贖～あがない～ 「啓太･･･もう、荷物まとめ終わったのか？」 「和希･･･。うん、もともとの荷物は少なかったし、俺が手で持って帰る分だけで、家に送る分はほとんどないんだ。ただすぐに部屋を出るのは名残惜しくて、ちょっとここで思い出にひたっていたんだ。･･･短い間だったけど、いろいろあったなって･･･」 「･･････」 「和希にも俺がここに来たときからずっと世話になったよな。今までありがとう、和希。和希は俺にとって、大事な親友だよ」 「･･････だったら、なんでＭＶＰ戦のときパートナーに俺を選んでくれなかったんだ？」 「和希･･･」 「一回戦でも二回戦でも。俺を選んでくれてたら、絶対に啓太を優勝させたのに！」 「ありがとう和希、そう言ってくれて･･･。でも多分和希を選んでも俺自身に運も実力もなかったから結果は同じだったと思うんだ。それに･･･もう言っても仕方がないことだから。･･････きっと俺にプラチナペーパーが届いたこと自体、間違いだったんだ」 「そんなことない！ 啓太はちゃんとベルリバティにいていいはずなんだ！ なのに変な横槍が入って、周りの連中にその横槍を止める力がなかっただけなんだ。啓太は全然悪くないし、本当に啓太はベルリバティの生徒としてちゃんとふさわしい人間なんだよ。自分をそんなふうに卑下しちゃだめだ！」 自分の両肩を強くつかんでそう言った和希の目の前で、啓太は目を伏せた。 そのまま和希の肩に頭を預ける。 「――和希のその言葉だけで俺には充分だよ･･･本当に今までありがとう･･････」 「･･･････啓太。部屋の中は片付けたようだけど、パソコンの中も全部片付けたか？」 「え？」 和希の言葉に驚き、啓太は顔を上げた。 「受け取ったメールとか、そういうのも全部消していかなきゃだめだろ」 「ああ、そうか。そうだよな。今から消すよ」 言われてみれば確かにそのとおりで、もともとパソコンは借りたものだったのだ。啓太はすぐにパソコンの電源を入れた。 「･････あれ？」 「どうした？」 「新しいメールがきてる･･･」 「･･････」 「･･･理事長からだ･･････」 「――なんて？」 「えっと･･･今回のことは残念だったねってことと、それから･･････会いたいって」 「――」 「会ってちゃんと挨拶したいって。･･･理事長って確か、ずっと誰にも姿見せてないんだよな？ でも俺に会いたいって、なんで･･･」 「･･･それで啓太は会いに行くのか？」 「･･･うん･･･。理事長が俺に会いたいって言ってくれたのなら、俺も会いたいよ。会ってちゃんと挨拶をして、それから、今回のことを謝りたい･･･」 「そうか。じゃあパソコンの中のもの全部消したら会いに行くんだな。俺は俺でやることがあるし、部屋に戻るよ」 「あ、和希っ」 「なに？」 「･･････もう、和希とはここでお別れなんだよな」 「･･･そうだな。じゃあ啓太も元気で」 淡々とした口調でそう言い継ぐ和希に、啓太は手を差し出した。 「和希、俺絶対に手紙書くよ。あっ、メールのほうがいいかな。とにかくちゃんと連絡するから」 「･･･声のほうがいいな」 「えっ？」 「啓太の声を聞いていたい」 「それって電話ってこと？ わかった、じゃあ電話するよ」 啓太が差し出した手に応じようとしない和希の手を、啓太が自分から両手で握り締めた。ゆるく振って強引に握手を交わす。 「俺、ここでのことも和希のことも絶対に忘れないよ。本当に短い間だったけど今までありがとう･･･」 込み上げる思いに潤んだ目を伏せた啓太に、 「･･･啓太は忘れないよ」 啓太の手からするりと自分の手を引き抜いて和希が呟いた。 「俺が忘れさせないから」 「――和希？」 昏い声で紡がれた和希の声に、啓太は和希がそのまま部屋を出ていっても、しばらくその場から動けなかった。 学生は立ち入り禁止のはずのサーバー棟のロックはとかれていた。 啓太はサーバー棟の中に難なく入ると、最上階にある理事長室に向かった。 ＭＶＰ戦に優勝していれば意気揚々と上がるはずだった階段だが、今の啓太には一段一段が実際よりも高く感じられた。上げる足も重く、歩調もゆっくりとしたものになる。それでも最上階に行って理事長その人と会わなければいけないのだ。 今までの礼と最後の挨拶、そして今回のことの謝罪をするために。 「････失礼します。一年の伊藤啓太です」 理事長室の扉は啓太を待ち構えていたかのように開いていた。啓太は扉の中を少し覗き込み、来客中でないのを確認すると改めて扉を軽くノックした。 「――入りなさい。それから、扉は閉めるように」 「は、はい。失礼します･･･」 部屋の中から男の声が聞こえ、啓太はその場で一度頭を下げてから、促されたとおりに部屋の中に入った。扉を閉めると、途端に静かで重苦しい空気が部屋の中に満ちた。 啓太が入った扉の前には大きな机があった。その向こう側に一人の男が立っていた。 机の後ろにある窓から差し込む光が眩しく、啓太からは男の姿ははっきりとは見えなかった。男がこちらに背を向けていることがどうにか窺い知れる程度である。 啓太は扉から離れて机のほうに進み出たが、男は振り返ることも、またさらに啓太に声をかけることもなかった。 啓太は勇気を振り絞って、自分から話を切り出した。 「･･････あの、メール受け取りました。ありがとうございました。俺のほうも、ベルリバティに俺を呼んでくれたことや以前にも俺にメールをくれたこと、それから今回のＭＶＰ戦のことなど、いろいろとあなたに伝えなければいけないことがあったので、あの、ここに呼んでくださって嬉しかったです」 それから啓太は変わらずこちらを振り向かない男の背中に、ベルリバティに呼んでくれたことの礼や、おかげでどんなに楽しい毎日が過ごせていたかを伝えた。 「俺が退学勧告を受けたときも、俺が出したメールに答えてくださってとても嬉しかったです。そしてＭＶＰ戦をひらいてくれたことも――俺のためにチャンスを与えてくださって本当にありがとうございました。･･････なのに俺、そのチャンスを生かせなくてすみませんでした。あなたの期待に応えられなくて･･･本当に申し訳なく思っています･･･」 「･･････私には、きみは自らチャンスを捨てているように見えたがね。それだけ、ＭＶＰ戦には本気で出場していなかったんだろう」 これまでずっと黙っていた男の言葉に、啓太はすぐさま返事を返した。 「そんなことありませんっ。俺、一生懸命やりました。･･･そりゃあ、結果が結果だからそう言われてしまうのも仕方がないことですけど････」 「チームワーク重視だと最初に言ってあったはずだ。なのにきみは能力だけでパートナーを選んだ。違うか？」 「違いますっ。別に俺、能力だけでパートナーを選んだわけじゃありません」 「そのわりには、きみはいつもきみと一緒にいる人間をパートナーに選ばなかったようだが」 「それは･･･」 「つまり彼の能力ではパートナーにするのに不安があったというわけだ。だからきみは彼を選ばなかった。どんな言葉を並べても、きみのその行動自体がなにより雄弁な答えだな。――どんなに親しくてもいざというときは能力で差別し、切り捨てるというわけだ」 「そういうつもりで俺は和希を選ばなかったわけじゃありませんっ。俺はただ･･･」 「ＭＶＰ戦にどうしても勝ちたかったから？ 愚かだな、彼をパートナーに選んでいればきみはここを出て行かなくてすんだものを。まさに自業自得としか言いようがないな。彼を――俺を選んでいればよかったのにな啓太」 「え･･････――!?」 聞き慣れた呼び名に一瞬戸惑った啓太の前で、今までこちらに背を向けていた男がゆっくりと振り向いた。 窓からの光が眩しくとも、目を凝らした啓太は目の前に誰が立っているかすぐに理解した。 口元に皮肉げな笑みを浮かべて、さきほど部屋で別れたはずの和希がそこに立っていた。 「か、和希っ!? ど、どうしておまえがここにいるんだよ!? もしかしておまえの悪戯だったのか？ 俺に届いたメールも最初からおまえの･･･」 驚きのあまりそんなことを口にしてしまった啓太だが、しかしたかが学生一人の悪戯で、本当にサーバー棟の理事長室までは忍び込めないだろうということにだんだん思い至ってきた。 ごく自然にスーツを着こなし、この部屋の雰囲気に呑み込まれることなく、落ち着き払った態度で立っている男――それは本当に、この部屋の持ち主でしか有り得ないのではないか。頭の半分は目の前にいる男をクラスメートの遠藤和希と認識しているのに、もう半分で啓太はこの男が本当にベルリバティの理事長だということを理解した。 「和希･･･おまえまさか、本当に･･･」 「そう、俺がここの理事長だよ。〝初めまして、伊藤啓太くん〟。驚かせてしまったかな」 「そりゃあ驚くに決まってるだろ！ だって和希は同じクラスでいつも俺と一緒に勉強してたんだし、理事長だなんてそんな様子全然見せてな･･･――て、じゃあ和希が俺をベルリバティに呼んでくれたんだな。それから俺が退学勧告を受けたとき、励ましてくれたのも和希だったんだ。ＭＶＰ戦を開いたのも･･･」 「･･･そうだよ」 「じゃあ、俺は友達としてだけじゃなくて、本当の本当に和希にはすごく世話になったんだな。いつも俺のそばにいて、いつも俺の面倒を見てくれて。･･･なのに･･･ごめん･･･。せっかく和希が俺をここに呼んでくれたのに、俺はその期待に応えられなくて･･･」 和希がベルリバティの理事長だと知った驚きが去ると、啓太は目の前の〝理事長〟にたいして、ますますすまない気になった。こんなにいろいろとしてくれた人になにを返すこともできないまま、自分はここから去らなければならないのだ。 「期待なんてなにもしていなかったけどな」 「･･････」 「俺はただ、おまえとずっと一緒にいたかっただけだよ啓太。啓太と同じ学校に通って楽しく毎日を過ごして･･･そういう生活をもっともっと続けたかっただけだ。ただ、それだけだよ。だから俺はおまえが優勝できればいいと思ってたし、俺にできることならなんだってしたいと思ってた」 「和希･･･」 「･･･でもおまえには俺は必要なかったんだよな。なにもかも平凡な一般生徒の俺なんか、おまえにとっては価値のない人間だったんだもんな」 和希の声に自嘲が混ざる。啓太は慌ててそれを否定した。 「和希！ それは違う！ だって俺は本当に和希のおかげでここまでやってこられたんだし、すごく助かったんだ。それに慣れない環境の中でこんなに楽しく毎日を過ごせたのも和希のおかげで――」 「でも、啓太は俺と離れてもかまわないんだよな。楽しい楽しいって言ったって、別にそれほどベルリバティに執着していたわけじゃない。ここでどう言おうと前の生活に戻ればここでのことなんかあっさり忘れて、啓太はまた『楽しい毎日』を過ごすんだ。啓太の性格なんかほんとお手軽で単純にできてるんだもんな」 「和希･･･おまえから見たら俺はそう見えるのか？ ここでのことを簡単に忘れるって思うのか？ 俺の気持ちなんか、和希にはわからないよ。俺がどんな気持ちでここを出て行こうとしているかなんて」 「啓太だって俺の気持ちはわからないだろ。啓太はどんなに大泣きしてすがって引き止めていたって、少し時間が経てばあっさりと忘れて平気になれるんだ。約束もなにもかも覚えているのは俺一人で、啓太は簡単に人のことを頭の隅に追いやって、そうして明るく笑っているんだ。･･･もう充分すぎるほどよく知ってるよ」 どこか遠いまなざしをした和希の顔を、啓太は食い入るように見つめた。和希の言葉とそのまなざしに、頭の奥でなにかがかすめていったのを感じた。 大泣きしてすがって。 ――『約束』。 「･･････和希･･･？ それって･･･？」 「･･････啓太はさっき俺にごめんて言ったよな。俺の期待に応えられなくてごめんて。別に俺は啓太になにかを期待していたわけじゃないけど、でも、現実問題として啓太にかけた分の費用が無駄になったのは事実だよな。啓太がここに残って卒業するなら将来性への投資と思えば安いし無駄になったとは思わない。でも卒業を待たずに出て行くというのなら、だったらはじめからここに呼んでいなければ、啓太一人にかかっていた今までの費用が本当ならういていたということだよな」 机をまわって啓太がいる場所にゆっくりと近づきながら和希が口を開いた。 その瞳には昏い影が浮かんでいた。 「たとえ短い期間とはいえ、学生一人がベルリバティで過ごす生活に、どれほどの金がかけられているか啓太は知っているか？」 「･･･え･･･？」 「期待に応えられなくて悪い、チャンスを生かせなくて悪いという気持ちがあるのなら、本当なら使わなくてすんだその分の金を啓太に払ってもらおうかな」 「･･････!?」 「勿論、現金で全額払えなんて言わないよ。啓太に何年間も借金を背負わせるのはさすがに俺も忍びないからな」 啓太のそばまで来ると、和希は啓太のあごを指ですくいとり、それから啓太に向けて優しく微笑んだ。 「啓太はただ、その身体で俺に払ってくれればいいんだ。これまで過ごしてきた生活全般の費用も無駄になったＭＶＰ戦の分の費用も、啓太がここから出て行く前にすべて俺に払ってくれよ。本当に理事長である俺に対して申し訳なく思っているのなら、それぐらい簡単なことだよな」 「･･････え･･･？」 和希を見返す瞳には、ただただ疑問の色がある。 和希に対して軽蔑のまなざしを向けるでもなく、脅えるわけでもなく。和希の言葉自体、真には理解していない無垢な瞳。 「――」 和希は目を伏せた。 今目の前にいるのは、ずっと昔から守りたかった存在。素直で純真で、どんな脅威からも守ってあげたかった大切な少年。 今もまだ自分の中にその感情は残っている。昔と変わることなく、いとおしいと思う気持ち。 だがそれとは別に心のどこかでこの少年を思うさま穢してみたい衝動にもかられる。あれほど少年を脅かすすべてのものから守りたいと思っていたのに、自分はいつの間にこんなに強い欲にとらわれていたのだろうか。 ――自分が選ばれなかったからか。 それともこのままなにもなく離れてしまうことがいやなのか。ただの友達のまま、また簡単に忘れ去られてしまうことが。 自分の中にある衝動の原因を自分でも捕らえきれないまま、和希は再び啓太を見るとそのあごを強く引き寄せて唇を重ねた。 「!?」 いきなりキスをされて引きかけた啓太の頭を和希の手が押さえる。無理やり啓太の顔を押さえたまま唇をこじ開けた。 「――っ･･･！」 キスをやめてほしくて啓太が和希の体を叩いてきたが、和希はそれを無視した。初めて知った啓太の唇の甘さに溺れるように、啓太の口腔を蹂躙する。萎縮する啓太の舌を捉え、強引に口の中をかき回し、歯列をなぞり、その呼吸を奪う。このくちづけに気持ちを乗せるよりも、和希は単なる欲望だけを優先した。あれほど大切にしたかった少年の身体がわずかに震え、くちづけの合間に抵抗を示す吐息がこぼれることに、脳裏が痺れたような刺激を受けた。自分の中で荒々しいなにかがどんどん目覚めてくるのを自覚する。 キスのあと、和希は啓太を後ろにあるソファに向けて強く押しやった。突然のキスに動揺していた啓太の身体が、その勢いのままソファに倒れこむ。 「和希、やめろよっ！」 啓太はすぐに身を起こしたが、ソファに膝を乗せた和希がネクタイをゆるめながら薄く笑った。 「『申し訳ない』んだろ？ ごめんて、さっき啓太は俺に謝ったよな？」 「和希･･･っ」 「だったらその気持ちを身体で表せよ啓太。俺の努力を無に帰し、無駄金を使わせて悪かったと思うんならな。それとも啓太のあの言葉は口だけだったのか？」 「違う、本当に和希には悪いと思ってるよ。そのぶん俺でできる方法で和希に返せるものがあればいいと思う。でもっ、こんなのは違うだろ和希!?」 「違わないよ。他の償いなんていらない。啓太がしばらく俺に従って俺を愉しませてくれれば充分だよ。だいたい他に返せるものなんか啓太にはないだろ？ 返せるようなものがあったらこんなところにはいない。今頃ＭＶＰ戦の優勝者として堂々と毎日を過ごしていただろうな」 「･･････っ」 ネクタイを落とし、スーツのボタンをはずしはじめた和希の表情になにか言い知れぬものを感じて、啓太はあとじさった。後ろに引いたところで、背中により強くソファの背もたれの存在を感じただけでそこに逃げ場はなかったが。 今度こそ危機感を感じて脅えはじめている啓太の様子に、和希は楽しげに目を細めた。 「愉しませてもらうとは言っても、別に啓太の技巧なんかあてにしていないから大丈夫だよ。啓太はそのままでいいんだ。俺が勝手に啓太で愉しむから。うまくなくても慣れていなくても、啓太が鳴いてよがってくれれば俺は満足できるから。だから･･････さ、啓太、その身体でたっぷりと俺に償ってもらおうかな」 「いやだっ！ こんなやり方は違うっ！ やめろよ和希！」 啓太の制服に伸ばされた和希の手を、啓太は振り払おうとした。だがすぐに和希の身体で押さえつけられ、その手を振り払うことはできなかった。和希の手が啓太の制服のボタンをはずし、ネクタイを解いていく。 「離せよ和希！ 俺は和希とこんなことしたくないっ。正気にもどれよ。自分が今何をしようとしているのかわかってんのか!?」 「勿論よくわかってるよ。俺が啓太をここで抱こうとしてるんだろ」 「俺は、大事な友達である和希にそんなことされたくない。本当に目を覚ませよっ。いつもの和希に戻ってくれよっ！」 和希に身体を押しつけられ、制服の前がはだけられていく。啓太は無我夢中で手足を動かして抵抗したが、和希との圧倒的な力関係は変わらなかった。まだ成長途中の啓太の力では、すでに成人した男の本気の力にはかなわなかったのだ。 啓太は首筋に触れてきた和希の唇の感触や胸に忍び込んできた和希の手に、ショックと恐怖感だけを感じて身を竦ませた。 「いやだ和希っ。和希！」 「――」 和希の手がズボンにかかる。啓太が髪を引っ張っても背中を叩いても、男の手はゆるまなかった。このまま本当に力づくで無理やり奪われるだけかと思うと、啓太の心の中で絶望が広がりかけた。昨日までは自分にあんなに親身になってくれるいい友達だったのに、なぜ今こんなことになっているのだろうか。自分がＭＶＰ戦に負けてしまったからいけないのだろうか。それとも親友のなにかが変わってしまったのだろうか。 「和希本当にいやだ！ 和希にこんなことされたくない。やめてくれよ和希っ、おまえのこと本当に嫌いになりたくないんだっ！」 強引にズボンを下ろされ、啓太はさらに声を上げた。必死になるあまり目元が熱くなって潤んできたが、啓太はかまわなかった。 「頼むよ和希、俺におまえのこと恨ませないでくれよっ。大好きなんだ、すごく大事な友達なんだ。だから嫌いになりたくない、和希との思い出をこんなことで壊したくないんだっ！」 「･･････は、大好きだなんてよく言う。そう言いながら啓太は俺を･･･････ったくせにさ」 啓太の懇願に対し、和希は手を止めて低い声で呟いた。うつむいていた和希の表情は、啓太には見えなかった。 「――啓太は俺のこと嫌いになりたくないんだ？」 「当たり前だろ。和希は俺にとって大事な友達だよ。嫌いになんかなりたくないに決まってる」 「今ならまだ戻れるのか？ こんなことをした俺だけど、今なら啓太は俺を許してくれるのか？」 「許すもなにも･･･なんにも起こっていないだろ？ だから、俺たちの間もなんにも変わっていないんだ」 「そうか･･･」 うつむいたまま和希が小さく吐息をついた。それから啓太から身を離す。自分を押しやっていた和希の力がなくなったことで、啓太も身体を起こしてソファに座りなおした。 「俺が、間違っていたんだよな」 「和希･･･」 「俺が、性急過ぎたんだ」 和希が床に手を伸ばした。さきほど自分が解いて床に落としたネクタイを拾う。 「こんなやり方をしたって、もったいないだけだよな。啓太を傷つけるだけで互いに楽しめないし、俺も啓太のことをじっくりと見られないし。もっと、ちゃんとかわいがっていい思いさせてやらないとな」 「!? 和希!?」 和希の言動に不穏なものを感じた啓太の目の前で、和希は手にしたネクタイをゆっくりと広げてみせた。 「啓太に抵抗されると、俺もつい先へ先へと焦っちゃうんだよな。挿れるだけが目的じゃないのにな。ちゃんと感じさせてたまらなくさせてやらないと、啓太もつらいよな」 「――」 和希がなにをしようとしているか悟った啓太がソファから立ち上がって逃げ出そうとする。だがその腕を和希が捕らえるほうが早かった。和希は捕らえた啓太の腕をそのまま難なくひねった。 「･･････和希･･･っ」 痛みに顔をしかめた啓太のもう片方の手も捕らえ、持っていたネクタイで縛りはじめる。 「これで啓太はどうすれば逃げ出せるかなんて考えることなく、純粋に快感だけを追えるんだ。余計なことを考えることなく楽しめる。ありがたいだろ？」 啓太の耳をねっとりと舐めたあと、和希は両腕を拘束した啓太の身体を再びソファに沈ませた。そうして改めて啓太のシャツをはだける。さきほど強引に手を伸ばして触れたときとは違い、啓太の肌の表面をなぞるように指を滑らせた。 「･･･啓太･･･」 「･･････っ」 肌が粟立つようなその触れ方に、啓太は身動ぎした。 「いやだ、和希･･･っ」 「大丈夫。今度はあんな力任せなことはしないから。時間はたっぷりあるんだ。いい思いさせてやるよ」 啓太の肌を撫でながら和希は唇を寄せた。故意に胸には触れず、首筋や腹、脇などに触れ、キスを落としていく。 啓太が抵抗したくてもネクタイに縛られた両手はまったく自由にならず、足も押しつけられた和希の身体によって押さえ込まれていた。思いきり力をいれれば和希を蹴りつけることは可能かもしれなかったが、そうして逃げ出そうとしてもまた簡単に捕まることは目に見えていた。なによりさきほど力任せに押さえ込まれていたときとは違い、ゆっくりと肌をなぞる和希の手が、啓太を別の方向から追いつめはじめていた。 「･･････っ」 和希が臍の横に音を立ててくちづけを落とす。同時に啓太の脇をくすぐるように和希の手が滑った。そのまま和希に臍のあたりを舐められて啓太の身体がびくついた。もう一方の和希の手が背中を撫で上げる。 「まだどこにも触っていないのに、敏感なんだな啓太。それとも、これだけでこの先を期待しているのか？」 「違う･･･もういい加減にしろよ、和希･･･っ」 「これからがいいところなんだろ。啓太だって、この先に興味あるだろ？ 一人でするときとは全然違うってことを教えてやるよ」 「和希･･･っ」 考え直してほしいという気持ちをこめて、啓太が潤んだ目で和希を見つめてきた。 こんな状況になっていてさえ、怒りも恨みもその瞳には浮かべずに。 おそらくそれは、啓太にとって『大事な友達』である和希の行動だからだ。 和希は自嘲を込めた笑みを口元に浮かべた。 「なんにも起こってないから俺たちの関係は変わらないとさっき啓太は言ったよな。じゃあ、なにか起こったら俺たちの関係は変わるのかな」 友達という枠をはずれて。 それが憎しみや恨みであっても。 「･･･和希は、変えたいのか･･･？」 和希の心の中をのぞいたかのように、啓太がそんな一言を投げてきた。苦しげな表情とともに。 和希は啓太に笑い返しただけでそれには答えず、別のことを口にした。 「俺のことを嫌いになりたくないだなんて自分に制限をかけなくてもいいよ啓太。自分に正直になって俺のことを恨めばいい。そのほうが啓太が楽になれるから･･･だから俺のことを許さなくていいんだ。――俺も、啓太のことを許さないから」 |