「えっと、さ、西園寺郁さん、ですよね」
「ああ、そうだが？」
　西園寺はパーティー会場の隅に立っていた自分にいきなり話しかけてきた若い男に、うろん気な目を向けた。記憶を引き出すまでもなく、まったく見覚えのない人間だった。
「あ、あの、突然話しかけてしまってすみません。ぼ、僕、今ベルリバティに通ってまして、あの、西園寺さんの後輩にあたります……」
　そう言われてよく見てみると、確かに少年と言ってもいいくらいの幼い顔立ちだった。その自称後輩の手にしているグラスがわずかに揺れている。話しかけてきたあとは赤くなった顔を俯けてしまったが、全身からその緊張の度合いが見えるようだった。
「あの、ちょうど自分も会計で……」
「それで？」
　少年の話にじっくりと付き合う義理もないので、西園寺は一言で先を促す。身内がらみのパーティーで一応顔を出したとはいえ、よけいな人間にかまわれる前にさっさとこの場を辞したいという思いもあった。
「単に同じ学園、同じ会計だったというだけで話しかけてきたのなら、あいにく私は――」
「あ、あの、理事長をご存知ですかっ!?」
　西園寺の冷ややかな言葉を遮るように、少年が声を張り上げた。さしもの西園寺が一瞬黙る。
「西園寺さんは、ベルリバティの理事長をご存知ですか？　あの、僕たち今、理事長についての情報を自分たちで集めているんですけど、やはりいつも表に出ない人だけあって、なかなか情報が集まらなくて。それで偶然にもここで、このパーティーで西園寺さんにお会いできたので聞いてみようと思いまして。あ、西園寺さんのお顔だけは一方的に写真で知ってましたので、このパーティーでお会いしたときもすぐにわかって、それでうわさに聞く西園寺さんくらいの人なら、もしかすると理事長に関することも何か知っているんじゃないかとっ」
　緊張しながらも一気に早口でしゃべり始めた少年の言葉を、西園寺はしばらく黙って聞いていたが、少年が息を継いだときに一言、
「なぜ、突然理事長のことを知りたいんだ」
と、言葉を挟んだ。
「あの、それは伊藤先輩が――あ、伊藤先輩って、前学生会長の伊藤先輩のことなんですが――」
　少年は西園寺に、“伊藤先輩”から言われた言葉の内容を伝えた。話している途中から西園寺が複雑な表情を浮かべるのを、不思議そうに見ながら。
「なるほど。それでおまえたちは啓太の残した要望を叶えるべく、理事長に関する情報を集めたりと、いろいろ動いているというわけだな」
「はい、そうです。学生会の友達は丹羽さんに聞いてみると言っていたんですが、僕はここで西園寺さんにお会いすることが出来たので。で、あの、それで……」
「理事長に関することなら、私もよくは知らない」
　西園寺ははっきりと告げた。
「そうですか…。理事長の年齢とか、好きなものとかがわかればと思ったんですが…」
「そんなのはおまえたち現役の学生が推測すればいいだけだろう。なにも理事長の人となりを調べ上げて、正確に理事長が望むものを渡さなければいけないわけじゃない。啓太がおまえたちに託したのはそういうことではないと思うがな。年齢にしても自分たちがそうと感じたのならそれが一つの正解だろう」
「そ、そうですかね…」
「啓太はおそらく、在校中に理事長の誕生日は把握していたと思うがな。ちゃんと間に合う時期にだ」
「えっ!?　そんな、それじゃあなんで伊藤先輩は自分ではやらずに僕たちに託していったんでしょうか。聞いた話では知ったときにはもう間に合わなかったからと言っていたのに」
「あの学年には、確か理事長と同じ誕生日の人間がいたからな、その人間に配慮したのかもしれないな。あとは、自分じゃない“学生”が理事長のことをどう考えるか、そしてそのことを理事長にどう伝えるかを啓太は知りたかったのかもしれないな。そのこと自体が理事長に向けての贈り物になるだろうと考えてな」
「はあ…」
「まあ、巻き込まれたほうは大変かもしれないが、これもまた一つのいい機会だろう。自分たちの学園生活を見直すことにもなるからな。それに……今の理事長はもう今年が最後だろうな」
「えっ!?」
「もう長いことベルリバティの理事長をやっているからな、いい加減タイムリミットだろう。ベルリバティの理事長が閑職とは言わないが、もっと重要な役職を押し付けられる時期だろうな。今年度中に引継ぎを済ませるか、あるいは年度途中で変わるか。それを思えば、この時期に最初で最後のプレゼントというのも悪くはないかも知れないな」
　西園寺の言葉に、少年が黙り込む。誕生日プレゼントが別の意味を持つかもしれないと知り、いろいろと考えているようだった。
　西園寺はそんな少年の表情を見て思う。啓太は、こういう表情、こういう気持ちを求めたのだろうなと。理事長に対しての学生たちの純粋な気持ちを。
（まあ盛大にのろけているというか、啓太とあれの関係に純粋な学生たちを巻き込んでいるとも言えるがな）
「はあ・・・わかりました、西園寺さん。いろいろとお話を聞かせていただいてありがとうございました。僕たち、またベルリバティでいろいろ考えてみます」
「ああ。私も、ぜひその結果が知りたいものだな」
「はい、ご報告させていただきます！　ところで西園寺さん…」
「なんだ」
「あの、西園寺さんは、本当に理事長のことは知らないんですか…？　なんだか、いろいろお話を聞いていると、本当は知っているんじゃないかと思えてきたんですが…」
　少年の疑問に対し、西園寺は。
「知らないな」
　やわらかく微笑みながら、そう答えた。

続