Ｃｏｎｔａｃｔ 【接触】 ＫＥＩＴＡ． 指が、触れる。 自分とは違う手が、弱い部分を焦らすようになぞりあげる。 反射的に震えた身体を宥めるように、もう一方の手が腿の内側を滑った。 「･･･っあ、和希･･･っ」 啓太は快感に煽られて、自分の上に重なっている和希の背中により強く腕を回した。啓太がしがみついたのがわかったのか、和希が応えるように啓太の胸をきつく吸いあげる。 「ひぁ･･･っ、かずき･･･！」 啓太自身に触れる和希の手とあいまって、啓太の全身にさらなる快感が走る。和希の手の中で、自分自身がさらに育ったのが啓太にもわかった。それでも和希は相変わらず焦らすようにゆるゆると手を動かすのみで。 もっと強い刺激がほしくて揺れそうになる腰を、理性の力でどうにか抑えるのがやっとだった。 「･････んっ」 腿の内側を滑っていた手がそこに辿り着く。探るように撫でていた指先が、やがて啓太の先走りを絡めながら大胆に触れてきた。 自分以上にこの身体を知り尽くした指先に、啓太はふと、『許されているんだな』と呟いた先程の和希の言葉を思い出した。 和希が言ったとおり、許しているといえば確かにそうなのかもしれない。 不意に触れてくる手を、本気でいやだと思ったことはない。 頭を撫でられて、手をつながれて。 昔はすごく安心感を覚えたその手なのだから。 『啓太が子供のころ、俺はよく啓太の頭を撫でたし、二人で手を繋いだこともあっただろ。抱きつかれたこともしょっちゅうあったし、啓太をおぶったこともあったよな』 「――あっ、ああっ･･･っ！」 くいっと中で指を曲げられて、全身にぞくぞくとした快感が走る。生理的に浮かんだ涙が、啓太の目元を濡らした。 子供のころ安心感を覚えたその手――なのに。 勃ちあがった啓太自身を刺激していた手にも力が加わる。中を犯す指の動きに合わせて啓太の先端を強く擦りあげた。 「や、あっ･･･あっ･･･っ･･･！」 あれほど純心に慕い、すごく安心させてくれた手なのに、今はそれと同じ手にたまらない憎さとたまらない愛しさを感じるのはなぜだろうか。 触れられるとただ純粋に嬉しくて、自分からも無邪気に指を絡めたその手に、どうしようもないほどの快感を感じて、あられもなく乱れてしまうのはなぜだろうか。 同じ人の同じ手、なのに、その手にこんなにも強く性欲を覚えるようになるなんて。 和希に惹かれて意識が変わり、それだけ自分の心と身体がいやらしくなったのだろうか――。 「･･･は･･･っんんっ･･･」 和希の指に感じて甘い声をあげながら、啓太は頭の片隅で子供のころには考えもしなかった現在の状況に思いを馳せる。 今自分に触れているこの手は間違いなく『カズ兄』の手なのに。 「ん･･･っあっ――んんっ!? あっやっ、ちょっと待、和希･･･っ!!」 和希の手が、急に啓太自身をきつく締めつけた。その一方で啓太の中をかきまわす指には容赦がなく。 「和希、ちょっ、待てよっ。あっ、やっ･･･それだめ、だって･･･っ！」 「だって啓太がいけないんだろ。今なにか他のこと考えてただろ？」 啓太を戒めていた手を緩め、和希が顔をあげて啓太の顔を見た。 「別に他のことなんて･･･」 「考えてた。わかるんだよ、そういうのは。どうやら啓太には他のことを考える余裕があるみたいだし、もうここ慣らさなくてもいいよな」 「よ、余裕なんて、あるわけない、だろ･･･」 「もう聞かない。足、もっと開いて啓太」 「かっ、和希」 啓太の膝に手を乗せ、足をぐっと開いてきた和希に啓太は慌てた声を出す。和希の指によってだんだんとほぐされてきたとはいえ、まだ心の準備はできていない。 だが、 「他のことなんて考えられないくらい、啓太の頭の中も身体の中も俺でいっぱいにしてやりたいよ。そろそろ俺も限界だし･･･な、啓太」 少しやわらかくなったトーンで和希にそう言われて、啓太は改めて自分の腕を和希の首に絡めた。 「ん、わかった」 啓太が頷くと、かすかな笑みを浮かべた和希が啓太に軽くくちづけた。 それから再び啓太の身体を割り開く和希の手に力が加わる。 「あ･･･っあ･･･か、カズ、兄･･･っ！」 挿入される直前、啓太の唇から思わずそんな声がこぼれた。 「――なに、啓太？」 それに答える和希の声に、どこかいつもと違う要素が加わった。 わずかに声質が変わったかのように――カズ兄の声だ、と啓太は認識する。 「んっ･･･あ、俺･･･俺･･･っ」 「慌てなくていいよ啓太。俺は待つから、ゆっくり言ってごらん」 そのまま身体を進めるのを止め、和希が啓太の肌をあやすように優しく撫でる。 「ほら、まずは落ち着いて呼吸して」 「ん･･･っ」 潤んだ瞳で目の前にいるその人を見つめる。 降り注ぐまなざしが深い優しさをたたえていて、啓太の胸は締めつけられた。 そこにいるのはいつもそばにいる和希でもあるけれど、やっぱりカズ兄だとも思う。 幼いころ慕っていた大好きな人。 あのころはまったくその人に欲望なんて感じなかったけれど、今は、あのときの純粋な想いさえ身体と結びついて濡れた欲望に変わる。 ――この人が、ほしい。 啓太の中に強烈な想いが生まれた。 「･･････っカズ兄、もう、きてっ。そして俺を強く･･･っ」 「いいよ。俺は昔から啓太におねだりされると弱いんだよ」 啓太に向けてそう囁いて、和希が再び身体を進める。啓太はその和希の身体にしっかりと腕を回し、和希を受け入れた。 「んっ、あっ･･････かず･･･っ」 「――啓太。好きだよ･･･」 「ん、俺も･･･っ」 和希でも、カズ兄であっても。 この強い想いと激しい欲望には変わりはないのだと、『その人』に身を任せ、快感でなかば溶けかけた意識の中で、啓太はそう感じたのだった。 『――啓太』 なつかしい響きを持つ声が聞こえたような気がした。 それとともにベッドでうたた寝をしていた啓太の頭を、優しい手が撫でた。目を閉じていてもわかる、自分に対する愛情深いその手。 幾度か啓太の髪を梳いたあと、その手が離れていこうとする。 啓太はその手を逃したくなくて、目を開けてその手をつかんだ。はっきりと覚醒しないままその手を引き寄せ、自分の前に持ってくる。 しばらくじっと見つめていると、ベッドの端に腰を下ろした和希が苦笑したのがわかった。 「啓太。寝ぼけてるだろ」 「ん･･･」 「なんだよ、人の手をじっと見て。シャワー浴びてきたからもうなにもついてないぞ」 「そ、そういう意味じゃなくて」 からかう響きにはたっと意識を覚醒させる。言われて和希を見上げてみれば、ベッドに腰掛けた和希の髪が濡れているようだった。 「啓太が寝ちゃったみたいだから、先にいってきたんだ。――啓太？」 和希の顔を見上げたあと、啓太が再び和希の手を見つめる。 今頭を撫でてくれた手。 昔から器用になんでもできていた優しい手。 でも今はそれだけじゃなくて、とにかく――愛しくて。 和希の右手を自分の手でつかんだまま啓太はその手を見つめ続ける。啓太は、その手に頬をすり寄せたい衝動にかられた。 「･･･啓太、やらしい」 「えっ!? な、なにがだよ!?」 だが実際にそうする前に、和希が再び笑みを含んだ声を落とした。 「啓太の目が濡れてる。欲情してる目だ」 「ち、違う！ そんなんじゃないって！」 「どうかな」 「和希！」 和希は笑ったまま啓太の手を優しく解き、啓太の頬に手を伸ばしてきた。たった今すり寄せたい衝動にかられた手に自分の頬を撫でられて、啓太は反論するのも忘れてしばし和希の手の感触にひたってしまう。 頬を撫でていた手が額に移り、それから――指先で眉間をつんとつっつかれた。 「わっ。なんだよ」 「まったく啓太は。そんな顔されると、俺は図に乗るんだよ。啓太に対して傲慢になる。啓太に受け入れてもらっていることを感じて、もっともっとって、今以上のことを望みたくなるだろ」 啓太を見つめてそう言った和希の穏やかな瞳に、啓太の胸が高鳴った。和希の瞳に安心を覚えるのとともに、込み上げてくる感情がある。 今の和希には先程のような艶めいた雰囲気はまったくないのに、啓太の中にだけ先程のような気持ちが蘇る。和希が言った『欲情している』という言葉は、あながち間違いではないのかもしれない。啓太は和希を見つめ返しながらそう自覚した。 和希の方に欲望がなくても、自分だけが欲望を感じている。その事実は、まるで自分だけがとてもいやらしい生き物に変わってしまったような気がした。先程『カズ兄』との清らかな思い出さえも和希が欲しい気持ちを増長させたときのように。自分は本当にそういうふうに変わってしまったのだろうか。 「･･････和希。俺、どうしよう･･･」 戸惑った感情のまま、啓太は口を開いた。 「啓太？」 「俺、もしかすると、すごく･･･」 いやらしい人間になっちゃったのかもしれない･･････そう続けようとした啓太の額に、再び和希の手が触れた。啓太の前髪をくしゃくしゃとかき回す。 「なんて顔してるんだよ。さっきまで色っぽい目つきで俺のこと誘惑していたくせにさ」 「･･･色っぽい目つきってなんだよ･･･」 「そのとおりだろ。あ、もしかして啓太･･･」 それから和希はベッドの端に座ったまま身をかがめ、啓太の耳元に口を寄せた。故意に甘い囁きを啓太の耳に吹きこむ。 「まだ身体がほてってしょうがない？ さっきのだけじゃ物足りなかった？」 「か、和希」 「･･････もっと？」 「――っ」 最後にふうっと息を吹きかけられ、啓太の身体が反射的に震えた。 「か、和希っ。やめろよ」 「ごめんごめん」 さして悪いと思っていないような声でそう言って、和希が身体を起こした。和希の手が啓太を宥めるようにまた啓太の髪をかき回す。啓太は、今度はその手を振り払う仕草をした。 「和希。そんなふうに軽く言われたら謝っているように聞こえないだろ。第一、俺は子供じゃないんだからごまかすみたいに俺の･･････」 言いかけて、啓太はすぐに「違う」と思った。 『俺は子供じゃないんだからごまかすみたいに俺の頭を撫でたりなんかするなよ』 啓太はそう言いかけたのだが、実際には違うと、言っている途中で気づいたのだ。 自分の頭を撫でる和希の手は、確かに昔と同じ『カズ兄』の手でもあるけれど。 でも、触れ方が。 たとえ頭を撫でられても、それは『カズ兄』が幼い啓太にしていたときの触れ方とはまったく違うのだ。 和希がその気になっていないときであっても弟に対するような触れ方ではなく、明らかに一人の男として触れてきている――だから自分が和希の手を意識してしまうのだと、啓太は不意に気づいたのだった。 「啓太？」 啓太は和希を見あげる。 和希の手に込められた自分への想い。一人の男として、恋人としての触れ方。 それが自分をこんなにも惑わせるのだ。 子供のころ優しく触れてきた手は、今はあのときよりも他人という境界を越えてもっと深いところまで直接触れてくる。 「和希、俺」 和希の目を見て啓太は口を開いた。 「子供のころもカズ兄のことが大好きだったけど、でもあのころ以上に和希のことが知られてよかった。和希の性格、考え方、心の中――あのころには全然気づけなかったことに気づけるようになってよかった。あのまま思い出の中のおにいちゃんで終わらなくて、本当の和希のことがわかって、そしてこうして和希のそばにいられて俺はすごく嬉しいよ」 「啓太･･･」 自分がいやらしくなったんじゃなくて、きっとそれだけ深くこの人を好きになったんだと啓太は思う。 意識せずにはいられないくらい、愛しくてたまらなくなるくらい、この、目の前にいる人を。 啓太は自分の頭から離れた和希の手を再びつかんで自分のそばに引き寄せた。その手をしばらく見つめたあと、その手に吸い寄せられたように自分の唇を手のひらに押しあてた。 大好きな大好きな和希の手。 「け、啓太!?」 「え？ あ、あれ？ 俺今･･･」 和希の声でなかば無意識にしていた自分の行動に気づかされて、啓太は戸惑う。 そんな啓太の身体に和希の体重がやんわりとかけられた。 「やってくれるな啓太。せっかく今日はもうこれ以上はって思ってたんだけどな」 「えっ!? ちょ、ちょっと待った和希っ」 「待たない。俺を煽ったのは啓太だろ。――こんなふうにさ」 今度は和希が啓太の手を取り、自分がされたように啓太の手のひらに唇を押しつけた。くちづけの際、故意に音を立てて啓太に聞かせる。 「和希･･･っ」 「啓太は俺のことをもっとよく知られてよかったって言ったけど、それは俺も同じだよ啓太。俺も小さくてかわいい啓太以上に啓太のことをよく知られて嬉しいよ。啓太が考えていることを理解したり、啓太の心を感じることができて嬉しい。それに･･････」 啓太の下肢に伸ばされた和希の手があやしく動き、啓太の敏感なところを捕らえた。 「か、和･･･んっ･･･っ」 「こうして啓太のこんなところまで触れるようになったしな。昔じゃ考えられなかったことだろ？ ここをこうして･･･こうするなんてさ」 「あっ･･･ば、ばかっ･･･そんなこと急、に･･･っ」 突然の快感に慄いた啓太の身体をさらに高めるべく、和希は啓太の首筋や鎖骨にくちづけを落としていく。 「･･･っ。和希･･･っ」 「もっと、知りたいよ。俺は啓太のこと全部知りたい。啓太のいろんな表情が見たいし、いろんな声を聞きたい。啓太の身体ももっともっと知りたいしな。だから･･･もっと見せて」 「あっ、や･･･っ。だ、だったら和希だって･･･っ」 「俺が、なに？」 「和希だって、俺にいろんな和希を見せてくれなきゃ、た、対等じゃないだろ。俺だって、和希のこともっと知りたいよ。ん･･･っ、それに、俺だって和希がもっと････っ」 欲しいよ――その一言は甘く重ねられた和希の唇の中に吸い込まれていった。 ――セピア色の遠い思い出。 すべてを生み出した、あのときのささやかな心の触れ合い。 あれから数年を経て、今は互いにもっと深く触れ合い、同じ熱を分け合っていた。 肌を重ね、身体を高め、意識を溶け合わせて。 互いの想いを通じ合わせる――それが二人の、『接触』。 ＥＮＤ |
＜ＫＡＺＵＫＩ＞
