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「ん･･････ふっ･･･っ」
　短絡的なのかもしれなかった。
　わがままが過ぎるのかもしれない。
　それでも和希と会えない時間を思うと、啓太としては寂しすぎて無茶苦茶な賭けにでも出たい心境だったのだ。
　和希のキスを受けながら、啓太は和希の首に両腕を回す。唇を割って進入してくる和希の舌に、啓太も積極的に応えた。
　このあとはもう、しばらく会えない。
　十日以内と言ったけれど、実際事態がうまく落ち着かなかったら十日よりも延びる可能性もある。その間、学園でも寮でも完全に会えないかもしれないから。
　だから自分の中にある想いをすべて和希に伝えるように、啓太は和希の身体に縋りつくようにしてキスを交わした。
　やがて和希の唇が啓太の唇から離れ、首筋に移っていく。啓太の身体を支えていた手が啓太のシャツの下に滑り込み、露になった肌をまさぐる。
「ん･･･っ」
　熱を持った和希の指先に肌を辿られ、啓太の身体がかすかに身じろぎした。だがそれでも、啓太は和希を抱きしめている手をほどかなかった。和希の両手が背中や腰を撫で、その唇が鎖骨をすべり胸に下りてきても、啓太は身を引かなかった。いつもならだんだん熱くなる自分の身体に戸惑いと照れを感じて引いてしまうところだが、今だけは自分から快感に身を任せた。
「あ･･･っ和希･･･っ」
　和希が啓太の胸の突起を口に含み、舌で転がす。ぞくぞくとした快感に襲われた途端、それに拍車をかけるように和希の手が啓太のズボンのファスナーを下ろした。
「･････っ」
　下着の中に入ってきた手にじかに触れられ、いきなり強い刺激を与えられて啓太の膝が崩れる。和希は体勢を崩した啓太をもう一方の手で支えると、啓太の身体を反転させて目の前のドアに寄りかからせた。それから、再び啓太自身の形をなぞるように手を動かす。
「ふっ･･･んんっ･･･」
　和希の手に昂ぶりはじめた自分自身を擦られ、同時に胸の突起を探られると、啓太の中の快感は否が応にも増した。唇からは甘い声がこぼれ、吐息がガラスを白く染める。
「あ･･･っああ･･･っ」
　やがて和希に触れられている身体が汗ばみはじめ、身体を支えていた手のひらが汗でわずかに滑った。手をつく位置を変えた啓太は、快感に霞みそうになる意識の中でふとガラスの向こう側に広がる風景を視界に入れた。いまさらのようにここがどこだか認識する。
　誘ったのは自分で、和希と会えなくなるくらいなら、いっそここで和希に抱かれているところを人に見られてしまえばいいと思った。いいわけがきかないくらいにあからさまな状況を見せつければ、和希と離れる必要もなくなる――そう思ったのだが。
「あ･･･か、和希･･･っ」
「･･･なに？」
「お、俺･･･っ」
　わずかな距離をおいて見える通い慣れた校舎と、西日に照らされた緑あふれる情景。本当に今人がここを通れば、自分たちがしていることがすべてなんの覆いもないまま見られてしまうことになるのだ。
「･･･いまさらストップなんて言うなよ。誘ったのは啓太なんだからさ」
「･･････っ」
　耳から忍び込む和希の声が掠れている。熱い吐息とその声で、和希が興奮していることは啓太にも伝わってきた。
「でも･･･っ」
「でももなにもないよ。最初に俺をその気にさせたのは啓太だよ。人を煽るだけ煽ってもうおしまい･･･なんて、そんな意地の悪いこと言えるわけないよな」
　啓太だってもう止まらないだろ？――低い声でそう言って、和希は弄っていた啓太自身を下着からすべて引き出した。
「か、和希っ！」
　制服がかろうじて身体にまとわりついているものの、外から見たら全裸とあまり変わりない自分の状況に啓太は慌てる。せめて下着とズボンぐらい引き上げようとしたのだが。
「あっ、あ、待っ･･･和･･･！」
　和希の指が啓太の先端だけを捕らえ、荒々しく擦りあげる。激しい愛撫に片手では身体を支えることができず、啓太はすぐに下着から手を離して再びガラスに両手をつくことになった。
　和希の手は止まらず、さらに強い刺激を啓太自身に施す。和希の指を濡らす先走りの音が啓太の耳にも届き、いっそう羞恥心を煽られた。
「ふっ･･･和希･･･っ」
「･･･まったく。こんなところでこんないやらしい格好をして大人を誘うなんて、啓太はつくづく困った学生だよな。ここをこんなに勃たせて、こっちだってこんなに色づかせてさ･･･」
「あっ･･･っ」
「さっきの、啓太が言った学生が理事長を誘惑したっていう話は、あながち間違いじゃないかもな。実際かわいい顔して大胆な学生に今も誘惑されちゃっているしな。真面目でお堅い理事長を籠絡させようとするなんて、この学園にも本当に凶悪な学生がいたものだよな」
「だ、誰が真面目で堅いんだよ･･･っんっ」
「だってさっき、啓太がそう言ったんだろ。堅くてストイックな理事長様って」
「そんなこと言ってない･･･っ･･･」
　和希の声が耳から忍び込んでくる間にも、和希の手は啓太を追いつめますます昂ぶらせていく。ガラスに手をついて身体を支えているものの、あまりの快感に足が崩れて床に座り込みそうになる。ときおり汗ばんだ身体がガラスに触れるのさえ、その冷たさがさらなる快感にすりかわっていった。
「あっ･･･あっ、和希･･･もう･･･俺、本当に･･･っ」
「いきそう？」
　どこか楽しんでいるような響きさえ持つ和希の声に、啓太は悔しさを感じつつもこくこくと頷いた。
「いってもいいよ」
　そう言いながら、和希は啓太の身体を再び反転させた。真正面から啓太の顔をのぞきこむようにしてキスをしたあと、その場に膝をついた。
「っ和希！」
「いきたいんだろ？　ほら、こっちに集中して」
「･･････っ」
　床に膝まづいた和希に、露になった下半身を刺激される。二、三度手で擦られたあと、すぐに和希の舌が啓太自身を捕らえた。
　濡れた舌が同じように濡れている啓太自身の先端を舐めとり、舌先で鈴口をつつく。そのまま舌をずらしながら茎全体も和希の舌で弄られた。舌と連動した動きで和希の指がさらに啓太を追いつめる。
「あっ、ああっ、かずき･･･っ」
「･･････ん･･･いいよ、その声。啓太、もっと聞かせて」
「･･･っちょっと待った。もう無理。俺、立っていられない･･･っ」
　泣きそうな声で啓太はそう言い、強引に和希の頭を自分自身から引き剥がした。すぐにずるずるとその場に座り込む。
「･･･は･･･足に力、入んな･･･」
「じゃあこれで心置きなくいける？」
　和希の手が啓太の下着とズボンをさらに引っ張り、その奥にあるものに再び顔を寄せた。啓太が止める間もなく口に含まれる。
「･･･っ･･･」
　和希が、本格的に啓太をいかせようとしているのはその口の動きでわかった。しっとりと包み込んだ唇がスライドし、舌が際限なく甘い刺激を送り続ける。和希に足の上に乗られて身体を丸めることもできず、啓太はただ和希の肩や頭にしがみつくしかなかった。
「んっ･･････あっ、和希、俺ほんとにここで･･･っ」
「かまわないよ。もともと啓太のほうがその気だったくせに。いまさら遠慮しなくていいんだよ」
　口に含んでいた啓太自身から唇を離し、和希は今にも達しそうな啓太のぬめりを帯びた先端を指でくねくねと揉みほぐした。そうすると啓太の身体が震え、下半身にいっそう力が入ったのがわかった。和希の肩や頭に捕まっている啓太の指にもさらに力が加わる。
「啓太のいくときの声を聞かせて。ちゃんと覚えておくからさ」
　この次に会うときまで――和希が口にしなかったそんな幻の声が啓太の耳に聞こえたとき、啓太は和希の唇に再び自分自身を含まれた。
「･･････っ」
　和希の熱い口の中に取り込まれ、しゃぶられ、啓太は自分の限界を感じた。
　身をかがめて屹立した啓太自身を咥えている和希に必死になって身を寄せる。
「あっ･･･ああっ、和希――かずき･･･っ･･･！」
　そうして啓太は和希の口の中に、自身の中で高まったものをすべて解き放ったのだった。



　あまりにも強い快感のために目元ににじんでいた涙を拭い、呼吸を整える。
　快感でぼーっとしていた意識をのろのろと覚醒させると、少し前まで出したばかりの啓太自身を自分の舌で綺麗にしていた和希の姿が視界から消えていた。
「･････え？　和希･･･？」
　てっきりそのまま続きをされるとばかり思っていた啓太は、下着とズボンをあげることも忘れ、慌ててあたりを見回す。
　――と、啓太の頬にいきなり冷たいものが押し当てられた。
「ひゃっ、冷た･･･っ」
「ハンカチ濡らしてきたよ。なにもないよりはましだろ？　これで拭くといいよ」
「･･････和希？」
　啓太が視線をあげて和希を見つめると、和希は啓太が寄りかかっているガラス扉を拳で軽く叩いた。
「ここの鍵もはずしたからもう帰れるよ。いきなり閉じこめてごめん。あのまま啓太を帰したくないって思ったら、とっさにここをロックしていたんだ」
　啓太の視線の意味に気づいているだろうに、和希はそんな答え方をする。
「和希？」
「体、俺が拭いてやろうか？」
「和希･･･。だってまだ･･･」
「続きは、今度会えたときの楽しみにとっておくよ」
「･･････」
「だから啓太も物足りないかもしれないけど、今日は我慢な」
　そう言って、和希は啓太の前にしゃがみこんだ。持っていたハンカチで啓太の身体を拭こうとする。
「馬鹿。物足りないのは和希のほうだろ。なんで･･･」
　啓太はその和希の手をつかんで止めた。
「なんでここでやめるんだよ。和希、ここで止められない、煽るだけ煽ってストップかけるなってさっき言ってただろ。和希だって、全然その気にならなかったわけじゃないだろ。なんで･･･」
「勿論、俺は啓太が目の前にいたらいつだってその気になれるよ。今だって、本当に啓太が際限なくここで恥ずかしい格好をしてくれるっていうんなら俺も最後までしてもいいんだけど」
「･･････」
「でもやっぱり啓太のかわいい姿は俺だけのものにしておきたいしな」
「･･････俺だけ脱がすなんてずるい･･････」
　思わずそんな呟きをこぼすと、それを聞いた和希が吹き出した。
「じゃあ次のときには俺も脱ぐよ。それでいいだろ？」
「べ、別にそんなこと言ってるわけじゃない･･････あっ、だからいいって！　俺自分で拭くからっ！」
　手首をつかまれたままさらに伸びてこようとした和希の手から、啓太は慌てて濡れたハンカチを奪った。
「一人で拭けるから。そんないちいち見てなくていいから」
「わかったよ」
　啓太の言葉に従って、和希が立ち上がる。啓太が身体を拭いている間、和希は啓太に視線を向けることなく、ずっとドアの外を眺めていた。
　やがて身体を拭き終わった啓太が、乱れた衣服を整えていく。そのときになって不意に、和希の呟きが耳に届いた。
「啓太はやっぱり運がいいんだな･･･」
「え？」
　ジャケットの最後のボタンをとめた啓太が顔をあげると、和希はガラスを指ではじいて外を示した。
「啓太から誘われたとき、俺も覚悟していたんだけどな。もし人に見られたらそのときはそのときだって思っていたんだけど。でも、誰も通らなかったな」
　和希の言葉に啓太は数瞬憮然とした表情で黙り込んだ。
「･･････俺の運がいいのなら人が通っていたはずだよ。そして人に見られて、和希と離れなくてすんだはずなんだ。なのに誰にも見られなかったっていうのは、俺にとっては運が悪いってことなんだよ。そりゃあ、こんな短い時間じゃそう見つからないのかもしれないけどさ･･･」
「啓太。時間が短かったのは啓太が早いからだろ。それともそれだけ、俺がうまいってことかな」
「――」
　こちらに顔を向けた和希がそう言って笑う。啓太は再びむっつりと黙り込んだ。
「･･････啓太」
　笑いをおさめたあとで和希が啓太に向けて手を伸ばしてきた。啓太はハンカチを持っていない方の手で和希の手をつかむ。
　すぐに和希の腕に引っ張られ、身体を引き上げられた。
「続き、楽しみにしてろよ。今度会ったときは勿論途中でやめないからな」
「そんなこと言って、すぐに和希と教室や寮で会うかもしれないだろ」
「――」
　和希は笑みを浮かべたまま、それには答えなかった。
　和希の返事がないことで、啓太は本当にしばらく会えないんだということを悟る。啓太は唇を噛んで、和希から顔をそらした。
「十日以内、だぞ」
　顔をそらした代わりに、つないだままの和希の手にきゅっと力を込める。
「わかってるよ」
「絶対今回で片つけろよ」
「ああ」
「帰ってきたら、ねっ、寝かさないからな」
「それは楽しみだな」
　和希の手を握る啓太の力が、さらに強まった。
「･･････たとえどんな事態になったとしても、俺は和希がいてくれれば全然平気なんだから無理するなよ。和希さえいてくれれば本当に俺はかまわないんだから」
　今回で絶対に片をつけろという言葉と矛盾するけれど。それでも、これだけは伝えたくて。
「和希には俺がついてるからな」
「――」
　啓太がそう言うと、つないでいる手にたちまち和希の強い力を感じた。和希に強く握り返されて、啓太が思わず振り返る。
　満面の笑みを浮かべて、和希が啓太を見つめていた。深い愛情を感じさせるそのまなざしに心も身体も捕らわれる。
「運のいい啓太のその言葉があれば百人力だな。啓太の、いや、俺たちの運を信じて頑張るよ」
　それから和希はそう言って、まるで誓いを立てるかのように啓太の左まぶたに優しいくちづけを落とした。