元で叫ぶな。頭に響くだろう」
　いつもはきちんと整えられている髪が乱れ、男の神経質そうな印象がどこか薄らいでいる。
「だってしあさっては体育祭なんだぜ!?　オレに、体育祭の間もテスト勉強しろって言うのかよ。せっかく明日いやなものを終わらせたらあとは天国だと思っていたのによ」
「もともと再試を受ける羽目になったのはおまえが馬鹿だからだろう羽柴。自分の頭の悪さを恨むんだな」
　水都が空に対して身も蓋もない言い方をする。いくら風邪を引いて私室のベッドで横になっていようと、相変わらずかわいげがねえヤツ、と、空は憤りをあらわにした。
「てめえの自己管理がなってねえだけだろ。だったら再テストを受けなくても補講はなしっていうふうにするのが当然なんじゃねえの？　てめえの体調がよくなるまで待たされる理由はねーよっ」
「ほお･･･そんなに補講を受けたいらしいな羽柴。じゃあ冬休みも、おまえのために特別なプランを立ててやろう」
「げっ。んなのいらねーよっ。とにかく、かわいい生徒がわざわざ見舞いに来てやったんだぜ、風邪ぐらい気力で治せよな！」
「手ぶらで来ておいてよく大きな顔ができるものだな。そもそもここに来たのだって私のことよりも、再試の方が気になっただけだろう。今回のことで中止になったんじゃないかと期待してな」
「うるせーな･･･。いいだろ、来てやったんだから。普通、てめえの顔を見にくる生徒なんかいないだろ」
「確かにな。･･･どういう風の吹き回しだ？」
　男の質問に対して空はふいっと顔をそらした。
「だからてめえが言ったようにテストのことが気になっただけだって」
「それだけなら電話で事足りるだろう」
「･･･風邪引いて寝込んでいるときに電話に出るのはつらいだろうと思って気をまわしてやったんだろ」
　空がそう言うと、「ふ･･･」と水都が口元にかすかな笑みを浮かべた。
「そんなにかわいがられたかったのか、私に」
「誰もンなこと、言ってやしねえだろ!!」
　水都に向かって思いっきり叫んだあとで空が再び横を向く。そんな空の背に、水都が呼びかけた。
「羽柴」
「なんだよっ」
「私に治ってほしいのか？」
「テストがなしになりゃあ、ンなことどうだってかまわねえよ」
「確かその棚についている引き出しに、薬が入っていたはずだ」
　空の返事を無視して、水都は壁際にある本棚を指差した。小難しそうな本が並んでいる本棚の下の方に、確かに小さな引き出しがついていた。
「･･･だからなんだよ」
「それを飲んだら治るかもしれないぞ」
「オレに水を持ってこいって言ってんのかよ」
　使い走りにされることに不満をあらわにしつつ、空はとりあえず引き出しを開けた。確かにそこには錠剤が入ったガラスビンが入っていた。ラベルを見ると風邪薬だと明記してある。
「水なんかいらないだろう。おまえさえいれば」
「――」
　水都の言葉に薬ビンを持ったまま空が言葉を失った。
「私に治ってほしいなら、おまえがそれを飲ませるんだな」
「･･･馬鹿馬鹿しい。なんでオレがてめえの口の中に薬を入れてやらなきゃいけねえんだよ。自分の手でてめえが勝手に飲めよ」
「誰も手で飲ませろとは言ってないが？」
　水都はそれ以上言わなかったが、空の直感が男の意図を悟っていた。
「はっ･･･冗談･･･っ」
「――があいにく嫌いなたちなのは、おまえだって知っているだろう」
「･･････」
「空」
　無言で立ち尽くす空の耳に、男の声が届いた。いつにない響きに、空の心が震える。
「･･････オレ、ちゃんと真面目に勉強したんだからなっ。それを無駄にするんじゃねえよ･･･」
　そう言ったあとで空は意を決した。薬ビンの中から錠剤を二粒取り出し、手にのせる。それから男がいるベッドに戻っていった。
　ベッドに腰掛けて、口に錠剤を含む。そして男の顔に手を伸ばして引き寄せて――。
　水都と唇を重ねたあと舌で薬を押し出すと、すぐさま男が薬を取り込み、嚥下する振動が伝わってきた。空は役目は終わったとばかりに男から離れようとしたのだが。
「ん･･･っ」
　水都は、それだけでは空を解放しなかった。空の頭を強く抱え込み、角度を変えて舌を差し込んでくる。
「んん･･･っ･･･」
　繰り返し交わすキスの味は、ほんのりと苦い薬の味がした。
「にが･･･」
　水都から離れた空が、口元を手で覆って顔をしかめる。
「そうか？　私には充分甘かったがな。これなら成分以上の効果が期待できそうだな。――あとは、適度な運動だけだな」
　空に低い声で囁きながら、男は腕を伸ばして再び少年の体を抱き寄せた。
「てめえならそう言うだろうと思ってたさ。病人が無理するとあとで腰にくるらしいぜ？　いきなり不能になったりしてな」
「なら今日は空が自分から腰を使うんだな」
「はあ!?　オレがンなことするわけねえだろっ。つーか、そもそもヤらねえよ！」
「ふ。私が不能になったらおまえが一番困るだろう」
「困んねえよっっっ!!」
　空は思いっきり声を上げたが、男は意に介さず空の服の中にさっさと手を忍び込ませた。
「あっ、だからてめえっ、人の話聞けよ！」
「手ぶらで来たのは、自分が見舞いの品になるつもりだったんだろう」
「なわけねえだろ！　だからもういい加減――･･････っ」
　服の中の刺激に思わず声が詰まる。男はそんな空を見やってから耳元で囁いた。
「安心しろ。せっかく覚えた公式を飛ばさない程度には加減してやる」
「だ、だったら最初からすんじゃねえよっ！」
　空はその場でまた声をあげたが、結局は、後の祭りとなったのだった。

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