「･･････っ」
　和希の手が啓太の肌を撫で上げる。
　また、ときおりその肌に唇を落とす。
　和希の愛撫に身体の熱を高められながらも、啓太の頭の中にはしばらくの間その行為に対する感情はなにもうまれてこなかった。
　和希の行為よりも、さきほど和希から発された言葉のほうが啓太にとっては痛かった。
『俺も、啓太のことを許さないから』
　ずっと親友だと思ってきた相手にそんなふうに言われてしまうようなひどいことを、自分は和希にしていたなんて。そのうえ今になってもそれがなんなのかわからないなんて。
　その言葉がずっと頭の中に残り、啓太を責め立てていた。
　――和希が唇を重ねてきた。最初の荒々しいキスとは違い、今度は明らかに啓太の熱を引き出そうとするキスだった。啓太の口の中に探るように舌を忍ばせ、ゆっくりと絡めていく。
「･･･ん･･････ふっ･･･っ」
「･･･慣れてないんだな。もしかしてさっきのが初めてだったか？　それともこんなキスは知らない？　だったら教えてやるよ。ほら、俺に合わせて」
「･･････っ･･････んんっ･･･」
「――」
「･･･んっ･･････っ」
　耳から入ってくる唾液の音がだんだん激しくなる。啓太は執拗に追いかけてくる和希の舌から逃れたくて頭を引こうとしたが、和希の手はそれを許さなかった。啓太のあごを捕らえ、さらに深くくちづけてくる。
　くちづけられるうちに感覚が麻痺し、やがて啓太は和希の誘導のままに自らも舌を絡ませた。
「･･･はぁっ･･････んっ････」
「ん･･･。そう、うまいよ啓太。啓太は飲み込みが早いんだな･･･」
「･･････っ･･･！」
　和希に囁かれ、啓太は瞬時に今自分がしていたことに気づかされた。両手が自由になれば和希の身体を突き放したいところだったが、後ろで縛られた身体では顔をそらすことが精一杯だった。
「どうやら啓太はなかなか教えがいがあるみたいだな。だったら俺が一つ一つ教えてってやるよ」
　耳元で笑うと、和希は啓太の身体をさらに手で撫で上げた。啓太の顔を見ながら弱い部分を確かめるかのように触れていく。
「男に触られるだけでも啓太は感じるんだな。こことか･･･ちょっといじっただけで啓太の身体がびくびくしてる。啓太がこんなところも感じるようないやらしい身体してたなんて、ずっとそばにいたのに俺は全然知らなかったよ」
「･･･････っ」
　和希の手が啓太の胸に触れていく。和希の指で胸の突起を丹念に弄られ、啓太のそこがだんだんと充血し立ち上がってきた。小さいながらもぷくりと立ち上がったそれを、和希の指が楽しそうに押しつぶし、こねくり回す。
　それから和希は啓太の胸の突起に口を寄せてきた。舌先で一舐めし、そのまま口に含む。
「･･･っや、和希････っ」
　舌で転がされ、ときに甘噛みされる。その間ももう片方はじっくりと和希の指にもてあそばれる。身体をしならせてそのむずがゆいような愛撫から逃げようとしても、和希の指も唇もすぐに啓太を追ってきた。
「いやだ、和･･･希･･･････」
　責められ続けて快感が鈍い痛みに変わるまで、和希は胸から別の場所に触れようとはしなかった。
「すごいな啓太。そんなに赤くさせて･･･。見た目だけで好きものの身体だってよくわかるよ。啓太はこれからはここもかわいがられないといられなくなるんだろうな」
「･･･は･･･っ違、う･･･っ」
「違わないだろ。勿論ここだって触られるの、期待しているんだろ？」
　和希の指がようやく胸から移動し、そのまま啓太の身体のラインに沿って降りていく。そして和希の指が啓太の下着に差し掛かった。和希が下着をずらすまでもなく、そこはすでに啓太の状態が明らかだった。下着の布地を押し上げる啓太の形に、和希は低く笑う。
「ちょっといじられただけで啓太はこうなっちゃうんだな。子供のころはただかわいいのがついていただけだったのに、ここも成長したもんだよな」
　和希に揶揄するように言われ、啓太はそこを隠すようにソファに両足を乗せて身体を丸めようとした。しかしその前に和希が啓太の足首を捕らえた。
「啓太がどんなふうに変わったか、俺がよく見てやるよ」
「･･････！」
　楽しげにそう言って和希は啓太の下着に手をかけた。
「和希っ、よせっ！　いやだ･･･っ」
「遠慮するなよ。啓太だって自分がどんなに大人に近づいてきたか知るのは嬉しいだろ？　俺と一緒にじっくり見てみような」
「見るなよっ、和希っ！　和希･･･！」
「ああ――やっぱりあのころとは全然違うんだな」
　冷笑が込められた和希の声に一瞬啓太が身を震わす。足首を捕らえられ、遮るものがなにもないまま和希の視線が啓太のそこに突き刺さる。身をよじっても和希の手も視線もびくともせず、ただ獲物を追い詰めるかのような酷薄ささえたたえてそこを見つめていた。
「や･･････いやだ････っ」
「かわいい顔してもうこんなになってたんだな。啓太が震えるたびに啓太のここもひくひくして俺を誘ってる。･･･まいったな･･･。啓太は全身で男をたぶらかすようにできているんだ。啓太の能力は運だけじゃなくてこんなことでも優秀だったなんて、すっかり見落としてたよ」
　そう言うと和希は啓太の勃ちあがっているそれに手を伸ばした。親指と人差し指で輪を作り、ゆっくりと啓太自身を扱きはじめる。下半身からダイレクトに伝わる快感に、啓太の身体がびくりと跳ねた。
「･･･や････っ、あ･･･っ」
　足を閉じたいのに膝を割る和希の身体がそれを許さなかった。和希はときおり啓太の内腿を撫で上げながら、啓太自身を追い詰めていく。和希の手が動くたびに身体の中を甘い熱が駆け巡り、啓太は堪えきれず声を乱した。
「あっ･･･や、離せよ･･･っ和、希･･･んっ･･･こんなこといやだ･･･っ」
「啓太は嘘つきだな。さっきから気持ちよくてたまらないって啓太の全身が言ってるぞ。こんなに先っぽだって濡らして俺に応えてる。ほら･･･またあふれてきた」
「･･･っ･･･ふぁ･･･あっ･････やっ･･･」
「際限がないみたいだな、啓太のここは。どれだけ俺の手を濡らせば気がすむのかな。もしかして手のすべりをよくしてもっとって、誘っているのか？」
「ちが････っあっ･･･ああっ･･･」
　自分がどんな状態か正視できなくて、啓太は目を閉じた。だが見ていない分男の指による快感がいっそう啓太を襲う。扱かれるのみならずときにきつく握りこまれ指先でくすぐられ、あるいはもう片方の手でゆるゆると揉みほぐされる。耳からは啓太を辱める囁きが幾度も吹き込まれ、啓太は逃げ場のない甘い責め苦にさいなまれた。
「は･･･あっ･･･ああっ････っ････」
「啓太は快感に素直なんだな、もう腰が揺れはじめているぞ。それにいい顔をする･･･もとから男の煽り方を心得ているなんて、まるで娼婦のようだな･･･」
　鈴口からあふれ出る啓太の雫に和希は舌を差し出し、ゆっくりと舌を絡ませた。すぐに唾液と混じった粘ついた音が上がる。
「――っ!!」
「･･･ん･･･」
「あっ、ああっ――だめだっ、そんなの････っあ、あぁ･･･っ」
「･･････」
「はっ･･･よせかず、き･･･っこんな･･･っん･･･んんっ････」
　強い快感に追い詰められ、啓太の身体がしなる。この快感をどうにかやり過ごしたくても、和希はいっそう激しく啓太自身に自分の舌を絡めた。できるだけ声は殺したいのに、そうできないまま啓太は翻弄される。
　敏感な先端を熱い舌がねっとりと這い回り、啓太自身を支える手が爪を立てて裏側をこすりあげる。またときおりいくらか力が込められた手が啓太自身をぎゅっと握り、啓太の中から先走りの露を搾り出すように動く。男の身体がどうすれば感じるか知り尽くした愛撫がよりいっそう啓太を快感と恥辱の中に堕としていく。
「ふっ････くっ･･････あっ、ああ････っ」
「･･･そろそろ限界かな。ま、啓太にしてはよく頑張ったほうだよな。――啓太。俺にイかしてくださいって上手に頼めたらイかしてやるよ」
　愉しげにそう言った和希の顔を、目を開けた啓太が混濁する意識の中で捕らえた。目が合うと、端整な顔がいっそう笑み崩れる。
「ここまで腰振って気持ちよさそうにしてるんだ。それくらい、簡単だよな」
「･･･いやだ･･･っ」
　啓太は顔を背けた。実際和希の言うとおりあと少しで自分が達してしまう自覚はあった。だがどんなに翻弄されていても自分からこの状況を受け入れるような真似はいやだった。
「もういい加減、やめ、ろよ･･･っ」
「馬鹿だなあ、啓太は。こんなところで意地張っちゃってさ。俺が、今の啓太がどんな状態かわからないと思っているのか？　それともねだらなくても耐えられるって思ってる？　ここで意地張ったってあとで啓太が余計につらくなるだけだぞ。･･････自分のプライドががたがたになってさ」
「･･･和希･･･っ」
　和希の普段と変わらないような明るい声に啓太が顔を歪める。
「ＭＶＰ戦のとき、そのかわいい顔でパートナーになってください、お願いしますって頼み込んだんだろ？　だったら俺にも同じように頼み込んでみろよ。その潤んだ目で必死になって、俺に全部明け渡してみろよ。プライドも身体も。そうすればもっともっと気持ちよくしてやるよ」
「いやだ、そんなこと言わない･･･っ。こんなのは間違ってる。和希、頼むからもう正気に返ってくれよ･･･っ」
「俺は正気だよ。俺がしらふでこんなことしてたらおかしいか」
「こんなの･･･和希らしくない･･･だろっ･･･」
「は････俺らしくない？　よく言うよ啓太。啓太が俺のなにを知っているっていうんだよ。俺がベルリバティの理事長だってことも知らなかった啓太がさ」
「それでも、俺は和希のことを知っている･･･ずっと隣に、いたんだから」
「･･･へえ？　俺は啓太のことを全然知らなかったけどな。啓太の身体がこんなにいやらしいんだってことも、男に抱かれて簡単に腰を振るような人間だったってことも。――もっともこれからたっぷり教えてもらうからいいけどな」
　そう言うと和希は、再び手の中の啓太自身に口を寄せた。先端にキスをしてから濡れた舌を這わせる。そして徐々に根元を絞り込みながら自分の口に含んだ。
「――っ」
　男の口の中に取り込まれ、啓太は再びめまいがするような強烈な快感に襲われた。和希の口と自分自身からあがる淫猥な音が啓太の耳を侵し、床に膝まづいて自分の股間を蠢く見慣れた頭が視覚からも啓太を追いつめる。
「やっ･･･あっ･･･ああっ･･･やめ････っ････っ」
「違う･･･だろ、啓太。イかしてください･･･だろ。･･･まあ、そんなに我慢したいのなら･･･ん･･･止めないけどな･･･」
「･･･っあ･･･っ、かず、き･･････っ！」
　限界が近い。それは啓太にもよくわかっていた。
　身体の中心にあるものが解放を求めて啓太の中で暴れまわっている。強すぎる快感に足が震え、腰が揺れる。それでもきつく堰き止める手が啓太に自由を与えなかった。
「･･･かず、き･･･和希･･････っ！」
　啓太の目から涙がこぼれた。熱い吐息と甘い喘ぎに混じって、啓太が和希の名を呼ぶ。
「も、おねが･･･っ、あっ･･･ああっ･･････っ」
「お願い？ なにが？」
「は･････っや、め･･････」
「馬鹿だな･･･。この期に及んで俺がやめるわけないだろ？　啓太の選択なんか、たった一つしかないんだよ」
「･･････っ」
「さあ啓太。俺に、頼み込んでみろよ。なにもかも･･････意地もプライドも、救いを求める気持ちも全部手放してさ」
「や、だ･･････」
　啓太が首を横に振ってそう呟くと、和希はかすかに笑ったようだった。そして再び啓太自身を口に含む。
「･･･っ･･･ああっ･･････！」
　いや、なのに。
　和希にこんなことをされるのは冗談ではないのに。それでも。
　和希の再度の責めは徹底的に容赦がなくて。
「――やぁ･･･っ和希、かずき･･･っ！　･･････も、おねがい･･･っい、いかせて･･････もう、俺･･････っ」
「･･････」
「･･････い、いかせてください･･･。もう、お願い、だから･･･っ。いかせてくだ、さ･････」
　たちまち限界まで追いつめられ、啓太は泣きじゃくりながら守っていたものをすべて手放した。
　･･･手放すしか、なかった。
「いいよ啓太。俺はいつでも啓太の味方だから、啓太の言うことならなんでも聞いてやるよ」
　笑みとともに優しく囁き、そうして和希は啓太が望むとおりに啓太を解放に導いた。



　そのあとも和希は啓太に丹念な愛撫を施して追い詰めた。丁寧で優しく――それだけに残酷に啓太を嬲っていく。
　縛られた腕の痺れを忘れるほどの快感を与えられ、自分の中の最後の矜持を手放した啓太はすすり泣くようにして和希に応えるしかなかった。
　唇からこぼれる喘ぎを止められない。
　より強い快感を求めて自ら動いてしまう身体を止められない。
　ギリギリまで追い込まれて和希を求めるように促されても、拒絶できるほどの強い意志を啓太はもう持っていなかった。
　奪われて、壊されて。
　和希の欲望に貫かれたときも親友に抱かれた衝撃さえ啓太の中に浮かんでこなかった。
　男の腕の中で啓太は快感に震え、甘い吐息をこぼす。
　その裸身に赤い花が散らされ幾度体を揺さぶられても、男の支配を受け入れ身を任せるほかはなかった。



「ん･･････」
　いつの間にか、意識を失っていたらしい。
　啓太はふと目を覚ました。うつぶせて寝ていた顔の下にソファがある。拘束されていた手は手首にその跡が色濃く残っていたが、今はもう自由になっていた。
　なんとなく目が腫れているような気がする。唇もかさつき、のどが渇きを訴えていた。
　身体全体がきしむように痛み、特に下半身は半分麻痺したかのようなだるさが残っていた。
　部屋の中は暗くなりはじめていたが視界が完全になくなるほどではない。周囲の状況と時間を確かめようと、啓太は顔を上げた。
　――窓際にある机のそばに、男が一人立っていた。影の浮かんだ冷めた横顔。ときおり男の手が口元に動いては、その口から紫煙が吐き出されていた。長い指先に挟まれた煙草に気づき、啓太は一度きつく目を閉じた。
　そこにあるのは知らない男の顔だった。
『啓太が俺のなにを知っているっていうんだよ』
　本当に和希のことで自分が知らないことはたくさんあるのかもしれないと啓太は思った。ベルリバティに来てからずっとそばにいたけれど、こんな大人然とした顔は知らない。
　和希は自分と同い年ではなく、ずっと年上の男なんだと啓太はこのときいまさらのように理解した。ベルリバティの理事長として、あるいはきっとそれ以外の立場でも、和希は常に多大な義務と責任をはたしてきたのだろう。
　――そういえば。
　啓太は不意に思い出す。
　抱かれていたときは疑問に思うどころではなかったけれど、なぜ和希は『あのころ』なんて言い回しをしたのだろうか。
　『子供のころは』だなんて、まるでそのときのことを知っているかのような口ぶりで。
　もしかしてベルリバティに来るよりも前に、自分は和希と出会っていたんだろうか。和希が口にしたとおりずっと昔の――子供のころにでも。
　啓太の脳裏をなつかしいどこかの風景が一瞬だけ掠めていった。
（和希････かずき･･･････カズ――）
「･･･目が覚めたんだな」
　煙草を吸っていた横顔がふと動いて、こちらを見た。
　そのとき和希の瞳に浮かんだ優しさのような、痛みのようななにかに啓太は目を奪われる。
「体の方はどうだ･･････なんて、俺が聞けることじゃないよな。まだ動くのはきついだろ。そのまま横になってろよ」
「かず、き･･････」
　和希の名を口にして、啓太は自分の声がかすれていることに気づいた。そしてのどに手を置こうとして身を起こしたところで、背中を滑り落ちるスーツの存在を知る。
　啓太の肌をさらりと滑ったスーツの感触は、啓太に、汗をかいていたはずの身体が今はまったくべたついていないことを知らせた。
　確証はなかったけれど、もしかして和希はことのあと身体を拭いてくれたのだろうかと、啓太はふと思った。
「かずき・・・」
　啓太はのどに力を入れると、もう一度和希の名を呼んだ。
　和希は机の上に置いてあった灰皿を引き寄せると、持っていた煙草の火を消した。それから啓太の視線をまっすぐ受け止め、低い声で「謝らないから」と言った。
「俺は啓太に謝ろうとは思わない。啓太に許してもらおうとも思わない。おまえに、憎まれてもかまわないよ」
『俺も啓太を許さないから』
　啓太の中で、あの言葉を突きつけられたときの痛みがよみがえる。
「･･･なんで･･･っどうしてだよ和希。俺が和希に恨まれるようななにをしたんだよ。和希が言ってくれなきゃ俺、わからないよ。俺は和希にどんなひどいことをしたんだよ･･･。教えてくれよ和希」
「いまさら、だろう。それに啓太は俺のことなんか考えなくていいんだ。俺に気遣うことなく、今までどおり残酷なくらい無邪気でいろよ。そのほうが俺も遠慮しないで愉しめるしさ」
「和希･･･っ。俺は和希に、謝ることさえ許してもらえないのか？」
「だからそんなの必要ないんだよ啓太。啓太だって、自分がなにをしたかよくわからないけど怒らせたようだからとりあえず謝っておく、ごめんなさい、なんて子供みたいな理屈が通用するなんて思わないだろ？」
「･･････俺がＭＶＰ戦に負けたからか？　和希の期待を裏切って俺が負けたから、だから和希は怒っているのか？」
　啓太が言うと、和希は一瞬だけどこか遠くを見るように目をすがめた。
「別に期待していたわけじゃないと、さっきも言っただろう。ただ願っていただけだ。啓太とずっと一緒にいられるようにと･･･。だから俺はＭＶＰ戦を開いたんだ」
「俺だって、和希とずっと一緒にいたかったよ。ＭＶＰ戦には負けてしまったけど、でも俺と和希なら俺が退学になってからもずっと友達のままでいられると思っていたんだ。ちゃんと定期的に連絡を取って、時々一緒に遊んだりして。和希なら俺がベルリバティから離れても変わらず友達でいてくれると思ったのに･･･なのに和希は俺を許さないとか、この関係を壊したいとか言うんだな。――和希は俺になにを望んでいるんだよ。俺が和希に抱かれる人形になれば満足なのか？　友達じゃなくて、和希はずっと俺のことこうしたかったのか？　･･････もう、わけわかんないよ･･････」
　ソファに手をつき、中途に身を起こしたまま啓太はうなだれる。今の自分が下着一つ身に着けていない状態であってもかまうことではなかった。ただ和希の言葉や少し前に行われた行為に対しての衝撃が心の中を占めていた。
　だが和希も啓太への謝罪の言葉は持ち合わせていなかった。和希にもまた和希の心をずっと占めている感情があった。
「だったら、なんで俺を選ばなかったんだよ啓太。ＭＶＰ戦のとき、啓太が俺を選んでいれば絶対おまえを退学にはさせなかったし、啓太とずっと『友達』でいることもできた。なのに俺の力じゃＭＶＰ戦に優勝できないと判断して啓太が俺を切り捨てたんだ。･･･啓太が最初に拒んだくせに友達だなんてよく言う」
「俺はそんなことしてないっ！　和希のことを切り捨ててなんかいない！　ＭＶＰ戦のときは俺だって和希にパートナーになってもらおうかって考えたよ！　退学勧告を受けて俺が真っ先に相談したのは和希だったし、俺だって一番近くにいる和希と組みたいと思ってた。でも、和希には俺がベルリバティにきたときからずっとつきあってもらってるだろ。だからそんなことをしたら俺はまたおまえに迷惑をかけちゃうって思ったんだ。俺のそばにいて俺を支えてくれた和希だからこそ、俺がパートナーに誘ったらすぐに受けてくれちゃうだろ？　そしてパートナーになったら、和希は絶対に理事長への願いごとの権利を俺に譲っちゃうだろ？　俺は、これ以上和希を俺のことに巻き込みたくなかったんだ。俺が声をかけたらそれは和希の願い事を叶える権利を奪うことと同じことだから･･････だから俺はあのとき和希にＭＶＰ戦のパートナーを頼まなかったんだ」
「――」
　この場を切り抜けるための啓太の言い訳――とは、和希にも思えなかった。再び顔を上げた啓太の目が、それが真実だと告げていた。泣いた跡が明らかだったが、それでも一点の曇りもない目が和希をまっすぐ見つめている。
「勿論俺はベルリバティをやめたくなかったから、ＭＶＰ戦に優勝したいって思ってた。でももし俺が負けるんだとしたら、和希にだけは負けてもいいって、そう思ってたんだ。俺がここを離れることになっても和希が優勝して和希の願い事を叶えられたんだとしたら、俺はやっぱりよかったって思えるから。･･････和希より、俺のほうがよっぽど力も知識もないだろ？　なのに和希を誘って和希の権利を踏みつけにして、あげくに優勝できなかったとしたら俺は和希に合わせる顔がなくなるだろ？　それよりは和希が俺以外の人と組んでＭＶＰ戦で優勝して、和希の願いが叶えられる可能性を残しておきたいって、そう思ったんだ･･････」
「･･･啓太･･･」
「和希が理事長だなんて知らなかったから。･･･おまえから見たら俺のそんな考えなんて、すごく馬鹿なこととしか思えないんだろうな。和希が理事長なのに、その和希がわざわざ願いごとを叶えるためにＭＶＰ戦になんか出るわけなかったんだよな」
　和希に向けて自嘲的に笑った啓太の目から、新たな涙があふれて頬を伝わった。
「――和希が大切だよ。誰よりも。こんなことされたって嫌いになれないほど和希のことが好きだよ。だからこそ俺のことに和希を巻き込みたくなかったんだ。切り捨ててなんかいない。むしろ和希が一番大切だから･･･っ」
　和希は机から離れ、ゆっくりと啓太がいるソファに向かって歩を進めた。
「啓太･･･俺が理事長でなかったとしても、啓太が優勝を狙っているのをわかってて出るわけないだろ。それにさっきも言ったように、俺の願いは啓太とずっと一緒にいることだよ。他の願いなんか最初からあるわけなかったんだ」
　啓太のそばに来ると和希は濡れた頬に触れた。指で涙を拭い取り、目元にそっとくちづける。
　啓太が言う「好き」の意味が自分と違うことはわかっていたが、それでも啓太に大切に思われているのは事実なのだ。
『和希が大切だよ。誰よりも』
「･･････その言葉をもっと早く聞いていれば俺は･･･」
　和希は自分に問いかける。確かにその言葉を先に聞いていれば、啓太にこんなひどいことをすることはなかったかもしれない。
　――でも。
　和希は啓太の甘さを思い出す。濡れた唇からこぼれる熱い吐息。組み敷かれてすすり泣いて、それでもこちらが与える快感に激しく乱れて。求めれば求めるほど応えるように収縮して深く取り込んで。
　友達のままなら一生知りえなかった甘美な――身体。
　和希は言いかけた言葉を飲み込むと、啓太に笑いかけた。
「いや。やっぱり俺は啓太に感謝しているよ。その言葉を俺に先に聞かせないでくれてありがとう啓太。おかげで俺は啓太を知ることができたしな。･･････啓太、俺はおまえに俺がベルリバティの理事長だって話したけど、実はその話には続きがあるんだ」
「つづ･･･き･･･？」
「そう。確かに俺は今ここの理事長だけど、近いうちに理事長職をおりるんだ。多分、理事会からも手を引くことになるだろうな。それがＭＶＰ戦開催を理事会に通すときの条件だったんだ。啓太がＭＶＰ戦で優勝できなかったときは、俺は理事長をやめるってね」
「和希！　つまり俺のせいで和希がここの理事長をやめちゃうってことなのか!?　俺が負けたから！　俺のせいで和希が･･･っ！」
「落ち着けよ啓太。理事長なんてやめたってどうってことないだろ？　啓太が気にすることじゃないんだよ」
「でも、和希っ」
「いいんだ。むしろ俺は喜んでいるんだよ啓太。おまえのおかげで俺は仕事や立場に縛られることがなくなるんだから。ここの理事職だけじゃない。他の仕事からも全部手を引けば、俺は晴れて自由の身になれるんだ」
　和希の表情に無理は感じられなかった。啓太から見て和希は本当に嬉しそうに笑っているようだった。
　けれど一抹の不安が啓太の中にあった。和希の笑顔に言い知れない何かを感じていた。
　和希はこんなに楽しそうに笑っているけれど。･･････笑っているからこそ。
「すべての仕事から手を引いて自由になれたら、啓太。俺は誰も知らないところでおまえと二人きりで暮らすことができるんだ」
「和希!?」
「啓太が望んだとおりだよ。ベルリバティを離れたって、俺たちはずっと離れることなくそばにいることができるんだ。俺はずっと啓太の声を聞いていられるし、啓太ももうこれで俺のことを忘れなくてすむだろ。離れることがなければ、忘れられることもない･･････俺はそのことを失念していたよ」
　和希は床に膝をつくと、ソファの上の啓太を優しく抱きしめた。かすかに震える身体をしっかりと自分の腕の中に包み込む。
「啓太、誰も来られないところで二人で暮らそう。俺は二度とおまえを手放さないよ。啓太の中にもっともっと俺を刻みつけたいんだ――絶対に離れられないように」
「和希････っ」
　哀しみに満ちた声で和希の名を呼んだ啓太に向けて和希は囁く。
　耳元にそっと、幼いころに行った内緒話のように。
「――啓太が好きだよ。啓太だけを愛してる。だから･･････これからはずっと一緒にいような」




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