二人だけのヒミツ 「・・・ななちゃん・・・起きてる・・・？」 「空くん!? どうしたんですか、こんな夜中に!? 向こうの部屋で、直くんたちと寝てたんじゃないんですか？」 「・・・・・・」 「空くん？」 「――ななちゃんと一緒に寝ようと思って、来た・・・」 「私と？」 「・・・だめ？」 「いえ、それはかまわないですけど・・・空くん、本当にどうかしたんですか？」 「別に・・・なんでもない・・・」 「・・・怖い夢でも見たんですか？」 「違うっ。そんなんじゃない。オレ、お化けなんか怖くないもん。ちょっとは怖いけど、でも、怖くなんかないってばっ」 「ふふ、わかりました。じゃあ空くん、一緒に寝ましょう？」 「――うんっ」 「七海ちゃんの体って、あったかい・・・」 「空くんのほうがあったかいですよ」 「違うよ、ななちゃんのほうがあったかいよ！ ・・・ななちゃんの手とか、ほんと気持ちいい。・・・ななちゃん、オレが寝るまで、オレの手握ってて？」 「いいですよ」 「絶対離しちゃだめだよ!?」 「ええ。こうして、ずっとつないで寝ましょう？ だから空くん、安心して寝てくださいね。――おやすみなさい」 「へへっ。おやすみ、ななちゃんっ。また明日も、一緒に遊ぼうねっ」 （・・・て・・・あれ・・・？） 空は不意に意識を覚醒させて目を開けた。 部屋の中は真っ暗で、目を凝らしても部屋にある調度の影もはっきりしなかった。 （オレ・・・夢見てた？ なんかガキのころの夢だったような・・・めちゃくちゃ心地よかった気がする・・・） 目が覚めてしまって、なんとなく残念な気持ちがある。もうちょっと夢の中にひたっていたかった気がするのだ。 とても幸せな夢だったような感覚が残っているから。 （あ〜・・・今何時だろう。もう一眠りできるか・・・な・・・って、え!?） もぞもぞと体を動かして、ぎょっとする。 自分の左手に触れるあたたかい体温を感じたのだ。互いの指が絡み合っていて。 いまさらながらに、隣にいる存在を知覚する。 （うわっ。ななななんで・・・って・・・あ、そうか・・・・） 思い出して、途端に赤面した。うっすらと残っている夕べの記憶。 このベッドで幾度も、自分たちはお互いを求め合ったのだ。 （・・・手をつないで寝てたんだ、オレ・・・） そういえば今見ていた夢の中でも、こうして手をつないでいたような気がする。 夢の中では自分はまだ幼く、彼の大きい手を小さい手でぎゅっと握っていたのだ。 今はもう、ほとんど大きさ的には変わらない。 空は自分の左手と、うつぶせて眠っている彼の左手をじっと見つめる。 それくらい、ようやく彼に近い位置まで辿り着いたのだ。勿論彼にすればまだまだ自分は子供にしか見えないのだろうけど。 （・・・相変わらずきれいな手、してんなあ・・・） けして炊事や洗濯をやっていない手ではないのに、いつでも彼の手はきれいだ。しかし、細くてしなやかなこの指が、けっこう当人の資質に合わせて意地悪だということを空は身をもって知っている。夕べだって、この指に何度もじらされて翻弄されたのだから。 （って、うわ・・・っ、なに思い出してんだよオレはっ） 夕べのことを思い出しかけた頭を幾度か振って、空はベッド脇に置いてある時計を見た。外が明るくなるにはまだ時間があるが、おそらく廊下の人通りは絶えているころだろう。門限破りをした生徒たちとも、この時間なら鉢合わせをしなくてすみそうだ。 空は隣で眠っている彼の様子を伺う。 どうやらまだ目覚める気配はなく、よく眠っているようだ。安らかな寝息と穏やかな寝顔についつい見とれ、胸の中の愛しさが増した。 このまま隣にいて、体温を感じたままもう一度眠りたい気持ちもあるけれど。 （でもやっぱり今のうちに部屋に戻んねえとな・・・。ここで寝て、朝メシが始まるような時間になったら帰れなくなるし） ここは、寮内の彼の私室なのだ。つながっている隣の部屋は保健室でもあり、時折具合の悪い生徒が訪れてくる。そんな場所で逢瀬を重ねることに初めはかなりどきどきしていたのだが、だんだん慣れてきてしまった。それくらい、幾度もこんな夜を過ごしてきたのだから。 （別にオレ、ちょっと話すだけでもすごく嬉しいのに、なんでかいつもなし崩し的にされちゃうんだよなあ・・・。うう・・・男としてかなり問題じゃねえ？） とにかくここは部屋をそっと抜け出して自分の部屋に帰ると決意して、空は自分の左手を、彼の左手からそろりとはずしていく。 彼の寝顔をうかがいながらゆっくり行うその作業は、空にとってかなり緊張度の高いものだった。 きっと起こしてしまったら、彼に引き止められる。これまでもそのせいで部屋に帰れなくなったことが幾度もあったのだ。 でももうルームメイトにはいい加減にしろとせっつかれているし、幼馴染みの寮長からも強く睨まれているのだ。ここで帰らないわけにはいかなかった。 （はあ・・・なんとか脱出成功。わりぃ、七海ちゃん。オレ帰るわ） 置き去りにした彼の手に心が痛まないわけではなかったが、空は感傷を振り切って、今度は布団から抜け出しはじめる。ベッドから足を下ろすと、とたんに自分が脱ぎ散らかしたと思われる服を踏みつけた。 （よかった、オレの服ここにあったぜ〜。時々七海ちゃん、人の服隠したりするんだよな・・・） 洗濯と称して濡らされた日には、本当にこの部屋にもう一泊させられる羽目になったりもした。いくら休日だったとはいえ、あれって軟禁とも言わないだろうか。シャツ一枚しか貸してくれなくて、下半身を隠すことができなくて本当に部屋に戻れなかったのだ。 （ああ、とにかく帰ろ帰ろ・・・） 服を拾い上げて、暗闇の中、適当に服を着ようとする。とにかく裸でなければいいわけで、空はまずトレーナーを着ようとした――が。 「うひゃあっ」 思わず驚いて声を上げる。眠っている相手に向けていた空の背中を、一本の指がすうっとなぞったのだ。それだけで敏感な空の体が反応する。 「・・・帰るんですか？」 「う・・・」 ベッドもできるだけ揺らさないようにと慎重に慎重に動いていたはずなのに、なぜこんなことになるんだろう。 空はぎくりと体を強張らせた。 彼の声が単なる質問ではなく、責めるような響きを帯びている・・・気が、する。 「ここに、泊まっていってはくれないんですか？」 「オレ、昨日はここに泊まったじゃん。もう日付も変わったし、これは泊まったって言うだろう、七海ちゃん!? ほんとはここで寝るつもりなかったのにさあ・・・」 言い訳のようにそう言って、空は後ろを振り返った。目をあけた彼が、じっと物言いたげに自分を見つめているのが、薄闇の中でもわかった。 「か、勘弁してよ七海ちゃん〜。最近マジで藤守の目も祭の目も白いんだからさあ。祭になんか、本気で先生にチクるとまで言われてるんだぜ。んなことになったら七海ちゃんだってまずいだろ!?」 「羽柴くんは私より、本城くんや藤守くんのほうが大切なんですね。そうですよね、三人ともとても仲がいい幼馴染みですものね。藤守くんとは最近特に仲がいいみたいだし、本城くんとだって・・・」 「な、七海ちゃん〜〜」 七海にぶつぶつと呟かれて、空が慌てる。最近、写真の件があった以降、妙に疑り深くなっている気がする。特に直については並ならぬ感情を感じるときがあったりするのだ。 自分の気のせいならいいが、どうもそうではない気がする・・・。 「オレ、七海ちゃんのことちゃんと好きだから、だから変なことになりたくねえんだよ。これでオレたちのこと学校側にばれて、それで引き離されたり、七海ちゃんが責められたりするのすっげえやだし。オレ一人だけの問題ならいいけど、やっぱりそういう場合、七海ちゃんが全部かぶっちゃうことになるだろ!?」 「別に。そのときはそのときで、さっさと学校を辞めればいいだけのことですから」 「七海ちゃん、だからそうじゃなくってさ〜〜」 空が声を上げると、七海がベッドに預けていた顔を起こした。腕を突いて伸び上がり、トレーナーを持ったままこちらを振り返っている空の背中に軽く唇を押し当てる。 「・・・っ」 「もう、仕方ないですね。羽柴くんが部屋に戻るたび、私がどんな気持ちになっているかわかりますか？」 「オレだってそりゃ、人目とか時間とか気にしないで七海ちゃんといたいけど・・・でもそんなの、無理だろ？」 「まったく・・・。羽柴くんてけっこう真面目なんですよねえ」 「普通は、七海ちゃんのほうがオレを突き放す立場じゃねえの？」 つまらなそうにため息をつく七海に、思わず苦笑して空が言う。 本当は七海のほうがずっと大人なのに、こういうとき妙に子供っぽく感じる。 「――私が、羽柴くんを突き放せると思います・・・？」 「うわっ。な、七海ちゃんっ」 後ろから流れてきた七海の手が、するりとそこに滑り込んだ。 「こんなに夢中になってしまっているのに・・・ずっと、離したくないと思っているのに、私から切り離せるわけないじゃないですか。そうでしょう？」 「〜〜〜〜オレ、帰るんだってばっ。七海ちゃんっ」 空が懸命に持っているトレーナーごと上から七海の手を押さえようとするが、七海は難なくそれをかいくぐって好きなように空を弄びはじめる。 そのうち起き上がった七海の肌が背中に触れ、右手が空の胸に伸ばされた。 「ん・・・っ」 「そうですね、羽柴くん、今日も一時間目から授業がぎっしり詰まっていますものね。確か今日は体育とか数学があって、授業中に居眠りなんてできないんですよね。部屋に帰ってもう一眠りしないと、あとがつらくなりますよね？」 「なっ、七海ちゃん・・・っ。言ってることとやってることが、おもい・・・きり、違・・・っ、ふっ・・・」 空の耳元で甘く囁きながら、それでも七海の指は止まらなかった。先ほど散々追い上げられた熱のくすぶりが、再び熱くなって空の意識を取り込みはじめる。 優しい手にしっかりと握りこまれ、幾度か扱かれたり揉まれながら、先端を刺激される。その一方で濡れた舌はなにも身につけていない肌を這い、胸に伸ばされた指が、空の敏感なそこをからかうように滑った。 それは、どう見てもただ遊んでいるだけの動きではなくて。 「だめ・・・だってば・・・。七、海ちゃん・・・」 「そう言いながら羽柴くん、全然本気で抵抗していないですよ？ 形だけの抵抗なんて、そんなのこちらの気持ちを煽っているのと同じですよ」 くすくす笑いながらも、七海は空への愛撫を続ける。実際、七海を止めようとする空の手にはさほどの力は入っていなかった。 七海の手の中の空自身も、しっかり反応して固くなっている。先端から生まれた先走りのしずくが、さらに七海の指の動きを円滑にした。 「はっ・・・あ、なな・・・っ」 「ほら、羽柴くんのここは気持ちよさそうじゃないですか。無理しなくてもいいんですよ、羽柴くん。本当は、もう一回こうしてされたい、でしょう？」 空の気持ちを追い詰めるように七海が囁く。 首を振っていやいやをして、それでも感じてしまう空を七海は頭の中で予測していたのだが――。 「や・・・ン、なの、当たり前・・・だろ・・・。ふっ・・・」 「・・・羽柴くん？」 「あっ・・・だって、オレ、ほんとに七海ちゃ・・・好き、だし、オレだって、な・・・なみちゃんと、したい気持ちも、ある・・・」 「――」 「恥ずかしい、けど・・・でも、オレだって、ほんとはもっと、一緒にいたいし・・・んっ・・・」 追い上げられて息を乱しながらも、空が自分の中にある想いを口にする。 自分も、ちゃんと好きだから。 けして肌を重ねたい気持ちは一方的なものではないのだと――。 「でも、い、っときの気持ちに負けて取り返しのつかな、ことになったら・・・オレ、そんなの絶対や、だから・・・――ああっ、だめっ、そ、こは・・・っ」 敏感な箇所を七海に責められて、空自身がびくびくと震える。それに合わせて空の吐息もいっそう甘く乱れた。 空の弱いところばかりを刺激する七海の手に、空はだんだん理性を蕩かせていく。 「はぁんっ、な、なな、ちゃ・・・やっ・・・そこ、も・・・っ・・・」 「羽柴くん・・・だめ、ですよ。あいにくもう止まりません。あんなふうに言われて、抑えられるわけがないでしょう？ 本当に・・・どこまで私を溺れさせたら気がすむんですか空くんは・・・。もう、絶対に離しませんからね」 なかば苦笑しつつ、七海が小さな声で呟く。 そのあとで七海の唇が、かすかに動いた。 ええ、永遠に縛りつけて絶対に他の人間のところへはいかせませんから――。 無論その呟きは、空にも届かなかった。 「ふうん・・・っ・・・あぁっ・・・あっ・・・」 「羽柴くん、他の子に見つからないために、今帰るつもりだったんですよね。でも他の子に見つからない帰り方なら、もう一つありますよ？」 今度はちゃんと空に届くよう、はっきりとした声で七海が言った。 「学校の始業時間を過ぎれば、寮の中はだれもいなくなります」 「・・・ってまさか・・・」 後ろから、空の体が強い力でぐいっと引っ張られた。体勢を崩し、空はそのままベッドに倒れこむ羽目になる。 空を引き倒した本人が、上から覆いかぶさるようにしてにっこりと微笑んだ。 「羽柴くん、たまには羽目をはずすのも大切ですよ？」 「きょ、教師がサボりを推奨すんなよ〜〜〜」 空は引きつって叫んだが、勿論それを七海が受け入れることはなかったのだった。 （うう・・・だからほんとにオレってさあ・・・） ベッドの中で枕に顔を伏せて、空が今の自分の状況にとっぷりと落ち込む。 確かに七海のことが大好きで、本当はいつまでも一緒にいたくて、ずっと肌を合わせていたい気持ちもあるけれど、でもやっぱりあんなふうに翻弄されてしまうのはどうかと思ったりもする。 十以上も年が違っていて、どうしたって自分はかなわないのかもしれないけど。 今だって・・・。 「じゃあ羽柴くん、私もう行きますね。テーブルの上に簡単に朝ごはんを作っておきましたから、あとで食べてくださいね」 髪を結いおえた七海がベッドの上の空を振り返った。 「・・・七海ちゃん、すっげえずりぃ・・・」 「ふふ。なんで、ですか？」 空の答えなど百も承知のような笑顔で七海が聞いてくる。 「だって人には遅刻させようとしているくせに、自分だけちゃっかり定刻にご出勤なんてずりいじゃん・・・」 「私まで遅れていったら、それこそあやしまれてしまいますよ。それに、学校ではかわいい生徒たちが待ってますからね」 「――それって、オレより他のやつらのほうをとるってことかよ」 「たまには羽柴くんも、人に置いていかれる気持ちを味わってみるといいんですよ」 「・・・っ・・・七海ちゃん、まさか最初からそのつもりで・・・っ」 はじめから、いつもと逆のパターンを経験させるために自分を引き止めて抱いたのかと、空が七海の行動に疑念を抱く。 それに対して七海はそれまで浮かべていた笑みを消して、空をなだめるような表情をのぞかせた。 「私は、先のことを見通して羽柴くんを抱きたいと思ったことなど一度もありませんよ。いつもそのときどきで、こちらの予定とか理性をくずして人を引き込むのは羽柴くんの方なんですから。そりゃあたまには羽柴くんを私と同じ立場にさせてみたいとは思っていましたけど、それだけのために朝から思いきり体力を使って一日仕事をするなんてこと、しようとは思いませんよ？」 「――」 七海の言葉のある部分に反応して、途端に空が顔を赤らめた。 素直な反応を見せる空をいっそう愛しげに見つめてから、七海は空のいるベッドまで戻った。ぽすん、とベッドに腰を下ろし、横になっている空の髪に手を伸ばす。 「羽柴くん・・・体、大丈夫ですか？ もし本当にきつかったら、今日はこのままここで寝ていてもいいですよ。あとのことは全部私に任せてください。――羽柴くんといると、無性にね、自分でも抑えられないくらいに羽柴くんがほしくなるときがあるんです。羽柴くんを大切にしたい気持ちもあるのに、際限なくほしくなって・・・。それだけ、本当に夢中になってしまっているんですよ。いい大人が自分で制御できないなんて困ったものですけどね」 「・・・・・・」 優しく自分の髪を梳くその手を、空は気持ちいいと思う。 子供の頃よくこうして頭をなでられた気もするけど、あのときとは違う意味がその手に込められているのを感じる。 自分を見つめる視線も、もっと深い想いが込められていて。 空はきゅっと胸を締めつけられた。 「・・・も、いいから行けよ、七海ちゃん・・・。七海ちゃんまで遅刻したらあやしまれんだろ。ただでさえ、祭や藤守にはばればれなんだから・・・」 「・・・ふふ、本当に逆の立場になってみるものですね。想う相手を残して先に出て行くことがこんなに心苦しいものだということを初めて知りましたよ。置いていくほうも、けっこうつらいものなんですね」 「そうだよ、七海ちゃん・・・。オレが喜んで部屋に戻るわけねーじゃん。いっつもつらくて・・・できるものならずっと一緒にいたいよ、オレだってさ・・・」 「――そうですね。じゃあ、いつか本当にずっといられるようにしましょうか？ 時間も人目も気にせず、心ゆくまで二人で過ごせるように」 「え？」 七海の声にこれまでと違う響きを感じて、空が顔を上げた。 七海が空の髪を梳く手を止めて、こちらを真剣な瞳で見つめているのとぶつかる。 吸い込まれてしまいそうなほど深い色合いをたたえた瞳が、空だけに向けられていた。 「・・・私があの事務所を出て、別に部屋を借りる、と言ったら、羽柴くんは私と一緒に住んでくれますか？」 「――」 ほんのわずか、空の目が見開かれた。 「勿論今すぐの話ではありませんけどね。羽柴くんが高校を卒業したら・・・この寮を出ることになったら、その次の住居先を、私と同じ場所に定めてくれますか？」 「な、七海ちゃん・・・っ」 「そうしたらいつでも羽柴くんといられて、きっと今以上に幸せになれると思――羽柴くん？」 七海の言葉の途中で、上半身を起こした空が勢いよく七海に抱きついた。今の自分がなにも身につけていない姿であることなど、まったく気にならなかった。 とにかく七海に、衝動的に抱きつきたくなったのだ。 「七海ちゃん、オレも、一緒にいたいよ。七海ちゃんとおんなじところに住みたい。朝も昼も夜も七海ちゃんといて、生活のすべてを七海ちゃんと共有したい。オレの生活のすべてを、七海ちゃんの色に染めてほしい――」 七海の背中に強く腕を回して、肩口に頭を預けた空が言う。 すべてが七海の色に染まった生活――そう考えただけで、未来が何十倍にも明るく輝く。 「羽柴くん、二人の生活は、二人で作っていくものですよ。どちらかがどちらかに染まるなんてことはありえません。お互いに影響しあって、そうしてこれまでとはまったく違う、新しい生活になるんです」 「ああ、そうだよな。七海ちゃんとオレの生活はオレたち二人でしか作れないものだよな」 「――じゃあ羽柴くん、これは、二人だけのヒミツですよ？」 抱きついてきた空の体をゆっくりと引き離して、七海は空の顔を覗き込んだ。 「羽柴くんが卒業したら有無を言わさずさらっていきますから、覚悟しててくださいね。そのときにいやだなんて言うのはなしですよ？」 「七海ちゃんだって、やっぱりや〜めたなんて言うのはなしだぜ!? オレ、めちゃくちゃ楽しみにしてるからなっ！」 「・・・いつか、二人だけで暮らしましょう？ 誰にも邪魔されずに、誰にもとがめられずに堂々と暮らしていきましょう？ そうしたらもう時間を気にすることはなくて、お互いに身を切るようにつらい思いをしなくてすむんですから」 「はは・・・なんか、プロポーズされてるみてえ・・・」 そう言った空が、自ら七海の唇に軽く口付けた。 そうして強引に、再び七海に抱きつく。七海の胸に自分の裸の胸を押しつけるようにしてしがみついた。 「・・・ったく、七海ちゃんうますぎ・・・。オレ、そんなこと言われたらまたその気になっちゃうじゃん・・・。もう体だってきついし、七海ちゃん学校に行くし、そんなの無理だってわかってるけど・・・。う・・・ちくしょう、もう最悪。七海ちゃん、人のこと煽るだけ煽っといて、そのままオレのこと置き去りにして行っちゃうんだろ。・・・・・・オレ、今、マジで離れたくねえのに・・・」 最後の一言だけ、本当にかすかな声で囁く。 それは空が珍しくてらいなく見せた甘えだった。 七海は、今度は自分から空にくちづけた。 口腔に舌を滑り込ませるとすぐさま空も応えてくる。本当に空の体が高まりつつあるのは七海にもよくわかった。 こんなに従順で、その気になっている空を見るのはもしかすると初めてかもしれない。 確かにそれを惜しむ気持ちはあるけれど。 「じゃ、行ってきますね羽柴くん。いい子にしててくださいね」 「・・・・・・七海ちゃん意地悪すぎ・・・」 「だって、私も実は体が限界なんですよ？ そんなふうにかわいく求められても、ちゃんとお相手できないんです。それとも羽柴くんが手伝ってくれますか？」 「う・・・。そ、れは・・・」 さすがにその意味に気づいて空が尻込みをする。 けれど。 迷ったのは一瞬で。 「――もし、それでもいい、って言ったら・・・？」 耳まで赤く染めて、空が上目遣いで七海に問いかける。 七海は困ったように微笑んで、その額に軽くキスを落とした。 「やっぱり羽柴くんはここで少し休んだほうがいいですよ？」 「七海ちゃん、だからオレが自分で・・・っ」 「そうして少し休んで学校にこられるようになったら・・・保健室で会いましょう？」 「――」 にこやかに微笑んでそういった七海の言葉に、空はそのまま無言で、こくりと頷いたのだった。 おわり |