After 　２． 　本当に和希はずるいと、啓太としては何度も思わずにはいられなかった。 　結局和希の思い通りに進めたこともそうだが、あんなふうに無意識に人を惹きつけるのが一番ずるい。わざと誘惑してきたのなら突き放せるが、普通に服を脱いでいる姿がさまになっているなんて。 「ちゃんと頭の中で覚えていれば、別に和希の写真なんか撮らなくてもかまわないのに……」 　そう呟いてみるが、それでも和希から自分の写真をほしくないかと聞かれたとき、自分を惹きつけたあの瞬間をとどめておきたいと思ってしまったのだ。出来あがった写真はきっとたわいのないものばかりだろう。和希から見ればその価値などまったくわからないに違いない。それでも自分にとってはその一つ一つが、心を高鳴らせてやまないものばかりなのだ。 　今回はそんな和希の写真をほしいと思ってしまった自分の完敗なのだ。 「はあ……。俺も撮られることになるんだよな。和希のことだから、どんな写真を撮りたがるか…」 　それを考えると憂鬱になる。確かにもう、ここまできたらやめることはできないが。 　啓太が鏡に映った自分にどんよりとした目を向けていると、ドアをノックする音が啓太の思考を遮った。 「啓太。そろそろいい？」 　ドアの向こうから和希に呼びかけられる。 　啓太は一つだけ深呼吸をすると、無言のままドアを開けた。 「心の準備はできた？」 　和希の声がいやに楽しげなものに聞こえるのは気のせいだろうか。 「……」 　啓太が和希と視線を合わせないようにしてバスルームから出ると、和希は何も言わずに後ろのドアを閉めた。 　それからデジカメを持っている啓太の腕をつかむ。 　そのまま啓太はベッドまで連れてこられた。 　先ほどは一度押し倒されてその気になったベッドだが、改めてその目的でここにくると気恥ずかしさがわく。ましてや今は持っているデジカメにいやでも意識が奪われているのだ。ここでただ和希に抱かれるだけじゃない。 「啓太」 　啓太の緊張が伝わったのか、和希は少し笑って啓太の手からデジカメを奪った。 　それから「ベッドにあがって」と啓太を促す。 　啓太が和希から離れてそれに従うと、すぐに和希もベッドの上に乗ってきた。そして啓太の腕を再びつかみ、軽く引っ張る。 　そのままベッドの上で、座り込んだ体勢のまま和希にくちづけられた。 「啓太の唇、冷たくなってる。そんなに心の準備が必要だった？」 　和希が唇や頬やまぶたなどに軽いキスをしながら啓太に聞いてきた。啓太は少しむっとしながら、「俺は常識人だから、変なことをする前には覚悟がいるんだよ」と答えた。 「開き直って楽しめばいいのに。そんなに緊張することないよ」 「緊張するにきまってるだろ」 「することはいつもと一緒なのに？」 「全然違うだろ！」 「でも啓太だって、俺のことを撮りたいって思ってくれたんだろ？　それは啓太の素直な気持ちだろ？」 　和希のその言葉に啓太は素直に頷いた。 「……うん」 「じゃあ深く考えず、啓太だって楽しめばいいよ。二人で、思い出を作るんだ。今だけしか作れない思い出を。ただそれだけのことだよ」 　和希がまた啓太の唇にくちづける。 「思い出って…ん…そんなきれいな言葉でまとめるなよ。…は…ただ和希の趣味が最悪な…だけ…」 「俺が最悪なら…俺を撮りたいと思った啓太だって…同じだろ」 　緊張している啓太の気持ちをほぐすような軽いキスが、だんだん深くなっていく。和希に何度もくちづけられ、口の中をキスの甘さで溶かされ、服の上からゆっくりと体を触られていく。 　そうされているうちに、再び啓太の心と体が高められていった。デジカメのことが頭をよぎったが、それでも昨日肌を合わせることのなかった体が、これ以上の甘さを欲して熱くなる。制服のボタンをはずしはじめた和希の手を止める気も起こらなかった。 　和希の手がジャケットのボタンをはずし、ネクタイをゆるめていく。その間も啓太は和希のキスに身を任せていた。 　やがて和希がキスを止め啓太から離れた。 　そして濡れた啓太の唇を指でなぞりながら問いかけてくる。 「……啓太」 「ん…」 「撮っていい？　啓太の今の顔を撮りたい」 「……いいよ」 　答えると、もう一度和希にキスされた。それとともに頬に添えられていた和希の手が啓太から離れていく。 　啓太から奪ったあと制服のポケットにでも入れていたものか――かすかな起動音で、和希がデジカメを手にしたのがわかった。 　これから本当に撮られるんだと思ったが、和希のキスの効果もあってか、啓太はなんとなくもういいという気になっていた。いちいちあれこれポーズを指定されるのはいやだが、いつもどおりに和希に抱かれている途中なら、デジカメが向けられていても気にしないことにした。 　とにかく今は、このまま和希に身を委ねてしまいたかった。 　和希の唇が離れていく。それをぼんやり見つめていると視界の端にデジカメが映った。それから和希の笑顔。 「本当に今の啓太いい顔してるよ。すごくその気になってて……人を誘っている目だ。啓太はときどきそんな顔するから、俺はいつも啓太に誘惑されてるよ」 「誘…惑なんて、そんなの…」 「してるよ。それも無意識に。学園で見るいつもの啓太とは違ってて、制服着てるのに悩ましげな顔で……見ているだけで、ほんとたまらなくなるよ」 　和希がデジカメのシャッターを押す音がかすかに聞こえた。そして和希の手が伸びてきてシャツのボタンをはずしていく。 　ボタンがいくつかはずされたところで、再びシャッター音。 　それから和希の手がシャツの中にするりと滑り込んだ。 「……っ」 　肌を撫でられただけで、啓太がわずかに反応する。その反応を、和希の手の中のデジカメが追っているのが気配でわかった。視線を合わせなくても、和希が楽しそうにこちらを見ているのも伝わってくる。 　和希の指先が啓太の胸の突起に触れた。 「…あ…っ…」 　ゆっくりと触れて、指の腹で表面をなぞられる。それからゆるい力で押しつぶされた。 「……っ」 　ただ啓太の体を高めようとするだけではなく、明らかに焦らして啓太の感じている表情を引き出そうとしている指先に、啓太は耐えられずにその手を止めようとした。 　だがそのまえに和希が身を寄せ、啓太の胸をいじる指はそのままに、啓太の耳にそっと舌を這わせた。 「…んっ」 　耳元からかすかに聞こえた濡れた音とぬるりとした感触に、啓太が身を震わせる。 「啓太。そのまま素直に感じて」 「和…希…」 「我慢しようとしないで。啓太が感じているところをそのまま見せて」 　和希の唇が啓太の首筋に移っていく。啓太は和希の服をつかんだものの、和希を止めることができないまま、与えられる刺激を受け入れるしかなかった。和希に幾度も胸を弄られ、体から力が抜けていく。 　ベッドに押し倒されたあとは、シャツの残りのボタンをはずしながら、和希の唇が胸にまで降りてきた。 「…っ…」 　和希の舌で胸を舐められると、体が戻れないところまで高ぶってくるのがわかる。 「ん……啓太のここ、ピンと立っててかわいいよ。制服の間からちょっとだけ見えるっていうのがいいよな。濡れて光っているのがすごく…エロい」 「ぬ、濡らしたのは和希だろっ」 「だからだよ。俺に舐められて素直に反応して固くなっているのがたまらないよ。制服を着てるのに、もう啓太は準備万端なんだな。俺を受け入れる気満々で……悪いことばかりしているイケナイ子って気がする」 　そう言って、和希が啓太の胸の突起を指ではじいた。 「ひぁっ…！」 　いきなり訪れた強い刺激に、啓太の体が跳ねた。 　そのとき、啓太の耳がかすかなシャッター音を捕らえた。続けざまに、何度も。 「和希…！　イケナイ子ってなんだよっ。俺がこんなことさせられているのは全部おまえが…！」 「啓太はイケナイ子だろ。制服のままこんなにやらしい顔してる高校生はそういないぞ」 「やらしい顔なのは今の和希だろ！」 「違う。啓太だよ」 　和希がデジカメを啓太に向ける。啓太の胸に照準を合わせ、シャッターをきった。 「か、和希っ」 「制服からのぞく啓太の濡れた乳首撮った。あー、これ一枚だけで充分使えそう…」 「和希！」 「なに、啓太？」 　和希は怒り顔を見せる啓太に笑みを向ける。その余裕ありげな態度が、啓太にはさらに腹立たしいものに映った。 「啓太も、撮る？　俺と交代する？」 「撮る！」 　和希が示してみせたカメラを啓太の手が奪った。自分のはだけた胸を隠そうともせず、ただキッとしたまなざしで和希を睨みつける。 「じゃあ今度は啓太が俺を撮っていいよ。俺は、どうすればいい？」 　和希にそんな言葉を向けられて、啓太はデジカメをベッドの上に置き、両手を和希のシャツに伸ばした。はずれているシャツのボタンを一つ一つはめていく。 「啓太？」 「もう一度、ちゃんと服を着ろよ。……俺は、和希が脱いでいるところが撮りたい」 「さっきも見とれてたもんな」 「いいから！　ちゃんとネクタイも締めろよ」 「はいはい」 　和希は自分でも手を動かして制服を着直した。首にかけていたネクタイを締め、ベッドから降りて、放りっぱなしだった床の上のジャケットを拾い上げ袖を通す。そのときにはすでに啓太は再びデジカメを手にしていた。 「それで？　どうすればいいって？」 「さっきみたいにゆっくりと……服を脱いで」 「オッケー。じゃあ啓太のご要望にこたえてっと」 　啓太にちらりと視線を送ってから、和希は改めて服を脱ぎはじめた。和希の指先が制服のボタンをはずしていく。 　和希の指先にデジカメを向け、啓太はそのしぐさを写真に収めた。和希を見ているうちに自然と、引き込まれるようにシャッターを押していた。 　それから和希の指がネクタイを緩める。その動作に慣れた、傲慢なくらいのかっこよさに、啓太は見ているだけで胸を締めつけられる。 　こんなたわいもないものばかり写している自分はどうなんだろうと思いながらも、高まる胸と連動するようにシャッターを押す手が動いてしまう。 　制服の上着を脱いだときに向けられた背中。今日は二度目なのに、やはり先ほど同様かっこいいとの感想が浮かぶ。自分と同じ制服でも、和希の背中はこんなにも違う。 　それから和希は袖口のボタンをはずし、シャツのボタンも上からはずしていった。 「……撮られるのって、ちょっと恥ずかしいな」 「だろ。和希もそう思うだろ」 「うん。でも」 　そこで和希は啓太の頬に手を伸ばした。手の甲をあててするりと滑らせる。 「撮られている俺より、啓太のほうが顔が赤いのはどうしてだろうな？」 「……っ」 「顔を真っ赤にして潤んだ目で俺のことを見つめて……俺を撮っているだけで、欲情しちゃった？　俺のこと、欲しくなった？」 「別にそんなんじゃないっ」 　啓太はさらに顔を赤くさせて和希から身を引いた。和希の手はそんな啓太を追いかけることなく、自分のシャツの残りのボタンをさっさとはずして、ズボンのベルトに手をかけた。 「！　か、和希!?」 「俺の脱いでいるところを撮るんだろ？　遠慮しないでどんどん撮ってもかまわないよ」 　ベルトをはずし終えた和希の手がズボンにかかった。 「うわっ、和希だって恥ずかしいって言ってただろ!?　いいよ別に、ズボンまでは脱がなくていい！　そこまで撮りたいわけじゃないから！！」 「じゃあ交代だな」 　ベッドに乗り上げた和希が啓太の手からデジカメをとり、啓太の体をとんと押した。再び啓太の体をベッドに沈め、すぐに和希も啓太の足の間に自分の足を割り込ませた。故意に膝や足に力を込め、啓太の下半身を刺激する。 「っ……俺は交代なんて、言ってない」 「でもすぐに撮りたいものが浮かばないんだろ？　だったらそれが浮かぶまで俺の番だよ。俺は啓太の撮りたい表情や撮りたいしぐさがいろいろあるよ。まずは俺は、ここをゆるめている写真がほしいな」 　シャツからのぞく啓太の肌にくちづけながら、和希の手は啓太のベルトのバックルにかかった。 「ズボンの間から啓太の下着が見えている写真を撮りたいよ」 「……オヤジ趣味」 「なんとでも。俺は啓太と違って、啓太が脱いでいる途中も、脱ぎ終わったところも撮るつもりだよ」 　宣言どおり啓太のズボンの前を寛がせながら、それ以上和希は脱がせようとはしなかった。ただ啓太の表情を見ながら、膨らみはじめたところに手を置き、下着の上からゆっくりと撫で回す。 「ん……和希…っ。撮るならもう、早く…」 「撮りたいだけ撮って、さっさと強い刺激を与えてほしい？　でもだめ。俺は、今はまだ本格的に始めていないのに、俺に反応して期待だけでめろめろになってる啓太が撮りたいんだから」 「めろめろになんか、もうなってるだろ」 「なってないよ。もっと……ここが濡れるくらいに反応したところが撮りたい」 「…あっ…！」 　和希の手にさらに力が加わり、全体的にゆるく揉まれはじめる。じわじわと広がる快感に、啓太の足のつま先がびくんっと反応した。 「……いいよ、啓太。さっきよりもずっといやらしくなってきた」 「和、希…」 「ついでにここも。もっと固くして。啓太」 「んっ…」 　和希がデジカメを持っている右手の小指で、啓太の胸の尖りを刺激した。 　そのあと片方の胸の尖りはデジカメの角で押しつぶす。 「あっ」 　冷たい無機物から与えられた快感に、反射的に啓太の手が和希の腕に伸びた。 　啓太の手が届く前に和希が身を起こす。そしてそのまま膝立ちをして上から啓太にデジカメを向けた。 「……っ」 　ベッドの上で感じている胸を露にしたまま横になっている啓太。その腕にはベルリバティの赤いジャケットや白いシャツが絡み、前を寛げられたズボンからは明らかに反応しているとわかるふくらみが下着を押し上げていた。 　どことなく潤んだ目でデジカメを見つめる啓太。 　和希は無意識のうちに舌で唇を湿らせていた。