ベルリバティの理事長を辞め、すべての仕事から手を引いたという言葉通り、和希はほとんど外出をしないようだった。 屋敷の一部屋に軟禁されている啓太にはそれを正確に確認するすべはなかったが、和希は啓太の部屋にいないときも屋敷の中にいるようだった。 食事を作るのも和希で、啓太はこの屋敷に連れてこられてから和希以外の人間を一人も見たことがなかった。 意識のない間に連れてこられたため啓太にはここがどこだかわからなかったが、少なくともこの屋敷には他の人間はいないようだった。 屋敷――。 閉じ込められた部屋の窓から見える景色や室内のインテリアが、啓太にそんなイメージを抱かせていた。都心のマンションとは違う、勿論学園島ともまったく違う場所。部屋の中の家具は重厚で、素人目の啓太にもいいものとわかるものばかりが置かれていた。啓太のいる部屋は二階で、窓から見えるのは日本なのかどうかさえわからない木々の連なり――森だった。 啓太は和希にその部屋の中だけの自由を与えられていた。身体を縛るなどの動きの制限はない。ただこの部屋の扉や窓には啓太にははずすことが出来ない鍵がかけられていた。また、時計やカレンダーなどは一切なく、啓太には今がいつなのか知ることは出来なかった。ただ朝が来て昼を迎え、夜になる。この数日、それの繰り返しだった。 和希は一日に何度かこの部屋を訪れた。食事を運ぶときと啓太を抱くとき。和希がこの部屋に来る理由は大半がそれだったが、たまに啓太と話すためだけに来ることもあった。 ただそのときなされる会話は、ベルリバティにいたときの親友としての会話とは、まったく違うものになっていた。 あるとき、啓太は部屋を訪れた和希に、「こんなことをしてなにか和希の得になることがあるのか？」と聞いたことがあった。 いつものように和希を説得し、今の行動を改めさせたい。そんな気持ちから出た言葉だった。 「こんなことをしてなにか和希の得になることがあるのか？ こんな、犯罪まがいのことをして。自分を貶めているだけだろ!?」 ことを終え、ベッドから身を起こした和希は啓太のその言葉に即座に微笑んでみせた。 優しいとさえ言える、やわらかい笑みで。 「だって、啓太といられるだろ？」 「――」 たった今まで自分を陵辱していた人間から向けられた微笑みに、啓太が言葉を失う。 その笑みは、啓太がよく知る“親友としての笑顔”よりもさらに楽しげで、惹きつけられるものだった。 「啓太とずっと一緒にいられる。啓太に、忘れられないですむ。俺の名前も、顔も、声も。啓太の心と身体に一生残るんだ。それはれっきとした犯罪を犯したとしても、得がたいものだよ」 「こんなことしなくても、俺は和希のこと忘れないよ。絶対に忘れない。だから和希がもしそのことのためにこんなことをしているなら、もうやめてくれよ」 「……」 和希は無言でベッドの下に落ちていた自分の服を拾い、それを身につけた。 「和希っ！」 「……啓太は俺の願いを叶える可能性をなくさないために、ＭＶＰ戦のとき俺と組まなかったと言ったな」 和希に背を向けたまま言われた言葉に、啓太はベッドの上にうつぶせていた身体を少し起こした。 「そうだよ」 「俺と組んだら俺の願いを優先できなくなるから」 「そうだよ。和希と組んだら和希の願いが俺の退学勧告取り消しの犠牲になってしまうから、それを避けたかったんだ」 「だったら」 和希は振り向き、啓太のあごに手を添え、その顔を上げさせた。 「今の状況は、啓太が俺の願いを優先してくれたと思えばいいよ。もともと自分が退学になっても、俺がＭＶＰ戦に優勝して、俺の願いが叶えられたら啓太は喜んでくれたんだろ？ だったら、好きな人間と一緒にいられてその身体を自由にしたいという俺の願いを、自分が叶えているんだと思えばいい。それなら啓太も納得できるし、喜んでくれるだろ」 「和希…っ」 「これで万事解決、だろ。じゃあ啓太はしばらく休んでろよ。俺は……」 言いかけて、口をつぐむ。 啓太の表情を読み取り、和希は口元にかすかな笑みを浮かべた。そこに皮肉げな色はなく、その面には予想通りとかかれてあった。 「納得できないし、喜べないという顔だな」 「当たり前だろ」 「やっぱり啓太は自分自身が一番大事なんだな。まあそれもそうか。啓太に不都合な状況なら、俺の願いが叶って俺が喜んでいても、一緒には喜べないよな。啓太も所詮はただの自己中心的な人間の一人というだけだよな」 「そうじゃないだろ和希」 啓太ははっきりと言った。 「俺の不都合とかそんなことじゃない。和希が正当な方法で自分の願いを叶えたのなら俺も嬉しいよ。でもこんなのはおまえのためにならない。願い願いって言うけど、こんなやり方で和希は本当に満足できるのか!?」 「できるよ」 「和希…」 迷いのない一言に啓太の表情が哀しげなものに変わる。和希は啓太の顔から手を離し、顔をそらした。 「正当な方法なんてありえないじゃないか。だったらどんな手段を用いてでもって思うのは、当たり前のことだろ。……啓太は俺と同じ気持ちになったことがないからそんなことが言えるんだよ」 「…和希の、気持ちって…」 「言ったって、啓太には一生わからないよ。明るい世界しか知らない啓太には」 「勝手に決めつけるなよ。それに明るい世界ってなんだよ」 「明るい世界、だろ」 再び啓太を見て、その両手をきつくつかむ。和希はそのまま啓太の身体をベッドに押しつけた。上から、身を乗り上げるようにして啓太の目を覗き込む。 そこに浮かぶ光には、今もって翳りなど一つもない。 出会ったころと変わらない、陽光の下で育ち、きれいなものだけにしか触れていない目の輝きがある。 幾度も抱かれ、陵辱されてもなお。 和希は目を眇めた。 「和希、離せよ。腕が痛い…」 「痛くしてるんだから当然だろ」 「和、希……痛っ…」 「……このまま、腕を折るぐらい力を込めればいいのかな」 「和……」 「たとえば両足の神経も抜いて歩けなくすればいいのか。それとも二十四時間鎖と手錠でベッドに縛りつければ……そうすれば啓太は俺を憎むのか」 「和希……」 「それとも啓太自身にはどんなことをしても無駄で、いっそ啓太の家族にでも手を伸ばしたほうがいいのか？」 「和希っ！」 反射的に声をあげた啓太の顔を見て、和希が笑う。偽悪的に。 「そっちのほうが有効そうだな」 そのまま和希は啓太の首筋に顔をうずめた。 男の唇が肌を辿りはじめ、抱かれる予感に啓太が身を固くする。少し前まで和希の下でさんざん喘がされていたのだ。一度は身を起こし服を着た和希の手が、再び啓太の身体をまさぐる。 「和希、もう今は…っ」 「それは俺が決めることだろ。啓太に決める権利はないよ」 唇がゆるゆると啓太の肌を滑り、和希の手が啓太の胸の粒を捉える。 連日の行為ですっかり敏感になってしまったそこが、ほんのわずかな指の動きだけで反応する。 「……っ、あ…」 「自分の家族にも手を出そうと考えている男に触られて、素直に感じてちゃだめだろ啓太」 指でつままれ、押しつぶされ、和希の気まぐれな指でいじられるたびに啓太の胸が上下する。 「それとも、むしろそういうのが啓太の身体を煽るのか。そういうひどい人間に抱かれるのが気持ちいいって？ 啓太の快感の道具として利用されるなんて、啓太の家族も哀れだよな」 「……っ和希！」 啓太は自由になった手で拳を作り、それで思いきり和希の頭を殴りつけた。 「――」 和希の動きが止まり、啓太からわずかに身を離す。 殴られた弾みで唇を歯で切ったものか、和希の唇の端に血がにじんでいた。 「あ……」 瞬時に浮かぶ後悔と罪悪感。思わずごめんと言いかけた啓太の唇を、和希がふさいだ。 かすかに血の味がする強引なくちづけ。 「……んっ」 そして再び和希の手が啓太の肌に触れてくる。 「……だから、お人よしにもほどがあるだろ啓太。隙を見せたら俺にいいようにつけこまれるだけだぞ。いやならいや、許せないなら許せないと、徹底的に抵抗しないとだめだろ。中途半端なんだよ、啓太は」 「いや、だ……」 「だからいやだいやだと言いながら、こんなふうに…」 「……っ」 「感じてちゃだめだろ。本当にいやなら俺の手を引っかくなり噛みつくなりやりようはあるはずだろ。それに啓太はこの部屋ではいくらだって自由になれるんだ。紐でも棒でもガラスでも、人を攻撃できるものなんかいくらでも揃ってる。食事のときのフォーク一つだって充分な凶器だ。それを、なぜ使わない？」 「和希……」 啓太は自分の上にいる和希の顔を見た。 唇が、声にならない言葉を紡ぐ。 ――和希、おまえは俺にそうされたいのか、と。 「……」 和希の唇が不意に降りてきて、先ほどまで指で触れていた啓太の胸をついばんだ。 「あっ……」 そのまま啓太の胸の突起を和希の舌が舐めとり、同時にもう片方の胸に指が伸びる。 「…んっ…」 痛みを感じるほど強く指でつままれたかと思うと、次の瞬間には指の腹でそっとなぞられる。和希の口に含まれたほうも、歯でこすられたかと思うと次にはやわらかい舌でくにゅりと舐めとられた。 「っ……」 何度も快感の証を吐き出した啓太の身体が再び熱くなる。上に乗っている和希の足に膝を割られると、反応したくない部分がより強い反応を見せた。それを故意に足で揺すられると、反応して固くなったソレからあふれ出たものが、和希のズボンを汚した。 啓太は和希を素直を受け入れているわけではなかった。懸命に和希の身体をどかし、その下から自由を取り戻そうとあがいていた。だがすでに啓太の弱いところを知り尽くしている愛撫が、啓太から抵抗する力を奪っていく。 「いや…っあ…っ。かずき、いやだ……っ」 「いやなら…いっそ憎めばいい。啓太が俺のところまで堕ちるか、とことんまで俺を憎むか。そのどちらかになればいい。でないと……俺からはやめられない」 「和、希…」 「啓太の甘さにおぼれて、正気になんて戻れない」 啓太はだんだん激しくなる愛撫に追い詰められそうになりながらも、和希の顔をとらえてその目を見た。 正気には戻れないと言いながらも、そこには理性の光があることを見てとる。本当の狂気に彩られてはいない。 そもそも、最初から。 そこにあるのは昏い瞳とどこか傷ついたような顔だけで、偽悪的に振る舞いながらも、本当に啓太の身体や命を脅かす行為など、和希は一切していないのだ。 ――だから、こんなふうに抱かれていてさえ、憎しみをぶつけることができない。 「…んっ、かず…きっ」 啓太の意思を無視し、和希の手が強引に啓太自身を扱く。一方で和希はさらに啓太の足を押し開いた。啓太の身体のすべてが身を起こした和希の目に晒される。 「まだほしいって、言っているみたいだな。さっきもあんなにしてあげたのに、啓太のここはもう物欲しそうにしてる」 「……っ」 先ほどまで和希を受け止めていた部分を指で撫でられると、啓太のそこがひくついた。刺激による反射的な反応だったが、そうとわかっている和希にさらに指を動かされると、敏感になっていたそこに本当に甘さが生まれはじめた。 望んでいるわけではないのに、身体が心を裏切り、与えられる愛撫に従順な反応を返してしまう。 指を入れられてさえ。 「あ、いやだ…っ」 「それは、一本じゃもう足りないということか？ 欲張りだからなあ啓太は」 声ににじむ笑みとともに加えられる指。 「…あ、あぁ…っ」 先ほどそこに出された名残をかき混ぜるように指を動かされる。同時にもう一方の和希の手が、手の中の啓太自身をゆるゆると揉みしだいた。 和希の動きを止めようとする啓太の手は、むしろ和希を煽るだけでなんの制限にもならなかった。 「ふぁっ…あっ…ああっ…」 限界が近い。 早く楽になりたい身体が、無意識に啓太の腰を揺らめかす。 和希に足に唇を落とされるだけで、それがさらなる甘い刺激につながった。 受け入れてはいけない。望んではいけない。そう思いながらも快感を欲してしまっている自分を啓太は自覚する。 自分に対する軽蔑や自嘲や後悔も押し流して。 「啓太…俺がほしいって言って」 「……っかず、き…っ」 「ほら。いまさらだろ。啓太はもう何度も俺におねだりしてるだろ」 「…何度もしてる、なら、もう……んっ、充分、だろ…っ」 「充分じゃないよ。もっと、俺をほしがって」 和希の手が、啓太自身を締めつけた。 「……あ、ああっ」 そのくせ雫のあふれている先端だけは指で優しく擦り続ける。 「んんっ、や、和…っ」 「ほら、啓太。それとも俺に徹底的に焦らされたい？ それならそれで……俺はかまわないよ」 「……っ」 今の和希がどれほど容赦がないか、啓太はもうその身体に充分教え込まれていた。 だからこれ以上意地を張れずに啓太は唇を開く。 口にする懇願ももう何度目だろうか。和希の望む言葉を言わされるのも、何度目なのか忘れたほど。 「かずき…っ、ほしい、から……っ」 啓太の頬を涙が伝う。それは快感によるものか、悲しみからくるものか当の啓太自身さえ判断できないまま。 「和希がほしいから…お願い……っ」 「うん、啓太が望むなら、いいよ」 和希の両手が啓太から離れる。 次に啓太に触れたときには、啓太の腰がぐっと持ち上げられた。啓太の奥にある窄まりに熱いものが触れる。 それがなにかは、啓太の身体がよく覚えていた。 「……っ」 さらに泣きそうな気持ちになりながら啓太はそれを受け入れる。 和希を受け止めたときに感じたのは、痛みと衝撃だけではなかった。 抱かれ慣れてしまった身体が新たな快感を生みだし、啓太を溺れさせようとする。 「んっ…ぁん…っ…ふぁっ…」 拒絶の意思など皆無な甘い声が啓太の唇からこぼれる。 ゆるりと中を擦られて、ときおり啓太のいいところを突き上げられて。 啓太は自分でも身体を揺らしながら快感を求めた。 「啓太。啓太が気持ちよさそうだと、俺も嬉しいよ」 楽しげな声が啓太の耳に届き、さらに中を抉られる。 「…っあ、あぁっ…！」 快感に飛びそうになる意識の中で、啓太は和希の声が掠れていることにふと気づいた。 一方的に快感を与えられているわけではないのだとぼんやりと思う。 こうして繋がっていることで、和希も――快感を共有している。心は遠く、かわす言葉は寄り添わなくても、この体感だけは自分一人のものではないのだと、啓太は混濁した頭でそんなことを思った。 |