「･･････っ」 　和希の言葉に、一瞬息をつまらせる。 　それから啓太は慌てて問いかけた。 「な、なにを･･･っ!?」 『啓太。それを俺にはっきりと言わせたいんだ？　ま、言ってもいいけどな』 「･･････だ、だって俺、本当になんのことか･･････」 『啓太は嘘つきだな。それにずるいぞ。俺がいないところで一人だけでさっさと楽しむなんてさ。俺だって啓太の声聞きたいし、一緒にしたいよ』 「やっ、ば、馬鹿なこと言うなよっ！」 　電話に向かって声を張り上げる。だが電話の向こうから返ってくる声は、啓太の動揺とは裏腹に落ち着きはらっていた。 『馬鹿なこと？　なんで？　だって俺たち、一回もしたことなかっただろ。たまにはこういうのも試してみたいよな』 「俺はやだ！」 『啓太。俺だってそりゃあ、本当は啓太に直接触れたいよ。でも今すぐ帰るわけにはいかないんだから、仕方ないだろ？』 「俺はそういう意味で言ってるんじゃない！」 『じゃあどんな意味？　嘘つきの伊藤啓太くん。俺がしようって言ったことがなにか、とっくにわかってたくせにさ。それとも啓太はやっぱり俺に、テレホンセックスしようってはっきり言わせたかったのかな』 「･･････違っ･･･」 　和希にはっきりとその言葉を持ち出されて、啓太が逃げ場を失う。そのまま電話を切ってしまえばこの通話は終わるのだが、動揺しきった頭ではそこまで思いつかなかった。とにかく和希との電話の中で、どうにか話の流れを変えなきゃという意識だけに捕らわれる。 『まあ、それはどっちでもいいけどね。――ところで啓太』 「･･････なんだよ」 『俺、さっきも言ったとおり今サーバー棟にいるんだ。理事長室の机の前。部屋を出て行ったときは普段着だったけど、今はスーツに着替えてる』 「それがいったい･･･」 『で、啓太は今、俺のベッドの上なんだよな。そしてパジャマ姿なんだろ？　じゃあ、パジャマのボタンはずして』 「･･････っか、和希！」 『ああ、最初に電気をつけてもらおうかな。俺に見えるわけじゃないけど、やっぱその方が啓太も気分出るだろ？　自分の身体の状態が全部見えるほうが。俺も、啓太がどんな状態か啓太に説明してもらいたいしな』 　啓太の返事を待たずさっさとことを進めようとする和希に対して、啓太は電話に噛みつくように反論した。 「な、なに言ってんだよ和希!?　俺、いやだって言ってるだろ!?　勝手に変なこと言い出すなよ！」 『別に変なことじゃないだろ。ただ俺は、啓太が部屋の電気をつけて、明るいところでパジャマのボタンを一つ一つ自分ではずすところが見たいって言ってるだけだよ。いつも俺がはずすから、たまに啓太が自分ではずすのを見ていると興奮するんだよな。俺に見られてると啓太の指使いたどたどしくなるし、それがまた初々しくてさ。――だから今、それをやってみせて』 「和希っ！」 　冗談の響きがまったくない、完全にそのつもりの和希の声に、啓太はたまらずに何度目かの声をあげた。 「ほんとに、ほんとにもうふざけるのよせよっ」 『俺は別にふざけてないよ。確かに電話だと啓太の様子が完全にわかるわけじゃないけど、啓太の間って言うのかな、雰囲気ってなんとなく伝わってくるもんだよ。啓太がここでパジャマのボタンはずしたら音がなくても啓太が黙ってても俺にはわかるし、啓太にも俺が電話のこっち側で啓太の様子を窺ってるって意識しながら脱いでほしいよ』 「和希･･････」 　途方にくれたような声で和希の名前を呼ぶと、電話の向こうから小さく笑う声が聞こえた。 『仕方ないなあ、啓太は。じゃあもう一度だけ言うけど』 「仕方がないのは和希だろっ！」 『俺は、啓太がほしいよ。まだ啓太の熱が残ってる。できるものなら今すぐ帰って啓太を抱きたい。けど、それはできない。だからせめて触れることがかなわなくても啓太を感じたい。啓太と気持ちが繋がってるって安心したい。一人で啓太を想うより、こうして啓太と話しているほうが幸せを感じられる。･･････啓太は？　俺とちゃんと気持ちが繋がっているって確かめたくならない？　俺と一緒に二人でいるときの熱を感じたくならないか？　俺は啓太への気持ちでいっぱいで、まだ身体が熱いよ』 「･･････なに、言ってるんだよ･････」 　啓太の語尾が揺れる。身体の奥でびくりと反応するなにかがある。 　和希の声はこんなときなのにどこか落ち着いていて甘くて、啓太は自分の心が絡めとられるようだと思った。 　もっと、こちらが引くようなことを言えばいいのにと啓太は思う。もっとこっちが呆れて一気に引いてしまう言葉ならば、間違ってもここで和希の意思にそおうとは思わないのに。 　こんなふうに求められて、それが普通のやり方とは違うとわかっていても、心が震える。 　――身体が熱いのは和希だけじゃない。 「･･････」 　啓太は電話を持っていない手で、そっとパジャマのボタンに触れた。その固い感触を指でなぞったあと、ゆっくりと一番上のボタンをはずす。 『啓太、今、ボタンはずした？』 「･･････っ」 　ボタンをはずし終えたときに聞こえてきた和希の声に、啓太は息を飲む。 『あたり？　啓太の緊張がこっちにまで伝わってきていいかんじだよ。じゃあ二つ目、どうぞ』 　和希に促されて、啓太の指に迷いが生じる。このまま続けてボタンをはずすことに躊躇した。 　だがそれを推し量ったように、再び和希の声が聞こえた。 『啓太。せっかくその気になったんだからやめたらだめだろ。続けて』 「･･････」 　啓太は迷いながらも、二つ目のボタンをはずした。 　そして次のボタンに手をかけたときに、 『みっつめ』 　まるでこちらの姿がわかっているかのようなタイミングで和希が言った。 　啓太は震える指をなだめ、和希の声に促されながら順番にボタンをはずす。 　すべてのボタンをはずし終えたあと啓太は小さく息をついた。部屋の中はいまだ暗く、自分の姿は見えない。けれどただの着替えをするときより、和希の前で脱ぐより、変な緊張感を強いられていたことに気づかされる。誰もいない部屋でただパジャマのボタンをはずしただけなのに。 『全部はずした？　じゃあその中に手を入れて自分で触ってみて。いつも俺がするように』 「そんなの、いちいち覚えてない･･･」 『覚えてるよ。頭では覚えてなくても啓太の身体は覚えてる。もう何度も抱いてきたんだから、俺のやり方なんて啓太が一番よくわかってるだろ。パジャマの中に手を入れて、まずは手のひら全体で啓太の肌の感触を楽しむように触って･･････それから指の表面でなぞって押しつぶして』 「･･････」 『啓太の、もう固くなってしっとりしてる。指に吸いついてくるようだよ』 「･･････っばか、そんなこと電話の向こうからわかるわけないだろ。勝手なこと言うなよ」 『わかるよ。だって啓太、さっきシャワー浴びてたんだからな。まだそこもしっとりしてるだろ。それに固いのだって、啓太のそこは敏感だから指でちょっと押しただけですぐに反応してくれるんだよな』 「そんなこと･･････」 『指で挟んだり、爪立ててみて。自分で、気持ちよくなれるようにもっと触って』 　啓太の言葉を遮って和希が続きを促す。ここでうまく演技できれば、実際にはそうしなくても声や息遣いだけで和希にそうしているように思わせることができるのかもしれないとも思ったが、啓太は自分が嘘や演技が上手ではないことは自覚していた。ましてや和希を騙せるような一人でしている演技などできそうにもなかった。だから啓太は和希の言葉どおりに、実際にも自分の胸に指を這わす。指に反応して固くなりはじめた胸の突起にさらに自分で愛撫を重ねていった。 『啓太の、もっと固くなってきた。それに息もあがりはじめてる。気持ちいい？　啓太』 「･･････」 『さっき一人でしたときとどっちが固くなってる？　･･････あ、それともさっきはそこは触らなかった？　違うところを触ってイったのかな』 　揶揄するような和希の声に啓太は声を詰まらせた。 　先ほど、バスルームで一人でしたとき。自分の手で触ったのは下半身だけで、和希の言葉どおり胸にはまったく触れていなかったのだ。 　だがそれを素直に認めるとまたからかわれそうで、啓太は黙っていた。 『――ああ、やっぱり電話じゃ啓太の様子がわからないな。俺の想像にも限界があるし、やっぱり啓太に説明してもらおうかな。今、啓太の乳首どうなってる？』 「か、和希！」 『固くなってる？　色は？　それから、啓太の指でどんなふうに触ってるのかな。実況してみて』 「いやだ･･････」 『簡単なことだよ啓太。今、親指と人差し指でつまんでる、とか、ちょっと爪を立ててみたとか、指でゆっくり撫でまわしてるとか、今啓太が実際にやっていることをそのまま口にすればいいんだよ』 「だからやだって。そんな、は、恥ずかしいこと」 『でも今、啓太が本当にやってることだよ。その恥ずかしいことを、啓太、今自分でしちゃってるんだろ。ほら、今はどうしてるのか俺に教えて。啓太はちょっと痛くても感じるから、爪できゅっとひねってるのかな』 「や･･･っ」 　偶然自分がしていることを言い当てられて、啓太の声にさらに甘さが加わった。 『んー、かわいい声。もしかして当たった？　じゃあもっと強くしてみて。もっと自分の身体、いじめてごらん』 「･･････っいじめてって、なんだよ･･･っ」 『じゃあもっと･･････かわいがって？』 「･･････」 　受話器越しに和希の囁きが耳に入ってきて、この場に和希はいないのに、ただ自分で触っているだけなのに身体がよりいっそう敏感になっているのを啓太は自覚する。 　自分の指で辿る胸の突起はさっきよりもずっと固くなっていて、啓太はなるべく自分の吐息が和希に聞こえないようにと気をつけながら、つたない指使いで自分の両方の胸を順番に弄った。 「･･････ん･･･っ」 　気がつくと受話器の向こうから聞こえる声はなくなっていて、啓太はしばらくしてから怖々と和希を呼んでみた。 「か、和希？」 『なに、啓太』 「･･･しばらく声が聞こえなかったから、どうしたのかと思って」 『ああ、啓太の息遣いを聞いていただけだよ。啓太が感じてる様子を楽しんでた』 「･･････！」 『啓太、胸だけで気持ちよさそうだな。ちょっと啓太の指に妬きそうだ』 「ば、ばか。なに言ってんだよ。そんな、俺の指なんかに･･･」 『妬く必要はない、か？』 「そうだよ」 『･･････だな。確かにな。だって啓太、さっきは俺の指を思い出して一人でしたんだもんな。俺の指にいつもどんなふうに触られているかとか、どんなふうにいじられているか思い出してどんどん気持ちよくなったんだろ？　なら、俺が啓太の指に妬く必要はないよな』 　そう言ったあとで和希は一度言葉を切った。そして啓太に一つの質問を投げた。 『･･････なあ啓太。啓太の指と俺の指、どっちに触られているほうが感じる？』 「えっ」 『俺は、啓太の指好きだけどな。啓太の指で触られるとそれだけで嬉しいし、気持ちよくなるし、だから啓太ももしかしたら俺の指なんかより自分の指のほうが気持ちいいのかなあって思ってさ』 「い、今、妬く必要はないって話をしたばかりじゃないか」 『妬いてないよ。ただの純粋な興味。啓太は自分の手と俺の手、どっちが感じる？』 「そんなの･･････」 『どっち？』 　その言い方からして、答えなんか和希にはとうに悟られているような気がした。それでもこうして聞いてくるのは、ただ単に言わせたいだけなのだ。 　だから啓太は開き直ったようにはっきりと和希に言った。 「そんなの、和希の手に決まっているじゃないか･･･」 『自分の手より、俺の手のほうが気持ちいい？』 「当り前だろ」 『じゃあ本当は今こうして自分の手で触るより、俺の手で触られたい？』 「――うん･･･」 　素直にそう認めると、電話の向こうの声に少し間があった。 「和希･･･？」 『なんでもないよ啓太。ただちょっと、“きた”だけ』 「きたって･･･」 『啓太。じゃあ今度は自分の指を舐めて』 「えっ？」 『自分の指をたっぷりと舐めて。俺がしてやってるようにいやらしく、指の間を舐めたり、自分の指をしゃぶってみせて』 「そ、そんなことしたら電話中なのに俺喋れなくなるだろ？」 　啓太は和希から新たに求められた行動に戸惑いながら言った。 『それでいいんだ。俺にしてくれたときのことを思い出してもいいから、わざと舐めてる音を聞かせて』 　和希の要求に変化はない。啓太は少し躊躇ったあと自分の、電話を持っていない手の指先をそっと舐めてみた。 　食事中、指先についてしまった調味料を舐めとったり、ジュースを手にこぼしたときに口に含んだことはあっても、普段は自分の指をこんなふうに舐めることはない。たまに和希に舐められることや、和希の指を口に含まされることはあるが、自分の手を自分で舐めるだなんて。ましてや和希はわざと音を立てろなんて言うのだ。そんなふうに音を意識しながら自分の指をしゃぶることなんて、自分一人だったら考えられないことだった。 　――以前和希の指を口に含んだとき、和希はわざと口の中をこすってきた。指を舌に絡ませ、優しく口腔内をかきまわしていく。キスで舌を絡ませたときとはまた別の甘い感覚に、そういうときいつもうっとりと目を閉じて口の中から訪れる快感に身を任せてしまっていたことを思い出す。 　そう、和希なら指をこんなふうに動かすだろう――啓太は以前和希の指にされたことをなぞりながら自分の指を動かしていった。 　指で柔らかい舌に触れ、舌で指の関節をくすぐる。指と舌、両方から沸き起こる感覚をどんどんと広げていく。 「･･･んっ･･･」 　行為に夢中になっているうちに思わずこぼれた声に、啓太は自分でも驚く。 「あ･･････」 『いいよ啓太。もっと聞かせて』 「――」 　和希に促されて啓太は再び自分の指を動かした。口の中で指を折り曲げ、舌を絡ませ、水音をあげる。 「んっ･･･ふ･･･っ」 　おかしい、と啓太は思っていた。ただ自分の指を舐めているだけで、全然大したことはしていない。なのにだんだん理性が溶けて止まらなくなっていく。耳から聞こえる水音が、指や口から伝わる感覚が自分をおかしな気分に煽っていく。 「あ･･･かず、き･･･っ」 『･･････ほんとに、聞いているだけでたまらないな･･･。啓太にしてもらったときのこと思い出してこっちにもクるよ。啓太が今どんな顔しているのか想像するだけでおかしくなりそうだ』 「･･････」 　聞こえてきた和希の声が少し掠れていて、その声にさえ啓太は煽られた。 『きっと蕩けそうな顔で一生懸命舐めてるんだろうなあ･･････。啓太、もっと奥まで口の中に入れて』 「ん･･･っ」 『そう、そんなふうに。それからそのまま唇をすぼめるようにしてこすって。勿論、歯は立てちゃだめだよ』 「！」 『舌をたっぷり使って･･････うん、上手だよ啓太。すごく気持ちいい』 　口の中の感覚は違うのに、耳から聞こえてくる和希の声が、別の行為をしているかのような錯覚を起こさせる。 「か、和･･･っ」 『今は喋っちゃだめだよ啓太。こっちに集中して。俺を、気持ちよくさせてくれるんだろう？』 「･･････！」 　和希の声に、びくんと、自分の身体の別の部分が反応する。 　ただ自分の胸を触って指を舐めているだけなのに、まだ触れてもいないそこが熱を帯びる。 　片手で電話を持ち、片手を口に含んでいるために、今すぐ触れないもどかしさがこの熱にさらに拍車をかけているような気がした。 『ほら、口の中にどんどんあふれてきた。それだけ啓太が上手いからだよ。――もっと、啓太の声と音を聞かせて』 「･･･んんっ･･･」 　自分の指なのに和希の声が啓太の意識を蕩けさせていく。啓太は和希の言葉に素直に従い、行為をエスカレートしていく自分を止められなかった。