幾度逢ってもそのたびに




「兄ちゃん！　オレ海に行きてえな、海！」
　学校から帰ってきた空が、一足早く帰宅していた真一朗の顔を見るなり言った。
「海だあ？　こんなに寒いのにか？」
　対して真一朗は怪訝そうな顔を見せる。
「いいじゃん、オレが行きてえんだから！」
「ま、いいけど。ただ外ですんにはもう寒いぜ？」
「ンな話、誰もしてねえだろ!?」
　真一朗が揶揄した言葉に、空が強く反論してみせた。
「はいはい。じゃ、この週末に連れてってやるよ」
「やった！　ちゃんと約束したからな!?」
「オレが空との約束を忘れたことが一度でもあったか？　ちゃんと覚えておくに決まってるだろ」
　真一朗がそう言うと、空からは白々した視線が流れてきた。
「･･･オレ、兄ちゃんに忘れられた約束ならいくつも思い浮かぶけどな」
「･･･そうだったかな。まあともかく、今度はちゃんと覚えておくさ。――空とオレだけで海、だろ」
　自分たち二人だけで、という部分を強調して、真一朗が空にウインクをする。
　空は一瞬気恥ずかしくなって気持ちが引いたが、それでも逡巡した末に真一朗に――最愛の恋人に――笑顔を向けた。
「うん！　兄ちゃんとオレだけで海に行こうな！」


（･･･っていう約束をしたのは昨日のことなんだがな･･･）
　真一朗は、目の前の少年に気づかれないように、こっそりと溜息を吐き出す。
（この分じゃ、そんな約束を交わしたことさえも覚えてねえんだろうな。･･･ま、それも仕方がねえことか）
　真一朗は腕を組み直すと、改めてこの部屋の中央にいる少年を見つめた。
　今、青い髪の少年は部屋の中央に突っ立っている。白い制服で包んだ身体を両腕で守るように抱きしめ、こちらに視線を向けていた。
　敵意と、警戒心が露な視線を。
（ちょっとくらい強引に連れてきたからって、そんなに睨みつけなくても･･･。兄ちゃんは悲しいぜ、空）
　そうは思ったが、ここで泣き真似をしたって真っ赤な顔で怒る少年はいない。だから真一朗は意識を切り替えて改めて話しはじめた。
「突然のことで戸惑っているとは思うがまず根本的なことから話すと、おまえの名前は『羽柴空』で、この学校の二年生だ。それは制服が証明していると思うがな」
「･･････」
「踊り場でオレに呼ばれて意識を取り戻したあとのことはわかるな？　お前はさっきあそこの階段の上から落ちたんだよ」
「･･･ここはどこだよ、おっさん」
　冷ややかな瞳を真一朗に向けて、青い髪の少年が声を発した。真一朗が一瞬面食らう。
「おっ･･･。お前なあ、教師に向かってそんな言い草はないだろう？　ちゃんと先生って呼ぶか、もしくはお兄さんとか、兄ちゃ･･･いや、それはいいんだけどよ。とにかくおっさんはやめろ。オレが傷つく」
「あんたのことなんか知るかよ。それに教師だって？　あんたのどこが教師に見えるって言うんだよ」
「まあ今はな･･･。今日の授業はすべて終わったから、教師としての仮面は全部はずしたあとだったんだよ。やりたいこともあって、動きやすいいつもの格好で校内にいただけだ。ちゃんと着替えればオレがここの教師だっていうことは一目瞭然だぞ、『羽柴』」
　はねている前髪を撫でつけるようにして手で押さえてみせる。今は明らかに『真一朗』としての格好だが、それでも視線に『水都』の色を浮かべると、少年はそれについてはさらに反論してこようとはしなかった。真一朗は髪から手を離すと、そばの机から回転椅子を引き、そこに腰を下ろした。慣れた重さを引き受けた椅子が、かすかに軋む。
「オレは水都真一朗というんだ。この学校の数学教師をしている。この部屋は数学教諭室と呼ばれる、もっぱらオレ専属の部屋さ」
「で、なんでそのセンセイがこんなところにオレを連れ込むんだよ。オレが記憶をなくしたらしいことを知って、それでオレのことを説明してくれようとしたのか」
「ま、そういうことだ。たまたまお前が階段から落ちたところに遭遇して、慌てて助け起こしてみればオレの手を払いのけて『あんた誰だよ』だろ？　とりあえず廊下ですったもんだするわけにもいかねえし、ここに連れてきたってわけだ。ここはオレのテリトリーだからな、余計な人間がくることもないから安心していられる」
「あんたのテリトリーだから安心できねえんだろ？」
　小馬鹿にしたような感じで少年が呟く。真一朗は数秒言葉を失った。
「･･･どうしてそう思う？」
「オレの勘だよ。あんた、やばい人間だろ」
「･･･は。さすがだな、いい勘してるぜ」
「顔と雰囲気がやばげなんだよ。近寄ると危険だってオレの本能が言ってる」
「ま、当たっているかもな」
　飄々とそう答えて、真一朗はそこに立つ少年を見据えた。
　自由にはねている――幾度も指を通して触れてきた青い髪。
　依然こちらを睨みつけている――自分の心をつかんで離さなかった不可思議な色をした瞳。
　日に焼けた――この手でなぞり、至るところにくちづけを落とした肌。
　制服に包まれている、毎日の運動で鍛えられた――自分に身を任せ、互いに快楽を貪りあった身体。
　外見のパーツは同じなのに、そこにある中身が違う。兄ちゃん兄ちゃんと呼んで、無邪気に笑ってくれた少年は今はいない。
　けれど。
　真一朗は心の底から溢れてくる愉悦を抑えられなかった。
　正直、初めは夜かと思った。その視線や表情が、空のものとは思えなかったからだ。
　だがいくつか交わした言葉と少年の様子で夜ではないことはわかった。階段から落ちたショックで、夜が記憶をなくしたのとも違う。
　言葉遣いが悪いし、警戒も露だが、その身体の奥にあるものが空だと実感させる。
　なんだかんだ言ってもこの部屋から出ていこうとせずに自分に付き合っている人の良さや、強気な表情の奥にほんの一瞬だけ垣間見せる不安が、真一朗の心をとらえる。
　記憶がなくても、ここに立つ少年は間違いなく『羽柴空』、なのだ。
　――この学校の数学教師だと名乗った男の口元に浮かんだ笑みが、少年の鼻についた。なんだか自分をバカにしているような意味深な笑みで、そしてそれとともに少年は、自分がこの場所でおとなしくしている理由などまったくないことに気がついた。自分の記憶が失われて不安に思う気持ちはあるが、とにかくこの男にだけは恩を売られたくないと思った。自分の名前さえわかれば、もっと親切で嫌味な雰囲気を持たない誰かが、自分のことを懇切丁寧に教えてくれるだろう。
「とにかく、名前を教えてくれてサンキューな、センセイ。じゃあオレはもう行くからさ」
「行くってどこにだ？」
「あんたのいないところ」
「――」
「オレの話なら、もっと別のやつに聞くさ。じゃあな」
　それだけを言い捨てて、少年はこの部屋を出て行こうとした。だが、途端に男が吹き出し、男の抑えた笑い声が少年の耳朶を打った。
「あんた、なに笑ってんだよっ」
「いや、なんとなく、さ･･･。くくく、たまんねえなあ、ほんと。そういうのも最高だぜ」
　そう言った男が、改めて少年を見つめてきた。そして楽しげに呟く。
「オレのことが怖いのか？」
「はあ？　なに言ってんだよ、あんた」
「そうだよな。自分はなんにも覚えてねえのに、目の前にオレがいるんだもんな。だれよりもお前のことを知っているオレがさ」
「だれよりもオレのことを知っている、なんてよく言うぜ。センセイが知っていることは成績と内申書の中味だけだろ」
　根拠がわからない男の余裕のようなものをいぶかしみつつも、少年は肩をすくめてみせる。それでも男の余裕は崩れなかった。
「まあ、普通の教師ならそこまでかもな」
「まるで普通の教師じゃねえ口ぶりじゃないかよ」
「本当に、オレたちの関係が普通の教師と生徒の関係だと思うのか？　そんなちゃちなつながりだったら、オレはわざわざお前のことをここまで連れてこようとはしねえぜ、空」
　男に名前を呼ばれたとき、なぜだか空の心が震えた。ただ何度も聞き慣れた自分の名前らしいからというだけではなく、男の、声が。
　トクン、と、胸の鼓動を高まらせる。
「･･･あんた、オレとどういう関係だったんだよ」
　今おきた自分の心の震えを懸命に否定しながら、少年は聞いた。椅子に腰を下ろしている男が、その瞳を細めて少年を見上げていた。
　その唇から、一つの単語がこぼれる。
「恋人、だよ」
「は？」
「だから恋人さ。オレとお前は深く深く愛し合っている恋人同士なんだぜ？」
「･･･あんた、なに寝ぼけてんだよ」
「ほんとさ。信じられないか？」
　男が浮かべている笑みが、ますます空の癇に障った。恋人同士だなんて絶対に有り得るわけはないのに、男の態度は憎らしいほど悠然としている。
「当たり前だろ。オレたちはどう見たって男同士だろ。ンなの気色悪りいだけじゃん。もしかしてあんたにはそういう趣味があんのかも知れねえけどよ、オレにはそんな変態的な嗜好なんかねえよ」
「じゃあ証明してやるよ」
　男の声が聞こえ、回転椅子の軋んだ音がそれに続いたと少年の耳が捉えたときには、すでに男に腕をつかまれていた。
「なっ･･･ん･･･っ――」
　男の手に引き寄せられて、強引に頭まで抱えられる。逃げるすべもなく、空は男に無理やり唇を重ねられていた。
「――っ」
　最初は状況がまったく呑み込めなかったが、自分が今なにをされているかに気づくと、空はすぐに自由になる左腕で男の胸を何度も叩いた。だが男は空を解放せず、むしろ腕をつかんでいた手を背中に回して強く抱きすくめてくる。
　重なった唇はけして優しいものではなかった。抱き寄せた勢いもあってかなかば押しつけてくるようで、そのぶん空は男にキスされている事実をよりリアルに感じさせられた。よく知らない男――それもなんとなくいけすかない人間なんかに唇を奪われ、屈辱と、嫌悪感がこみ上げてくる。早く自分を解放してほしいのに、足を踏みつけても男の腕の力は緩まなかった。
　逆に、空のその行動が男の気持ちを煽ったものかどうか、空の唇の合間からするりと、柔らかくて濡れた感触が忍び込んできた。空は驚いて身を竦める。口腔に滑り込んだものはそのときだけ、空の気持ちを宥めるかのように優しく空の舌に絡んできた。
「離･･･っ」
　一瞬の隙をついて空が男のくちづけから逃れる。だがすぐにそのあとを追われ、再び自由に貪られた。
　いつしか空の腕から男を押しやる力は抜けていた。男を受け容れたわけではないが、角度を変えて執拗に舌に絡んでくる男のくちづけに、意識が奪われていく。ただ口腔内を翻弄するだけではなく、唇を甘くついばみ、舌先だけで歯列をなぞり、そうして背中に回った男の手がしっとりと背中を撫でさすっていく。
　いつかどこかで感じたような心地よさが、空を陶然とさせた。
「すげ･･･やっぱいい顔すんなあ、空･･･」
「――てめえっいきなりなにするんだよ ！？」
　男の声で現実を認識した空が、慌てて男の体を突き放した。自分の手の甲ですぐさま唇をぬぐう。今自分は、この男に舌まで入れられて、そうしてそれを心地いいなんて思ってしまったのだ。
「だから恋人同士だっていう証明だろ。ほら、まだ途中だぜ？」
　男が、再び空の腕をつかんで自分のほうに引き寄せる。腕をつかまれただけで、空の身体が震えた。
「よ、よせよっ」
「ほらな、すげえ感じやすいだろ？　オレに触られることに慣れている証拠だぜ」
「ざ、ざけんなよっ。オレは男なんか好きにならねえよっ。オレが男にされて喜んでいるなんて冗談じゃねえや。だったら舌を噛んで死んだほうがましだねっ」
　腕をほどいたあと、真っ赤な顔でこちらを見上げてくる。そんな少年の様子を見て、真一朗はついついかわいいなんて思ってしまった。
　夜と違って今の少年には余裕が欠けている。やはり記憶を失っていても、空は空――自分が、ずっと想ってきた少年――なのだ。
　だったら。目の前に空がいるなら。
　別に過去のことにこだわる必要はないのだと、真一朗は思いはじめていた。
　単にもう一度はじめればいいだけのことなのだ。
　新しい、恋を。
「――ＯＫ。じゃあオレのことを０に戻して一からはじめようぜ。もう一度、オレたちは出会ったところからはじめるんだ」
「一からもなにも、永遠にはじまらねえだろうな」
「それはどうかな。オレがおまえを好きだった年月は半端じゃねえぜ？　何年かかってもオレは絶対におまえを落とすさ」
　真一朗の瞳が漲る自信によって輝く。根拠のない自信だと思いつつも、確信しているようなその言動に空は慄然とした。
「オレとおまえがどういう関係か、さっき聞いてきたよな。恋人ということをぬかせば、オレたちは私立探偵とその探偵見習い、なんだぜ」
「･･･私立探偵？　あんた、教師じゃなかったのかよ」
「もしくは、小生意気な小学生と、その近所に住んでいた大学生のお兄さん、でもあったな」
「――」
「それだけオレたちはずっと以前から出会っていたんだぜ。昔は、ガキのときのおまえに憧れられていたと思う。よくじゃれてきたし、オレもかまってやったしな。･･･でも」
　そこで真一朗は一度言葉を止めた。改めて愛しい少年の顔をじっと見つめる。
「オレは、なついてくるから好きになったんじゃねえよ。ただ『羽柴空』を好きになっただけだ。オレたちが築いてきた過去のつながりが無に帰っても、それでオレたちの関係が壊れるわけじゃない。単に新しい展開に変わるだけだ。――そうだろ、空」
「･･･あんた、バッカじゃねえ！？」
「バカ、かもな。それはもう自覚しているさ。おまえに惚れたときから頭ン中がぐずぐずに溶けて、もう本能だけでしか生きてねえんだよ。ただおまえがほしいだけだ」
　そう言った真一朗がまた空を引き寄せた。少年の抵抗を難なく封じ、再びその唇を捕らえる。
「･･････っ！」
「好きだぜ、空。ほんとに･･･なにからなにまで愛しくてたまんねえ。記憶をなくしたくらいでオレから逃げられると思ったら、大間違いだからな」
「いい加減、離せよ！　人の気持ちを無視して勝手なことをするんじゃねえよ！」
「おまえの気持ちを尊重しているからこそ、キスで止めてやっているんだろう？　本当なら押し倒しているところだぜ」
「ふざけるなっ！」
　一喝して、空は真一朗の身体を思いきり押しやった。
「オレは、てめえなんか好きにならねえよっ！　ぜってえに、どんなことがあってもてめえにだけは惚れねえ。てめえなんか大っ嫌いだ！」
　そう叫んで、空は部屋を飛び出した。
　そう、絶対にあの男に惚れたりなんかしないのだ。あんな、自信過剰で性格が悪そうなやつに、捕らえられたりなんかしない。
　――もし、記憶がなくてもあの男に惹かれたら、それは昔の関係がなくても、とにかく自分はあの男に惹かれてしまうということだ。自分の魂が、いつもあの男を求めているということ。
　そんなのは冗談ではなかった。
　あんな、男なんかに。自分は一瞬でも惹かれたりはしていない。
　あんな――。
「くそ･･･水都真一朗だって？　ふざけんなあいつ。オレのことをなんだと思って･･･うわっ！」
　数学教諭室を飛び出し、一心不乱に廊下を走っていた空は、そこにある階段をきちんと認識できなかった。やばい、と思ったときには、すでに受身を取るしかない状況になっていて。
「お、おい空！　空っ！」
　背後で聞こえた男の声に少年は、「オレのことを好きならちゃんとつかまえておけよ」なんてことを一瞬考えていた。



「･･･ら。空。おい、空！」
　なんだかぺちぺちと頬を叩かれている。空はその痛さに顔をしかめた。
「ん･･････」
「おまえ、一日に二回も階段から落ちるなよ。さすがに肝が冷えるだろ」
「･･･あれ？　･･･兄ちゃん･･･？」
「――」
　目を開けると、そこには真一朗の顔があった。自分の顔を覗き込んでいる真一朗の顔に、なぜだか驚きの色が広がっている。
　空はそこに寝転んだまま周りを見渡した。どうやら学校の階段の踊り場のようだ。
「オレ、階段から落ちたんだ？　ああ、そういやあ足を滑らせたんだっけ。痛･･･っ」
「大丈夫か、空。無理して起き上がらなくてもいいんだぜ」
「ん、大丈夫。ちょっと打ち身が響くだけさ。別に足をくじいたりもしてねえし」
　空が真一朗の腕につかまりながらゆっくりと身体を起こすと、途端に真一朗に抱きしめられた。
「うわっ、兄ちゃん。な、なんだよ急に！」
「空〜〜〜〜」
「兄ちゃんてばさ！」
　本当は今階段から落ちたばかりなのだから、そんなふうに強く抱きしめられると身体が痛くてしょうがないのだ。だが、真一朗の様子ではそんな文句を差し挟める余地はないようだった。
　空は痛みを我慢しながらも、とにかく真一朗の顔を確かめようとどうにか身体を動かそうとした。
「今はとにかくこうして空を抱きしめたい気分なんだから、つきあえよ」
「･･･オレ、階段から落ちて、兄ちゃんを心配させた？」
　空なりに真一朗の強い抱擁の意味を推測したのだろう、不安げな声がそんなことを尋ねてきた。
「あったりまえだろ。目の前で落ちたのに助けられなくて、オレ自身すげえショックだったさ」
「ん･･･悪かった。でもオレ、本当になんともねえからさ」
「･･････じゃあ本当になんにもねえか、ちゃんと調べないとな」
「へ？　うわっ兄ちゃん！」
　真一朗がそう言ったのが聞こえたかと思うと、空は強い力でぐんと上に引き上げられていた。空の膝下に真一朗の腕が滑り込み、空はいやおうなしに真一朗に抱き上げられた姿勢となる。
「な、なにすんだよ、下ろせよっ」
「オレを二回も心配させた罰は、ちゃんとその身体で払ってもらわねえとな」
「兄ちゃん！」
　空の抵抗など無視して、真一朗は空を抱き上げたまま階段を上ると、その身体を数学教諭室に運んだ。男子高生を一人運んでいるというのにその腕には危なげなところはなく、表情も至って平然としている。
　真一朗は中に入ってドアを閉めると、空を丁寧に床に下ろした。その直後、またしても空は真一朗に抱きしめられることになった。
「兄ちゃん･･･？」
「今、空がすっげえ愛しい･･･」
　吐息とともに熱い声が、真一朗の唇からこぼれ落ちる。
「改めて、オレはおまえにとことんまいってるんだなあって実感したぜ」
「も･･･苦しいよ･･･」
　半ば照れながら、真一朗の腕の中で空が身じろぎをする。真一朗はその空の顔を見下ろして、改めて自分の中の想いを再確認していた。
　――そう、子供のころになつかれたから好きになったわけじゃないのだ。そんなことなどまったく関係なしに。
　真一朗は心に溢れる想いのままに何度も空の顔にくちづけた。少年の顔に、キスの雨を降らせていく。
「兄ちゃん、く、くすぐったいって」
「じゃあ、くすぐったい以上のことをしてやるよ」
「ひゃ・・・っ」
　不意に首筋にキスを落とされて、空はびくんと身をすくめた。ただ唇を押し当てただけではなく、真一朗はそこを執拗に攻めはじめたのだ。唇がすべるように動き、ときおり舌でなめとられる。
「ん･･･っ」
　身体が、すぐさま真一朗に応えはじめているのが空にもわかった。　自分の腕をつかんでいる真一朗の手や、肌が触れている真一朗の体温にすらどきりとする。
　そして空は、自らも真一朗の背中に腕を回した。
「空・・・」
　珍しく積極的な空の行動に、真一朗は少しだけ顔を上げた。
「ん･･･なんだかオレも、こうしたい気分･･･」
　その髪に触れてその頬に触れて、真一朗と自ら唇を合わせたかった。なぜだか、わからないけれど。
「なんかオレ、兄ちゃんにずっとこうしたかった気がする。強がってねえで、正直に心の求めるままに･･･。おかしいよな。オレ、今までにだって何回もこうしたことがあるのに、なんでだか今は初めてするみたいに緊張する」
「別におかしくなんかねえさ。オレも、よく知っている身体だと頭の中ではわかっていながら、なんだか初めて抱くみてえだ。･･･やっぱりずっと、こうしたかったのかもな。四の五の言ってねえで押し倒せばよかったか･･･」
「え？　なんか言った兄ちゃん？」
「いや。もう･･･お互いに、言葉は不要だろ？　空･･･」
「･･････うん･･･」
　それから二人は、自分から相手を求めて幾度もくちづけあった。
　心の、赴くままに。
　そうして空をいとおしみながら、真一朗は、たとえこの先どんなことがあっても、そのことで互いの記憶や想いを忘れても、再び自分たちの恋がはじまっていくだけなのだと強く確信していた。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　●　ＥＮＤ　●