夏休み 　それは七月に入ったある日のことだった。 「なあ、トモ」 「なんだ、勇気」 「もうすぐ夏休みだろ？　トモは夏休み、なにか予定があるのか？　陸上部の練習とかさ、仕事とか…」 　寮で一緒に勉強をしているときに、勇気は智友に少し前から思っていたことを聞いてみた。 　勇気の質問に智友が考え考え答える。 「休み中は自主練てことで任せられているから陸上部の練習日は別にないな。仕事は、残念ながらあるけど……」 「そうなのか。……その仕事ってやっぱり、学園にいないとだめなものなのか…？」 　勇気らしくない歯切れの悪い言い方に、智友がまじまじとその顔を見つめた。 「勇気？」 「いや、その、もし……少しでもいいからトモに時間があるならさ、夏休み、俺の家に一緒に……行かないかと思って」 「勇気」 「夏休みは少しでもいいからうちに帰って来いって言われててさ、近いしそれはいいんだけど、でもトモとも一緒に遊びたいし、あんまり離れたくないし……。いや、だめならいいんだ」 　手を振って勇気はごまかすような笑みを浮かべた。 「んー、仕事があるって言ったって、まったく休みなしに働かなきゃいけないわけじゃないさ。学園自体、夏休みだしな。でも、勇気にすればせっかくの帰省だろ。久々の家族団欒を邪魔するわけにはいかないだろ」 「邪魔じゃないって！　この前だって、トモと一緒に家に寄っただろ。あのときはゆっくりできなかったし、トモを連れてったら父さんも母さんも喜ぶよ。それに俺だってトモと一緒に夏休みを過ごせて嬉しいし！」 「でもな。勇気の話からすると一日だけって話じゃないんだろ？」 「トモが忙しくて、一日しか一緒にいられないって言うならそれで我慢する…。けど、もしトモが何日かうちに来ても大丈夫だって言うんなら、トモをうちに泊めて、朝も昼も夜も、トモと一緒にいたい。それに……俺たちはもう家族、だろ。だからトモがうちに来るのも自然なことだと思ってる」 「勇気の家族もいるし、それはちょっと強引な理屈のような気もするけど……でも、勇気の言葉に甘えていいなら、少しお邪魔させてもらおうかな」 　智友の返事に、勇気が手をたたかんばかりに喜んだ。 「トモ！　ありがとうトモ。仕事もあって忙しいのにごめんな」 「ありがとうはこっちの言葉だよ。勇気と過ごせるなら俺も嬉しいよ」 「うちはほんと気兼ねしなくていいから、のんびりしてくれよな。勿論家にいるだけじゃなくて、外にもいっぱい遊びに行こうな！　あの公園でもまた遊びたいし、縁日とか花火とか、アイスの食べ歩きとか、プールとか！　たくさん遊ぼうな！」 　夏の予定を楽しそうに口にする勇気の手を、智友がそっと引き寄せた。 「……勇気」 「トモ？」 　勇気の手を握ったまま、智友はその手を顔を伏せた自分の額に当てた。そして目を閉じて、呟く。 「兄さんに改めて感謝だな。俺と勇気をこの学園に呼んでくれて。ここに入学したときは、そんなわくわくするような夏休みが待ってるなんてまったく考えもしなかった。勇気がいなかったら、きっと一人の時間を持て余していただけの休みだったろうな。だから、本当にありがとう勇気。そして兄さんにも感謝を。俺は勇気と会わせてくれたことでは、これからも何度だって兄さんに感謝するんだろうな」 「トモ……」 「夏休み、本当に楽しみだ。一番楽しい夏休みになりそうだな」 　顔をあげて、智友が勇気に笑いかける。それに対して勇気はその言葉を優しく否定した。 「違うよ、トモ。今年ももちろん楽しい夏休みになるけど、来年はもっと楽しい夏休みになるよ。俺が保証する！」 　勇気の言葉に数瞬驚き、そして智友もさらに満面の笑みを浮かべた。 「――サンキュ」 　そのあと、勇気の手を離した智友は、勇気に身を寄せてその耳にこっそりささやいた。 「だけど勇気の家で過ごすってことは、しばらくお互い禁欲生活だな」 「――トモっ！」 「今からヤりだめておくか？　あ、遊びに出かけた先ですればいいのか。ホテルは高いから外とか？」 「だ、だからトモっ…！」 「あー、でも勇気の部屋に泊まるわけだろ？　やっぱり悪戯したくなっちゃうかもな。もし我慢できなかったらごめんな？」 「〜〜〜〜っ！」 　楽しげにそう言う智友の体を、勇気は真っ赤な顔で押し返したのだった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ＥＮＤ