一度抱き合ったあと、そのまま続けて互いの熱を高めあう。かわす言葉は少なく、ただただ自分の中にある相手への想いを素直に表し、無我夢中で求め合った。相手の汗も息遣いも、密着した身体も自分を追い詰める愛撫も、互いの体を汚す体液すらも更なる興奮を呼び覚ます材料にしかならなかった。このまま二人で溶け合ってしまえばいいと本気で思ってしまうくらいに、今までのどのときよりも激しくセックスの快感に溺れた。
　そうして濃厚な時間が過ぎ去ってから。
「はー…少し休憩な……」
　智友は、勇気から身体を離して隣にごろんと横になった。汗で濡れた前髪を鬱陶しげにかきあげる。
　智友の隣で呼吸を整えていた勇気も、汗でべたついた身体を手で拭っていたが、その手が智友の言葉を聞いてぴたりと止まった。
「……休憩？　……え？」
　思わず自分の指を折って回数を数えてしまう。
「だって三回分、話して清算しなきゃだろ？」
「それはいいけど、話して……そのあとシャワーして、おやすみなさい、だろ？」
　おそるおそるそう言った勇気に、智友はにやりと笑った。
「休憩、な」
「――トモっ、話はあとにしてとりあえず今寝てもいいよ。ほらっ、トモ寝るの好きだし、疲れただろ!?」
「そりゃあ、今頑張った分はそれなりに体力消耗したけど、でもまだ寝るほどじゃないな」
「……今まで眠いとか言って話の途中で寝たことだってあったくせに…。一番大事に一番優しく、じゃなかったのか……」
「充分優しくしてるだろ。今までに比べたら」
「……考えてみたら今までが今までだったから、トモの‘一番優しい’はそんなに優しくないんだった…。だまされた……」
　勿論実際には今日の智友がこちらを気遣って充分優しいのはわかってて、勇気はそんなことを言ってみる。智友に求められるのが本気でいやなわけではないが、でもこれ以上全身をじっとりと愛撫されて快感ばかり与えられたら、頭の中がさらに智友だけになって、体もますます敏感になって日常生活に支障をきたすんじゃないかと思う。それくらい、今していたセックスは激しくて気持ちよすぎたから。
「だまされたってなんだよ。勇気がかわいい反応ばっかりして俺を煽るのがいけないんだろ」
「だからそういう言い方…っ」
「――勿論ずっと起きていられるわけはないんだけど。でも本当に眠くなってしまう前に、もう一度勇気を抱いておきたい。……眠るのが怖いんだ」
「――」
「寝て起きたら、なにもかも夢になってしまいそうで。それくらい……勇気とこうしていることは俺にとって有り得ないことで……夢だとしてもせめてできるだけ勇気に触れていたいから」
「トモっ！」
　勇気はすぐに身を起こすと、智友の手を引き寄せて、両手で強く握りしめた。頭の中で今まで聞いた智友の様々な言動が甦った。自分は底辺にいて、勇気とは全然違うと言っていた智友。自分の手はとっくに汚れているんだと自嘲的に笑った智友。それを聞いたときもたまらなくなって、勇気は今と同じように智友の手を両手で強く握りしめたのだ。
「トモ、俺はちゃんとここにいるだろ。トモの側にちゃんといる。俺だってトモとのこと夢みたいだと思ったけど、トモが俺のことをあんなに強く抱いてくれたからもう夢じゃなくなった。今が現実なんだってはっきり思えた。だからトモも、俺で現実を認識して。足りないって言うならいくらでも抱いていいから。トモが眠っても、起きたときちゃんと俺は側にいるよ」
「勇気……。だから……お前がそういう、俺にとって嬉しいことばかり言うから現実味がどんどんなくなるんだって」
　勇気を見上げながら、智友が優しく笑う。
「俺は今でも一人で、勇気と離れていて。勇気のことを忘れたつもりになっていたのに、不意に思い出してこんな自分に都合のいい夢を見ているんじゃないかと思う。――夢を見ることなんてずっと忘れていたのに、現実になんの期待もしていなかったのに、お前の存在だけはいつも俺がこうでありたいと思う俺自身を壊すんだよな」
「……トモは、夢を思い描くこともなく、現実になんの期待もしないままの自分でいたかったのか…？」
　智友に否定してほしいと思いながら勇気が問いかける。だが、智友の笑顔は変わることはなく。儚ささえ感じる笑みで。
「だってその方が楽だろ。なにも期待しなければ裏切られることもなく絶望することもない。ただ変わらない日々を送っていけばいいんだから。……思い願うことはどうせ無駄なことなんだから、だったら初めからなにも考えなければいい。――そう思っていたのに、お前の存在が俺を惹きつけ、無駄だと思いながらも勇気が欲しくなったんだよな。今も、昔も。どんなに欲しくても手に入れられないんだから諦めようって何度も自分自身に言い聞かせてきたのに、それでも俺の心が勇気が欲しいって訴え続けてきたんだ」
「当たり前だ……。トモに思い願うことは無駄なことだなんて思わせたままでいられるわけない。現実になんの期待もしないだなんて……そんなのもう俺が許さない。トモ、これからずっと俺といることを夢を見て。俺との未来を夢見て」
　そう言ったあとで勇気は、智友の手を握り直した。
「トモ……俺だってすごく不安だよ。ベルリバティでの三年間、ずっとトモの隣りにいたのに俺はトモがそんなふうに思っていることに全然気づけなかった。トモの本当の心を知ることなく、昔のこともまったく思い出せなくて、なのに自分はトモの親友だってずっと思い続けてきたんだ。そんないい加減な俺だから、卒業後トモにもういらないって切り捨てられたわけだろ。……今こうしてトモと気持ちが通じていても、俺は同じことをまた繰り返さないかすごく不安だよ」
「勇気……」
「また俺が過ちを犯したら、今度こそ本当にトモに切り捨てられる。俺はトモが大好きだけど、それが独りよがりでなく、ちゃんと本当のトモの心を見続けていたいって思うよ。もうトモの手を離したくないんだ」
「勇気でも……そんなふうに思うんだな。勇気はいつだって前向きでいつだって自信を持っていたのに。お前にそんな不安を与えているのは俺なんだな」
「違う、俺の至らなさが……ううん。そうだな、俺らしくないよな」
　勇気は気持ちを切り替えるように、かすかな笑みを浮かべて智友を見た。その笑みは、今は無理に作ったものでもあるけれど。
「俺はトモのことでは自信もなくなるし不安になるときもあるけど……でも、今こうしてトモといられてるんだもんな。時間はかかったけど、トモの心を見つけてトモを好きになって、そうして俺のものにできたんだもんな。トモに切り捨てられて連絡先も変えられて、本当だったらそのまま一生会えなかったかもしれない――だけど、俺の強運がトモを引き寄せ、俺にこんなに幸せな未来を与えてくれた。だから俺はもう一度俺の力を信じるよ。今度こそちゃんと本当のトモを見て、トモを俺だけのものにする。これから先、ずっと」
「――」
「あっ、勿論俺の力って運に頼るって意味じゃないからな。想いの力って言うのかな、トモと一緒にいるために今度こそ間違えないように気をつける」
「……勇気の強運、か」
「だから、そんな意味じゃ……」
「連絡先をかえたのに勇気と偶然街で会ったとき、あのときはすごく腹立たしかったな。なんでこんなところで会うんだって思った。けど、勇気の運なら納得だな。勇気は今、強運が自分を幸せにしたって言ったけど、それだけじゃない。勇気の運は俺のことも幸せにしてくれたんだな。あのときお前が俺を見つけてくれてよかったよ。……ありがとうな」
「トモ……」
　智友は握られていた勇気の手を振りほどくと、その手を伸ばして勇気の頭を引き寄せた。智友の意図に気づき、勇気は慌てて智友に体重をかけないようにと体勢に気をつけながら、目を閉じた。二人の唇が重なり、やがてくちづけがだんだん深くなっていく。
「ん…っ、ト、トモ」
「勇気、引くなよ…もっと……ん…」
「だ、だって、体勢がつら…んっ…ふっ…」
「そのまま俺に乗ってこいよ……ほら」
　智友の片方の手も勇気を促すように、勇気の腰に回った。
「ま、待てって…今休憩……っ」
「……は、おしまいだろ」
「……っ、早い。……あのとき、やっぱり怒ってたんだな」
　強い力で引き寄せられ、智友の体に体重を預けながらも、勇気は手で智友の唇をふさいだ。キスで乱れた呼吸をどうにか整える。
　勇気の手をはずしながら、智友が笑みを浮かべて答えた。
「全身で鬱陶しいって表してただろ。相手するの面倒だからどうにか逃げられないかなって考えてた」
「……」
「あんまり勇気がしつこいから、勇気が乗ってこない前提でセフレが欲しいって言ったんだけど、あれ、計算外だったよな」
「……それだけトモに切り捨てられたくなかったんだよ」
「友達としてな」
「……そうだよ、あのときは」
「友達に切られたくないから身体差し出すってのも大概……」
「なんだよ」
「頭わいてるよな。普通は絶対あり得ない選択だろ。どう考えてもセックスに興味持った童貞思考としか……痛っ」
　智友の上に乗ったまま勇気が智友の足を思いきり蹴った。
「俺にとってトモが特別だったんだよ！　トモだからいいって思ったんだろ。他の人間だったらあそこまでしてない！　あんな……」
「……ストップ。他の人間で考えるなよ……」
「トモがあんなこと言うからだろ。本当にトモだったから俺は……」
「わかったわかった。わかったから、じゃあこっちの続きな」
　勇気の腰に回った手があやしく動き出した。
「だから早いって。俺まだトモに……っ」
　聞きたいことがある――と言いかけて、勇気の脳裏にふとあるものがよぎった。
　今はこんなふうに智友とどんなことでも躊躇せずに言い合えているが、少し前まではこんな雰囲気ではなく、思うように話ができなかった。そのきっかけになったもの。
「そうだ、飴――。トモ、なんであのとき……」
　急に怒ったのか。
　勇気はそう言いかけてその言葉を飲み込む。話題にすることでまたトモの気分を損ね、険悪な空気になることを恐れた。
「なんだよ。……飴？」
「……前に飴の話をしたとき、トモ、急に怒っただろ。そのあともずっと俺と全然話をしなかっただろ。その理由が知りたい。……トモが話してくれるなら、だけど」
　智友にその単語を拾われたことで、勇気は覚悟を決めて智友の表情を見ながら言い継ぐ。勇気の言葉で智友が途端に態度を変えることはなかったが。
「……話したくなかったら話さなくていいんだな」
「……本当は話してほしい。けど、トモとまたあんなふうになるくらいなら我慢する」
　勇気の瞳が不安に揺れる。
　勇気が先ほど言っていた、‘勇気らしくない’表情。それだけ以前に負った傷が、今でも埋められていないことのあらわれ。
「――」
　智友は溜息をついたあと、勇気のおでこを指先ではじいた。
「…っ、トモ！」
「そんな顔するな。ほんとは話したくないけど話してやるから。……あれはただ単に俺のやつあたりっていうだけだ」
「やつ…あたり？」
「そう。勇気は全然悪くないけど、俺が勝手にむしゃくしゃしただけ」
「やつあたりで、あんなにずっと無茶苦茶されたり、無視されたりしたのか？　そうじゃなくて本当は他に……」
「やつあたり。俺が最初に飴を舐めはじめたきっかけが勇気で、舐め続けていた理由も勇気で、やめた理由も勇気なのに、お前が平気な顔で今は飴食べてないのかなんて言ったから、腹が立ったんだよ。一人で空回りしていることを突きつけられて、イライラしたから勇気に当たり散らした」
「――」
「俺がガキくさいっていうだけだから、本当は言いたくなかったんだけどな。ってことで、この話はおわりな」
「……それ全然やつあたりじゃないだろ。俺が、トモの気持ちに全く気付かずにあんなことを言ったからだろ。トモが飴を舐めはじめたきっかけって、もしかして子供のころの話じゃないのか？　俺がずっとずっと忘れていた……」
「全然大したことじゃないんだし、いいんだよ忘れてて。俺だって、不意に思い出すまではずっと忘れてた程度のことなんだしさ」
「……」
　気にするなという意味を込めて智友はそう言ったが、勇気の顔が晴れることはなかった。
「――いまさら過去のことを振り返ったって仕方ないだろ。本当に勇気が気にすることじゃないし。結局のところ勇気と俺の気持ちにはもともと大きな差があって、俺がずっと一人でイライラしたりぐちぐち考えていただけだろ。勇気に初めて飴をもらったとき嬉しかった。飴を舐め続けていたら勇気にまた会えるような気がしていた。勇気と一緒に過ごした時間を忘れたくなくて、ずっと飴を舐めていた。だけど結局勇気にとっては俺はただの友達の一人で……だから飴を舐めるのをやめた。全部、俺の一方的な気持ちなんだから、勇気は『そうだったんだ』で終わらせればいいんだよ」
「そんな話を聞いて、『そうだったんだ』なんて頷いて終わりにできるわけないだろ？　そりゃあ確かにトモの言ったとおり過去のことはもうどうともできないけど、でもこれからのことに繋げることができる。時間の差は埋められないけど、気持ちの差は埋めることができる。今は追いついているなんてまだ言えないかもしれないけど、でもきっと追いついて、トモを越えてみせるからなっ。――だから気にするななんて俺を突き放すなよ。俺はトモのことをいっぱいいっぱい気にしたいんだから。飴のことだけじゃなくて、トモの昔の話も、トモの未来の話も。――トモがベルリバティの理事長職から完全に手を引いたらどうするかっていう話も、俺はずっと引っかかっているんだからな」
「勇気……」
　思わぬことを持ち出されて、智友は自分を上から見下ろしている勇気の顔をまじまじと見返す。
『きっとあの人たちには、俺が仕事を辞めたらどうなるか、わかってたんだろうな……』
『トモが、仕事を辞めたら…？』
　勇気とその話をしたのはしばらく前のことだ。勇気はあのときからそのことをずっと覚えていたのだろうか。
「さっきもこれからは本当のトモを見たいって言っただろ。だから俺には関係ないみたいに言わないでほしい。……飴のこと、あのとき考えなしにあんなこと言ってごめん。それから、ありがとう……」
「――勇気に謝られる理由も、礼を言われる理由もないけどな。勇気の気持ちは嬉しいけど、でも本当に勇気が気にすることじゃないし、俺が勇気に気にしてほしくない」
「……っ。トモ、昔よりずっとずっと頑固でひねくれているよな」
「今頃気づいたのか？　ひねくれてない人間なら、友達にセフレになれなんて無茶なこと言わないだろ。とにかく、勇気の気持ちがどうであれ、俺は言いたくないことは言わないし、勇気に俺のことで考えこんでほしくないっていう気持ちは変わらない。勿論これから先もずっとな」
「トモっ」
「今までのことも悪かったよ。中途半端に勇気に話をして。俺の昔のこととか……あのときはうっかり口が滑ったよな。勇気に気にさせてごめん。だからさっさと忘れてくれ」
「忘れられるはずないだろ。トモの昔の話は、俺が好きになったトモに関する大事な話の一つなんだから。……さっきは、俺が話を聞きたいならちゃんと話をするって言ったくせに……」
　勇気がそうぼやくと、智友からは「あのときはあのとき、今は今」との返事が返ってきた。
「あのときは、あくまでもオトモダチとしての話だろ。勇気が今でも普通の友達に戻りたいって言うなら、食事しながらでも飲みながらでも話をするけど？」
「う……」
「あ、それともこれからもずっとヤった回数に合わせて話をして清算するか？　セフレのときみたいに」
「うう……」
　『恋人同士になったから、今度から勇気になんでも話すよ』――そう言う智友を期待していたわけではなかったが、あまりにも平行線のままの智友と自分の考えに勇気は肩を落とす。今は想いが通じ合っているという安心感はある。けれど、結局智友は智友なのだ。
　――そんな智友に強く惹かれたのだけれど。
「いっそセフレに戻るとか？」
「〜〜〜戻らない！　絶対にこれから先もトモからたくさんの話を聞き出してやるからな！　恋人としてっ！　清算とか取引とかそういうの、もうなしで！」
「やれるものならやってみれば？」
　悔しさでいっぱいの勇気の顔を、智友が楽しげに見上げる。
「ま、無理だと思うけど」
「うう…っ、絶対に負けないからな…っ」
「いつから勝負事になったんだか」
　そう言った智友の手が、再び不埒な動きをしはじめた。腰に回っていた手が勇気の双丘を撫で上げ、そのまま揉みほぐしてくる。
「……っ。トモ……」
「もう休憩としては充分だろ。俺もまた勇気のここに入りたいし」
　勇気の双丘の奥に智友の指が触れる。そう言いながらも、智友はそのあと別のことを口にした。
「あ、そういえば勇気。今度、勇気に俺の部屋の鍵をやるからな」
「！」
「ほしいだろ？」
「ほしい。けど、俺、トモの家知らないぞ。……んっ…」
「今度教えるって。勇気を俺の部屋に連れて行くし」
「――」
　智友の部屋。そして鍵。
　今までどんなに会っていてもけして出てこなかった言葉に、勇気は無言のまま感動にひたりそうになる。その勇気の思考を、智友の手の動きがあやしく遮ってくるが。
　さっきは智友との平行線を感じたけれど、今度はちゃんと恋人同士なのだと思えた。
「それ、は…すごく嬉しい、けど……あっ…んんっ…！」
「だからさ。俺も勇気の部屋の鍵が欲しいからくれよ」
　勇気を優しく責める手は止めずに、智友が勇気を見上げて言った。だんだんと快感に引きずられそうになっていた勇気の意識が、再びはっきりと智友に向かう。
「……………………前にいらないって言った……」
　勇気が上から軽く睨みつけるが、それでも智友は悪びれなかった。
「まあ、あのときはな」
「……俺が鍵を渡すって言ったら、冗談だろって笑ったよな……そんな面倒なもの必要ないって……」
　以前鍵を智友に渡すと電話で告げたとき、智友は即行で切り捨ててきたのだ。あのときの智友の冷たい言動は今でも勇気の中に残っている。
「トモ、そういう重くてうざいの勘弁、なんだろ」
「だから、あれも強がりだったんだって。あのとき勇気から合鍵をもらったら、頬が緩んでにやけっぱなしになりそうだったからやめといたんだよ」
「……それは嘘だろ」
「まあな」
「……」
「やっぱり鍵がある方が便利だしな。勇気が遅く帰ってきたときも外で待たなくていいし、勇気が朝起きられないときでもちゃんと鍵かけて出て行けるし。ほら便利だろ」
「俺がいなかったらただ帰るだけなんだろ？」
　勇気が嫌味を言っても、智友の表情が変わることはない。どこか余裕ありげで、結局勇気がどうするかも簡単に読まれているかのようだった。
　先程の、友達だとかセフレだとかを匂わせたときもそうだった。自分に向ける気持ちはあるはずなのに、智友の方が故意にこちらを試すような言動をとって勇気を振り回す。勇気は、智友と自分に気持ちの差があるとすれば、本当は自分の方が智友より大きくて重いんじゃないかと思えた。
「悪かったって。あのときは片想いだと思い込んでたから拗ねてたんだよ」
「……」
「勇気の部屋の鍵がほしい。俺を、勇気の特別な相手にしてくれよ」
「……特別な相手になんて、もうなってるだろ……」
　智友に向けて白旗を掲げる。結局智友に鍵が欲しいなんて望まれたら、本気で拒否できるわけはないのだ。
　けれどそのまま素直に受け入れるのは癪で。
「勇気様、あのときはごめんなさいって言ったら渡す……」
「ゆーきさま、あのときはゴメンナサイ。な、約束な」
「……なんか誠意が足りない……」
「勇気の気のせいだって。じゃあ、もう本当にこっちな」
「わ…っ！」
　智友が勇気の体を抱きしめたまま体勢を入れ替える。今度は勇気が智友の下になった。そして言葉通りに、智友の愛撫が本格的になっていった。
「あ、トモ…っ。今度はもう手加減しろよ…っ」
「どうかな。前にも言ったけど、勇気を抱いてセーブするのほんと無理だから。恨むのなら俺を煽る自分を恨むんだな」
「そんなの……っ。…あっ…ああっ……！　ゆび、深い…っ」
「さすがにもうやわやわだな。簡単にほどけて、ほら指がこんなに動く…」
「っ……あ、トモ……っ」
　勇気は智友が与える愛撫に感じながらも、自分の上にいる智友の背中に腕を回してぎゅうっと力を込めた。
「…勇気？」
「トモ、これはちゃんと夢でも幻でもないからな。ちゃんと俺はここにいるから…。トモが、その身体で俺を確かめて」
「――」
「そして、俺多分、途中でばてちゃうと思うけど、起きたら……一緒にこの先の話をしような。俺たちのこれからのことをいっぱいいっぱい……話したくないなんて言わせないからな」
「……は。ばてるの前提なんだ？　もうちょっと頑張れよ」
　そう言いながらも、智友は勇気に了解の意味を込めて優しく口づけた。
「……まったく、ほんと降参。お前のせいで俺は、自分の未来設計をもう一度立て直すことになっただろ」
　智友の言葉を聞いて、勇気は智友に向けて嬉しそうな笑顔を見せた。智友もつられて笑みを浮かべる。そうして二人は互いへの想いを込めてさらに抱き合った。
　――しばらく前まで、自分の未来には何もなかったはずなのに。なにを楽しみにすることもなく、ただ惰性で生きていただけだったのに。
　こうして勇気が、未来という光をくれたから。
　理性を溶かし、勇気の甘い身体に溺れていきそうになりながら、智友は頭の片隅でふと思う。
　どこにもないと思っていた自分の生きる道を、ここに見つけた、と。




　　　　　　　終