むらさきいろのクスリ（後）　




　　　　　　　　　　　　　　４

　頭におかれた大きな手が、空の髪をかきまわす｡ときおりもう片方の手が、頬や首筋を滑っていった｡

「･･･はっ･･･」

　口の中いっぱいにほおばされて、空はときおり苦しげに息を吐き出した｡

「そう･･･なかなかイイぜ、空。初めてにしちゃ上出来だ」

　空の頭を撫でまわしている真一朗が、懸命に自分に奉仕する空を見下ろして呟いた｡両足を投げ出して座っている真一朗は、ズボンのファスナーを下ろして前を開いているのみだ｡その真一朗の足に少し乗るようにして、今空は真一朗自身を口に含まされていた｡
　頭を押しつけられてなかば強制的にさせられたのだが、今の空にはこの行為に対する嫌悪感や反発心は薄れていた｡ただ真一朗の言葉に煽られるままに、舌をひらめかせ、顔を動かす｡
　空の中にある快感が、現実を認識する力を奪っていた｡
　腰だけを高く持ち上げられ、足を開かされている。後ろからすべてを見られている姿勢をとらされ、そのうえ空の淡い色をした秘所には、今何本もの指が抜き差しされているのだ。
　――後ろを責める七海の指が。

「はあ･･･マジたまんねーな〜｡空がオレのを口に入れてるなんてまるで夢のようだぜ。これぞまさに生きててよかったってカンジだよなあ･･･」
「夢のようもなにも、真一朗が無理やりそうさせているんじゃないですか。まったく･･･本当に自己中心的な考えしかできないんだから困っちゃいますよね」

　極楽気分でしみじみと言った真一朗に、七海が冷ややかに突っ込みを入れる｡そう言いつつも、七海はさらに空の中に指を押し進めた｡たちまち空の体がびくんと甘い反応を返す。

「･･･羽柴くん｡本当にきつかったら、歯を立ててもいいんですからね」
「七海･･･。オレが羨ましいんなら、おまえだって空に後でしてもらえばいいだろう？」
「別に羨ましくなんかないですよ。私は真一朗と違って、羽柴くんを気持ちよくさせてあげることができればそれで十分なんですから」
「そう言いつつおまえ、今なにしてんだよ？　言ってることとやってることが矛盾してるぞ、七海･･･」

　しっかり自分のズボンに手をかけはじめた七海に、真一朗が白い目を向ける｡七海はそれで手を止めたりはせずに、にこやかに微笑んだ｡

「勿論、羽柴くんをさらに気持ちよくさせてあげるための準備ですよ？」
「そのついでに自分もって？　自己中なのはどっちだよ」

　真一朗のその言葉にはこたえずに､七海が空から指を引き抜く。そうして、半分意識の飛んでいる空に囁いた。

「羽柴くん･･･快感という言葉の意味を教えてあげますよ。これでもね、どう言い訳しようと罪なのは自覚しているんです。だからせめて――」
「ん･･･っ」

　空の口からどうしようもないほどの甘い吐息がこぼれる。空の限界が近づいているのを察して、真一朗が自分自身を空の口から引き出したのだ。
　そして口の中が自由になったことで、空は、自分の秘所に触れるものをはっきりと意識した。
　‘入り口’に触れた固いなにか。先ほどまであった指とは違う、もっと容量のあるそれがじっとりとそこに当てられて。
　浅く､侵入してくる。

「あっああっ・・・」
「空･･･」

　それだけで快感を拾い上げた空に、真一朗が優しく囁いた。自分が伸ばした足の上に乗っていた空の上半身を起こし､自分から抱きしめる。
　初めての挿入による驚きとそこから生み出される快感に意識を取られた空が、たちまちすがるものを求めて自らも真一朗の首に腕を回した。
　真一朗の唇が空の唇に重なる。たちまち舌で口腔を攻められ､空も無意識のままそれに従った。

「あふ･･･んっ････はあっ･･･」

　唾液を絡めながら真一朗とくちづけを繰り返す。その間も、空の後ろが徐々に犯されていった。性急さのないそのやり方に、空は痛みよりも快楽を教えられる。そしてこちらを焦らすようなその行為に、空は、物足りなさまで感じた。
　空の腰が、ねだるように揺れはじめる。
　感じすぎて拒絶を示さない空のその様子を見て、七海の口元にかすかな笑みが浮かんだ。それは少なくとも今現在空に無理強いしていないという安堵の笑みでもあり、また、なにも知らなかった空をそんなふうに追い詰めてしまった自分への苦笑でもあった。
　だがもう抑えがきかないのは事実だった。七海は腰を進める。体がほしがっているのは自分自身でよくわかっていた。
　快感というより空を。一時的にでも自分のものにしたくて。

「あっああっ･･･っ！」

　背後から強く押しつけられて、空の口からひときわ高い声があがる。自分の中に別のなにかがある。内部を圧迫するようなそれが自分のよく知る男のものだという認識が、一瞬空の意識の中に落ちた。

「あ･･･ああんっな、みちゃ･･･っ」
「気持ちいいですか、羽柴くん。でも、こんなのまだ挿れただけですよ？」

　そう言って空の背中に七海がくちづけを落とす。それと同時にしばらく触れていなかった空自身に指を絡めた｡空の体が途端にびくりと痙攣した。

「羽柴くん、少しずつ動かしますからね。羽柴くんもそのまま続けて？」
「ふっ･･･」
「空、おまえ、今すっげえかわいいぜ。オレんときもそんな顔してくれんのかな」

　空を強く抱きしめている真一朗が頬にキスして囁く。七海が腰を使いはじめ、空はたまらずにいっそう真一朗にしがみついた。

「あっああん･･･ふうん･･･んっ」

　体の奥の敏感なところを七海に的確に突かれる。これまでゆっくりと進めてきた七海の動きが激しいものに変わり、空はますます快感に追いつめられていった。
　自分一人では経験したことのないほどの官能の波にさらわれ、理性を粉々に砕かされる。
　自らも腰を振り、こぼれる声を抑えられないまま、やがて。

「――っっ！！」

　空は再び追い上げられて達したのだった。

　　　　　　　　　　　　　　５

「やったあ、これで交代だよなっ！　･･･って七海チャン･･･」

　喜々として言った真一朗の声が、たちまち気落ちしたものに変わる｡

「･･････っ」

　いまだ行為を続けている七海に、真一朗は口を尖らせた｡

「空を気持ちよくさせてやれば充分、とか言って、しっかり自分がイくまでヤる気なんじゃん｡空、今イったばかりなのに、きっついことするよなおまえも」

　だが、実際に追い上げられたばかりだというのに、空の反応は甘かった｡真一朗にしがみつき、喘ぎ声をこぼしている｡その眉根はつらそうに寄せられているが、それが痛みによるものでないのは一目瞭然だった。薬の催淫効果によるものなのか、いまだ快感に翻弄されているようだった｡

「･･･ちっ･･･」

　真一朗は仕方なく舌打ちする｡空が気持ちよさそうなら、ここはおとなしく待つしかないのだ｡抱きしめている空の背中を撫でながら、真一朗は一方で胸の飾りを責めていく｡順番待ちという状況はつまらないが、こんなふうに空に抱きしめられていることはけしていやではなかった｡むしろ必死な表情ですがられると、頼られているようで、ちゃんと必要とされているようで嬉しくなる｡
　――七海が先ほど呟いていたように、罪を自覚しているからこそ、そんなふうにされていると少しは許されているように錯覚するのかもしれない。

「････はぁ」

　七海が深く溜息をついた。さすがに三度目の追い上げはそうそうに達しなかったようで、空を中途に煽ったまま、七海が体を引いた。呼吸を整えながら、額に浮かんだ汗を拭う。

「あ･･･っ」

　真一朗にしがみついていた空が、なにが起こったのかを知って声を上げた｡せっかく突かれてもう少しで、というところで、内部を圧迫していたものが引き出されたのだ。置き去りにされた熱に、空が身をよじる｡
　真一朗は、空がなにを惜しんだのか正確に読みとり、空の背中を撫でていた手で空の頭をくしゃくしゃに撫でた｡

「ん―よしよし｡ほんとかわいいよなあ、おまえって｡待ってろよ、空。兄ちゃんがちゃあんとおまえのほしいもんやるからよ」

　そうしてもう一度だけ空にくちづける｡挿れられるのは嬉しいが、空の唇とはしばしお別れなのだから｡

「よし、今度こそ本当に交代だよなっ」
「･･･羽柴くんに、最後までしてもらわなかったんですか？」

　七海が髪をかきあげながら、真一朗にちらりと目を投げる。七海がなんのことを言っているかに気づいて、真一朗は苦笑した｡自分の首に回された空の腕を解きながら、空の顔をじっと見つめる。

「別に空に最後までしてもらおうなんて思っちゃいなかったさ｡オレはこいつにそんなことまで求めちゃいない。ほんの少しでも口を使ってくれただけで充分で･･･続きは勿論後ろでしてもらうさ。なっ、空ｖ」
「･･････に、いちゃん･･･？」　

　真一朗に呼ばれて、空がほんの少し正気を取り戻した｡体の奥はうずいているが、今は二人から明確な愛撫は与えられていない｡だからこそ、正気に立ち返ったらしかった。

「お、空。気づいたか？　ふっふっふ、やっぱりそうこなくっちゃなっ。ちゃんと意識があってこそ互いに盛り上がるってもんだろ？」
「盛り上が･･･る･･･？」
「そうそう。一緒に天国に行こうなｖ」
「････やだ｡兄ちゃん一人で行けばいいだろ」

　真一朗が言った言葉の意味に気づいて、空が拗ねたように顔をそらした｡

「そ、空クン冷たい･･･」
「だって･･･オレばっかりイかされて･･･。んなの、ずりぃじゃん･･･」
「――」

　小声でぼそぼそと呟いた空の表情を見て、真一朗が言葉を失う。固まってしまった彼を見て、七海が不思議そうに、「真一朗？」と声をかけた。
　真一朗は大きく溜息をつく｡

「はあ･･･。マジで七海がいて助かったかもしんねえなあ。わりぃ、なな｡オレ今よゆーねえわ。抑えがきかなくてかなり無茶すると思う。空のフォロー頼むわ」
「･･･わかりました」
「え？　オレのフォロー･･･？　うわっ!?」

　話が見えない空の体を真一朗が一度ひっくり返して仰向けにした｡そしてそのまま脇の下に腕を差し入れ、ぐいっと抱え起こす。足を開いて座っている真一朗の上に、空も座らせられた格好となった。双丘からわずかにずれたところにあたっているものがなにかに気づいて、空が途端に顔を赤くした｡
　先ほど、自分が口に含まされた――｡

「に、兄ちゃん･･･っ」
「空。フォローは七海に任せたんだから、きつかったり痛かったりしたら七海を恨めよ？」

　空のうなじにくちづけを落とすと、真一朗が再び空の体を浮き上がらせた。今度真一朗のそれがあたったところは空の疼いているところからほんの少ししかずれてなくて。空はかすかに身を竦ませた｡
　その空の両足首を前にいる七海が掴み、空の膝を割った。半分勃ちかけているそれが、七海の目にも、後ろにいる真一朗の目にも明らかとなる。空は慌てて手で隠そうとしたが、その前に七海の手がそれを阻んだ｡空よりも先に掴んで、そしてそれに口を寄せる。

「七海ちゃん･･･っ！」

　七海の濡れた舌がまた空を責める｡先程された行為だが、空は先程よりも敏感に反応した｡幾度も達かされて快感を拾いやすくなったというのもあるが、七海の、舌の動きが｡
　――さらに。

「んっ･･･やあっ、七海ちゃん、それやめ･･･っ｡ふっ、うん････っ」

　空が七海の頭を押しのけようとしたまま首を振る｡
　先程とは、また違うのだ｡七海の行為は、先程よりもはるかに執拗で複雑で巧妙で。空はあまりにも強い快感に意識を押し流されそうになったほどだった｡
　完全に理性を忘れて夢中にさせるほどの快楽。恥ずかしさも忘れて、空はひっきりなしに甘い声をこぼした｡
　今日初めて抱かれた少年にする愛撫にしては、破格なほど濃厚で、手加減なしの苛烈さ。

「――だからと言って、やりすぎて空の気ぃ失わせんなよ？　気ぃ失った空とヤってもつまんねえじゃん」
「･･･････」

　憮然として言った真一朗に対して、七海がほんの少し空自身から口を離した。

「･･･もしもし七海サン？　今舌打ちしませんでした･･･？」
「･･･え？　気のせいでしょう？　でもわかりました、そこそこ、ということですね｡そういうことなので羽柴くん、私としては残念ですけど中途半端でも恨まないでくださいね？」

　再び絡まる七海の舌｡今度はすぐにやわらかい唇に押し包まれて。

「――っ・・・っ」

　知らず知らずのうちに涙をこぼしてしまうほどに追い上げられて、空は、だから再び自分の体が浮きあがったことに気がつかなかった｡
　後ろから、前置きなしで。
　一気に奥まで突き入れられる｡

「あ、ああっっ、だめぇっっっ･････！！」

　ぐうんと自分の中が、容量のあるなにかで満たされる｡挿入のときに感じた圧迫感さえ、前を責める七海の技巧に煽られ、快感にすりかわった｡

「あっあっ、んっ、ふっ･･･っはぁん･･･っ」

　空の中にあるそれが、たちまち抜き差ししはじめる。深く貫かれたと思うと、するりと引かれ、だが次の瞬間には倍の圧迫感で中を犯す｡

「やっ･･･ああんっ･･･ふ、うぅんっんっ･･･」
「･･･どうだ空？　おまえの待ち望んでいたモノだぜ？」

　真一朗は自分自身も夢中になりながらも空を責めた｡

「はぁ･･･すっげ･･･。おまえン中、本当に最高なのな｡こう、取り込まれる感じ？　やわやわと押し包んで、ぐっとしめつけてきて、こっちを煽り立ててくる････。まるでもっとほしいってココでねだってるみたいだぜ？」

　‘つーか、これはカンペキねだってんだよな？’
　空の耳元でそう囁いて、真一朗は後ろから手を伸ばして空の胸に触れた｡

「ちがっ･･･ねだってなん、か･･･ん･･･にぃちゃ･･･あっ･･･っ」

　空の後ろにいる真一朗が腰を動かして空を追いつめる｡ときおり胸を嬲り、悪戯な舌が耳元や首筋をくすぐり、軽く歯まで立ててくる｡
　一方で七海は真一朗に言われたとおり少し抑え目にだが、それでも慣れた巧みさで空自身を弄んだ。
　二人から与えられる快感に、空の意識が再び失われかける。空は少しでも声を殺すためと無意識に快感を求めて、自分の指を口に含んだ｡
　七海の髪に触れた手はときおり七海が口を引くと、たちまち力がこめられて少年自身に押しつけられた｡そんな空に褒美だというように、七海の手が空の汗ばんだ腹部や太腿の内側を撫でていく。
　同時に複数の箇所を責められ、四本の腕、二十本の指で犯される。濡れた唇の感触も二つで、クスリの効果以上に空は翻弄された｡

「････く･･･よすぎてぜってえ、一回じゃ物足りねーわ、オレ･･･｡空･･･抜かずにそのままヤるからよろしくな」

　空に一方的な断りを入れると、そのあと真一朗は空から与えられる快感に意識を委ねた｡そのまま空の甘さに溺れる。

　そうして、二人の青年と一人の少年の熱く濡れた夜は時を忘れてすぎていったのだった――。

　　　　　　　　　　　　　　６

「・・・・・・そ、そーらく〜ん・・・ｖ」
「･･･あ、あの･･･羽柴くん･･･？」
「―――」
「おーい、そらぁ〜〜〜〜。ちっとくらい、こっちを見てくれたっていいだろう〜？」
「―――」
「羽柴くん･･･。羽柴くんが怒っているのはわかりましたから、もう壁を見つめるのはやめましょうよ。ね･･･？」
「･･･二人ともオレのことなんかほっとけよ｡オレ、兄ちゃんも七海ちゃんもだ〜〜〜〜〜〜いっきれーだから。嫌いな人間とは口もききたくねーし、顔も見たくないねっ」

　壁に顔を向けたまま、ベッドの上で布団にくるまっている空が冷ややかに二人に告げる。
　ベッドのそばで空のご機嫌を伺っていた真一朗と七海がうっと言葉を詰まらせた｡
　ここは、真一朗の事務所内の、空に与えられた寝室である｡昼になって目覚めてみたら、空はパジャマを着てここに寝かされていたのだ。二人に好き勝手されたのは真一朗の部屋だったはずなのだが、どうやらきちんと体を拭かれ、着替えまでさせられて、ここに運ばれてきたらしい｡
　目覚めたばかりで空がぼうーっとしていると、やがて二人がこの部屋を訪れて入ってきたというわけである｡空は二人の顔を見るなり夕べのことを思い出し、すぐさま布団にくるまって背を向けた｡それだけの動きですら体がだるく、ある部分が痛みを訴えてきたので、ますます二人のことが恨めしくなる｡
　――夕べ｡
　二回続けて真一朗にされたあと、「勿論、もう一回私に付き合ってくれないと不公平ですよね、羽柴くんｖ」と言う七海に、さらにされてしまったのだ｡
　つまり、二人から計四回も。
　もう本当にさんざんっ嬲られて恥ずかしいことばかりされてしまったのだった｡

　だから、今の空は非常におかんむりなのである。

「・・・っかしーなあ。ヤっているときは意識あっても、起きたときにはすっかり忘れていると思ったんだけどなあ。本当に、市川が飲まされたクスリとは別物なのか･･･ちっ･･･」
「けっ、あいにくだったな！　ちゃんと昨日のことは全部覚えてるよっ！」

　真一朗が小声で呟いた言葉を､空が耳ざとく捕らえた｡振り返って、きついまなざしで真一朗を睨みつける｡

「――羽柴くん昨日のこと、‘全部’、覚えているんですか？」
「覚えてるよっ。七海ちゃんがやったことも全部覚えてるんだからな！」
「そうなんですか？　それは･･･かわいそうですね｡忘れていた方が幸せだったでしょうに」

　意味深な口調で言う七海に、空が食ってかかる｡

「七海ちゃんたちにすればオレが忘れていたほうが都合がよかったんだろうけど、そうは問屋が卸さないからなっ」
「違いますよ｡そういう意味で言ったわけじゃないですよ？　だって･･･」
「･･････っ」

　すっと一歩前に出て空に近づいた七海が、手を伸ばして空の頬に触れた｡
　七海の手が空の頬をすべり、唇に流れていく｡

「･･･さ、触んなよっ、七海ちゃんっ」
「だって、記憶があるってことは羽柴くん一人じゃ味わえない気持ちよさを、もう体が覚えてしまったということですよ？　そうしたら、つらいのは羽柴くんでしょう？　もうちょっとした刺激でも体が快感に変えてしまって、でもそこそこの刺激じゃもう物足りなくて。――もっと、って･･･」
「･･･やっ、よせって･･･っ」

　空は慌てて七海の手を振りほどいた｡七海の手に触れられただけで、体がかすかに甘く反応したのを悟られたくはなかった。

「ンなことないから平気だよっ」
「そうですか・・・？　じゃあ羽柴くん、おなかがすいていることでしょうし、御飯をあたためなおして持ってきますね」
「七海ちゃんの作る御飯なんか食べたくないよっ」

　くすくすと笑う七海に､空が憎まれ口を叩く｡そのことでいっそう七海が笑みを深くした｡
　そうして、真一朗を部屋に残して七海が出ていく｡

　真一朗と二人きりになってから、空は改めて壁の方を向き直った｡七海も同罪だが、もともと今回のきっかけを作ったのは真一朗なのだ｡絶対許してやるもんか、と、心に固く誓う｡
　そんな空の厳しい雰囲気が伝わったのか、真一朗は神妙な顔で空を見つめた｡

「･･････ごめんな､空･･･」
「――」
「オレが、おまえの意思を無視してクスリ飲ましたんだよな。そして空が感じているのをいいことに好き勝手したよな。全部、オレがいけないんだよな･･･｡でもオレ、おまえのこと好きでさ。めっちゃ好きで、だからずっとずっと手に入れたいって思ってた。一番欲しいのはおまえ自身だけど、それが手に入れられないならせめてこの思いを一度でいいから遂げてしまいたい･･･そんなきたないことも考えてた。おまえに惚れこんでて、だからもう限界だったんだ･･･」

　真一朗がとつとつと語る｡
　そんなの無視しようと努めていた空だったが、どうしても耳は真一朗の真剣な声を拾ってしまう｡

「オレがおまえのことを好きなのは本当なんだ。ずっと好きだったから、偶然手に入れたクスリを利用した。最低だと恨んでもいいけど、それだけおまえのこと、欲しくてたまらなかった。多分今回のことがなかったらオレは、おまえを力で押しつけて無理やりヤってた。･･･ま、無理やりヤったのは今回も同じか。たいしてかわんねえよな･･･」
「――･･･」

　真一朗が自嘲的に笑ったのは、声を聞いているだけで空にもわかった｡きっとその瞳に、影を落として。

「ごめんな､空･･･謝って、どうにかなることじゃねえけどよ･･･」

　そのあと真一朗はゆるく首を振り、意識を切り替えた｡

「･･･とにかく、オレが言えた義理じゃねえけど、食うもん食ってもう少し休めよ。かなり無茶させたからな。じゃあな」
「・・・に、兄ちゃんっ」

　真一朗が部屋を去ろうとする気配が伝わり、空はすぐさま振り返って真一朗を呼び止めた｡

「空？」
「――こ、今回のことはオレが間違ってあのクスリを飲んじまったからだろ。兄ちゃんたちはそれで、オレを楽にしてくれたわけだろ？　だから･･･も、いいよ･･･」

　そう言って空がぷいっと横を向いた。その顔がほんのりと赤く染まっている｡
　真一朗は一瞬目を見開いたあと、ふっと微笑を浮かべた｡そして空がいるベッドに近づく。

「空･･･」
「にっ、兄ちゃん!?」
「おまえってどうしてこう罪なやつなんだろうな。大人をめろめろにしやがって」

　嬉しそうにそう言って、布団ごと空の体を抱きしめた｡それから、空の顔にキスの雨を降らせる｡幾度も幾度も場所を変えて、空にくちづけた｡

「よ、よせよっ。兄ちゃん、離れろよっ！」
「おまえをこんな体にした責任はちゃんととるから。だから――また頼むわ、空ｖ」

　いつの間にか布団の中に侵入した真一朗の手が、さわさわと空の腰のあたりを撫でる。

｢――調子にのんじゃねえっ〜〜〜〜！！｣

　少年の大きな大きな叫び声とともに、バキッという高らかな音が部屋に響いたのだった。
終