すきしょ３の簡単妄想 「二人でお茶を」 （七空です。七海ちゃんのトラウマを書いてみたかったのです） （最初にたわごと） もしも空が奏司ＥＤほどにはいかなくても、奏司さんになついたら？ きっと、七海ちゃんとしては複雑なのだと思います。止める権利はないにしろ、心から「（奏司さんのところに行って）いろいろと楽しめてよかったですね」とは言えないような気がします。空が本当に楽しそうに奏司さんちであったことを話したら、空にはよかったなって思っても、きっと引っかかる部分があると思うのです。（そういうのを希望します） なんせ奏司さんは七海ちゃんのトラウマの元ですから、空が「奏司さんがいれてくれた紅茶がすごくおいしくてさ」なんて話したら、トラウマと絡んで七海ちゃんの心の中は嵐が渦巻くことでしょう。 ようするに空をなつかせた奏司さんに妬く七海ちゃんが書いてみたかったのです。 ちなみに〝もしも･･･〟なので、ゲームと違う設定もあります。ご了承ください。 いつものように七海がいる保健室を訪れた空。 空を迎えた七海。 ふたりは七海がいれたお茶を飲みながら、穏やかな放課後を過ごしていた。たわいのない話で盛り上がるふたり。 そんなさなかに、なんでもない話題の一つとして、空は先日奏司の家に行ったことを七海に話した。 「･･･え？ 奏司さんの家に、ですか？」 「そうそう。この前また遊びにおいでって言われたし、昨日は七海ちゃんも出張でいなかったし、つまんなかったから兄ちゃんの兄ちゃんのところに行ったんだ。そこでちょっとだけ話をして帰ってきた」 「･･････」 「兄ちゃんの話もおもしれえけど、奏司さんの話もおもしれえのな！ それにやっぱり奏司さんの淹れる紅茶がおいしくてさ。なんだかオレ、紅茶にかなりはまりそうな気がするんだ」 先日のことを嬉しそうに話す空に、七海はからになった自分の湯飲みに新たなお茶をそそぎながら言った。 「それは･･･楽しい時間を過ごせてよかったですね」 「うん、本当に楽しかったぜ！ 紅茶と一緒に出してくれた菓子もうまかったし、オレ、また遊びに行こうと思ってるんだ」 「･･････」 「奏司さんが淹れてくれる紅茶ってなんだか忘れられねえ味っていうのかな、また飲みたいって気になるんだよな。あーいうふうに自分で淹れられたら寮でも飲めるんだけどな。あ、そうだ。今度オレティーパックじゃない紅茶買ってくるからさ、七海ちゃん淹れてよ。――オレ、七海ちゃんが淹れてくれた紅茶も飲みてぇな･･･」 七海の方にちらりと視線を走らせて、空が呟いた。空としては紅茶が飲みたいと言ったことに他意はなく、本気で〝七海が〟淹れてくれたものを飲んでみたいと思っただけだが。 「･･･羽柴くん」 それに対して七海はにっこりと微笑んだ。 「？ なに、七海ちゃん。あ、もしかして紅茶もここにあるとか？」 「私、急ぎの仕事を思い出したんです。すみませんが今日はもう帰ってくださいね？」 「え？」 「はいではさようなら。またおとといにでも遊びに来てくださいね」 七海は笑顔を崩さないまま、空を椅子から強引に立たせ、その身体を押しやった。 「え？」 空がはっと今の状況を知ったときには、すでに保健室のドアはガシャーンと閉められ、鍵もかけられたあとだった。 「･･････････････なんで？」 廊下に追いやられた空は、しばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。 「そう、そんなことがあったんだ？ それは空くんにとっては災難だったね」 「笑いごとじゃねえよ、奏司さん。オレ、なんで自分が七海ちゃんを怒らせたのか全然わかんなくてさ。七海ちゃんあれからオレに冷てえしさ･･･」 「七海が、空くんを無視するんだ？」 「無視はしねえけど、言い方とか笑顔とかはいつもどおり優しいけど、奥底にあるものが違うって言うかさ～。勘でわかるんだよ、七海ちゃん、これは怒ってんなっていうのがさ」 数日前の保健室での一件を、空は奏司にこぼしていた。あれから数日間、空は七海のもとに通ったり、寮で会うこともあったのだが、そのことごとくが七海の中身のない愛想笑いと適当な言葉でかわされてしまったのだ。不機嫌の理由を聞いても「別に私、機嫌悪くもないですよ？ 羽柴くんの気のせいでしょう？」で終わらせられてしまうので、空としては納得がいかなかった。 奏司の部屋のソファに身体を沈め、空は持っていたティーカップをソーサーに戻した。 「七海ちゃんて静かに怒るから、ほんとに怖えよ･･･。対処に困るって言うかさ」 「七海は空くんには機嫌の悪い自分を完全に隠そうとはしていないんだ？ そして空くんは七海のことをよくわかっているというわけか。それはちょっと･･･ずるいな」 「は？ なにが？」 「いやいや、こっちのことだよ」 奏司が軽く手を振って空の追求を流すと、空はソファの背もたれに勢いよく背中を預けた。 「あーもうっ。奏司さんならなにかわかるかなーって思って来てみたんだけどな。あ、勿論一番の目的は奏司さんの紅茶を飲みたかったからなんだけどさ」 「そんなに気にいってくれたのなら光栄だね。――そうそう、だったら空くんに、うちにある紅茶を一つあげようか？」 「え？」 「七海に淹れてもらってもいいし、七海なら淹れ方を知っているはずだから、七海に教えてもらって空くんが淹れてもいい。道具も、うちにあるものでよかったらしばらく貸すけれど、どうかな？」 奏司の提案に、空は身を乗り出した。 「ほんと？ いいのかよ、奏司さん」 「かまわないよ。僕が淹れたお茶を気に入ってくれたお礼だからね。どれでも好きなものを持って帰るといい」 「ん～、じゃあさ、オレ、このまえ淹れてくれたやつがいいな。あのときのほんとうまかったし！」 「了解。今持ってくるよ」 「――あ、やっぱり奏司さん、ちょっと待って。オレ、奏司さんに一つお願いしたいことがあるんだ」 「七海ちゃん、コンチワ～！」 「羽柴くん」 「よかった。七海ちゃん、ここにいてくれたんだな」 「･･･どうかしたんですか？」 あまりにも機嫌よく保健室を訪れた空に、七海は思わず聞いてみた。ここ数日あまりまともに話していないせいで、空がここにくるときは大抵どこかに影を浮かべていたものだったが、今日はそれが完全に払拭されているのだ。 「へへっ。今日はオレ、七海ちゃんにお土産があるんだ」 「お土産、ですか？」 「そう。奏司さんからもらったんだ」 「･･････」 奏司の名前を出されて、途端に七海の機嫌が下降線を辿りはじめる。そんな七海の様子に気づかず、空は持っていた鞄から「それ」を取り出した。 「じゃじゃーん。ほら、これが土産。奏司さんちにある紅茶の茶葉だぜ」 「･･････」 七海に紅茶の缶を突きつけるようにして見せたあと、空は持っていた鞄を床に置いて、ずかずかと保健室の奥に足を踏みこんだ。 「羽柴くん!? それがどうして私へのお土産になるんですか？ それは羽柴くんがもらったものでしょう？」 「うん、でも、これはオレが七海ちゃんにあげたくてもらってきたものだからさ。あ、ちゃんとお湯もあるな」 「･･･私に？ 奏司さん、私のことでなにか言っていましたか？」 「んー？ 別に特別なことはなにも言ってなかったぜ。七海ちゃんは紅茶の淹れ方を知っているからとか、このお茶を七海ちゃんに淹れてもらえばとか、そんなことだけで･･･」 「つまり、羽柴くんに事情を話さないまでも、遠回しに私のことをいじめているんですね」 断定的な口調でそう言って、七海は溜息をついた。それから改めて空を見やる。 「羽柴くん、私は紅茶の淹れ方は知っていますけど、でもここで羽柴くんに淹れてあげる気はありませんよ」 「ああ、うん。それは別にかまわねーよ。だってオレ」 「羽柴くんは奏司さんの紅茶が気に入ったんでしょう？ だったらこんなところで無駄な時間を使っていないで、奏司さんのところに行ったらどうですか？ そこでおいしい紅茶を飲んでおいしいお菓子を食べて、奏司さんと楽しんでくればいいでしょう？」 「――」 「紅茶、というよりも、奏司さんと過ごすことが羽柴くんにとって楽しいんでしょ？ だったらわざわざご機嫌伺いのようにここに来なくても、そのまままっすぐ奏司さんのところに行けばいいんですよ。もし奏司さんが仕事から帰ってくるまでの時間をつぶすためにここに来ているなら、迷惑です」 「･･････オレが、迷惑･･･？」 ポットの中の湯を確かめたり、この部屋にある急須やカップをチェックしていた空の手が止まった。 「･･････ええ」 「なんでだよっ。オレ、今は〝七海ちゃんと〟話したくてここに来てるんだろ！ 奏司さんなんか関係ねーよ。今オレは七海ちゃんに会いに来てるんだぜ!? 時間つぶしとかご機嫌伺いなんて考えたこともねーよ。･･･オレはただ、七海ちゃんにオレが飲んだようなおいしい紅茶の味を知らせたいって思っただけだろ」 「別に、紅茶を飲みたいとは思いませんから」 七海は淡々とした声でそう言って、空から顔をそらした。空から見えるのは、目の前にいる青年の冷たい横顔だけだった。 「･･･オレ、七海ちゃんにおいしい紅茶を飲ませたかったんだ。奏司さんも頑張れって応援してくれたし、そのために手ずからオレにいろいろと教えてくれたんだぜ？ おいしい紅茶を飲ませて七海を喜ばせるといい、って、そう言って･･･。オレだって七海ちゃんに飲ませたいって思ったからおいしい紅茶の淹れ方を頑張って覚えようとしてるのに、どうしてその七海ちゃんが迷惑がるんだよ･･･」 七海を見つめながら呟いたあと、空は一度視線を床に落とした。 そのあとなにかを振り払うように幾度か首を振り、そうしてもう一度口を開く。 「って言っても、こんなのただの押し付けだよな。ごめん、七海ちゃん。オレ、一人で浮かれてたかもしんねえ。オレがはまりそうになったからその喜びを七海ちゃんと分かち合いたいって、オレが勝手に思っただけだよな。そんなの当然、七海ちゃんにとっては迷惑だよな。七海ちゃん、ほんとごめんな･･･？ ――オレ、今日はこのまま帰るからさ」 最後にかすかに笑みを見せて、空は床に置いたままだった鞄を拾いに向かった。 鞄を拾ってそのまま、七海の顔を見ずに保健室を出て行くつもりだった。 「･･･････そうして、今日も奏司さんのところに寄るつもりですか？」 だが空が鞄を拾ったとき、七海から声をかけられた。 「え、別に･･･。そんなの全然考えてなかったけど･･･」 空が思ったままを口にすると、七海が再び溜息をついた。先程よりももっと大きな溜息を。 「･･･七海ちゃん？」 「私も本当にまだまだ子供ですね。羽柴くんにこんな態度を取ってしまっていること自体、奏司さんの手に乗ってしまっているってことですよね。もっと、気持ちにゆとりがないとだめですね」 そう言って七海は前髪をかきあげた。それから空に視線を移す。 七海の口元には、苦い笑みが浮かんでいた。 「ごめんなさい、羽柴くん。今私が言ったことは全部忘れちゃってください。ただ私が自分の心を制御できなくて、羽柴くんにあたってしまっただけですから。――羽柴くんが淹れた紅茶、私、今飲みたいですよ」 「七海ちゃん･･･無理、してんじゃねえの？ 別にオレ、今日はもうほんとにいいからさ」 「無理は、しているかもしれませんね。だって〝おいしい紅茶〟なんて、悔しいじゃないですか」 「悔、しい･･･？」 「ええ悔しいです。奏司さんが淹れたものだったら絶対に飲みたくないくらい。でも、羽柴くんだから。羽柴くんが私に飲んでほしくて私のことを思って淹れてくれるものなら、ぜひ飲みたいですよ」 「――」 苦い笑みから、七海の表情が優しい微笑みへと変わる。 空を見て。 空だけを、見つめて。 「･･･オレ、まだこの前教えてもらったばっかだから、うまくないかもしんないぜ？ 七海ちゃんにおいしいお茶を飲ませてぇって思ってるけど、でも実際はなんか失敗しちゃうかもしんねえよ？」 「いいですよ。羽柴くんが淹れたものなら。きっと私にとっては誰が淹れたものよりおいしく感じるはずですから」 「奏司さんが淹れたものの方が絶対的においしいぜ？」 「奏司さんが淹れたお茶だったら、私は絶対に口をつけないですよ」 「･･･まずかったらまずいって正直に言ってくれよな」 「絶対的においしいから大丈夫です。それに、今日だけじゃなくてこれからもずっと羽柴くんが淹れてくれたお茶を飲みたいんですから、そんなこと言うわけないじゃないですか」 「七海ちゃん、変わり身早すぎ･･･。さっき迷惑だとかなんとか言ってたのはどこのどなただったっけ？」 「ふふ。もう忘れました」 「･････････オレ、も･･･。七海ちゃんが淹れてくれたお茶は、オレにとって誰が淹れたものよりうまいと感じるぜ。七海ちゃんのお茶はオレにとって絶対的なんだ･･･」 空がぼそぼそとそう口にすると、七海はさらに笑みを深くした。 「じゃあ羽柴くんは私に紅茶を淹れてくださいね？ 私は羽柴くんにいつものお茶を淹れることにします。そうして、二人でゆっくりとお茶を飲みましょう？」 そして七海の机の上に緑茶と紅茶が湯飲みとティーカップに入って仲良く並んだあと、七海はティーカップを持ち上げながら空にこそっと打ち明けたのだった。 「私、実は紅茶は嫌いなんですよ」 「･･･え？ うわっ、七海ちゃん！ それ早く言ってくれよ！ だったらオレこんなこと言い出さなかったのにっ。それももう飲まなくていいから！」 「いやです。それに、羽柴くんが淹れてくれたものは特別だからいいんです。羽柴くんなら私よりおいしい紅茶を淹れられてももうきっと悔しくないですしね」 「七海ちゃんよりおいしい紅茶？」 「･･･奏司さんの性格の悪さがわかるエピソードを一つお話しますよ」 素朴な疑問を浮かべた空に、七海は悪戯っぽく笑って自分の過去の出来事を話しはじめたのだった。 ＥＮＤ |