Ｃｏｎｔａｃｔ 【接触】 ＫＡＺＵＫＩ． ふと思い立ってそばにある髪に手を伸ばしてみる。 やわらかい髪が伸ばした手を受け止めた。 そのまま髪を撫でながら軽く握りしめる。 そうするとさすがにくすぐったいのか、目の前の頭が動いた。 「･･･なんだよ、和希」 「ん。なんとなく触りたくなってな」 髪から手を離し、今度は頬にその手を滑らせた。指先が耳に辿り着くと、その顔がぴくりと揺れる。 「和希。読めないだろ」 床に寝転んで雑誌を読んでいた啓太が、和希の手を振り払う仕草をした。 「目の前にさわり心地のいい髪とか顔があるから、つい手が伸びちゃったんだよな」 「つい、じゃないだろ。和希だってそれ見てるんだろ」 ベッドに背中を預けて座っている和希の手にも雑誌がある。啓太はそっちを見てろよと目で示した。 だが啓太がそう言ったそばから、ページを押さえている啓太の手に和希の手が重ねられた。啓太の指と指の間に、和希の指が絡んでくる。そのまま手に力を込められた。 「和希っ。俺、今･･･」 「俺は、許されてるんだな」 「･･･え？」 顔を上げて怒ろうとした啓太だが、啓太の手を見つめる和希のまなざしに気が殺がれた。じっと自分の手を見つめる和希の視線とつぶやきに惹きつけられる。 「許されてるってなにが･･･」 「俺は、こうして啓太に触ることを許してもらっているんだなと思ってさ。啓太に近づくことを許されてる。啓太にいきなり触れても、結局は受け入れてもらえるんだってことをふと実感してさ」 “たとえば、こうしても”。 そう言って和希は自分の手を重ねていた啓太の手を持ち上げると、唇を寄せてその指先を舐めた。 「か、和希っ！ なんだよいきなり」 「啓太が子供のころ、俺はよく啓太の頭を撫でたし、二人で手を繋いだこともあっただろ。抱きつかれたこともしょっちゅうあったし、啓太をおぶったこともあったよな」 「俺はあんまり覚えてないよ･･･」 「俺はよく覚えてるよ。あのときも啓太は俺が啓太に触れるのを許してくれていたんだ。啓太のほうから屈託なくしょっちゅうくっついてきた。あのときは啓太との距離なんか感じなかったし、意識もしなかった」 啓太の手を握ったままどこか別の空間を見つめる和希に、啓太は疑問をぶつけた。 「･･･俺との距離ってなんだよ」 啓太の声に込められた複雑な気持ちを読み取り、和希が視線を戻した。 「――啓太とベルリバティで再会したとき、俺は啓太に距離を感じたよ。勿論啓太が意識して俺を警戒していたわけじゃないけど、でもやっぱり『初めて会ったクラスメート』には踏み込めない距離ってあるだろ？ 俺は昔を思い出してつい啓太の頭を撫でたり、もっと気軽に触れたくなったけど、でももうそれをしちゃだめなんだって懸命に自分を戒めてた。啓太だって、会ったばかりの俺にいっぱい触られたら驚いただろ？ だからずっと自分を抑えてたんだ。それがこうして、また啓太に気軽に触れられるようになって嬉しいよ」 「･･･そのわりには、『初めて会ったクラスメート』にけっこういろいろと触られた気もするけどな。会ったばかりなのにいきなり服脱がされてドレスなんか着せられたしさ」 「あれは初めて会ったクラスメートとしてのスキンシップの許容範囲内だろ？ ま、気にするなよ」 「気にするよ！ 昔の俺がどんなふうに和希にくっついてたか詳しくは思い出せないけど、でもベルリバティに来てからの和希が、俺にそんなふうに遠慮していたとは思えないけどな」 「後ろから突然抱きしめたこともあったしな」 含むような言い方をして、和希が啓太に視線を送る。 「･･････っ。そ、そうだよ」 瞬間的にそのときのことを思い出して啓太は顔を赤らめた。 「あれは絶対にクラスメートの距離じゃないよな」 「そりゃあ下心ありありだったしな」 「下心って。か、和希」 「嘘。下心というよりは啓太への想いにあふれてただけだよ。啓太に誤解されて、そのまま嫌われるんじゃないかってあのときは必死だったからな。まあ、あのときはもう」 ずっと握っていた啓太の手を離し、和希は先ほどのように再び啓太の髪に指を絡めた。額からつむじにかけて優しく撫でる。 「こうして啓太に触れる意味が、昔とは全然違っていたのは認めるけどな」 「――」 和希の指に髪を梳かれ、その指先を心地よいものとして受け止めた啓太の顔がさらに赤く染まる。ただ頭を撫でられているだけなのに、この手が単に年下の子供の頭を撫でる手ではないことは、その視線で充分伝わってくる。 「和希･･･」 「でも本当に、これでも俺はしばらく啓太に触れるのを抑えていたんだよ。最初は、俺は啓太にとって初対面の人間なんだからってことで距離を測ってた。それから啓太と親しくなってからは･･････触れるときに本当に邪な気持ちが加わりそうで、そして触れてしまったら抑えが効かなくなりそうで、これでも意識して距離を取ってたんだ。こんなふうに自分の気持ちも欲も全部さらして啓太に触れられる日が来るなんて、あのときは考えもしなかったしな」 和希の手が啓太の髪から顔に移動していく。先ほどのように頬を滑っていくが、啓太は今度はその手を振り払うことができなかった。和希の視線に絡め取られたかのように、呼吸するのも苦しいほど身動きが取れない。 和希の親指がつと、啓太の唇をなぞった。そのまま下りて首筋を辿る指先。 「和希･･･っ」 熱い吐息を吐き出すように、啓太が和希の名前を口にした。そこに込められた困惑の響きを、和希は無視する。 そのままシャツの襟元から滑り込んだ指が、啓太の鎖骨に触れた。 「和希っ！」 「俺に触られるのいやか？」 「･･･いやっていうわけじゃないけど」 「ならかまわないだろ」 「でも、今はだめだって。い、今、俺本見てるんだし、そんな触り方するなよ。かっ、和希！」 「そんな触り方って、どんな触り方？」 「･･････わかってて聞くなよ･･･」 啓太の答えに、和希が軽く吹き出した。啓太に触れている手は引かないままで。 「だから、許されてるこの距離がつい嬉しくてさ。啓太は今困っていても、本気でいやがっているわけじゃないだろ？ 啓太に触りたいときに触られる。抵抗されずに受け止めてもらえる。俺の手が邪な気持ちでいっぱいでも、俺がこれ以上のことをしても」 「ふざけるなよ。和希、俺を試しているのか!? 俺は今、ほ、本気でいやがってるんだからな！」 床から身体を起こして啓太が和希にくってかかる。 ――と、和希の手が啓太の襟元から引かれ、代わりに和希自身の頭が啓太の肩に押し当てられた。 「和希!?」 「ごめんな。ちょっと、甘えたい年頃なんだよ」 「なに言ってんだよ･･･。俺より年上のくせにさ」 「年上だから。啓太も俺ぐらいになったらわかるよ。無性に甘えたくなる気持ちがさ」 「･･････和希ぐらいの年ってどのくらいなんだよ」 「･･････とにかく、啓太に触れてると安心するんだよ。もう自分を抑えなくていい、好きなときにこうして触れられるっていうのがすごく心地よくてさ」 和希の手が啓太の背中に回り、その身体を優しく引き寄せられる。啓太はその腕に諦めたように身を任せながらも、不満げな呟きをこぼした。 「･･･和希ばかり自然体で触れてくるなんてずるいぞ。俺だけ慌ててて馬鹿みたいだろ。いきなり触られるほうの気持ちになれよ」 「そうだな。確かに俺も啓太にいきなり触られたらどきどきするな。俺にすればすごく嬉しいどきどきだけどな」 だから俺はいつでもＯＫだよ――啓太の肩から頭を浮かせ、和希が啓太の耳元でそう囁いた。 「でも、啓太は？ やっぱり迷惑？ 俺に触られたら安心できないし、俺と違って嬉しくもないか？」 問いかける声に不安そうな響きはない。 答えをわかっているであろうその問いに、啓太は心の中でやっぱり俺ばかりずるいと呟いた。 「･･････和希に触れられるのは好きだよ。どきどきさせられるけど、すごく安心する。――でも」 そこで啓太は和希を軽く睨みつけた。 「時と場合は選べよ」 「善処するよ。･････で、啓太。今は？」 和希の手が啓太の背中から腰に下りていく。 その手つきが本格的にあやしくなり、和希が言うところの『邪な気持ち』がその手にたっぷりと込められているようだった。 今までお互いが見ていた雑誌はそれぞれ中途に開かれたまま。 だけど和希の誘惑に満ちた瞳に、啓太は一度溜息をついてから和希の背中に腕を回した。 「もう･･･いいよ。和希のこと、甘やかしてやるよ」 「サンキュ、啓太」 笑みをにじませた声でそう言って、和希は啓太の首筋に軽くくちづけてきた。 和希にそうされて啓太が反射的に首をすくめる。 「――啓太。ほんとに俺は嬉しいんだよ。啓太との間に距離がなくて、こうして直接肌に触れられるのが」 和希の手が啓太のシャツの中に滑り、脇腹に触れた。 「･･････んっ」 「俺のすべてをぶつけても許される。ちゃんと、受け止めてもらえる。そしてそれが、他の誰でもなく啓太でよかったよ」 「ん、なにが･･･」 「あのとき出会った啓太と、今こうしていることが嬉しいよ。しばらく離れてたうえに、再会したときは初対面の距離を守らなきゃいけなかったから、今こうして啓太に触れられることがものすごく幸せなことだって実感できる」 「･･･っあ、和希･･･っ」 「これからはもう、絶対にあんな初対面の顔なんてできないな･･･。一度啓太のすぐそばにきてこの心地よさを味わってしまったら、もう啓太と離れることはできないよ」 そう言って、和希は啓太の身体を床に押し倒した。 すると和希の背中に回されていた啓太の手が、和希の身体を何度か叩いた。 「･･････啓太？」 「当り前だろ。すぐに離れていくような薄情な人間に俺がなにもかも許すわけないだろ。『ここ』まできただけの責任はちゃんと果たせよ、和希」 啓太の顔をのぞきこむ和希に向けて、頬を赤く染めた啓太が視線を合わせないままで呟く。 「――勿論、一生をかけてそうするつもりだよ。離れるつもりも離すつもりもないしね」 そう宣告して、和希は啓太に許されているその距離を堪能すべく、改めて啓太の首筋にくちづけを落とした。 ＥＮＤ |
＜ＫＥＩＴＡ＞
