室内に淀んだ空気がたゆたっていた。
「･･･あっ、あ･･･っ。ん･･･っ」
　床に引き倒された少年が、すこしかすれた喘ぎ声を上げる。
　その顔にも、しなやかな若い身体にも汗が浮かび、ときおり床に流れ落ちていた。
　己の中の快感の嵐に耐えているその瞳は潤んでいたが、けして少年は涙をこぼしたりはしなかった。
　泣くことを抑えていたのは少年の中のプライド。
　こんな人間の前で泣きたくはなかったからだ。泣いて許しを乞うような真似はしたくなかった。
　露になった下半身は、今、男の手によっていいように弄ばれていた。少年の秘所には二本の指が挿入され、出入りしながら内壁をこすりあげている。また前に回された手は、屹立した少年自身をゆっくりと扱いていた。
「･･･ふっ･･･」
　激しくこすりあげる後孔を責める左手と、それに反比例して焦らし続ける右手。気を抜いてしまえば自ら腰を動かしたくなってしまうほどの快感が少年を襲っていた。
　床にはさきほど少年が吐き出した白濁した液体が飛び散っており、自分で体勢を変えられない少年の膝をよごしていた。
「本当に気持ちよさそうだね空くん。ここに指をいれられて、そんなにいいのかな？　空くんはここをいじくられるのが好きなんだね」
「･･･っ･･･」
「指でぐちゃぐちゃにされて、気持ちよさそうにひくつかせて。僕の指を離したくないって言っている。ふふ、正直なんだね」
「･･････ん、なの、一人よが･･･りの、妄想、だ･･･――くぅっ･･･っ！」
「おやおや。どうしてそんなことがまだ言えるんだろうね。そんなに僕にもっとひどいことをされたいのかな。呆れるほどに誘いじょうずだね」
「･･･あぁっ･･･やっ･･･」
「うん、いい声だね。もっと聞かせてごらん。僕は空くんが泣いてよがっているところが見たいからね。空くんも、期待しているんだろう？」
「ふ、ざけ･･･はぁ･･･んっ･･･」
「指だけじゃもう物足りないみたいだね。もっと･･･違うのがほしくなってきたかい？」
「･･･ふっ･･･んん･･･っ」
「ここに。指みたいな細いものではなくて。もっとここを満たせるものがほしくなってきたんじゃないのかな」
「･･･あっ、ああっ･････っ」
　後ろを犯している指の動きが、いっそう早くなってきた。相変らず前を扱く手はじれったいほどで、空は無意識にねだりたくなってしまう身体を抑えるのがやっとだった。自ら身体を揺らして、奏司の手で絶頂に導いてほしくなる。
　こんなやり方で達するなんて冗談ではないのに、それでも強い快感に意識が奪われそうになるのだ。
　自分の体重で床に押しつけられた胸の突起も、かすかな動きで床にすれるたび、たまらないほどの快感を引き出す。
　いっそプライドを捨ててしまったら、もっと楽に――もっと、気持ちよくなれるのだろうか。
　そんな迷いが空の中で生まれそうになっていた。
「よせ･･･やめっ･･････はっ、ん････っ」
「そう、やめてほしいんだね。じゃあこちらの手はいらないかな」
「あ･･･っ」
　奏司が、空自身を扱いていた右手を離した。
　これまでじれったいながらもそこを刺激していた手が離れ、充分に硬度を保ったまま放置される。
「･･････っ」
　後ろを責める指は変わらずに、ただ前だけがじりじりとした鈍い快感を残したまま。
　このまま立てている膝を崩し、自分自身を床にこすりつければ、それはどんなに気持ちいいことだろう。
　ほんの少しこすらせただけで、今ならすぐに絶頂に辿りつける気がした。
　膝を崩してしまえば。
　甘い刺激が、現実のものとなるのだ。
　あまりのつらさにそんなことまで思い浮かべてしまった空の耳に、愉悦に満ちた男の声が聞こえてきた。
「床にこすらせてでもいきたいっていう顔だね。いいよ。自分でしたいならするといい。あさましい姿を僕の前でさらしてごらん？」
「だ･･･誰がっ･･･」
「遠慮することないんだよ。いきたくてたまらないんだろう？　それとも･･･」
　すいっと、一瞬だけ奏司の手が空自身を撫でた。
「･･･っ･･･」
「やっぱり僕の手がいいのかな？　空くんが望むならいかせてあげてもいいんだよ。じょうずにおねだりできるのならね」
「そんな、の･･･ぜって、しな･･･っ」
「うん、別に今すぐでなくてもいいんだよ。空くんが我慢して我慢して我慢して、それでももうどうしようもなくなったときに泣きながら必死になって僕におねだりするところが見たいからね」
「･･････」
　唇を噛んで耐え忍んでいる少年の顔を、奏司は心底から愉しげ見やった。
「っ･･･変、態･･････」
「ふふ、そんな言葉は使わないほうがいいんじゃないのかな。あとでその変態にねだることになる自分がみじめになるだけだよ。それに、僕にとっては痛くも痒くもない言葉だ」
　少年の後ろを責めている指をまたじわりと動かす。少年の背が、新たな快感にしなった。
「後ろだけでいくのもいいものだよ。きっと、二度と忘れられなくなる。後ろをかわいがってもらう悦びを覚えたら、いつもいつもそうしてほしくてたまらなくなるだろうね」
　床に倒された少年は、両腕がネクタイで縛られているため両膝と肩とで自分の体を支えている有様だった。髪も体も汗に濡れ、中途半端に体に絡みついているシャツも汗で湿っていた。かすかな振動で床にすれる胸の突起はとっくに固くなっており、足を開かされているために背後にいる男にはすべてが丸見えの状態だった。
　だが、それでも。
　空は奏司の言葉尻を捕まえると、熱い息を吐きながらもかすかな笑みを浮かべてみせた。
「はっ･･･いつもいつもそうしてほしくてたまらなくなる、ね･･･。じゃあオレ、さっきはああ言ったけど、マジで兄ちゃんを誘惑しちゃうかもな･･････んんっ･･･」
「――」
「いつもしてほしくてたまらなくなるなら、そばにいる兄ちゃんにねだっちゃうかもしれね･･･だろ？　はは、勝手にオレに嫉妬して勝手に起こした行動で墓穴掘ってりゃ、世話ねーよな奏司さん。兄ちゃんは優しいから、オレがつらいって言えば、きっとつきあってくれるぜ。それもちゃんとオレのことを大事にして優しく抱――･･･痛････っ」
　奏司の指が空の内部を乱暴にかきまわしたあと、唐突に引き抜かれた。空は痛みと、それと同時にいくらかの甘さを感じた。痛みは覚悟していたが、それすらも快感につながってしまう今の自分の体に、空は悔しさを覚える。
　挑発したのはわざとだった。
　気がおかしくなりそうなくらいに嬲られるよりは、暴力的に扱われたほうがはるかにましだったからだ。実際に自分が半分意識をなくしてこの男にねだってしまう前に、痛みしか伴わないレイプとしてでもさっさと終わってほしかった。
「――なるほど･･･」
　奏司は床にはいつくばってあられもない姿をさらしている少年に、ある種の感嘆を抱いていた。快感におかされ、精神状態も体もギリギリなはずだ。いつ腰を振って甘い声でねだってもおかしくない状態なのに、それでも。
　意地とプライドで最後の一線を守り続ける少年。あともう少しなのに、そんな状態でもこちらに鋭角に切り返してくるのだ。
　もっと、と思う。
　この少年を、もっと泣かせて貶めてやりたかった。自分の中のなにかが激しく飢えているのがわかる。
「なるほど、困った子だね･･･」
　それは奏司の本音の呟き。
「本当に、どこまでも性悪なんだね――」
　自分の中での一番は、昔からずっと見てきた弟ただ一人だった。
　つねに人のぬくもりを求めているあの淋しがりやの弟を籠絡し、自分なしでは生きていけないほど溺れさせてみたいと思い続けてきた。
　けれどここにいる少年は、そんな自分を全身で誘ってくるのだ。自分を、征服してみろと。
　その強気なまなざしと言葉で･･････無意識に。
　本当になにからなにまで性悪な生き物だった。
「いいよ、空くんがそこまで僕を誘うのなら。真一朗のことが多少遠回りになっても、空くんにたっぷりとつき合ってあげるよ」
　奏司は笑みとともに空に告げた。
　そして心のうちでその言葉に補足する。
　――その精神が粉々に砕かれ、自分にとって玩具としての価値もなくなるその日まで。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ＥＮＤ


　


　･･･ということでキリリクの奏空でした。
　最後まで奏司さんが偽者くさくてごめんなさい（汗）　奏司さんのエレガントでノーブルな雰囲気がかけらほどもないですね･･･。
　うう、初書きということで大目に見てくださると幸いです･･･。
　
　今回は短いとか言いながらやっぱり長かったですね。
　ともかくここまでのおつきあいありがとうございました。
（本当は入れたいエピソードがもう一つあったのだけれど、うまく取り込めなかった･･･うーん、残念）

　このあと、奏司さんとしては飽きるまでと思っていたんだけど、その「飽き」がずっとこなかったりして。いつか見切りをつけると思っていたのに、空を抱けば抱くほど新たな面を見出して、ますます楽しんでしまったりして。まさにミイラ取りがミイラにってな感じで、空を手放すのも惜しくなっていたりして･･･。（空が、自分に悪意を向けてくる人間の心をも捕らえてしまう･･･というのは、ドリーム過ぎますかね？）
　一方空のほうはこのことを誰にも言えないまま、過ごすことになるのでしょう。この関係を喜んでいないのに、なんで誰にも言わないのだろうと自分自身に問いながら･･･。
（実はこれと似たパターンが七空「ざわめき」なんですよね。先にこちらで書くことになってしまいましたが、こういう関係を先に考えたのはあちらのほうが先なのです。話の筋が完全に重なっているわけではないですけどね。ちゃんとあちらはハッピーエンドまで書く予定ですし。←そこらへん、やはり七海ということでひいきしてます（笑））
　相変らずカラダからはじまる関係ってけっこう好きらしいです。まあキリリクとはいえ、好き勝手に書かせていただいたので楽しかったです。（そしてそんなに濃くはなかったでしょう？）