〝とんでもない妄想〟その後
～七海ちゃん、ごめんなさい（笑）～
（･･････っていうか･･････ゴメン、七海ちゃん･･････）
心の中で七海に謝罪して、空は溜息をついた。
本当はこのままシャワーでも浴びたい気持ちもあったが、ここで長居するとますます七海への罪悪感が高まってきそうで、空は早々にここを辞することにした。
洗面室で手を洗い、リビングのソファの周りを点検する。
「ああっ。やっぱりこぼれてんじゃねえか、夜のバカヤローっ!!」
自分がつけてしまったしみを見つけて、空は夜に文句を言いながらも雑巾でそこを拭った。
その雑巾も片付け、これでようやく帰れると空が床に放り捨てていた鞄を拾ったとき、だった。
玄関からドアが開く物音がしたのは。
「･･････」
ぎくりと体が固まる。
真一朗や直ならいいと思うけれども、こんなとき、大抵会いたくないと思う人物が帰ってきたりするのだ･･･。
そんな暗い予測を立てた空の前に、やがて〝その人〟が姿を現した。
「羽柴くんも来ていたんですか？」
「な･･･七海、ちゃん･･･」
空は持っていた鞄を両腕で抱きしめて、リビングに入ってきた七海を怖々と見つめた。
「羽柴くん、今来たばかりなんですか？」
「いや、もう帰るトコ･･･」
「･･･羽柴くんどうかしたんですか？ なんだか顔色が冴えませんけど」
「べ、別にどうもしねえよっ。それより七海ちゃんこそどうしてここに？」
「この前来たときに忘れ物をしてしまったので、それを取りに来たんです。･･･あ、せっかくここで一緒になったんですから、今日はこのままここで夕飯を食べますか？ 夕飯、までいかなくても、羽柴くんおなかすいたでしょう？ 今適当なものを作りますよ」
確かに空腹だったので七海の申し出はありがたかったが、空は丁重に辞退した。
今この部屋で、七海と長い時間二人きりになるのはまずい気がする。
今だって七海の顔をちらりと見てしまうだけで、頭の片隅では先程の妄想が蘇りそうになってしまうのだ。それでときおり視線をはずしているのだが、こんな状態で七海と一緒にいたら、自分の様子がおかしいのはばればれになってしまうだろう。そして七海がそんな自分を追及しないで許してくれるとはとても思えなかった。
「えっと、そ、そーゆーワケでオレ、もう帰るから。またな、七海ちゃん」
空はそう言って、ひきつった笑顔を浮かべつつ、玄関へ向かおうとした。あいにく玄関に向かうには七海の横を通らなければいけないので、ことさら何気ないふうを装ってゆっくりと歩く。
「･･････羽柴くん。なにか、私に隠してます？」
七海の横を通り過ぎるとき、七海が空の行く手を遮るようにして腕を伸ばしてきた。
「な、なに言ってんだよ、七海ちゃん。オレ別に七海ちゃんに隠してるコトなんかねえよ？」
「そうですか？」
「そうそう」
「ほんとに？ ちゃんと、私の顔を見て答えてくださいね？」
「う･･････」
七海に制服を引っ張られて、正面を向かせられる。そして七海がじっと、食い入るように空の顔をのぞきこんできた。
空はますます鞄を抱える腕に力を込める。
七海の大きな瞳が目の前にある。顔をそらすことを許さない、自分を縛りつける瞳が。
この瞳が意地悪に揺れることを知っている。それから優しく微笑むことも。
でも今はそれだけじゃなくて、甘く叱ってくることや自分の動きにあわせてだんだん蕩けていく様子も頭の中で鮮やかに再生されてしまうのだ。それらは単なる自分の想像でしかないのに、走り出す妄想を止められない。
「だ、だからホントになんにもねえって！」
空は自分でも情けなくなるほど動揺した声を上げた。
〝処理〟してからそんなに時間はたっていない。あのときの強い快感を、まだカラダは覚えているのだ。
「羽柴くん、顔が赤いですよ？」
「七海ちゃんがンなに人の顔を見つめてくるからだろっ、とにかくもう離せよ。オレ帰るんだからさ！」
制服を掴む七海の手を強引に振りほどこうとすると、途端に七海が寂しそうにぽつんと呟いた。
「･･･羽柴くんにヒミツをもたれると、すごく哀しくなりますね･･･」
「うわっ。そういうの卑怯くせえぜ、七海ちゃんっ！」
七海の手なのだとわかっていても、そんな愁いに満ちた顔をされると空としては強気に出られなくなってしまった。根本的にこの人を哀しませたくないという思いがあるのだ。振りほどこうとする手から、わずかに力がゆるむ。
「もう一回言うけど、本当になにも隠しているワケじゃねえって！ 七海ちゃんの気のせい、七海ちゃんの考えすぎ！ もうわかっただろ？」
「･･････羽柴くん･･･」
「え？ なに･･･」
七海は空の制服を掴みながらも、今は空を見ていなかった。なぜだかリビングを振り返っている。
空も七海につられるようにして、そちらに視線を向けた。
空から見て、別段気にかかるようなところはなにもなかったのだが。
「･･････羽柴くん。ここで〝なにか〟してました？」
「･･････え？」
そこで七海が空に視線を戻して微笑んだ。･･･かすかにひきつった微笑みで。
「ティッシュの箱の位置が違うような気がするんですけど？」
「――」
「確かに二人部屋だと時間を見つけるのは大変なのかもしれませんが･･･。でも、ここをそういうふうに使われるのはちょっと困るんですよね･･･」
「うわわわわっ、違う違う違うっ！！！」
空はたちまち大声を上げた。
本当は七海の推測は正しいのだが、そこで素直に認めてしまうのはやはり問題がありすぎた。この部屋をいつもそういうふうに使っているなんていう誤解はときたかったし、同じ男同士とはいえ、七海に裏事情を暴露するのも気が引けたのだ。
空は慌てて七海の言葉を否定したが、七海は空が費やしたたくさんの言葉を聞き流したあと、笑顔を崩さないままでもう一度確認してきた。
「ほんとに？ 私が聞くのはこれが最後ですよ？」
ここで嘘をついたらあとが怖い――という意味を言外にたっぷりと含めた七海の言葉を聞いて、それでもとぼけられるほど空の心は強くなかった。
いつも優しくて穏やかな七海だが、本当はかなり怖い人物であることを空はすでに熟知している。
「・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
小声でうなだれるようにして、空はその出来事を認めた。
別にそれを目的としてここに来たわけじゃなかったが、実際してたのは事実なのだ。
もちろん空としては心の中で夜を恨まずにはいられなかった。
「あっでもちゃんと片付けといたし、換気･･･はしてねえけど、とにかくよごしてねえからっ。･･･って･･････とにかくごめん、七海ちゃん･･･」
これ以上なにを言えばいいかわからなくて、空の口が勝手にそんな言葉を紡いだ。言ったあとで自分でもなんてことを口にしているんだとたちまち後悔する。
「じゃあ、そーゆーコトで･･･」
もうこうなったら逃げるしかないと思いはじめた空の頬に、するりと、七海が手を滑らせた。
「･･･え？」
「で？ なにを考えてたんですか？」
「な、七海ちゃん!?」
「なにかを考えてしていたんでしょう？ それとも誰かを」
七海の声には咎める響きはなかった。むしろ唇や目元に艶やかさがある。
そう、まるで先程の妄想の中での七海のように、いつもの聖人的な清剌さが薄れていた。
ゆるやかに頬の形を辿る手はどこか扇情的で。
「いや、夜が勝手にしてきただけでさ・・・」
「そうですか？ もしかしてそのための写真とか、持っているんじゃありません？」
「ンなもんねえよっ」
空はすぐにそう答えたのだが、七海はもう片方の手で空の制服のポケットや内側を探りはじめた。
「探したってそんなものほんとにな･･･わわっ、七海ちゃん」
七海の体を押しやろうとして空は、それに抵抗した七海との揉み合いでバランスをくずした。
そのまま二人して床に倒れこんでしまう。
「･･･痛･･･っ」
「大丈夫ですか、空くん。ごめんなさい」
「ああ、別にへーき･･･」
七海にそう答えて身を起こそうとして、空はどきりとした。
自分の上に七海が倒れこんでいたのだ。逆の体勢で倒れて七海を押しつぶしてしまうよりかはましだったが、上から自分の顔を覗き込んでくる七海の顔に、心臓が跳ねた。
思いがけない至近距離に。心地いいと感じてしまった重さとあたたかさがある。
胸に置かれた七海の手にもつい意識が向いてしまっていた。
一瞬先程の妄想で、体勢が入れ替わった図を想像してしまい、空はきつく両目を閉じた。
体勢が変わって、七海が上から自分で。
「七海ちゃん早くどけよっ」
けして七海が悪いわけじゃないのにこれ以上密着していたくなくて、空はことさら乱暴な口調で言った。身を起こしたら、今度こそさっさとこの部屋を出て行くことを決意していた。
だが、上からかかる重さは変わらなかった。
「･･････いや、って言ったら？」
楽しげな笑みを含んだ七海の声。
空は七海の意図を知りたくて、目を開けた。
先程よりももっと近い距離に、七海の顔が迫っていた。
「七海ちゃんっ。今しゃれにならねえって。マジでやばいんだからさ！」
「どうして？」
「～～～～～だってオレ、さっき七海ちゃんで――っ」
七海にこの体勢でいることの危機感をわかってもらおうとして、空は咄嗟に先程の事実を口にしていた。
だが空のその言葉は即座に、奇妙な静けさを生み出した。
「･･････な･･･ななみちゃん･･････？」
七海の突然の沈黙が怖くて、空はぎこちない笑みのまま七海の様子を窺う。
その七海は――とてもさわやかな笑顔を浮かべていた。空がひきつってしまったほど、それは本当に満面の微笑みだったのだ。
そして口に出しては七海は、いつも以上に優しげな声で。
「･････････それは素敵な想像ですね？」
と言ったのだった。
鈍感な空でもさすがにこの七海を目にして、自分がかなりまずいことを口にしてしまったことには気づいた。
「だだだだだから、七海ちゃん、夜がかかか勝手にさ･･･」
「でも、していたのは空くんなんでしょう？」
「別にオレ、そんな気全然なかったしっ。ホントに夜が勝手にイメージを膨らませていっただけで、オレは、な、なんにも考えちゃいねえってっ！」
「空くんが私のことを考えてしてくれたんですね。私の、脱いだところを想像して？ 空くんの想像の中の私はどんな感じでしたか？ ぜひとも教えてほしいんですけど」
あくまでも笑顔のまま七海に質問されて、空はすぐさま白旗を掲げた。
「ごめん七海ちゃんっ。本当にゴメンナサイ、オレが悪かったですっ。もう二度としねえから今回のコトは忘れてください･･･」
「いやですね。私は別に、怒っているわけじゃないですよ？」
しかし、軽やかな七海の声に、空はすべてが後の祭りであることを知った。
「七海ちゃん、ほんと、悪かったって！！」
「だから怒っていませんてば。ふふ、むしろ光栄なことですね。だって私相手でも･･･空くんはココ、すっきりできたんでしょう？」
上に乗っている七海の手が空の服の表面をつぅ･･･と滑って、そこに辿りついた。空の顔からたちまち血の気が引いた。夢か幻だと思いたかった。現実に、まさか本当に七海にそこを触られるとは。
「七海ちゃん！ ちょ、降りろよもう！」
「今落ちついちゃってるってことは、出したんでしょ？ もう･･･言ってくれればお手伝いしてあげたのに。今度からはちゃんと、呼んでくださいね」
「ふっ、ふざけんなよ七海ちゃんっ」
「別に私、ふざけてなんていませんけど？」
「･･････っ」
空は強引に、自分の上に乗っている七海の身体をはねのけようとしたが、実際に腕に力を込める前に、首筋に濡れた感覚が走った。
「なっ･･･ななっ･･･」
「本当のことを言ってしまうとね、実は私も･･･あるんです。イケナイ想像だと思っていても、つい止められなくて。でもこれからはお互い様なんですから、罪悪感を感じなくてすみますよね」
「･･････え？」
七海の言葉の意味を取りきれなくて、空は七海の身体や七海の手をどけるのも忘れて、七海の顔を見つめてしまった。七海がちらりと舌を見せて、悪戯っぽく笑う。
「だから、私だって想像したことならありますよ？ こういうことをしたらどんな反応が返ってくるかなって。立場的にこういうのはいけないって思っても、つい･･･ね。だってすごく想像力をかきたてられるんですよね――空くんて」
「え･･･ええ――っ!?」
「たとえば･･･こうしたら、どんなふうに反応してくれるんでしょうね？」
そこに触れている七海の手に少しずつ力がこもる。かすかな振動と七海に、という現実が、空の意識をわずかに煽った。
「ちょ、ちょっと待･･･っ」
「空くん若いんだから、本当は一度だけじゃ物足りないんでしょう？ ふふ、大丈夫。別に今日は最後までしませんから安心してくださいね」
「･･･････････････さ、最後までって･････････。っていうか、マジでなにしてんだよ、七海ちゃんっ！」
「だから、〝お手伝い〟ですよ、空くんの」
何気ないことのようにそう言って、七海は空の胸に当てていた手もずらした。ズボンの中に入れていたシャツのすそをするすると持ち上げる。
「うわっ」
七海の手が、直接空の肌に触れた。
「――っ」
七海に触れられているという事実が、空を戸惑わせた。目の前にいる人はいつでも爽やかで和やかで、のほほんとした雰囲気を持っていたはずだったのに。どうして、今、こんな状況になってしまっているんだろう――。
「･･･さすがに鍛えているだけありますよね。空くんの筋肉のつけ方ってしなやかですよね。肌だって、こんなにすべらかで気持ちよくて」
「･･････」
「せっかくですから、やっぱり近くで見せてもらいますね」
そう言った七海の手によってシャツがめくられていく。その間も七海のもう片方の手は休むことがなくて。
空としてはまな板の鯉になったような心境だった。
七海を無理やり引き離すことは不可能ではないだろうが、真一朗ならともかく、七海に対しては手荒なことをしてはいけないという抑制がどこかで働く。乱暴なことをしたら傷つけてしまうのではないかとか、いつも自分に優しくしてくれる人に恩をあだで返すような真似をしていいのかとか、そんな気持ちが空の体から本格的な抵抗を奪った。
そしてなにより、元はといえば自分がここで七海をオカズにしていたという負い目があるのだ。
「･･･っ･･･」
シャツがめくられて露になった空の肌に、七海が唇を落とした。その一方でズボンのベルトがとかれていく。
「七海ちゃん、マジ、やめようぜ･･･」
「い、や。だってこんな機会は二度とないかもしれないんですよ？ ずっと、空くんにいけないことを教える悪い先生になってみたかったんです。ただの普通の保健の先生ではなくてね。せっかく空くんがそういう機会をくれたんですから、しっかり利用させてもらいます」
「･･････オレへの罰だったら他の形で受けるからさぁ･･･」
「罰だなんて、そんな気持ちはもうないですよ。ただ、空くんの反応を見たいだけです。空くんの話し振りだと、〝夜〟には見せたんでしょう？ ずるいですよ、空くんはみんなのなんですから独り占めしちゃ」
「なんだよそれ･･･って･･･ン･･･っ。は･･･ななみちゃん･･･っ」
七海の手が下着の中に滑り込んだ。他人に触られて、空の体が甘く反応する。
「･･･もう、黙って？ 空くんの別の声を聞かせて下さい。ちゃんと気持ちよくさせてあげますから、怖がらないで？」
優しく宥められて、ますます空は自分はどうすればいいのか困惑した。このまま諦めて七海に身を任せる気はないものの、それでも先程の負い目もあって強く出られなかった。
そんなふうに悩んでいるうちに、七海の手は空を甘く責めはじめる。七海の技巧と愛撫に煽られて、やがて空はどうにもならない事態にまで陥ってしまったのだった。
「･･････････」
ぐったりとその場に突っ伏したまま、空はしばらくそこから動けなかった。
最後まではされていない･･･が、その手前に近いことをされたような気がしないでもない空だった。途中、自分自身の中の熱に翻弄されて、よくは覚えていないのだけれど。
少なくとも、一回出して終わり、という展開にはならなかったのだ。
（･･････う。マジかよ･･･）
下半身が、なんだか重い気がする。何度か抜いてすっきりしたといえばすっきりしたのだが、それだけいろいろと嬲られてしまったのだから。
七海はさすがに年の功というべきか、指使いも舌使いもしっかり上手かったのだ。あんなにかわいい顔をしているのに、人は見かけによらないものだと空は理解した。――というか、やはり七海は怒らせるとかなり怖い人間だということをはっきり認識する。いろんな意味でまさに最強なのだろう。その七海を妄想に引き出してしまったほうが甘かったのかもしれない。
その七海は空の処理を最後までし終えると、そのままどこかへいってしまった。空としては七海の居場所を把握する気力もなく、そのまま突っ伏していたわけだが、キッチンのほうから音がするところをみると、七海はキッチンで炊事でもしているのかもしれなかった。
（･･･オレ、ぜってぇもう七海ちゃんには逆らわないでおこう･･･）
そんなことを考えた空の耳に、「はい、羽柴くん」という、七海の声が聞こえた。
それとともに香ばしい匂いが流れてくる。
空が顔を上げると、鼻先に出来立てのスパゲッティーが突きつけられた。七海の笑顔とともに。
「七海･･･ちゃん？」
「おなかがすいたでしょう、羽柴くん。軽く作ってみたんです。どうぞ、食べて？」
「･･････」
確かに昼食からはなにも食べていないので、目の前の料理には食欲を刺激された。空は身を起こすと差し出された皿を受け取る。それは七海の手によって作られた、ナポリタンだった。
「いただきます･･･」
「はいどうぞ、召し上がれ」
空は皿の上のフォークを手に取ると、床にあぐらを組んだままスパゲッティーを食べはじめた。出来立てのスパゲッティーはかなりうまく、空は夢中になって食べ続ける。
そんな空を、七海は空の隣に膝をついて眺めていた。いつもの笑顔、穏やかな視線で。
あんなことがあったとは思えないほどに清剌な雰囲気で。
「･･･ンだよ、七海ちゃん」
「すみません、気になりました？ ただ、おいしそうに食べてくれるなあって見ていただけだったんですけどね」
「･･･実際うまいし」
普段のように手離しでほめるのはしゃくで、ぼそぼそとそんなこと口にする。すると七海は空に向けてにこやかに微笑んだ。そうして手を伸ばしてきて、空の頭をくしゃりと撫でた。
「それは罪滅ぼしもかねてですよ。ずっとそう思っていたことは否定しないけど、いきなり襲っちゃいましたからね。･･･もっとも、空くんがここでなにかをしていなければそんなことにもならなかったんですけど」
最後に悪戯っぽく付け足して七海は手を離して立ち上がった。
「あああ、アレは、だからっ」
「今度ここをつかいたくなったら、ちゃんと私も呼んでくれなきゃだめですよ？ じゃなかったら、保健室とか寮でって方法もありますけどね」
「ぜってぇここでなんかしねえし、七海ちゃんのトコにも行かねえよっ」
「そうですか？ それは残念ですね」
「残念がんなよ･･･七海ちゃん･･･」
「でも、すごく気持ちよかったでしょう？」
「･･････っ」
七海の問いに、空はすぐさま反論できなかった。思わず顔を赤くして声を詰まらせてしまう。
確かにあれは、自分でするときとは比べものにならなかったくらい気持ちよくはあったのだから。
「ふふ。私のほうこそ今日の空くんを思い出して、しばらく悩まされそうですよ」
艶然と微笑んでそれだけを残し、七海は再びキッチンのほうに消えていった。
その場に残された空はなぜだか早くなってしまった鼓動を宥めながら、再び七海が作ったスパゲッティーを食べはじめたのだった。
「空･･･おまえってホントにさあ･･･」
「なんだよっ。うるせーよ、夜」
事務所からの帰り道、空は一人で寮に向かう道を歩いていた。
一人で、とは言っても、いつの間にか夜が空の意識の中に割り込んでいた。
「ホントにされてばっかなのな。オレ、後ろはオレ以外誰にも弄らせんなよって言ったはずだけどなぁ？」
「されてねえんだからいいだろっ」
「弄られてはいたけどな。ったく、七海にまで押し倒されるとはいくらなんでも情けなさ過ぎんじゃねえの？」
「うるさいうるさいっ。ンなこと言うためだったら、出てくんじゃねーよ、夜！」
「せっかくオレが七海押し倒してやったり、七海とするトコおまえにイメージさせてやったのによ。あーあ、もう七海使えなくなっちまったじゃねえか」
「当たり前だ！ 二度と七海ちゃんでするかよ。おまえにだってさせねえからな！」
「オレだってするかよ。今度七海使っても、おまえ、さっきみたく七海にされるイメージ浮かべるだろうからな。七海に無理やり奉仕させるっていうシチュエーションならともかく、空のはイジメラレテいるだけだからな･･･ちっ。使えねえヤツ」
頭の中に響く夜の声に、空がさらに反論する。
「だから、七海ちゃんでそんなこと考えんなよって言ってんだろ！」
「ハイハイ。ボクはもう七海センセイには逆らいません、て？ 食いものでしっかり懐柔されているあたり、おまえはホントにお手軽だよな。ったく、あの顔でえげつない性格してるからあれは性質悪ぃってんだぜ。七海が飴と鞭の使い手だってことはおまえもよく知ってんだろ？」
「七海ちゃんには裏表なんかねえよ。おまえの気持ちをちゃんと全部理解できるわけじゃねーけど、七海ちゃんのこと悪く言うのよせよな･･･。この前みたいなことももう二度とすんなよ」
空がそう言うと、空の体が急に後ろに引っ張られた。
「なっ」
その一瞬の隙に手の主導権を奪われ、ズボンの上からそこを撫でられる。
「よ、夜っ」
「だったらせめてここの耐性ぐらいつけねえとな。七海にされて簡単に達ってんじゃねえよ、空。もうちっとこらえるってことをオレが教えてやるからよ」
空の頭の中で、夜が楽しげに笑った。
「は、離せよっ、夜！」
「おいおい、オレは空のために言ってんだぜ？ ちゃんと忍耐力ってもんを身につけておかないと、あとあと困るのはおまえだからな」
「ン、ンなのっ、余計なお世話だ～～～っ！！」
夜の揶揄した声に、空はここが道の途中だということも忘れて思いきり叫んだ。
ＥＮＤ
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