とある日の休日 〜映画を見よう!?〜 今思えば、これは仕掛けられた罠だったのだ。 けして巧妙とはいえない陳腐な手に乗ってしまったのはオレで、だから今の状態も自業自得と言えば自業自得なのだが。 だがだからと言ってこの状況を、おとなしく容認できるわけもなかった。 「…手、引っ込めろよ…」 オレは周りに目を走らせつつ、隣に座る水都に小声で言った。 暗い映画館の中でもスクリーンに映る映像のおかげで、隣に座る水都の顔はなんとなく見える。あいつがオレのことを無視して、生真面目に映画に集中しているふりをしていることも。 そう、あくまでも表面上、だ。なぜなら今水都の右手は、こともあろうにオレの…を、ズボンの上から触っているからだ。勿論オレだって身じろぎをしたり、水都の手をどかそうとしたさ。それでも水都は平然と映画を見ながら手を動かしてくるのだ。 ちくしょうっ。なにがここは冷房が効きすぎるから上着でもかけとけ、だ。要はてめえがオレのジージャンの下で変なことをしたかっただけじゃねえかよっ。珍しく優しい、なんて思ったオレがバカだったよっ。 そもそもこうして水都と二人で映画を観るきっかけとなった出来事も、水都にしては妙に寛容でオレの言い分ばかり聞いてくれると思ったら、つまりはこういうことだったのだ。オレをこの場所に誘うためにわざわざオレがずっと観たかった、超レアものともいえるリバイバル映画のチケットを手に入れたとしたらご苦労なことだが、手をかけた分オレで遊ぼうと思っているのならそんなのは却下だ。オレはてめえのおもちゃなんかじゃねえからな。 映画が始まってしばらくは水都も普通に映画を観ていたようなのだが、そのうち水都の手がスクリーンに見入っていたオレのジージャンの下に滑り込んできたかと思うと、そのままオレのズボンの上を撫で回しはじめたのだ。 深夜映画に出没する痴漢オヤジか、てめえは。…勿論、こいつの方が痴漢より何十倍もタチ悪りぃけどなっ。 「ふざけるなよ、水都。オレ、映画観てんだろ」 オレは押し殺した声で水都にもう一度言いつつ、その手をどかそうとした。 だが、そんなに力を入れているようには見えねえのに、オレが両手でどかそうとしても、その手は離れなかった。 くっ、こんなところでバカ力発揮してんじゃねーよ。 しかもオレがますます手に力を込めると、水都の手はそれを巧妙にかいくぐって、こともあろうにオレのズボンのファスナーを下げはじめた。 げ。ズボン越しに触ってくるだけでも気色悪くて冗談じゃねえのに、それが下着越しだなんて、マジ、ふざけんのよせよっ。いくら百席程度の小さな映画館だろうとオレたち以外の客もいるんだぜ!? こんなふうにもぞもぞと動いてあやしまれたらどうすんだよっ。 オレは内心で慌てふためき、本気で水都の手をどかそうとした。水都がスクリーンにあまり近いと耳が痛くなるとか言ってオレたちはけっこう後ろのほうに座っていたけれど（今思えばそれもこのためだったんだな…）それでもまったく後ろに人がいないわけじゃないのだ。通路のすぐそばならいったん立ち上がって一人で座席を移動するところだが、あいにく通路のそばだと落ち着かないとかなんとか水都が言ったから、オレたちは立つに立てない列の真ん中の座席で…（今思えばそれも……う。やっぱ水都の罠に気づかなかったオレがいけねーのか…!? ） 「……っ」 水都の指が、ファスナーの中に進入してきた。それは進入してきたというだけで作為的な動きではなかったが、それだけに予想外の部分を刺激した。 オレが思わず一瞬反応してしまったことに気づいてか、またしても水都の指が動いた。今度は明らかに、「オレ自身」に触れる。二本の指がオレをなぞるようにそろりと動いた。 く……。 たったそれだけの動きなのに、オレの背筋をなにかが這い上っていった。これまで水都にさんざん慣らされていたから、それだけでもすぐに反応してしまうのだとは思いたくなかった。こんな場所でちょっと触れられただけで感じてしまうなんて、冗談じゃない。水都は相変わらず前を向いているのに。 再び水都の指がオレに触れる。今度はさらに親指を進入させ、三本の指できゅっとつかんできた。オレはすぐにズボンの上から水都の手を押さえようとしたが、それぐらいでは水都の指を止めることはできなかった。 ちくしょ…マジ、かよ…。ここ、映画館なんだぜ？ ズボン越しに水都の指が動いているのがオレの手にも伝わってくる。水都の指の動きが、オレ自身だけでなくオレの手にも甘い刺激を与えた。自分で、息が上がってきているのがわかる。 「――っ!! 」 次の瞬間オレは息を呑んだ。反応しているオレの油断を逃さず、水都の指がオレ自身を強引にズボンの外に引き出したのだ。勿論上着に隠れて周りからは見えないが、そのことによりオレ自身が水都の手全体に包まれることになった。 先端に当たる、ごわついたジーンズ地の感触。 「ふ…っ」 とっさに甘い声が出そうになって、オレは自分の左手ですぐに自分の口を押さえた。右手でどうにかして水都の手を引き剥がそうと、水都の手の甲を引っかいたりつねってみるが、本格的にオレを扱き始めた水都の手は止まらなかった。 「ん…んっ、ほんとに、いい加減にやめろよ…っ。み、なと…っ」 喘ぎ声にならないようにと気をつけながら、オレは水都に訴えた。こちらをまったく振り返らずに手だけ動かされると、まるで片手間に弄ばれているように思える。実際、水都にすればちょっとした遊びに過ぎないのだろうが。 手のひらで押し包み、指でとっくに知っているオレの弱いところに刺激を与え続ける。オレはここが映画館で声を出したらまずいということと、変な様子を見せたらやばいのだということをときおり自分自身に言い聞かせた。でないと、この場であられもない声を上げてしまいそうだった。 水都の手が、いったんオレ自身から離れた。思わぬ解放にほっと息をつく暇もなく、次の瞬間オレはこれまで以上に体を強張らせた。 「なっ、ふ、ふざけんなよ、水都…っ！」 声を出さないようにと抑えながらも、オレは悲鳴に近い「声」で叫んだ。これまで水都の手の動きを止めようとしていたオレの右手を、水都が、自分の手を重ねるようにしてつかんできたのだ。そうしてオレの手ごと、水都が「オレ」を押し包む。 「やっ･･･」 自分の手を使って愛撫されている感覚に、オレは頭の中がおかしくなりそうだった。自分でしているときとはわけが違う。水都が、オレの手を使ってオレを扱き上げているのだ。慣れた感触と、慣れない感覚。 水都のその行為を止めたくても、自由になる左手は、今は自分の声を殺すので精一杯だった。 「……っ。ン…ふ…っ…」 オレの先端を刺激するのも水都に操られたオレの指で、それが言いようもない羞恥心を生み出した。 誰かに気づかれたらまずい。頭の中ではそう思うんだが、そう思えば思うほど快感に流されそうになる自分を止められなかった。 ち、きしょ…っ。この映画、すっげ観たかったんだぞ…っ。 なのにこんなことで、台無しにしやがって。 無論、水都に直接文句を言えば、「なら見ていればよかっただろう」とか言うにきまってるけどよっ。 水都が、不意にオレの肩に頭を預けてきた。おそらく後ろから見ると、映画を観るうちに眠くなって、隣にいる人間にもたれかかっているようにしか見えないだろう。 だが、実際は。 「くくく…こんなところでこんなに勃たせて…そんなにイイのか？ ここで、自分の指でするというのがたまらないみたいだな羽柴」 オレにだけ聞こえる声でそう囁いて、首筋を舐めてきたのだ。 「……てめっ…。場所、考えろよっ…」 「考えたからここに連れてきてやったんだろう？ どっちにしろそのままでは映画が終わっても立てないだろう。いっそここですっきり吐き出してしまうんだな。なに、上着が一枚汚れるだけだろう」 水都の顔は見えなかったが、にやりと笑った気配が伝わってきた。 「――って、オレの服、じゃねえかよ…っ」 人のもんだと思って好き勝手言ってんじゃねえっ。 くっそー、もしここで上着を汚す羽目になったら、ぜってぇ水都に弁償してもらうからな。でもってそのあとでたっかいメシを食わせてもらうから覚えとけよ。ちゃんと水都のおごりで買い物と食事に付き合ってもらうんだからなっ。 オレは水都の手淫に煽られながらも、敢然と決意を抱いた。 ――映画館と買い物と食事というのがなにかの定番なような気もしなくもなかったが、オレはあえてそのことを深く考えるのはやめていた。だって男同士なんだし、別に恋人なんていう気色悪い関係じゃないんだし。 そう、これはぜってぇに、デートなんかじゃないんだからなっ!! ＥＮＤ |