Ｗｈｉｔｅ Ｓｔｏｒｙ その瞬間、オレの足は止まっていた。 白い・・・なにもかもが白いその世界の中で、影のように浮かんだたった一つの存在。 無視するとか避けて通るとかそんなことも浮かばずに、ただ目が吸い寄せられていた。 白く染まってぼやけた視界の中で、「それ」だけがあればいいと――それだけがあれば自分は生きていけるのだとそんな錯覚さえおこした。 どれほど寒くても、なにもなくても。 その腕さえあれば。 ＨＲが終わると、教室の中は途端ににぎやかになった。教室中の誰もがあまりの嬉しさにうかれているようだ。 そりゃそうだよな。なんたって明日からは冬休みだもんな！ かく言うオレも、明日から毎日をどう過ごそうかはやる気持ちでいっぱいだった。もうすでに何日も予定は埋まっているんだ。祭や藤守と遊びに行くだろ、広夢とも出かけるしな、市川たちとも会う予定がある。みんなで七海ちゃんのところに遊びに行こうっていう計画もあるし、クラスの連中とも会う。クリスマスに大晦日に正月。数えていったら、あっという間に冬休みは終わってしまいそうだった。 今回のテストはどの教科もぎりぎりセーフで補習はないし、せっかくの冬休み、うかうかしていないで思いきり満喫するぞー！ オレは自分に誓うように、思いっきり手を伸ばした。 「空は、まだ帰らないの？」 そんなオレに、祭が話しかけてきた。 「祭こそ。まだ帰り支度してねえみてえじゃん」 「僕はもう少し残るからね。明日から冬休みだし、生徒会のほうで片付けておかなきゃいけないことがいくつかあるんだよ」 「ふうん、そっか。休み前だからこそ大変なんだな」 「そうそう。まだ召集がかかるのには時間があるんだけどね、特にすることもないし先に生徒会室にいってようかと思ってるんだ。空はもう帰るんだろ？ じゃあまた寮でね」 「あ、ああ・・・」 オレは祭に返事をしたあとでいまさらのように考え込んだ。 そっかＨＲが終わったんだから、他のやつらみたいにさっさと帰っていいんだよな。今すぐ寮に帰ったらまるで冬休みが少し早くはじまったみたいで得した気分になれるし、オレもそうしよう・・・かな。学校に残ってなきゃいけないような用事なんてないんだし。 ・・・・・・でも。 オレはちらりと祭の顔を見てから言った。 「祭、生徒会の召集はまだだって言ったよな」 「うん、そうだけど。会長の都合であと三十分くらいあるかな」 「じゃあオレが祭の時間つぶしに付き合ってやるよ。ここで適当にだべってよーぜ」 「僕は嬉しいけど、空はいいの？ 早く帰ったほうが好きなことできて嬉しいんじゃない？」 「別に三十分くらいかまわねえよ。時間なんか明日っからいっぱいあるんだしさ」 「そう？ ならつきあってもらおうかな」 祭が嬉しそうに笑う。オレもなんとなくほっとした気持ちになって、改めて祭のほうに椅子を向けた。 オレたちがしばらく話していると、三十分くらいして生徒会の人間を呼び出す放送がかかった。祭は即座に反応して、「あ、行かなきゃ」と椅子から立ち上がる。 「空、僕の時間つぶしに付き合ってくれてありがとう。じゃあ僕行くね」 「おー。頑張ってこいよ。またあとでな」 オレは鞄を持って教室を出て行く祭に手を振って、その後ろ姿を送った。 さーて。 周りを見回すともうそれぞれに帰ったか用事があるところへ行ったようで、教室の中には誰もいなかった。 「じゃあオレも帰るか・・・」 オレはそう呟いてみたものの、なんとなく腰が上がらなかった。 なんか・・・帰るのがかったるくなったかな。 窓から見える景色が曇ってて、人を少し暗い気持ちにさせるせいもあるかもしれない。なんか今にも降り出しそうな天気で・・・そういやあオレ、傘持ってきてねえや。 本当は早く帰ったほうがいいんだろうけどな・・・。 廊下もだんだん静かになってきて人がくる気配はねえし、教室にいてもやることはねえし。 ときおり放送がかかって教師の呼び出しなんかはあるから、生徒は少なくなっても教師の大半はまだ学校にいるみてえだけど。 「・・・・・・あ、そうだ。ちょっと市川ンとこでものぞいてくるかな」 オレはふとそう思い立った。もしかしたら今日はいないかも知れねーけど、だめもとで化学室をちょっとのぞいてみるのもいいかもしれねえ。 オレは鞄を持つと早速化学室に向かった。 ――化学室には市川がいて、それからオレは年内最後の実験だとか言って楽しそうに試験管やフラスコなんかを触っている市川につきあった。オレはなんにも手伝わず、ただ市川とたわいもないことを話していただけだったけどな。一時間ぐらい話していたところで化学室に永瀬が来たからオレはそそくさと市川と別れたけど、休み中に会うときのことも確認できたし、それなりに楽しい時間を過ごせた。 化学室から出たあとはなんとなく保健室にも寄りたくなって、オレは市川じゃねえけど年内最後のお茶とばかりに七海ちゃんのところに行ってみた。七海ちゃんは用事があってこれから出かけなきゃいけないとは言っていたけど、出かけるまででいいならゆっくりしていってくださいとも言ってくれた。オレは七海ちゃんの言葉に甘えて、しばらく七海ちゃんとお茶の時間を過ごした。 七海ちゃんと一緒に保健室を出て、出かける七海ちゃんを見送ったあと、オレはさて･･･と考え込んだ。ＨＲが終わってからもうだいぶ経っている。祭と話していたときに祭が持っていたパンをくれたけど、やっぱあれだけじゃ足りなくてすごく腹が減ってきた。さっさと帰ればいいんだが、なんとなくまだ帰りたくない気もする。別になにが引き止めるってわけでもねーんだけど･･･。 「･･･････そーだ、忘れ物してないかもう一回、教室によっておこう」 オレはそう決めると、また教室に戻ってみた。 教室にはなにがあるっていうわけでもなかった。忘れ物も特になかった。 自分の席に座ってちょっとぼうっとしてみたけど、クラスの誰かが入ってくるってこともなかった。 あー、オレなにやってんだろ。なんか今日に限って帰りがたいんだよなあ。 別にほんと、なにかが来るのを待っているとか、そんなわけでもねえんだけど。 そんなわけじゃなくて、単に時間をつぶして･･･。 「終わるのを待っているっていうか･･････――え!?」 ため息とともにぽつりとこぼれた自分の言葉にオレは慌てた。 違う。待ってねえ。オレはなーんにも待ってねえって!! あー、帰ろ帰ろ。 オレは立ち上がって、机の上に置いといた鞄をつかんだ。 教室の中も廊下もシーンとしていて、いつの間にか放送の呼び出しもかからなくなっていた。そういやあ七海ちゃんが、今日はあまり仕事もないし、このあと天気がくずれるみたいだから先生たちも今日は早めに帰るようですねとかなんとか言っていたっけ。 「よし、帰るぞ」 オレは自分に対してそう声をかけると、寮に帰るために廊下を歩き出した。 「お。羽柴どうした？」 廊下を歩いているとうめちゃんに会った。 「どうしたもなにもただ帰る途中なだけだって。じゃあなうめちゃん」 オレはうめちゃんに向かってひらひらと手を振る。 「水都先生になにか用事でもあったのか？」 「はあ？ なんでいきなり水都の名前なんか出てくんだよ」 「だってそこ、数学教諭室だろ。歩きながら羽柴、そこのドアちらちら見ていたじゃないか」 「･･････うめちゃんの気のせいだろ」 「そうか？」 「そーだよ」 オレはぶっきらぼうにそう言うと、うめちゃんとわかれるべく足を速めようとした。帰ろうとしてたまたまここを通っただけだって！ 変な勘違いするなよなうめちゃん。 「昇降口はこっちの方向じゃないし、てっきり水都先生に用事があってここにいたんだと思ったんだがな」 「だからたまたまここを通りかかっただけだって！ 帰るためにどこを通っても全然おかしくないだろ!?」 「まあ、別にそれならいいんだけどな。ただ水都先生なら少し前に帰ったみたいだったから、用事があるんなら今日はもう無理だぞと言おうとしただけだ」 「･･･････」 「じゃあな羽柴。休み中、ちゃんと勉強もするんだぞ」 うめちゃんはそう言うと、オレの肩をポンと叩いてからオレから離れていった。 オレもうめちゃんへの挨拶をそこそこに、その場から離れた。うめちゃんの足音が聞こえるうちは早足で歩き、足音が聞こえなくなってからはオレは廊下を走り出した。 さっさと帰ろう。急いで帰ろう。腹も減ってきたし、こんなとこでもたもたしてらんねえしな！ 別にオレはなにかを待っていたわけじゃない。ただ明日から冬休みに入るから、学校に対してちょっとばかし離れがたく思っただけだ。 でもそれももうどうでもいい。 明日からは冬休みで、クリスマスに大晦日、正月と楽しいことが目白押しだ。遊ぶ予定だってたくさんあって、きっと面白おかしく毎日を過ごせるだろう。 だから長い休みに入る前に顔すら見ていないことぐらいまったく、全然、これっぽっちもっ、気にする必要なんかねえんだよな。向こうだってオレのことなんか全然忘れてるんだろうし、休みに入る前に顔を見たいとすら思わなかったヤツのことなんて、本当に全然関係ねえんだし！ よーし、明日からの冬休みはよけいなことなんか忘れて思いっきり遊びまくるぞ！ オレは新たな決心を抱いて、昇降口に向かった。 ――昇降口で靴に履き替えていると、開いたドアから見える外の景色にオレは驚かされた。 雪だ･･････！ 今日は朝からずっと曇っていたからいつ降り出してもおかしくはなかったが、まさか雪だとは。 靴を履いて昇降口から出るともう地面には薄く雪が積もっていて、あとからあとから雪が舞い降りてくる。けっこう粒の大きい、積もりそうな雪だった。積もったら雪で遊んでみたいようなうずうずした気持ちになる。手を伸ばしてみると雪はオレの手のひらに乗り、すぐに溶けていった。 傘がないけど、でもそんな長い距離じゃねえしこのまま雪の中を帰るのもいいよな。 オレは雪のおかげで気持ちが高揚したまま、歩き出した。積もった雪の中にオレの足跡が刻まれ、さくさくっと小さな音があがる。オレはその音を楽しみながら校門を目指した。 ――足元ばかり見ていた分、気づくのに遅れた。 ふと顔を上げたときにようやく、校門の向こうから人が歩いてくるのに気づいた。 「･･････」 その瞬間、オレの足は止まっていた。 白い・・・なにもかもが白いその世界の中で、影のように浮かんだたった一つの存在。 黒いコートや傘が本当に影のようで。 オレは無視するとか避けて通るとかそんなことも浮かばずに、ただその存在に目が吸い寄せられていた。 どこに行ってたんだよ、とオレが言いかける前に、その影――水都からじろりと睨まれた。 「･･･バカは寒さにも強いというわけか」 「なにがだよ」 「頭に雪積もらせて笑ってるのはバカのすることだろう」 「笑ってなんかいねーよ！ てめえの見間違いだろ。それより水都、明日から冬休みだな。てめえの顔をしばらく見ないですむかと思うとせいせいするぜ！」 オレは水都に突きつけるようにそう言ってやった。どこに行ってたかしらねえけど、水都の顔はいつもと変わらない淡々とした表情をしてて、オレはその顔を見ながら本当に二週間ぐらいこいつとは会わねえんだなとつくづく思った。数学の授業は勿論、なんだかんだで毎日会っていたようなものだったからな。 ･･････週末は無理やりこいつにつきあわされていたしな。 でもこの冬休みは晴れて自由の身なんだよな。こいつにその気はねえみてえだし。･･････ただの一言だってかけられてねえしな。 「じゃあな水都」 オレはうめちゃんにしたみたく、水都に対しても手をひらひらと振ってやった。いつもならこいつにはここまでしねえんだけど、ま、しばらく会わないんだしたまにはいいだろう。 だが水都からは短く、「冗談は休み休み言え」と言われた。 「はぁ？ なにが冗談なんだよ」 「おまえの名前で帰省届けはもう提出済みだ」 「帰省届けって･･････」 確か寮の。暮れやら正月があるから、冬休みには家に帰るやつが多い。そういうやつらはいつからいつまで帰りますって紙に書いて連絡先を残しておくんだよな。中には田舎や海外やらで正月を過ごすやつもいるから、当然連絡先は実家とは限らないわけだが。 「･･･ってなんだよそれ!? オレ、んなもの書いて出した覚えはねえぞ!?」 「安心しろ。代わりに出しておいたからな」 「はあっ!? 代わりにって、なんでてめえがオレの帰省届けを勝手に出すんだよ!? それもいつの間に ――」 そう言いかけて、オレははっと気づいた。 今、水都はどの方向から歩いてきたっけ？ 「･･･てめ、今だな!? 今オレより先に寮に先回りしてンなことしたんだろうっ!?」 「さてな。手間が省けてよかっただろう」 「ざけんな！ なに勝手なことしてんだよ!? しかも帰省届けって、オレはいつからいつまでどこにいることになってんだよ!?」 オレがまさかと思って聞くと、水都は口元にほんの少し笑みを浮かべて答えた。 「今日から始業式の朝まで。連絡先はうちだ」 「〜〜〜なんでオレがてめえの顔を見ながらてめえんちでせっかくの冬休みを過ごさなきゃいけね―んだよっ!!」 「幸せだろ？」 「っ！ それこそ冗談は休み休み言えよっ!! 冬休みには予定だってたくさんつまってるんだぞ!? オレの都合を無視するなよな！」 オレは水都に向かって思いきり叫んだが、それに対して水都が表情を変えることはなかった。 くっ、このやろー!! 「とにかくいつまでもここにいたら私が風邪を引く。――行くぞ」 行かねーよっ！････とオレが言いかけたところで、水都の傘を持っていないほうの手が伸びてきてオレの手を掴んだ。そのまま自分の顔のほうに引き寄せる。 「みっ、水都っ！ てめっ、いきなりなにす――っ!?」 「･･････冷たいな。手袋ぐらい用意したらどうだ」 水都はオレの手を掴んだかと思うと手のひらに、こともあろうに自、自分の唇を押しつけてきやがった。 自分は革の手袋をしててあったかいから、雪の中でもそのままのオレの手が気になったのかもしれねえけど･･･そんなのほっとけよ！ 大体人の手の温度測るのにどんな測り方しやがんだよてめえはよ！ 「うるせー！ オレの手が冷たくててめえに迷惑かけるわけじゃねえんだからほっとけよ！」 「充分迷惑だな」 「なにがだよっ！」 「冷えきった手に触れられたら萎える」 「･･･てめっ！」 ンなこと外で言うことじゃねえだろうがてめえはよ！ 「試してやろうか？ 一瞬で萎えるぞ。それとも、おまえは冷たい手のほうがいきやすいのか？」 「ざけんなーっ！！！」 オレは水都に掴まれたままの手を思いきり振り回しながら叫んだ。オレの声で人が来てしまうかも知れないとは思ったが、とてもじゃないが黙ってはいられなかった。 「た、試してやろうかって、なんだよそれはっ！」 「言葉どおりだ」 水都は短くそう言ったあと、掴んだままだったオレの手をまた引っ張った。今度は手を顔の方に引き寄せたわけじゃなくて、水都の顔の方がオレに近づいてきて。 「――」 思わず目を閉じる直前、水都の傘が地面に落ちたのが見えた。 降り続ける雪はオレの頭だけじゃなく頬や肩にもあたっていく。雪が触れたところは当然冷たいのに、掴まれた腕とか頭を押さえ込んだ手とか･･････重なった唇は熱くて。オレはそのギャップにくらくらした。 「･････っ･･･んっ･･･」 よく考えてみればここ校門のまん前じゃないか。誰か通ったらどうすんだよ、教師のくせにさ。 そもそも帰省届けだって連絡先に水都の住所が書いてあったら驚かれる――。 「･･･！････んんっ･･･」 オレが余計なことを考えていたのを悟ったのか、水都のキスがより深くなった。侵入してきた舌がオレの口の中を激しくかき回す。そしてちゃんと応えてこいとオレをけしかけてくる。 ･･･馬鹿、こんな濃厚なの外でなんか仕掛けてくるんじゃねえよ。てめえは平気かもしんねーけど、オレは耐性ねえんだからあとがつらくなるんだからな･･･！ 「――いい加減こんなところにいたら風邪を引く。もう帰るぞ。あいにく明日は出勤だ」 なにもなかったみてえにオレからあっさりと離れたあと水都が言った。 ちくしょー。だから自分ひとり平気な顔してんじゃねえよっ。 オレは手の甲で濡れた口元を拭ってから喚いた。 「はっ･･･じゃあてめえのいない間にさっさと帰ってやるよ！」 「安心しろ。明日は一日おまえはベッドの中だ」 「なに言ってんだよ。今自分で仕事だっつったろーが。それとも仕事さぼるのか？」 オレが聞くと、水都はさっき自分で落とした傘を拾い上げながら言った。 「だから明日はおまえ一人が動けなくてずっとベッドの中だ。冬休み初日だからな、遠慮なくかわいがってやる」 「･･･････てめえが遠慮した日なんかこれっぽっちもねえだろうが！！」 「そうか、そんなに期待しているのか。欲張りだな」 「期待なんかしちゃいねえよ！ ふざけんなっ！」 「まあいい、これから休みの間時間だけはたっぷりあるからな。おまえの期待に応えてやろう」 「だからっ」 「空」 雪を払ってから傘を差した水都がオレを振り返った。 オレは舌打ちしたい気分になって「なんだよっ」と答えた。 「部活にも委員会にも入っていないおまえがなんでこんなに遅くまで学校に残っていたんだろうな」 「･･････オレはっ休み前にいろいろとしたいことがあったんだよっ」 「待っているなら待っているとそう言え」 「待ってねえよっ」 「もう帰ったと思っていたからな。まったく･･･。この天気の中、往復分無駄足を踏んだ」 「え･･････」 帰省届けを出すための先回りじゃあ･･･。 それとも帰省届けはただのついでであって、もしかして水都はオレを――。 「･･･････だったら最初からてめえがなにか言っとけばいいんだろ。人のせいにするんじゃねえよ。･･････ギリギリまで、なんにも言わねーから･･･」 さらに雪に覆われた地面を見つめながらオレはぼやいた。 そうだよ、なにもかもてめえが悪いんだろ!? 最後の最後までなんにも言わなくて、なんの意思表示もしねえてめえが。ここにきて強引に動く前にどうにかすればよかったんだ。 「でもっ！ オレはてめえなんかこれっぽっちも待ってなかったし、冬休み中も人との約束はちゃんと守るんだからな！ てめえの好き勝手にはさせねーからなっ！ そこんところはちゃんと覚えとけよ水都っ！」 一転して顔を上げると、オレは水都に向かってきっちりと言ってやった。 それに対して水都は「なら一応覚えとくだけ覚えといてやる」とか言って、オレの腕を強く掴んで歩き出した。 「覚えとくだけじゃなくてちゃんと守ってもらうからなっ」 「ふ。守れるものなら勝手に守ればいい。おまえが『それでも』出かけたいのならな」 「･･･それでもってなんだよ。なにかする気かよ」 「さあな」 こいつ･･･っ。 オレは水都のことを殴ってやりたい衝動に駆られたが、水都がオレの方に傘を向けたのでとりあえず今ここで殴るのはやめておくことにする。 水都の傘は大きくて、そういやあオレはずっと前にもこいつの傘に入ったことがあったということを思い出した。あのときは雨だったけど、なんか今と状況は似ている。水都の傘に入って、それから、お持ち帰りされることも･･･。 うわっ、いやな思い出だ･･･。 だけど――。 「･･････なにどさくさにまぎれて人の腰に手なんか回してんだよ」 「隣りで転ばれても迷惑だからな。おまえのことだ、そのうち雪で足を滑らせて転ぶだろう」 「ガキじゃあるまいし、ころばねーよっ。いいから離せよ････うわっ」 「空！」 足を置いたところがつるりと滑り、オレは体のバランスをくずしかけた。それを水都が支えてくれる。 ぷっ。らしくねえ、ちょっと慌てた顔してやんの。あとでさんざん馬鹿にされるだろうが、こいつのこんな顔見られてラッキーかもしんねえ。 ――オレはこいつのことは本当の本当に大嫌いだけども、でも、たまーのたまーのたまには、こんなふうにこいつに付き合うのもいいかなと思いはじめている。 大嫌い、だけど。 でもオレがこんなふうに思うのももしかしたらこいつにだけかなとも思う。 そしてずっと嫌いなままだけど、結局はずっとこうしているのかもしれない･･･とも思う。 あのとき――あの白い風景の中で錯覚したことは本当は錯覚じゃないのかもしれないと、ちょっとだけ考えてみたりも･･･する。 ＥＮＤ |