囚われ身の怪盗（中） 「な、なに言ってんだよ７７３・・・」 少年はなんとなくいやな雰囲気を感じ取りながらも、その雰囲気を打破すべく、間近にいる７７３に笑顔を見せて言った。その笑顔がひきつっているところが、それを見ている青年の気持ちをさらに煽ることを少年は知らない。 「とにかく、ここを出て帰ろうぜ。もう仕事は終わったんだからさ」 「自由に動けないその姿で、どうやって帰るんです？」 「だ、だから、７７３が縄をほどいてくれればいいんだろっ」 「ふふ。いやです」 愛らしい笑顔でそう言う７７３を、少年は不安な気持ちで見つめる。先ほどから、肌の表面がざわつくような、いやな空気がこの場を占めているのに少年は気づいていた。 この身に絡みつくような熱く、粘ついた空気。当たり前の日常からなにかが微妙に変わってしまったような時間。 「だって、滅多にないでしょうこんな機会。〝８４８〟と二人っきりというだけでもおいしいのに、こんな・・・」 「・・・っ！」 「小道具つきなんですからね」 ７７３が少年の体を拘束している縄を引っ張った。少年の身に縄がさらに食い込み、その痛みに少年の顔がかすかに歪んだ。 「７、７７３、冗談はやめて帰ろうって。・・・そんなこと言う７７３、ちょっと４１６に似てるぜ・・・」 「せっかくの二人きりなのにそこで他の人間の名前を出さないでくださいね８４８。今８４８の目の前にいるのは私でしょう？ それとも、ちゃんと教えてあげなくちゃわからないのですか。――目の前にいるのが誰かってことを」 「え? ん・・・っ」 細い指にあごをすくいとられたと思ったときには、すでに７７３の唇が少年の唇を覆っていた。突然唇をふさがれただけでも驚きなのに、すぐさま少年の口腔内をぬめりとしたなにかが侵入してきたことが、少年の混乱に拍車をかけた。 「や・・・な・・・ななっ・・・んっ・・・」 その唇から逃げようにもあごをしっかり押さえられている上に、相手は、単なるキスでは終わらせなかった。７７３が仕掛けたくちづけは、７７３が一方的に少年の口腔内を蹂躙して自己満足を得るためのものではなく、明らかに少年の気持ちを煽り立てるやり方をしていた。 歯列を割って侵入してきた舌が歯の裏側を舐め、あるいは少年の舌を絡めとる。濡れた舌がそこからも快楽を引き出せるのだと知らせるように、じんわりと誘うように動き回る。舌の先で軽くつつかれると、それだけで少年の気持ちが快感に引き寄せられていった。 「あ・・・はぁ・・・」 ７７３からようやく解放されたとき、少年の唇から熱い吐息がこぼれた。 少年の口元からこぼれてつたい落ちる互いのまざりあった唾液に、７７３はひそかな満足を覚える。いつもは太陽の下が似合うような健全でさわやかな少年なのに、そんなふうな表情を見せると、ひどく官能的に映るのだ。 もちろん、まだなにもはじまってはいないのだが。 「目の前にいるのが誰か、ちゃんとわかりました？ もう他の人間の名前なんか出しちゃだめですよ」 そう言って７７３が、少年の唇をぬぐった。その濡れた指先を押し付けるように、今度は少年の平たい胸へと手を這わせる。肌の感触を確かめるようなじれた動きに、少年はいやでもその目的をはっきりと知った。 「７７３っ」 「本当にいい体つきになりましたよね、８４８。ちょうど、今頃が一番いいんじゃないですか？ まだ初々しくて・・・このあたりとか」 服越しにその部分を押されると、普段なんともないはずのそこが、電気が走ったように強く反応した。 少年の動揺を視界に入れつつ、７７３はさらに指を動かす。少年の服と手袋という二重の布越しだったが、そこがだんだん固くなっているのはわかった。 「・・・ふ・・・っ。マジでやめ・・・」 少年の声に甘さが混じる。ただこれだけの刺激なのに、感度のいい体は敏感に反応して少年の理性を追い詰めているようだ。恥ずかしさに耐え切れずに顔をそらした少年の首もとが、７７３の目にはこちらをいざなうように艶かしく映った。 「じらされるのが、いやなんですか？ もっとちゃんと、直接触ってほしい？」 その誘いに応じるように、７７３は少年の喉下に舌を這わせた。身をすくませる少年の体を宥めるように、いっそう手を動かす。 「違う、そうじゃなくて・・・っ」 「そうですね、私も直接見てみたいですものね。別に初めて目にするわけじゃありませんけど、この小道具に彩られたところを見るのは初めてですからね」 縄と縄の間に手を差し入れ、７７３は器用に少年の服の前面を剥いでいった。リボンもマントを結びつける紐もそのままの状態で剥き出される少年の肌は、ただ普通に上半身があらわな状態よりも匂い立つような色香があった。なにより、柔肌を取り巻いている薄汚れて表面のささくれ立った縄が、少年の肌を痛々しいものにし、そしてより淫靡的に見せた。縄とほんのずれた位置にある、すでに立ち上がった胸の突起。 「・・・・・どうしてこんなに・・・。似合いすぎますよ、８４８。よく今までそんな格好で、だれかに強引にさらわれたりしませんでしたよね。８４８の姿を見たら、さらってこんなふうにしてみたいって思う人間はきっといくらでもいますよ」 「そんな変なこと考えんの、７７３だけだよっ」 「ふふ。そういう元気がいいところもかわいいですよ、８４８は。その元気をずっと持っていてくださいね？ そのほうが私もいっそう愉しくなりますから」 「変だぜ、７・・・七海ちゃん。本当に変っ」 ‘禁句’とされる言葉を口にした少年だが、７７３はその部分には突っ込まなかった。少年の体を這う縄の一本を指でつまみ、それを少年の肌に沿って上に動かした。 「・・・!?」 縄が少年の胸の飾りをつぶし、その上を通り過ぎていった。７７３はすぐさま今度は逆に縄を下にずらしていく。 「や・・・っ」 胸の一番敏感なところを縄で幾度も往復されて、少年は身をよじる。無論、背中で腕を拘束している別の縄や、足元をくくりつけている縄はほどけることもなく、それだけにままならない微妙な動き方しかできなかった。どう見てもそれは逃げたり嫌がったりしているようなものではなく、ただこちらの気分を高めるための動きにしか見えなかった。――少年の意思に反して。 「こんなふうに直接指で触られてもいないのに、縄跳びなんかで感じてしまう８４８の体だって十分変でしょう？ こんなもので悦んでしまうなんて、困った子ですよね」 「あ・・・違う・・・んっ・・・」 「違う？ ああ、こんな程度じゃまだまだ物足りないってことですか？ そうですよね、まだまだこれから、ですものね」 ７７３が、より強く縄跳びを上下に動かした。 痛みさえ伴うその行為が、少年の体に別の感覚を与える。 少年はたまらずにさらに身悶える。 まだ胸の飾りをほんの少し責めているだけなのにそれだけでたまらなくなっている少年の反応に、７７３は嗜虐的な気分をそそられる。この程度でこんなふうでは、一番敏感なところを責めたとき、少年はどんな痴態を見せてくれるのか。そう考えると７７３自身、気持ちが高ぶってきてしまうのだった。 変だと言われると、実際変なのかもしれない。 だがそれは誰を目の前にしてもそうなるわけではなく、ただ唯一、少年を前にしたときだけなのだ。 だから、こちらにそんな感情を抱かせた分、少年はその身で責任を取るべきなのだ。 ７７３はそんなふうにすら思った。 本当はとてもいとおしくて、大切にしたい存在。 けれどその一方で、いとおしすぎるからこそ、こちらの理性をとかして少年自身が追い詰めてくるのだ。 誰にも渡したくない想いと、自分だけの色に染めてしまいたい欲望。 もうそれらに身も心も囚われていて、歯止めが、利かない。 「ああ・・・もしかすると少し跡がついてしまうかもしれませんね」 縄を少しずらして、７７３が赤くなった少年の肌を手袋をはめた指でなぞった。そのあとでそこに顔を寄せ、舌を這わせる。特に感度のいい場所ではなかったが、それでも少年の体が逃げるように揺れた。それを追うように、７７３の舌がさらに肌を滑っていく。 「・・・ふっ・・・」 くすぐるように舐めとられて、ますます少年の気持ちが追い上げられていく。首を振って自分の体の中を暴れまわる嵐になんとか耐えようとするが、それは徒労でしかなかった。 そんな少年の反応を感じ取りながら、７７３の手が、ごく自然な感じを装って。 「――っっっ」 さりげなくそこに置かれた７７３の手に、少年の体がさらに震えた。７７３は特に力を入れてはいなかったが、７７３の手がそこに当てられているというだけで少年にはたまらなかった。 おそらく自分自身が反応してしまっていることに、７７３は気づいているだろう。さんざんいじめられたあげくそんな風に反応させている自分自身を７７３はどう思っているのか。 そのことを考えると、少年は恥ずかしさからさらに追い詰められていくのだった。 「少し、震えているみたいですけど・・・どうして？」 普段どおりのあどけない声で７７３が聞いた。少年は身をよじるだけで、それに答えようとはしなかった。 ズボンの下から押し上げる少年自身が、そこに当てられた手にかすかに触れ、それがなおのこと少年自身を刺激する。自分でもどうしようもなくて、少年は熱い息をつくことで快感に耐えようとした。 だが。 「・・・あっ、だめ、だっ・・・」 ７７３の手に、いくらか力がこもった。ほんのわずかな力でも、勃ち上がりかけた少年自身を故意に押され、少年はさらにそこが昂ぶってくるのがわかった。 「触っちゃだめだ・・・って・・・。そこ、もっ・・・」 背中に当たる支柱にくくりつけられた腕はまったく動かせず、投げ出された足首を結んでいる縄もびくともしない。 そんな体勢のまま７７３に、服を剥がされた若い肌を舌で舐めとられ、７７３の左手が少年の「そこ」にあてられている。そのうえ７７３は、ときおり再び胸を走る縄をじんわりと上下に動かした。 「・・・・・っ！」 目尻に浮かんだ涙が、少年のアイマスクを濡らす。 どうせなら、もういっそうのこと、さっさと強引にしてくれればいいのにとさえ少年は思った。こんな焦れたやり方でこちらを気持ちを煽らずに、いっそ。――早く。 「な、７７３・・・」 「どうしたんです、８４８」 喘ぐようにどうにか押し出された少年の声に、余裕に満ちた７７３の声が返る。その落ち着き振りを恨みたい気持ちにかられながらも、少年は自分の意思を表した。 それはもう、敗北宣言も同様だけれど。 「も・・・っ、いいから、こんなやり方すんなよっ・・・」 「こんなやり方？」 「こんな、焦らすやり方、しないでさっさと・・・っ」 ――抱くなら抱くでさっさとしてほしい。多少強引にでも抱いて、早くこのつらさから解放してほしい。 少年は懇願をこめて７７３を見上げる。その視線がすでに淫蕩にけぶっているのを、おそらく少年自身は気がついていないだろう。潤んだ瞳で見つめられて、確かにかろうじてねじ伏せている欲望をそのまま暴走させたい気持ちにかられるけれど。 「だ・め」 「七海ちゃん・・・っ！」 少年の、悲鳴にも似た声が上がる。今口にした言葉は最終的な譲歩のはずだった。 自分さえその気持ちを認めれば、すぐに解放してもらえると思っていたのだが。 ７７３――七海は、空に向けてふっ、と笑みを浮かべた。 少年を通して別のなにかを見つめているような、奥深い微笑みを口元に残して。 少年がつけているアイマスクに手をかけてそれをはずす。少年の顔がたちまちあらわになった。普段はつけたことのないウサギの耳とこちらを不安げに見つめる表情が、怖いほど似合っていた。 「して、ほしくなったんですか、８４８。もっと、直接的にされたくなった？ あんなにいやがっていたのに？」 「・・・・・・っ。んなの、もう、オレの体を見て知っているはずだろっ!?」 「――もっと、その気になって？」 はずした少年のアイマスクを床に落とし、七海は少年の頬に指を滑らせた。そして少年の顔を覗き込みながら囁く。 「どこまでもどこまでも羽柴くんから私を求めて？ 心が得られないのなら、せめて体でほしがって？」 「ここ、ろ・・・・？」 聞き返すように呟いた少年の唇を、また七海の唇が塞いだ。先ほどよりかはいくらか優しく丁寧に、それでも少年の快楽を引き出しながら唇を合わせていく。 口付けとともに頬や首筋やはだけた胸を撫で回されると、少年も自ら積極的にキスにこたえはじめた。 やがて七海の手が少年のズボンのファスナーに伸び、ファスナーを下げた。たちまち前を寛げられて、少年の勃ちあがったそれがすぐに飛び出して外気に触れる。 「ん・・・っ」 「ふふっ、やっぱり若いからですかね、とても元気なんですね。もうこんなに固くして、こんなに・・・濡らして」 少年自身がすぐさま七海の手に包まれた。薄い布越しの愛撫は、けして早急なやり方ではなかった。あくまでもこちらを焦らすように指で輪を作り、揉みしだくようにゆっくりと動かしていく。ほんのわずかな刺激でも、少年自身の先端に新たなる露が生み出された。 爆発寸前なのは自分でもよくわかっていた。言葉と舌と指と――視線に煽られて。 それでも７７３は決定的な刺激を与えてはくれなかった。だから少年は、早く解放されるために、自ら腰を動かすしかなかった。 腰を揺らすと、より、自分自身に触れる「手」を感じた。自分でするやり方とは違うしっとりとした布の感触と、じれったい動き。もし今すぐ少年の腕を拘束する縄がほどけたら、少年は耐え切れずに自ら自分自身に指を絡めていたことだろう。人に見られていることさえも気にせずに。 それほど少年は限界に近かったのだ。 「イ・・・せて・・・っ。もう、本当につらいン・・・だか、ら、さ・・・」 唇から甘い吐息がこぼれる。マスクをはずされたために、感じすぎてどうしようもない少年の顔が明らかだった。潤んだ瞳で必死に懇願するさまが、あまりにもいたいけでかわいらしすぎた。 ７７３は故意に指の動きを止める。 「・・・ずり・・・っ。せ、かく、悪すぎ・・・っ」 「こんなところを人に触られて、そんなに気持ちいいんですか８４８？ それに今いる場所がどこかわかっていて、ココをこんなにさせているんですか？ 自分がどんな格好をしているかわかってます？」 「・・・・・・っ」 「――もしかして、本当にこういうやり方、好きだったりします？ こんな、倒錯的なやり方のほうが感じるんですね？」 少年の表情を見つめながら、７７３がくすっと笑う。 その言葉に、少年の顔がたちまち羞恥に赤く染まった。否定したくても、体は現にこの状態を示している。 けれど、本当にこんなやり方が好きなわけではないのだ。 そして、追い詰められていた少年の心が、ぶちっと切れた。 「・・・れはっ、七海ちゃんのほうだろっ!? こんなやり方して、そんなにこういうやり方が好きなのかよ!? 人を追い詰めて、オレになにを求めてんだよ・・・っ！」 七海の顔を睨みつけながら、空は叫んだ。ここで声を出したら人が来るかもしれないなんていう冷静な思考はもう残っていなかった。ただ自分の中にあるこの悔しさを、目の前にいる青年にぶちまけたくて。 「――」 突然切れた少年の様子に、七海は一瞬目を見開き――そして、苦い笑みを浮かべた。 追い詰めすぎるとこんなことも起こり得るかもしれないと、自分はどこかでわかっていたかもしれなかった。 まっすぐな気性を持つ少年なら。 このまま、自分のように裏暗くはなれはしないのだ。 そしてそこにこそ、自分は惹きつけられたのではなかったか。 「オレ、してほしいって言ってんじゃん！ これ以上オレになにを求めんの!?」 「・・・・・・」 七海は自分のアイマスクを片手でほどくと、無言で少年自身を握る手を動かした。握っていたそれに改めて指をかけて上向かせると、自分は床に膝まづいたまま、それに顔を寄せる。 それから露をこぼして爆発間近の少年自身に舌を這わせた。 少年がたちまち体を跳ねさせる。 「！！ あっ・・・ななっ・・・！」 驚きだけで反射的に達かないように七海は指で適度に絞り込みつつ、やがてそれを口に含んでいった。 「や、やめ・・・っ。な、ななみちゃ・・・質問に答えてな・・・っ・・・」 首を左右に振りながら、空は七海のことをずるいと思う。 行為自体はもういい。追い上げて絶頂に導いてくれるのなら、それはもう願ったりかなったりだ。 だが、七海は自分の質問に答えずに、こんなやり方で場を流してしまおうとしているのだ。 七海の奥にある、七海の気持ちが知りたいのに。 「ずる・・・っ。なんで、答えて・・・」 くれないのか。 そうは思ったけれど今の空にはどうしようもなかった。 七海の口腔に捕らえられて、これまで以上の快感に押し流される。 自分自身を包むやわらかくて生暖かい感覚と、濡れた舌の感触。またときおりかすかな痛みを伴って当てられる歯も、さらに少年を追い上げた。 ようやく許された解放に、少年の腰が揺れ、甘い声がひっきりなしにこぼれる。 半分意識が飛び、少年は絶頂に辿り着くことだけに夢中になった。 「あっあっあ、ふぅん・・・も・・・っ・・・！」 おそらく、初めてだっただろう。 ここまでの快感を与えられたのは。 こんな非日常的な状況だからここまで感じたとは思いたくないけれど、それでも気持ちをさらに高めたのは事実でもあった。 こんなやり方は好きじゃない。 そもそも七海にこんなことをされること自体、空は望んではいなかった。 けれど。 確実に追い上げられ、そして夢中になるほどの快感が目の前にある。 「あっ・・・ん・・・っん――――っ・・・！！！」 ――最初の解放とともに、少年の中で、なにかが刻印として刻まれた。 強すぎる快楽は、それだけ強烈な印象を少年の体に植えつける。 その体が、心をいざなって。 一つのきっかけになってしまったことを、少年自身、まだ気づいてはいなかった。 |