（大人妄想設定智勇編）　※夢という言葉を忘れたころに参照



「お疲れ様でしたー！　お先に失礼しまーす！」
「おう、お疲れ〜」
　室内にいた上司や同僚に挨拶してから、勇気は外に向かう。今日は一日時間ばかり気にしていたから周りから何度もからかわれたが、ようやく就業時間も終わり、あとは待ち合わせに遅れないように駅に向かうだけだった。時計を見てもまだ十分間に合う時間だ。勇気は逸る気持ちのままに足を動かした。
　今日は八月一日で、勇気の誕生日の前日だ。仕事のあと智友と待ち合わせて一緒に食事をすることになっていた。勿論そのまま夜も智友の部屋に泊まることになっている。
　初めて二人きりで迎える勇気の誕生日に向けて、智友がおいしいと評判の店を予約してくれたり、自分の家に呼んでくれたのだ。恋人になってからも言動がいつもどこか意地悪な智友がそこまでしてくれたと思えば、朝から楽しみで落ち着かなくなるのも道理だった。
　自分の誕生日ということを置いといても、早く智友に会いたい。
　そう思いながら歩いていた勇気は、職場の正門のそばに人影があることに気づいた。誰かを待っている社内の人間だろうかと思ったが、近づけば近づくほど、それが見慣れた姿に思えてきた。
（……え？　まさか……）
　その人影が顔を上げてこちらを見る。もうあたりは暗くわずかな明かりしかなかったが、その人影が勇気を見てかすかに笑ったように見えた。
「――!?」
　勇気は正門に向かって走り出した。いきなり走り出した勇気を、周りにいた社員たちが不思議そうに見送っていたが、勇気はそれにかまうどころではなかった。
「トモっ!?　なんでっ！」
　待ち合わせは駅前で、まだ時間も過ぎていないはずだ。なのに正門の側に立っていたのは待ち合わせをしていたはずの智友だった。
「お疲れさん。疲れてるんだから走ってくることなかったのに」
「……どうして……」
　勇気は再び智友に問いかける。今日は土曜日で、自分はあいにく出勤になってしまったが、智友は休みのはずだった。だが智友の格好はラフなものではなく、そのまま仕事関係の相手だと言っても通じそうなほどのきちんとした格好をしていた。智友のスーツ姿は初めてではないが、思いがけず早く会えたこともあって見ているだけでときめく。
「駅で待ち合わせるよりここで落ち合った方が予約した店に近いことに気づいてな。それに、勇気に早く会いたかったし」
「！」
「まだ少し早いけど、勇気誕生日おめでとう」
　そう言って智友が今まで後ろ手で隠していたものを勇気に差し出した。それは小ぶりとはいえ、ちゃんと丁寧にラッピングされた花束で。赤いリボンまでついているそれに勇気は思わず声を上げて驚いた。
「え、えええっ!?　ちょっ、ちょっとトモっ!?　……っと…」
　自分が上げた声の大きさに、慌ててあたりを見回す。勿論しっかり注目の的で、勇気は智友の腕をつかむと、外に向かって早足で歩きだした。
　智友に聞きたいことも言いたいこともいろいろあったが、今はとにかく自分の職場から離れたかった。誕生日にいきなり自分の職場に来て、花束まで用意して渡してくれるなんて、およそ自分の知る智友らしくない行動にただただ驚くばかりだった。
　自分が知っている笠原智友という人間は、人前でこんな注目を浴びるようなベタなことをする性格ではなかった。思いがけずストレートな甘さを向けてくるときもあるが、基本的には皮肉屋で意地の悪い言動も多い。恋人同士とはいえ、どんなに頼み込んだって自分の気持ちを曲げない頑固さもある。
　その智友が、いくら恋人とはいえ、社会人の男の誕生日に花束まで用意するなんて。もしかして自分をからかうためなんじゃないだろうかという気持ちもほんの少し脳裏をよぎる。智友が本気でくれたのなら失礼なことだが、智友の性格なら有り得るんじゃないかとそんなことも考えてしまう。
「勇気、どこまで連れて行くんだよ」
「……」
「腕そんなに引っ張るなって。どうせなら、ちゃんと手をつないで歩きたいけどな、俺は」
「！」
　これまでずっと止まらなかった勇気の足がぴたりと止まった。職場から離れ、人通りは少なくなったものの、完全に途絶えたわけではない。そんな中でいい年した男同士が手をつなぐとは。
「……トモぉ〜〜。どうしちゃったんだよ、今日のお前……」
　勇気は振り返ったあとで思わずその場にしゃがみ込んだ。
「職場に迎えに来るし、花束なんてくれるし、それに手をつないで歩きたいって……は、恥ずかしすぎだろっ」
「そうか？　勇気の誕生日だからいろいろしてみたかっただけなんだけどな。前にも言っただろ、勇気の誕生日はおもいきり祝いたいって」
「だからって……心臓に悪すぎるよ。前もって教えといてくれよ」
「それじゃあ意味ないだろ。ほら、いいから立てって」
　智友が勇気の腕をつかんで立ち上がらせる。それから自分の手を改めて勇気に差し出した。
「それで勇気。手は？」
「……ここじゃまだ人がいるだろ。……人がいないところでなら……」
「了解」
　智友が勇気に笑顔を向ける。勇気は智友に会ってまだそんなに時間が経ってないのにこれでは、今日と明日は心臓が持ちそうにないと思った。
「とにかく予約時間もあるし、店に向かおうぜ」
「うん…。トモ……」
「ん？」
「……ありがとう」
「どーいたしまして」
「……にしても……ほんと、びっくりだよ。知ってる人に見られてたら、月曜日問い詰められるだろうなあ。それに……花束もびっくりだけど、手をつなぎたいってなんだよ。トモ、キャラ違うだろ……」
「そうか？　ま、初めて経験する好きな子の誕生日ってやつだからな、浮かれているんだろうな。勇気に少しでも早く会いたかったし、花を贈るなんてベタなこともしてみたかったし、手も……学生のときの時間を取り戻すようにしてみたくなったんだよ。いつもなら言い出さないけど、もうすぐ勇気の誕生日だからな」
「トモ……」
「俺は人に見られてもかまわないんだけどな。あ、言っとくけど今までつきあった人間に花を贈ったことはないからな」
　二人して夜道を歩きながらそんな話をする。智友が誰にも花を贈ったことがないと言った言葉に勇気はどきりとした。智友は花を贈ることに慣れてるんじゃないかと、ほんの少し思ってしまっていたからだった。
「……」
「やっぱりそんなふうに考えてたんだな」
「べ、別にそんなことない、けど…」
「嘘つけ。勇気は顔に出るんだよ。ほら、そっちのカバン寄越せよ」
「なに……」
「手。ここからしばらくは人も少ないし、明かりも少ないからいいだろ」
　智友に促されて、勇気は持っていたカバンと紙袋を智友に渡した。花束は自分で抱え持つ。
「……本当につなぐのか？」
「つなぐ。なに、いや？」
「いやなわけじゃないけど……やっぱり恥ずかしいし」
「緊張もしてるみたいだな」
　智友がフリーになった勇気の左手の指先をつっつく。それだけで勇気の身体がどきっと震えた。
「だって、つきあっている相手とつなぐのは、は、初めてだし」
「へえ。そうなんだ」
「……誰かさんは経験豊富なんだろうけど」
「経験豊富っていうか、ま、せがまれてつないだことはあるかな」
「……」
　花を贈ったことは初めてでも。そういうところが、智友に対してどうしても不安を呼び覚まされる理由だと勇気は思う。勿論過去は過去だし、智友の気持ちがちゃんと自分にあることは疑いようもないことだが。
「でも前にも言ったけど、好きな子とするのは本当に特別で全然違うんだって。勇気はもっと自信を持てよ」
　そう言って智友が勇気の手をつなぐ。指を絡めた恋人つなぎで。
「……つきあう前、誰かさんに根こそぎ自信を奪われたからな」
「それを言ったら俺だって、学生時代に勇気に関する自信なんて消滅してるぞ」
「だ、だったら、それこそトモの方が自信を持てよ。トモはもう自信を持っていいんだから！」
　勇気がつないだ手に力を込めて言う。そのひたむきな顔に、智友は笑みを浮かべた。
　手をつなぐことに緊張していたことといい、人前で恥ずかしがる素振りといい、本当にたまらないと再確認する。
「俺が自信を持ったらますます調子に乗るぞ」
「そ、それはこれ以上は困るかも。ただでさえトモにいろいろ負けてる気がするし……」
「なんだよそれ。負けてるのは俺の方だろ。恋愛は先に惚れた方が負けなんだし、俺は勇気にめろめろだしな」
「……とてもそうは思えないけどな……」
　そんな会話をしながら二人で歩く。やがて店が近づいてくると人通りも増えはじめ、二人は手を離した。手を離すときに智友が勇気に「またあとでな」と囁き、勇気はなんとなくこそばゆい気持ちになった。




　智友が予約を入れた店で食事をしたあとは、電車で駅を移動して智友の部屋に向かう。智友に泊まるのにあたって買い物はあるかと聞かれたが、もうすでに何度も智友の部屋に行っているので、特に買い足すものはなかった。
「まあ、勇気が必要なものは大抵もううちにあるか。いまさら新たに買うものはないよな。勇気の私物、けっこう増えたしな」
「それを言ったら智友の私物だってうちにいろいろ置いてあるぞ」
「……それぞれのうちに置いてあるのって、ちょっと不経済だよな……」
「そうか？　それよりトモ……」
「ん？」
「ここなら、またさっきの……」
　勇気はあたりを見回したあと、智友に向けて手を差し出した。
　智友の部屋の最寄駅から少し離れ、静かな住宅地であるこのあたりにはもう人影はなかった。智友の部屋までは近いが、その短い距離でも智友とまた手をつなぎたいと勇気が智友を促す。智友にカバンを渡すのは悪くて、今度は片手で花束もカバンも一緒に持った。
「トモ、手、つなぎたい……」
　これは言いだす方は本当に恥ずかしいと勇気は思う。普段ならけして言えないが、もうすぐ自分の誕生日であるという気持ちと、食事とともに飲んだいくらかのワインが勇気の気を大きくさせていた。いい大人だけど、誕生日の前日くらいはもう少し外で手を繋いでいたいと思う。
　――だが。
「あ、ここうちの近所だからそれなしな」
「……」
「人に見られたくないし」
「……トモ〜〜〜っ！！」
　勇気は今の智友の言動でわいてきた感情をぶつけるように、持っていたカバンで智友の背中を叩いた。
「なんだよそれっ！　さっきと言ってることが全然違うだろ!?　じゃあさっきは、自分の行動エリアとは全然関係ないところだからしたってことなんだな!?　俺の職場の近くだったのに！」
「あー、さっきはそんなに人いなかったから大丈夫だって」
「今の方が全然いないだろ!?　そもそも職場まで迎えに来たのとか、渡してくれた花束とかだって、もしかして俺のことからかってたんじゃないのか!?」
「別にからかっていたわけじゃないって。ただそういうことしたら目立って、休み明け勇気大変だろうなって……」
「トモ―――っ！！」
　さらに続けてカバンで叩く。智友のことだからからかうためかもしれないなんて少しは思っていたが、まさか本当にそうだとは。
「早く会いたかったとか、浮かれてるとかよく平気で言えたよな!?」
「いてて。いや、それも本当だって」
「……」
「全部照れ隠し照れ隠し。それより勇気、そんなに振り回したら紙袋破けるぞ。それ、職場でもらったお前へのプレゼントだろ？」
「……本当だったらこのまま帰るって言ってるとこだぞ」
「それは困るな。勇気のかわいい顔をいろいろ見たかっただけなんだって。それに、この方が忘れられない誕生日になるだろ」
「そんなことでインパクト強めなくていい……」
「とにかく、うちでまた少し飲み直そうぜ。ちゃんとつまみになるものも用意してあるからさ」
　勇気は智友が本当にここでは手をつなぐ気がないことや、謝罪の言葉をまったく口にしていないことに気づき、やっぱり自分の方が負けている気になりつつ智友の部屋に向かった。




　智友の部屋について、二人でワインで乾杯して飲み直す。先程の出来事にむくれていた気分も、智友が用意したおいしい料理の数々に次第に薄れていった。アルコールが程よくまわってきたのもあるし、せっかくの誕生日の前日、楽しまないと損だと気持ちを切り替えたのもあった。
「んー、トモやっぱり料理うまいよな。えへへ、トモの手料理おいしい。トモ、いろいろ用意してくれてありがとうな」
「喜んでもらえてなによりだな。といっても、本当のサービスはここからだけどな。今夜はうんと勇気に奉仕するよ」
「えっ、いやそっちは特別なことは何もしなくていいって。トモとこうして一緒に過ごせるだけで充分だからさ。俺にとって、初めて恋人に祝われる誕生日だしな」
「俺にすれば恋人を初めて祝う誕生日でもあるな」
「今日はこのままトモにおもいきり甘えてもいい、かも？　なんか酔いがまわってふわふわ気持ちよくなってきたし」
「勿論。勇気のリクエストをなんでも聞いてやるよ」
「じゃあ、このままベッドに連れてって」
「オーケー」
　智友に身を寄せると勇気の体がふわりと持ち上がる。男の身体を抱き上げるなんて本当は言うほど簡単じゃないだろうし、智友に悪いなと思いはするのだが、でもこの心地よさのまま運ばれてみたかった。
　優しくベッドにおろされて、そのままくちづけをかわす。もっととねだると、智友がそれに応えてくれた。
　キスの合間に、勇気の服が手際よく脱がされていく。
「はぁ……トモ……抱いて？」
「……今日は優しくしてやりたいんだから、そういうの禁止」
「え？　そういうのって…？　…んっ……！」
「だからそういうのだよ。……あー、このままだと頭わきそうだから、日付かわる前だけど勇気に先に誕生日プレゼントを渡しておくな」
「プレゼント…？　ってもう、花ももらったし料理もおごってもらったし、ここでだって料理作ってもらったし…」
「それだけじゃなくて別にプレゼントを用意したんだよ。勇気のために苦労して手に入れて、俺が自分でラッピングまでしたんだぞ」
　智友はそう言うと、半裸になった勇気をそのままにリビングまで戻った。それからシンプルなベージュの包装紙に包まれたものを持ってくる。
　それは本のような大きさと厚みのあるものだった。
「勇気、誕生日おめでとう。これ、俺からのプレゼントだよ。恋人として最初に祝う勇気の誕生日には、これを贈りたいってずっと考えてたんだ。勇気のために、勇気がたのしめて夢中になれるものをあげたいって思ったんだ」
「サンキュな、トモ」
　智友から渡されて勇気が受け取ると、やはり持ったときの重さといい、感触といい、本のように感じた。大きさ的に薄めの雑誌か写真集のようなものだろうか。
「ここで開けていいか？」
「勿論。そのために今渡したんだからな」
「トモが俺のために用意したプレゼントか〜。なんだろうなあ」
　ワクワクした気持ちで包装をといていく。智友からプレゼントされる本に心当たりはなかったが、智友が自分のために選んでくれたというだけで嬉しさが増す。
　だが、そのワクワクも嬉しさも、包装紙から中身が見えてくるまでの短い間だけのことだった。
「……」
　初めて目にした本のデザインは、一つの角部分だけだったが、そこには人間の足のイラストが載っていた。
　そして包装紙をもっとといていくと、それが裸の人間の足だとわかる。一人の人間の足ではなく、二人分の投げ出された足。そして裸のまま重なり合った男の体。
　複数のあられもないイラストの中央にはタイトルが大きく載っていた。勇気は呆然とそのタイトルを読み上げる。
「ずかい…よんじゅうは…って…のすべて……♂×♂へん……」
「今日は、その中から勇気にリクエストしてもらおうと思ってさ」
「……」
「勇気に一番いい本探すの大変だったんだぞ。勇気に女の写真は見せたくなかったし、だからといって男のえぐい写真見ても萎えるだけだしな。でもこれなら男同士でもデフォルメされたイラストだし、えぐさはないし、体位がどういうふうになっているかわかりやすいし。前にいろいろ試したいって言いながらもなかなか実行できなかったけど、でもちょうど勇気の誕生日がいい機会だと思ってさ」
「……」
「勇気はどれをしてみたい？　俺が興味あるのはこのあたりかな」
「……トモ……。これが誕生日プレゼント…。俺のために用意って……」
「実用的でいいだろ？　いろいろ試すうちに勇気もさらに気に入るからさ。ほら、今日は勇気が主役なんだし、お前が選べって」
　本を持つ手を震わせながら智友の顔を見るが、智友は変わりなく楽しげなままで。勇気の気持ちに気づいてないわけではないだろうが、あくまでも飄々としていて。
「勇気がしたいなら、俺は勇気のために、何回でも頑張るからな…」
　酔いもすっかり覚めて、その、『図解四十八手のすべて♂×♂編』とつけられた本を手にしている勇気の耳元で智友が甘く囁いた。
　勇気は本を持っていた両手にぐっと力を込めた。
「――今日は俺が主役、だもんな」
「そうそう」
「俺が好きに選んでいいんだよな」
「勿論」
「じゃあトモ……これとかこれなんかどうだ？」　
　勇気は本をパラパラとめくると、自分で選んだイラストを指差して智友に見せた。
　それは挿れる側である智友がきつい体勢になるものばかりで。
「トモがせっかくプレゼントしてくれたんだし、俺、試してみたいんだ」
　勇気は智友に向けてにこやかに微笑んだ。




　勇気の目論見としては智友にきつい体勢のものばかりを選んで、智友に悪かったと言わせたかったのだが、今でもたまに走っているという智友に体力でかなうはずもなく。また、智友がきつい体位は勇気もけっこうきついということを失念していたので、途中で疲れ果てた勇気はそのまま眠りの世界に沈み込んでいった。
「今日はお互い、新しい世界を開いたよな」
　隣でぐっすり眠っている勇気の髪を手で優しく梳きながら、智友が勇気に話しかける。勿論勇気が目覚めるとは思っていない。ただ、誕生日を口実にちょっといじめてしまった勇気に懺悔の気持ちがわいてきたのだった。
　勇気をたくさん祝いたい気持ちも本当。照れ隠しも本当。でもあまりにも楽しくて浮かれすぎて、ついつい勇気をからかったりいじめたくなってしまうのだ。そうして勇気のたくさんの表情や言葉を引き出して、独り占めしたくなる。
　本来なら周囲の人間から大人気の勇気が、誕生日にベルリバティの卒業生や今までの友達から声をかけられないはずはなく。それでも初めて恋人と迎える誕生日だからと、勇気が全部断ってくれたのだ。恋人がどういう相手かをベルリバティの面々に追及され、誕生日に勇気のところに押しかけない代わりに名前を白状させられたという話は、まあ、深く考えると怖いことだからあとで考えるとして。
　勇気が自分のためにそうまでしてくれても、勇気が職場からもらってきたプレゼントにさえ、やきもちを妬いてしまう。勇気はごく普通の気持ちで受け取ったものかもしれないが、相手の気持ちはどうなのだか。
「でも、本当にもう絶対手放さないからな」
　勇気は知らない。勇気の誕生日に職場まで押しかけて花束を渡したことが、勇気を意識している人間の耳に入って、牽制になればいいと思っていることを。
　そして。
「あれも楽しかったけど、本当のプレゼントはこっちな」
　勇気の左手をとって、あらかじめベッドの下に隠しておいたものを勇気の薬指にはめる。
「ベタ中のベタなんだけど。でも勇気は俺のものなんだって主張したかったんだ。勇気、本当に誕生日おめでとう。そして俺と出会ってくれて、再会してくれてありがとう。――愛してる」
　そう言って智友は、勇気の薬指にはめた指輪にそっと口づけた。
「ん〜……トモ……」
　勇気がむにゃむにゃと寝言を呟く。
　そんな勇気を優しく見つめながら智友は、明日勇気が目を覚ましたときが楽しみだなと思った。