羽柴空のヒミツ 〜フォロー編（笑）〜 慌しく扉をノックして、空は勢いに任せてドアを開けた。 「な、七海ちゃん!」 荒い息を整えることよりも先に奥に呼びかける。すると、奥の部屋からいつものようににこやかに微笑んだその人が現れた。 「羽柴くん。そんなに慌てて、どうかしたんですか？」 「な、七海ちゃん〜」 七海のいつもどおりの優しい微笑みに、空は安堵の溜息をつく。祭が見せたという写真のおかげで、七海の機嫌が下降線を辿っていると思ってきたのだが、どうやらそんなことはなかったようである。 「よかった〜。オレてっきりさあ･･･」 「また、藤守くんの具合が悪くなったんですか?」 「･･･え?」 「藤守くん、体質的に合わない薬が多いですからね、それでわざわざ羽柴くんがここまで来たんですね」 当たり前の口調でそんなことを言う七海に、空は不可思議な表情で説明を求めた。 「え、えっと？ なんでここで藤守の体のことが出てくるわけ、七海ちゃん」 「違うんですか? じゃあ藤守くんが熱を出したとか?」 「な、七海ちゃん･･･？」 もう一度呼びかけると、やはり七海は笑顔を崩さぬままで爽やかに言った。 「だって、羽柴くんがここに来る用事なんていったら藤守くんがらみのことしかないでしょう?」 「――」 「羽柴くんは藤守くんのことがとても大切なんですものね」 「げ･･･」 空は内心で引きつる。いくら表情はいつもどおりのように見えたって、そこで安心してはいけなかったのだ。やっぱりかなり怒っている気がする。 「七海ちゃん、あんなのはみんな祭のでっち上げなんだよ！ オレ、全然藤守とはそんなんじゃないんだから！」 「ふふ、照れなくってもいいんですよ。むしろ私は安心したんです｡羽柴くん、同室の藤守くんとは気が合わないってよく言ってましたけど、本当はちゃんと仲がよかったんですものね」 「七海ちゃ〜んっ」 空が写真について弁解したが、あくまでも七海は生徒をあたたかく見守る保健医の顔でこたえてくる。優しいけど、それは明らかな拒絶。 「藤守くんは転入生ですし、いろいろと心細いと思うんです｡藤守くんのそういうところを理解して、ぜひ羽柴くんが支えになってあげてくださいね」 本当にただの一生徒としか思われていないような言い方をされ、空はかなり傷ついた。ただの嫌味だとはわかっているけれど、それでもそんなよそよそしい顔を見せられるとつらくなる。 空はうつむいた。少しでも勇気が出るように、自分の着ていたトレーナーのすそを両手でぎゅっと強く握り締める。 「･･･違うよ。オレがここに来るのは、藤守がらみのことなんかじゃないよ。オレがここに来る理由なんてたった一つしかない――七海ちゃんがここにいるからだよ。そんなの、もうわかってると思うけど･･･」 言っているうちに顔が赤くなり、空の語尾がだんだん小さくなった。それでも途中で言葉を止めずに空は続けた。 「七海ちゃんが好きだから、今も、ここにいるんだ･･･。七海ちゃんに逢いたくて――」 「――」 空の言葉に、今度は七海が溜息をついた。 ドアの前で足を止めてしまった空にゆっくり近づいて、七海は腕を伸ばした。空の前髪をかきあげるように、額から指を滑らせる。 「七海、ちゃん･･･？」 空が上目遣いで七海を見る。どこか不安げなその声に七海は苦笑した。 本当は、もっともっといじめるつもりだったのに。 わざと嫌味を言って当てこすって、空を困らせるつもりだったのに。 そんなふうにかわいい態度を見せられると、許さざるを得なくなってくる。もともと、空の罪でないことは承知しているのだから。 ただ自分の中に納得しがたい感情があっただけで。 空の髪から手を離し、七海は軽く空の唇を奪った。もう許してあげるという意味を込めて。 そのあとで空の瞳を覗き込んだ。空の肩に手を置き、もう一方の手を腰に回す。そうして、吐息が届く距離で言葉を交わす。 「藤守くんとはそんなんじゃない･･･っていうのは、本当ですね?」 「勿論！ いろいろと変な写真があったかもしれないけど、撮られてたってことは祭も一緒にいたわけだし、けっこう祭が強引に状況を作ったでっち上げの写真とかもあって、実際は全然違うんだっ」 「わかりました。羽柴くんのその言葉を信じます。ただ･･･本城くんに写真を見せられたとき、私、哀しかったんですよ？ 羽柴くんが私以外の人とこんなに仲がいいのかと思ったら無性に哀しくなって。･･･自分でも、複雑だなって思います。羽柴くんが同室の子と仲良くなって、毎日を楽しく過ごしてもらいたいっていう気持ちも、本当の気持ちなんですけどね･･･」 「七海ちゃん･･･」 まるで自分をあたたかく見守って、愛しんでくれるような七海の言質と視線――それでいて、妬いてくれたという激しさに、空はますます七海に惹かれる気持ちを再確認する。自分はけして人に甘える性格ではないと思うのだけど、こんなとき、すごくすごく甘えたくてたまらなくなる。 空は、自分も七海に腕を回した。 「七海ちゃん、ごめん。七海ちゃんを哀しませて。そして、オレにあんな写真を撮られる隙があって。もうこれからは気をつけるから」 「大丈夫。これからあんな写真を見たら、撮った本城くんのことを怒るようにしますから。それに私と羽柴くんのことも写真に収めたら、保健室に出入り禁止だって本城くんに伝えておいてください。ただでさえ羽柴くん、保健室に来なくなっちゃっているのに･･･」 「だ、だってオレ、顔作れねーもん。咄嗟のとき、普通の生徒の顔なんか作れなくて、絶対人に見られたらばれるって。だから、普段はなるべく行かないようにしないと･･･そりゃあ、オレだってすごく逢いたいけど･･･」 空が自分の気持ちを正直に口にすると、再び唇が重ねられた。今度は甘く、深いキスを交わす。 「――写真といえば･･･私、写真の内容のほうも気になりましたけど、本城くんが羽柴くんの写真をそれだけずっと持っていたっていうのも、気にかかったんです」 「･･･え？」 キスの余韻にひたっていた空がかすかな声で七海に聞き返す。 「思えば私、羽柴くんの写真を一枚も持っていないんですよね。なのに、本城くんのほうがたくさん持っていて･･･。人に見られないように気をつけますから、羽柴くんの写真を撮ってもいいですか？ ちゃんと、カメラも用意してあるんです」 「あ、うん全然かまわねーよ。オレ、ポーズなんか作れないから普通に突っ立ってるだけでいいなら･･･」 「それじゃあ、つまらないでしょう？」 七海が密やかに笑った気がした。 「･･･え？ な、なみちゃん･･･？」 「普通の写真なんかじゃつまらないでしょう？ 私は、私だけの羽柴くんの写真がほしいんです｡ちゃんと羽柴くんが私だけのものだって安心できるように、いつも羽柴くんのかわいさを思い出せるような写真が」 「えっと･･･そ、れって･･･」 嫌な予感にかられて引きつった空から腕をといて、七海は自分の机の引出しからカメラを取り出した。 そうして心の底から楽しそうに空を振り返る。 「羽柴くん。本城くんには撮れないような写真をたくさん撮ってあげますからね」 おわり |