新しい週末の過ごし方 いや、当のオレが喜んでいないんだから、降格って言うのかも知れない。 もしくは「堕落」、ってか。 ･･････う･･･マジで洒落になんねえ･･･。（それに道具っていうかおもちゃっていうかさ･･･ははっ･･･） その日の放課後もオレは水都に呼び出されて、さんざんヤられた。 水都は相変わらず加減てものを知らなくて、オレは後ろから前からと、やつのいいように翻弄された。 ヤられているときに文句を言おうものならそれが何倍にもなって返ってくるが（勿論それをわかっていてもつい文句を言っちゃうんだが）、終わってしまえばこっちのものとばかりに、事後、オレは床に落ちていた制服を拾いながら水都に対して文句を言った。 「ったく、そりゃああんたは出すもん出してすっきりって感じかもしんねえけどよ、押しつけられた方はたまったもんじゃねえんだよな。自分のだけならまだしも、他人のなんて気持ち悪くてよ。シャワーも浴びられないまま寮まで帰んなきゃいけねえ身になれよな。まったく」 素早く下着を身につけたあと、ズボンを履く。やつは「食後」の一服だかなんだか知らないが、椅子に腰掛けて優雅に煙草なんか吸っていやがる。その身なりはすっかり整えられていて、どう見ても今までヤっていたという隙はまったく見出せなかった。 はっ、いいご身分ですこと。 オレはまさかこのまんま裸でいるわけにもいかねえから服を着ているけども、体は汗の名残でべたついているし、下半身はちゃんとすべてを流しているわけじゃねえから落ちつかねえし、そりゃあ拭き取ってはいるけどオレの、とか、やつのとかがまだ付着しているような気もするし･･･と、とにかく、その上から服を着なきゃいけないなんて、本当はやなんだよっ！ そりゃあ水都はいいさ、出す側なんだからさして汚れなくて。汗だって、オレの方はぐしゃぐしゃになるほど翻弄されているのに、こいつはいたって涼しい顔をしているもんな。一方的にオレだけが追い上げられてさ･･･。 「シャワーなら校内にもあるだろう。それを利用したらどうだ？」 オレがあまりにもぐちぐち言っていたからだろう、水都が口から煙を吐き出したあとにそんなことを言い出した。 確かに校内にもシャワー室はある。運動部の部室のそばにあるそれは別に鍵がかかっているわけじゃないから、生徒だったら誰だっていつだって使える。だが、校庭や体育館で運動している姿を見られているのならともかく、そうじゃない人間がそこのシャワー室を使っていたらあやしまれるじゃねえかよ。一回だけなら言い訳も立つが、いつも使っていたら、シャワーで汗を流したいほどの「運動」をどこでやっているんだっていうふうに思われちまう。 そもそも寮のシャワーだって、個室にはなっているけど各部屋にあるわけじゃないからかなり落ちつかねえ。人の気配がするたびに心臓が跳ね上がっているんだぜ。ただ汗を流すだけならいちいち人のことなんか気にしないけどよ、一応ちゃんと全部、洗い流している身にはさ･･･。 だあああああっ。 そういう人の苦労が、てめえは全然わかってねえだろっ、水都！ オレが水都を睨みつけると、やつはふっと目を細めた。 「どうした、羽柴。顔が赤いぞ」 うるせえ、ほっとけよっ。 てめえにヤられたあと、シャワーで全部を流しているオレの恥ずかしさなんか、てめえにはわからねえよ！ 「部室のそばのシャワー室のことを言っているのなら、あそこは使えねえよ。何度も人に見られたらあやしまれるからな」 「いいじゃないか。校舎内で汗をかいているのは事実だからな」 水都が低く笑う。だから、それがどこかあやしまれるんだろ！ 「それとも･･･」 不意に水都がオレのほうに手を伸ばしてきた。シャツを着ようとしていたオレの顎に指をかけ、水都の親指がオレの唇をなぞった。 「それともいつも口でするか？」 水都の瞳にあやしげな光が浮かぶ。オレには冗談とも本気とも区別がつかなかった。 オレはやつの手を振りほどく。 「冗談だろ」 口でさせられたことが一度もなかったわけじゃねえけど、いつもいつもそれっていうのはすげえいやだった。うん、あればかりっつーのはかなり屈辱だもんな。 それだけであって、別にオレは･･･。 「ああ、やはり挿れられないともう満足できないか？」 だ、だからそうじゃねえって！ 「そんなんじゃねえよ。ただ、いつもあれをさせられるのはいやだっていうだけだ」 「くくく。私はいつもしてやっているがな？」 「それはあんたが勝手にしていることだろう!?」 「そのわりにはいつも気持ちよさそうだがな。ああ、そうだな。おまえがいつもいい顔を見せるからついしてしまうのか」 にやついている水都の顔を見たくなくて、オレは水都を無視してシャツを着ることにした。腕を通して、首にかけようとする･･･前に。 水都の腕がオレの動きを止めさせた。 「じゃあ、おまえにシャワーを使わせてやる」 「え？」 オレはシャツに両腕を通した中途半端な格好のまま、水都の顔を見返した。水都は持っていた煙草を、机の上に置いてあった灰皿でもみ消していた。 それから眼鏡を中指で押し上げる。 「人を気にせずに使えればいいんだな」 「ああ、そりゃあな･･･」 人目につかないような場所に、教師用のシャワー室でもあるのか？ あ、当直室にはついているとか？ そんなことを考えたオレの脇腹を、水都の手がスーッと撫で上げてきた。うわっ、いきなりそんなことすんなよっ。 人の格好が中途半端なものであることをいいことに、水都の指はたちまちオレの胸にたどり着く。いつの間にか椅子から立ち上がった水都が、オレの背後に回っていた。やつの左手が今履いたばかりのズボンに伸びてくる。 ちょっ。シャワーの話はどうなったんだよっ!? 疑問を浮かべたオレの耳元に口を寄せて、水都は息とともに低い声を吹き込んできた。 「 んな勝手な理屈があるかいっ！！！ オレは心の中で叫んだが、水都の手はさっさとオレの下着の中に侵入してきたのだった。 結局そこでもう一回されたあと、オレはぐったりした体を半ば抱えられるようにして水都の車に乗せられた。水都が使わせてくれると言ったシャワーは校内にあるものではなくて、要するに水都のマンションにあるシャワーのことだったらしい。 それもなんだか詐欺くせぇ気もしたが、確かに人を気にせずに洗い流せるという利点はある。まあ、本当のことを言えばとにかく体力を消耗していて、いろいろなことを考えるのも億劫だっただけだが。 水都のマンションは、なんで一教師がこんなに金を持ってんだよ!? というくらい、オレが見てもバカ高そうなマンションだった。しかもかなり上のほうの部屋で、玄関に通されたときも、華美というわけじゃねえんだがとにかく高そうな調度品にオレはくらくらした。なんだか天は、与えるところにはしっかり二物を与えているっていう感じだ。･･･いや、こいつはこんなに金持ちだから変態なのか。そうだよな、だからまともな精神や嗜好を与えられなかったってわけだ。 ただそれで迷惑をこうむるのがこいつじゃなくてオレだっていうところが、なんだか不条理なような気もするが･･･。 「そんなところに突っ立っててどうした。入らないのか」 水都に声をかけられて、オレは現実に立ち戻る。 中途半端に靴を脱いだまま立ち尽くしていたらしい。 「お、お邪魔します･･･」 オレは改めて靴を脱いで水都の家の中に上がった。 別にオレが来たくて来たわけじゃねえんだし、こいつの部屋に入るのに挨拶するのもなんだかなあ。 「羽柴。バスルームはこっちだ」 部屋の中をきょろきょろするオレに、水都がその場所を指し示した。普通、来客は応接室なり、リビングなりに通すものなんじゃねえの？ そうは思ったが、別にオレはここに寛ぎにきたわけじゃないんだし、むしろ用件を済ませてさっさと解放されるに越したことはないと考えを改めた。 そうだよ、とにかく身体のこの気持ち悪さをどうにかしたいんだよ、オレは。 オレは持っていた鞄を足元に置くと、そのまま水都に示された場所に大股で歩み寄った。そこは洗面所になっていて、その先にある曇りガラスの中がバスルームなのだろう。男の一人暮らしにしては清潔感が漂いすぎるのが、こいつらしいというか気色悪いというか･･･。 「タオルはそこにある。あとのものは適当に使え。水温は中で調節する仕組みになっているから、自分で加減を見て調節するんだな」 水都はそう言ってオレに背を向けた。 「み、水都」 「なんだ？ 一緒に入ってほしいのか？」 「んなわけねーだろ！！」 「ふ。出したものはちゃんと洗い流しておけよ。じゃあな」 出したもんて出したもんて、てめえがオレに押しつけたもんだろっ！ まだもっと水都に文句を言いたい気はしたが、ここでぐだぐだ言って本当に二人でバスルームに入る羽目になったらしゃれにならないので、オレはもう水都にかまわずにさっさと服を脱ぐことにした。 しかし･･･。 「せっかく身体を洗っても、オレ、汚れた服をまた身につけることになるのかよ･･･。せめて下着の替えでも持ってくればよかったか･･･」 いや。まるで水都にヤられるのを待っているみてえにいそいそと替えの下着を鞄に詰め込んでおくなんて冗談じゃねえ。 「なら、今度はここに着替えでも置いておくんだな。なんなら明日買いに行くか？」 「へ？」 一度部屋に戻っていったはずの水都の声に、オレはびっくりする。水都はいつの間にか口に煙草をくわえていて、洗面所の入り口に立っていたのだ。 げ。な、なんだこいつっ。 女じゃないんだし、いまさら上半身ぐらい見られたってかまわねえんだが、こいつが本気でのぞく気だったのかと思うとさすがに気持ちが引く。 「なんでまた戻ってきてんだよっ。出て行ったんじゃなかったのか!? まさかオレのストリップを見て楽しもうって腹じゃ･･･」 「あれは嫌がるのを見るのが楽しいんだろう。普通に脱ぐことのどこに面白味がある。着替えのことを思い出して戻ってきただけだ」 今まで気がつかなかったが、水都は手に持っていたらしい白いなにかをオレの顔に押しつけてきやがった。なんかさりげなく変態的な言葉を聞いたような気もするけど･･･とりあえずそれはおいといて、だ。 「そっちに洗濯機があるから洗えるものは放り込んで洗えばいいだろう。それが乾くまではそれでも着ていろ」 水都がオレに渡してくれたのは白いワイシャツだった。水都のだっていうのは勿論わかるが、やつがいつも着ているものよりは少し大きめのもののようだ。汗でべたついたシャツを着なくてすんだのはありがたいが、水都が渡してくれたのはこれ一枚きりなわけで･･･。 「･･････」 「どうした？ なにか不満そうだな」 「･･･下着は？」 「私のでいいならあるが？」 水都がオレを見下ろしてにやりと笑った。う･･･。いくらちゃんと洗濯されていたとしても、やっぱりなんかいやだ。 「それがいやなら洗濯したものが乾くまではそのままでいるんだな。ま、今脱いだものをまた身につけるのも羽柴の自由だが。そのうち自分の着替えをここに持ってくればいい」 そう言って水都は再び洗面所を出て行った。オレは押しつけられたシャツをじっと見下ろす。それを広げて実際にオレの体にあててみると、そのシャツは本当に大きくてオレの太股までゆうにある長さだった。そして洗面所の隅にある洗濯機には乾燥機がついている。 く･･･背に腹は替えられないというところか。 オレは覚悟を決めて脱いだシャツを洗濯機の中に放り込んだ。さすがに制服は洗えないが、靴下や下着も脱いだあと同じように放り込む。 それにしても･･･。 オレは柔軟剤が効いている 『そのうち自分の着替えをここに持ってくればいい』 オレの着替えをここに置いておく、って。 それってつまり 「･･･いいや、とにかく洗い流すほうが先だよな、うん」 オレはそう一人ごちてバスルームのドアを押し開けた。 なんだかその先にあるものを追求するのは、先延ばしにしたい気分だった。 シャワーを浴び終わった気配を察したものかどうか、オレが服を着て濡れた髪を拭いていると、水都が洗面所に入ってきた。オレをからかいにきたのかと一瞬警戒したんだがそうではなくて、水都もシャワーを浴びにきたらしい。 まあ、自分の家に帰ってきたらそりゃあこいつだって身体を洗いたいよな。やっぱり多少は汗をかいたのかもしんねえし、身体の一部分は酷使していたわけだし･･･ってなにを考えてんだよ、オレっ。 「お、お先」 っていう挨拶もなにか変かもな･･･。でもオレたちは寮でシャワーを使うとき、入れ違いに入ってきた友達とはこんなふうに言いあうわけだし、特別ずれた言葉ではないはずだ。 う･･･もともと、水都のマンションに連れてこられたっていうことが、オレの調子を狂わせているんだよな。 やつはオレのことなんかかまわずに無言で服を脱ぎ出した。スーツを脱いで、ネクタイをほどき、シャツの袖のボタンをゆるめ、前ボタンをはずし･･･。 「･･･羽柴。どうかしたのか」 眼鏡をはずしながら、やつがオレのほうを振り返った。オレははっとする。いつの間にか髪を拭いていた手が止まっていたようだ。 こともあろうに呆然と水都の様子に見入っていたらしい。多分、あれだな。こいつってオレとヤるときも自分はぜってえ脱がねえから、それで物珍しさでつい目を奪われただけだよな。うん。けしてこいつの仕種に見とれていたわけじゃねえよな。 「別にどうもしねえよ」 オレは横を向くとここから離れることにした。 いくら物珍しくっても、オレは水都の全裸なんか見たいわけじゃねえんだから。気持ち悪くてそんなの見てられるかよ。 「結局･･･ああ、やはりそのままにしたんだな」 「･･････っ！」 水都の手がオレが着ているシャツの上から尻を撫でた。ちょっと触ってみた、っていうだけじゃなくて、明らかに意図がある動きで。 下着を着けているか着けていないかぐらい、見りゃあわかんだろ、見りゃあよう！！ 「ま、しばらくはそのまんまでいるんだな。服が乾いたら･･･、そうだな、なにか食べにでもいくか」 「 後ろから伸びてきたやつの手が、今度はオレの濡れた髪の中に滑り込んだ。すいっと、頭を撫でられて。 オレはしばらく硬直する。 そんなオレの後ろで水都がズボンのジッパーを下ろす音が聞こえ、やがて･･･バスルームのドアが閉まる音が届いた。その後を追うようにしてすぐさまシャワーの水音も聞こえてくる。 それからオレはようやく振り向いた。そこには当然やつの姿はなく、ただ曇りガラスの向こうに人がいるらしいシルエットがぼんやりと見えただけだった。 やつは･･･シャワーを浴びて、汗を洗い流すんだろう。あの整髪料の匂いがする髪も洗い流して、その全身を濡らして。 そんな姿は、きっとさまになっているんだろうなっていう気がした。そこはかとなく男の色気、みたいなものを感じさせて、いつもの隙がない、学校でのあいつとはまた違う感じで って、なにオレ、あいつの姿なんか想像してんだよっ。 た、ただあいつもとりあえず見た目はいいから、オレも体を鍛えてあいつ以上にかっこよくなりたいと、そう思っただけだよな。そうさ、それだけさっ。 頭の中に浮かんだやつの姿を追い払おうとして、オレは幾度も首を振る。 そんなオレの視界に、今水都が脱ぎ捨てていったものが目に入った。オレはなんとはなしに手を伸ばす。いつもあいつが身につけているもの。 くそ･･･。なんかむかむかしてきたぞ。服は服であって単なる物なんだが、水都のものというだけでまるでこれらまで変態で性格が悪いモノに思えてきちまう。･･･この服に悪戯でも仕掛けてやろうか。 オレはそうも考えたのだが、たとえばここで服を隠したって、オレにとってさらにやばい状況になるだけなのは目に見えていた。なにかしてやりたいけど、でもオレに報復が回ってこないようなもので そうしてオレは服の脇に置かれたやつの眼鏡に気づいた。そういえばさっきはずしていたっけ。 ま、これぐらいだったら持っていってもそんなに差し支えはないだろう。ちょっとかけてみたかった、というだけで言い訳は立つし。･･･って、なんで悪戯をしかけるのに言い訳まで考えなくちゃいけねえんだ、オレ･･･。 ともかくオレは水都の眼鏡を手にとって、不意に思い立ってかけてみた。やつの眼鏡は多少度がはいっていたが、そんなにきついものでもなかった。へえ、あいつってばこんなふうに周りの物を見てるんだな。眼鏡なんてかけたことねえから、なんか新鮮な気がする。 それからオレはリビングに行き、テレビをつけた。ソファに座り、冷蔵庫をあさって勝手に拝借したミネラルウォーターを口に含む。 冷蔵庫の中みごとになんにもないんだもんなあ。ビール缶と水があるぐらい。いったいこいつ、どんな生活を送ってんだ？ そんなふうにぼうっと過ごしているうちに、オレはだんだん眠気に襲われてきた。うーん、腹が減りすぎて眠くなってきたのかもな。それとも、やっぱり体力を消耗したのが原因か？ ソファの適度なやわらかさが心地よくて、オレはずるずると眠気に引きずられていった。初めて来た場所なのになぜだが居心地が良くて、オレは奇妙な安心感に包まれていた。 このソファが高級家具で、それでクッションが効いて気持ちいいだけだよな。うん、そうに決まっているさ 「羽柴」 男がバスルームから出てくると、ソファの肘掛に頭を預け、空はすっかり夢の世界へ旅立ってしまっているようだった。 シャワーを浴びたばかりの肢体は程よい長さのシャツに包まれていて、想像した以上の色気を醸し出していることを、眠っている当人はまったく気がついていないのだろう。 天然で誘っているとしか思えないあどけない表情に、いつもなら悪戯の一つでも仕掛けてやるのだが。 だが男は眠っている少年になにもしなかった。その顔にかけられているものが、男の邪心を失わせる。 男は唇にかすかな笑みを浮かべた。果たしてどんなつもりで人の眼鏡をかけているのかはわからなかったが 「そうしていると、本当に私のものみたいだな。空･･･」 少年の唇からは、規則正しい寝息がこぼれている。初めて部屋に連れてきた以上、当然これからもここに連れてくるつもりだったが、単に、ここで抱くだけではなくて。 こんなふうに時間を過ごすのも存外悪いものではないと、眠っている少年の隣に腰を下ろしながら、水都はそう思ったのだった。 ＥＮＤ |