Lost 1

　Lost

「啓太、今日はどこに行くんだ？」
「今日は学生会かな。昼休み王様と会ったときに手伝ってほしいって言われちゃったしな」
「そうか。王様ここのところまたサボってたみたいだしなあ。仕事がたまってんだろうな」
「みたいだな」
「じゃあさっさと学生会に行って、手伝ってくるか」
「あ、でも。和希は忙しいんだろ？　だからいいよ。学生会には俺一人で行ってくる」
「気にするなよ。これぐらい大丈夫だって」
「でも和希には昨日も会計部につきあってもらったし。ほんとに俺一人で行けるから。手伝いったって、俺一人だけで足りると思うし」
「啓太、俺のことそんな邪険にするなよ…」
「邪険になんかしてないよ！　そりゃあ和希と一緒にいられたら嬉しいよ。ただ俺は」
「わかってるって。俺の仕事のこと気にしてくれてるんだろ？　サンキュー啓太。でも今はそんなに忙しい時期でもないし、大丈夫なんだ」
「それならいいけど…と、いけない。俺生物のレポートまだ提出してなかったんだ。悪い和希。ちょっと海野先生のとこ行ってくるから、ここで待っててくれよな」
「わかった。待ってるから早くいってこいよ」
　和希がそう言うと、啓太は慌てて自分の鞄からレポート用紙を取り出した。鞄を閉めるのもそこそこに、すぐに教室を飛び出していく。
　和希は自分の机に軽く腰掛けてその後ろ姿を見送った。
　脳裏に、啓太の今の言葉が思い出される。
『邪険になんかしてないよ！　そりゃあ和希と一緒にいられたら嬉しいよ。ただ俺は』
「――啓太は本当に気にしなくていいんだ。俺がそうしたいだけだからさ」
　ざわついた放課後の教室の中で、和希の声が小さくこぼれた。
「俺が、おまえを一人にできないだけだから」

「よお啓太！　来てくれたか。いやあ、本当に助かるぜ！」
「あまりにも啓太をあてにしすぎるのはどうかと思いますけどね。啓太は学生会の人間じゃないんですから」
「遠藤もいたのか。これならどうにか今日中に片がつきそうだな」
「それで王様、俺たちはなにをすればいいんですか？」
「早速でわりいが、啓太はそこの机の上にある紙を順番に並べ直してくれよ。それから遠藤は…」
「相変わらず人使いが荒いですね…」
　呆れた視線を丹羽に向けつつ、和希は丹羽に指示された仕事に手を伸ばした。
　それまで黙ってパソコンのキーボードを叩いていた中嶋が、こちらに視線を向けないまま低く笑ったのが聞こえた。
「…なんですか、中嶋さん」
「いや、啓太についてここまで出張してくるなんて、暇でなによりだと思ってな」
「…暇じゃないですよ、あいにく」
「学生の業務で無駄に費やした時間分はどこかにまわして帳尻を合わせるのか？　ご苦労なことだな」
「そう思うなら学生会の仕事は自分たちだけで片付けてくださいよ。俺たちを巻き込まないでください」
「今日勝手に手伝いを頼んだのは丹羽だ。俺は関知していない。それに」
　そこで中嶋はキーボードを叩く手を止め、隣に立つ和希を横目で見やった。
「丹羽は啓太だけに頼んだようだがな。暇じゃないならこのまま啓太だけを置いて帰ってもいいんだぞ。丹羽もお忙しい理事長サマを引き止めるのは忍びないと思うだろうしな」
「…啓太一人をここに残しておけるわけはないでしょう。理由は、中嶋さんのほうがよくわかっていると思いますけどね」
「理由は俺だけか？　俺がいないときでも啓太にくっついてここに来ているようだがな。それに西園寺やその犬のところに行くときも啓太にくっついていると聞く。要するに、結局は暇なんだろうな」
　中嶋が再びパソコンの画面に視線を移し、手を動かしはじめた。
「別にあなたにそう思われたって痛くも痒くもないからいいですけどね」
「ふ。一番信頼している男にまるっきり信用されないあげく、常に監視されているとは啓太も哀れだな」
「俺が監視しているのは啓太じゃありませんよ」
「どうだかな」
「おい。そこでなにをごちゃごちゃ言ってるんだ？　遠藤、早いとこ手を動かせよ」
「わかってますよ」
　丹羽にそう返して、和希はパソコンの横の書類を手に取った。内容を確認しながらその場を離れる。
「和希…どうかしたのか？」
　空いている椅子に腰を下ろすと、自分に与えられた仕事を手にした啓太が和希のそばに寄ってきた。
　中嶋のほうに視線を送りつつ、小声で聞いてくる。
「いや。なんでもないよ」
「そうか？　ならいいけど…」
「それより早く仕事こなしてさっさと帰ろうな。早く啓太と二人っきりになりたいしな」
「か、和希。……うん、俺も。そのためにも今は頑張るよ」
　はにかんだような笑顔を残して、啓太がまた元の場所に戻っていく。
　和希は啓太を見送ったあと、手元の書類に目を落とした。
　だが、すぐにまた啓太のほうに視線を送ることになる。
「ああ、啓太。一つ言い忘れていたんだがな」
「なんですか王様」
「右隅に印のついているものはちょっと別にわけといてくれよ」
「印ってどれですか？」
「えーとだな」
　丹羽が啓太のそばに寄り、啓太と二人して同じ書類を覗き込む。指で示しながらあれこれ説明している丹羽の言葉はいたって普通のものだった。啓太も一つ一つ確認しながら素直に頷いている。
「てことでちょいと面倒だが、気をつけといてくれよ」
「はい、わかりました王様。…でも、こんなにたくさんあるんですから、もしかすると俺、一つ二つ見落としちゃうかもしれませんね。そのときはすみません…」
「なーに啓太なら大丈夫だよ。それにおまえに頼んだのはこっちだからな、啓太が気にすることはねーよ。ま、一つ頼むわ」
　丹羽が大きなその手で啓太の髪をがしがしかき回す。
　啓太はそれに対して口では文句を言いつつも、笑っていた。
　和希にすればそれはすでに見慣れた、当たり前の光景だった。二人が先輩後輩の関係でじゃれあうのも、丹羽の視線が啓太に対してやわらかくなるのも。
「……」
　和希は二人から視線をはずした。改めて自分が持つ書類に目を落とし、割り振られた仕事に手をつける。
　だが目と手を動かしながらも、頭の中では別のことを考えはじめた。
　――手に入れている。
　それは、自分でもよくわかっている。自分のものだと本人も周囲も受け入れている。
　全幅の信頼。寄せられる想い。
　そこに心変わりの予感はまったくない。
　けれど。
　常に胸をくすぶらせているこの不安はなんなのだろうか。
　どこかで信じきれていないのか。得たものが大きすぎて、失うことが怖いのか。
　いつだって笑っていて、誰に対しても屈託がなく当然周囲からも好かれている少年。
　その明るさや素直さが少年の良さであり、その部分に確かに自分も惹かれてはいるけれど。
　しかしそれが、ときおり大きな不安を呼び起こすのも事実なのだ。
　誰にでも向ける笑顔を曇らせたくはないが、ときおりどこかに閉じ込めたくなるほどの衝動を覚える。
　完全に自分だけのものにしたいと心が訴える。
　どうすれば、この不安を払拭できるのだろうか。
　――和希の中で、密やかな計略が生まれようとしていた。

「じゃあ俺たち、これで失礼しますね」
「おう。二人とも今日はサンキューな。この借りはなにかのときに返すぜ」
「はい、期待しないで待ってますよ」
　丹羽の言葉にそう軽く返し、啓太は学生会のドアを閉めた。
　それから学生会室を出てくるときも無言だった和希を振り返る。
「和希…？」
「…え？　どうかしたか啓太」
「俺はどうもしないよ。ただ和希のほうが…。やっぱり、疲れた？　和希の好意に甘えてつきあわせて悪かったよな…」
「気にしなくていいって。俺が勝手に啓太についてきたんだからさ」
「でも…」
　心配そうに自分を見上げる啓太に顔を寄せると、和希はそのまま啓太の唇にキスを落とした。
「かっ、和希！　ここ廊下っ！」
「しーっ。大きな声をあげると王様たちに聞こえちゃうぞ」
「だって和希がいけないんだろ」
「……啓太。一つ、頼みがあるんだけどいいか」
「頼み？　改まってなんだよ」
　不思議そうにこちらを見返す啓太の肩に、和希は手を置いた。そのまま啓太の肩に自分の額を預ける。
「和希？」
「啓太。――俺のわがまま、聞いてくれるか？」

　　　　　１

「…わがまま、って…？」
　疑問符をまじえて聞き返してきた啓太の声に、和希は啓太の肩に手を置いたまま顔を上げた。
　啓太を安心させるように、そのおもてに笑顔を浮かべる。
「たいしたことじゃないんだけどさ。ただちょっと」
「ただちょっと？」
　和希は啓太の耳に口を寄せた。
「夕飯のまえに、啓太がほしい」
「えっ!?」
　耳に感じられた和希の息とその内容に驚いて啓太が和希を見返す。
　思ったとおりのその反応に、和希は笑みをくずさなかった。
「なに言ってるんだよ、和希…」
「だめ？」
「…だめじゃないけど、でもさ。なんでいきなり…。俺、なにかしたか？」
　戸惑ったように和希を見つめる啓太に、和希は明るく、「啓太はそばにいるだけでいつも俺の身体に火をつけるんだよ」と答えた。
「和希！」
「だめじゃないなら早く帰ろう。腹が減ったら、俺があとでなにか作ってやるからさ」
「え？」
「簡単なものなら俺の部屋でも用意できるよ。仕事で食堂があいている時間に帰れないこともあるから、即席の食事程度ならいつも…啓太？」
「食堂が閉まるまでまだだいぶ時間があるだろ？　しばらく部屋で過ごしたとしたって、夕飯はどうにか食堂で食べられる…だろ？」
　和希が離れても啓太は足を止めたままだった。その瞳がさらなる戸惑いを浮かべている。
　和希は啓太を促すように、啓太の背中をぽんと軽く叩いた。
「もしものときにはってことだよ。たとえ啓太がそのまま寝ちゃったとしても、食いっぱぐれる心配はないからなってこと」
「あ、そうか。俺、そのまま寝ちゃうときもあるもんな」
「そうそう。啓太は気持ちよすぎると一人でさっさと寝ちゃうからな。たとえ啓太が寝ちゃってあとで腹すかして起きたとしても、大丈夫なようにいつも食べるものは用意してあるんだ」
「俺のためみたいな言い方するなよ。腹すかして起きるなんて、それじゃまるで子供みたいじゃないか」
「啓太の寝顔は充分子供だよ。してるときは、全然子供に見えないのにな」
「…っいいから、帰るなら早く帰ろう」
「そうだな。時間、もったいないしな」

　それから二人は、そのまま和希の部屋に向かった。
　学生会室で働いたし、先に汗を流したいと言う啓太にストップをかけ、和希は啓太を強引にベッドの上に引き込んだ。
「……なんか、静かじゃないか？」
「そろそろ食堂が開く時間だからな。まだ帰ってないか、みんな夕飯を食べに行ったんだろ」
「そんな時間なら、だったら俺たちも先に」
「啓太」
　その先を言わせないその声に、啓太はベッドから下ろそうとしていた足を止めた。
「ほら、こっち向いて。まだボタンはずしてる途中だろ」
「う…だったら俺が自分で脱ぐからさ」
「だめだって。ちゃんと先に、俺が脱がすって言っただろ。啓太だってそれオッケーしたよな？」
「したけど。でも…」
　恥ずかしいよ和希――啓太はその言葉を飲み込む。
　確かに和希の言うとおり、自分が了承したのは事実だった。てっきりいつものようにキスをかわして気持ちを高められて、和希のキスや愛撫に夢中になっているうちに徐々に服を脱がされると思ってオッケーしたのだとしても。
　こんなふうにベッドの上で向かい合って、和希に見られながらことさらゆっくりと服を脱がされるなんて思わなかったのだとしても。
「ボタン、全部はずれたぞ啓太」
「いちいち言わなくていいよ」
「いつ見ても啓太の肌って張りがあって瑞々しいよな。弾力性があるっていうのかな。そのくせ俺の手にしっとりと吸いついてくる感じがしてさ。…ほら」
　和希の手がはだけたシャツの中に滑り込み、啓太の脇腹をなぞりあげた。
「啓太にもわかるだろ。俺の手に馴染む肌の感じがさ」
「い、言い方がオヤジくさいぞ、和希」
「そうかな。でも事実だろ。こうして俺が手を動かしても、どこか離れがたい感じで啓太の肌が反応してる」
　和希が両手とも啓太の肌に滑らせた。肌の感触を確かめるようにゆっくりと触れられて、啓太が目を伏せる。
　ボタンをはずしている間も、こうして触れている間も、和希の目はずっと啓太の表情を追っていた。和希の顔を見ないようにしたところで、その視線が今も自分を追っていることを啓太はいやでも感じさせられていた。恥ずかしがっているところも、戸惑っているところも、全部和希の視線に捕らえられているのだ。
「もう和希、早く…っ」
「早く、なに？」
「だから、もたもたしてたら本当に食堂がしまっちゃうだろ」
「早く、してほしいの？　我慢できない？」
「そうじゃなくて、だから…」
　なにをされているかわからないうちに高められて快感に流されてしまうのならさほど恥ずかしくないが、こんなふうに一つ一つの行為を確かめるように触れられるのは、啓太にすればいたたまれなかった。
　自分だけが恥ずかしくて、余裕ありげな和希の態度も気にいらない。早くもっと積極的に触れて、この恥ずかしさを快感で流してほしいのに。
「啓太のここ、前はもっと色薄かったよな」
「……っ」
「それに、触った感じももっと違ってたような気がするなあ。なんかやわらかくなった気がする。そのくせ俺にちょっとこうされると」
「あっ…」
「すぐに固くなるんだよな」
　和希の指に片側の胸の突起をこねられたあげく、爪を立てられる。それだけでずくんと啓太の下半身が反応した。
「赤くなって立ち上がって、ますます存在を主張して誘ってる。啓太のここ、かわいいよな」
「……っ」
　固くなった突起を指の腹で幾度も転がされ、啓太の中にじわじわとした快感がうまれる。触れている指以上に変わらない和希の視線が、啓太をより敏感にする。
「勿論、こっちも」
「ス、ストップ！」
　啓太は伸びてきたもう一方の和希の手を、反射的に自分の手でつかんで止めた。
「どうかしたのか、啓太。片方だけじゃ、啓太が物足りないだろ？」
　啓太に止められた手はそのままに、和希がさらに啓太に触れている指を動かす。いくらか乱暴に押しつぶしこねくりまわし、また爪でその形をなぞる。
「和希…っ」
「なに？　それとも啓太は一つ一つじっくりと触られたかった？　こっち、まだまだ物足りない？　まだこっちをかわいがっててほしいっていう意思表示？」
「違う、違うけど」
「じゃあどうしたんだよ。俺は早く啓太のもう片方も触れたいけどな。こっちと同じように俺の指でかわいがって、固くしていやらしい色に変えてみたいよ」
「和希、おかしいよ。今日の和希、変だっ」
　啓太は和希の手をつかんだまま、戸惑ったように和希を見返した。
「変？　今日の俺、変かなあ？　どんな感じで？」
「いつもと違う…」
「だから、どんなふうに？」
「いつもはこんなやり方しないだろ。もっと…」
「もっと？」
そう聞きながら和希が身を乗り出し、啓太の耳に自分の口を寄せた。
「いつもはもっとどんな感じだって？」
「か、和…っ」
　啓太の耳に息を吹き込むように囁いたあとで、その耳朶を甘噛みする。それから和希は啓太の耳の中に舌を差し込んだ。啓太の耳のすぐそばで、かすかに濡れた音が聞こえた。
「あ…っ」
「言ってくれなきゃわかんないよ啓太。いつもの俺とどう違うのか…いつもと違うからなんなのか。いつもと違って新鮮？　気持ちいい…？　ほら啓太、黙ってちゃわからないだろ」
　言葉の合間に耳を嬲られて、また胸に触れていた指を動かされて、啓太の身体はますます熱くなる。けして急激な追い詰められ方ではなかったが、それだけにだんだん自分が感じはじめているのをいやでも知らされた。
　啓太の隙を突いて和希がつかまれていた手の自由を取り戻す。そのまま圧し掛かるようにして啓太の身体をベッドに押し倒した。
「わっ」
「ようやく触れた。こっち側もたくさん触ってやるからな」
「いいよっ」
「そうもいかないだろ。啓太のこと、もっともっと気持ちよくさせなきゃ啓太があとでつらいし、啓太は胸も敏感なんだからちゃんと触ってやらないとな」
　自由になった手で啓太の左側の突起にも触れる。胸の感触を堪能するような執拗な触り方に、啓太はいやいやをするように首を左右に振った。
「啓太？」
「俺を気持ちよくさせるつもりなら、もっとちゃんと触ってくれよ和希。こんなやり方しないで、もっとちゃんと、早く…」
「ちゃんと…触ってるだろ？」
「そうじゃなくて。こんなの一方的すぎるだろ？　俺だけが感じていて、和希は全然…」
「俺のこと、気にかけてくれたんだ？　大丈夫だよ。啓太がかわいいから俺もちゃんとその気になってるし、もっと感じる啓太を見ていたくて一生懸命我慢しているだけだから」
　和希はそう言うと、指で触れていない方の胸の突起に口を寄せた。舌でなぞりあげてから口に含む。
「……っ」
　故意に音を立ててそこを嬲ったあとで、「だから啓太は俺のことなんか気にしないで感じてていいんだよ」と囁いた。
「和希…っ」
「そう、もっと感じて啓太。啓太が今どんなことをされているか、ちゃんと俺が説明してやるからさ。俺にどんなことをされると啓太がおかしくなるのか、ちゃんと自覚しながら感じるといいよ」
　それから和希は再び啓太の胸を口の中に取り込み、舌で転がす。
　いまだ和希に触れられていない啓太の下半身はすでに熱くなり、上に重なった和希の体がわずかに触れるだけでさらに存在を主張しはじめた。いっそ恥ずかしさや戸惑いは忘れ、和希が与える快感だけを取り込んで流されようとしても、状況を知らせる和希の言葉が啓太を現実世界に引き止める。
「…啓太の、俺にあたってる。啓太の身体もほんと、大人になったんだなあ」
「し、してるんだからそんなの、当たり前だろっ」
「うん、でも。啓太がちゃんと感じて俺にしてしてってねだっている感じがたまらないよ。ここも忘れないでって、一生懸命なんだよな」
「俺のことばかり言うなよ。和希だってっ」
「俺が啓太をほしがるのは当たり前だろ。でも啓太は、俺のことを待ちわびてこうなってるんだもんな。…啓太はいつから、こんなやらしい身体になったんだろうな？」
　和希に急に声をひそめられ、啓太は思わず息を飲み込んだ。
「俺が教え込んだから？　それとももともと？　ちょっと触ってちょっと舐められただけでこんなになっちゃう啓太は、もしかして、すごく」
「和希のせいだろ。和希が俺をこんなふうにしたんだろっ」
「ま、そういうことにしてやってもいいけどな」
　かすかに笑って、和希は啓太から離れて身体を起こした。上気した肌を晒して息を整えている啓太の身体を楽しそうに眺めながら、啓太のズボンのバックルに手をかける。
「じゃあ、俺が啓太をどんなふうにしたのかじっくりと見せてもらうな」
「和希！」
　啓太が慌てて身を起こそうとしたが、和希の左手に押さえつけられた。もともと足の上に和希が座り込んでいるため、それだけでうまく身体を起こせなかった。
　慌てる啓太の目の前で、和希の手によって啓太のズボンのファスナーが下ろされる。
「そんなに出たかったんだ？　元気だよなあ、啓太の。それに、ここが湿っているように見えるのは俺の気のせいかな？　ほら、ここ」
「……っ和希、もういい加減にしろよっ」
「なにが？　ちゃんとしてるだろ？」
「してないだろ！　俺さっきから言ってるだろ。こんな一方的なやり方はいやだって。するならするで、いつもみたいにその…俺のことちゃんと抱きしめて、キスして、それから……」
　言っているうちにだんだんと語尾が弱くなってきた啓太の言葉に、和希が笑う。
「でも啓太はこんなやり方でもちゃんと反応してるぞ。啓太も見てみろよ、自分のがどんなふうになっているか。あ、どうせ見るならちゃんと全部見たいかな」
「和希！　俺本気で怒るからな！　もう今日はやめにするからなっ」
「いまさら？　ここまで勃っておいて？」
「……っ」
　ズボンから引き出された啓太のそれを和希の手が包みこむ。それから下着ごと強く扱かれはじめて、啓太が一瞬息を止めた。
「ずっと触ってなくてごめんな啓太。啓太は早くこっちを触ってほしかったんだよな。なのに俺がわざと焦らしてたからむくれてたんだろ？」
「違…っ…あっ…」
「今度はちゃんとこっちをかわいがってやるから安心していいよ。勿論こっちだけじゃなくて啓太のここも。さっきみたいにちゃんと触ってやるからさ」
「和希、よせ…っ、や…」
「思いきりみだれていいよ。俺がちゃんと見ててやるから。啓太が蕩けてぐずぐずになってるとこ、俺に見せて」
　啓太の手は懸命に和希の手の動きを止めようとしていたが、和希はかまわず啓太を追い上げた。
　自分を見つめる啓太がなにを考えているかわかっていて無視する。
　反応している啓太自身を下着でこするようにして扱くと、布地の感触がいっそうたまらないのだろう、啓太の息がさらに乱れはじめた。手の中がだんだん湿り気を帯びていくのも明らかだった。
　手の動きをゆるめると、啓太の腰が無意識のまませつなげに揺れる。
　望んでいない触れられ方を恨みながらも、それでも感じている啓太の様子に、和希は歪んだ愉しみを見い出した。
「和、希……ふっ…あ……っ」
「気持ちいい？　啓太」
「や、かず…き…っ」
「もっと強く扱いてほしい？　そろそろ達きそう？」
「やっ、あぁ…っ……」
「感じてる啓太の表情、すごくいいよ。もっと啓太の声を聞かせて」
「……っ」
「そう言われた途端に声を抑える啓太も好きだけどね」
　唇を噛みしめた啓太に笑みを誘われながら、和希は啓太の弱いところをいっそう強く刺激したあとあっさりと手を離した。
　和希の手が離れた一瞬、啓太が和希に困惑した視線を向ける。和希の手に煽られて限界近くまで追い上げられながら、いきなり解放された啓太自身。だが今の状況では啓太にはそれを訴えることもねだることもできないのだろう。内心で和希のやりようを許せないと思っている以上、このままちゃんといかせてほしいなんてきっと啓太の意地が許さない。そのくせ相変わらず快感には弱くて、今も中途半端な自分の身体に困り果てているのに。
　啓太の心情が簡単に読み取れて、和希はますます楽しくなる。
「どうかしたか啓太。もしかしてちゃんと達きたかった？　さっきの『かわいがってやる』っていう俺の言葉に、期待してた？」
「期待なんかしていないっ。もういいからどけよっ」
「どうせなら啓太のを直接見て、直接触りたいって思っただけなんだ。啓太が俺の手に反応して濡れるところをもっと見たくてさ」
　そう言って、和希は啓太自身を覆い隠していた下着をずらした。飛び出すようにして現れたそれにすぐに指を絡める。濡れた先端を指の腹でくすぐると、途端に啓太の身体がびくついたのがわかった。
「和希…っ…」
　啓太が和希の身体を押しやり、強引に身を起こす。
「もういいから…やめろって」
　和希の手を止めようとする啓太の手を、和希は啓太自身に導いた。
「か、和希っ…！」
「やっぱり直接触る方が刺激的だよな。啓太も自分がどんな状態か見たくなった？」
「や…っ。手、離せよっ！」
「ほら、見てみろよ。俺と啓太の手に握られて、啓太の、ますます元気になってきたみたいだな。やっぱ慣れた手のほうが気持ちよくなれるのかな。啓太もほら、いつもみたいに自分で動かしてみろよ」
「和希…っ」
　啓太の手の上に自分の手を重ねて、和希は啓太自身を擦り上げた。この状況を嫌がりながらも、啓太の身体は与えられる刺激に素直に反応し、先端からとろとろと蜜をこぼしている。
「啓太、ここが弱いんだよな。それからここも」
「いやだ…っ」
「自分でもここ、こうしてくすぐってる？　啓太は俺の指でこうされると、いつもめちゃくちゃ感じちゃうんだよな。ほら、ちゃんと声を聞かせて」
「……っ」
「そんなことしてたら唇が切れるぞ。俺の名前呼んで、俺のことを考えながら達っていいよ。ほら、けーいた」
　和希に促されても、啓太は自分から声をあげようとはしなかった。愉しげに囁く和希の顔を睨みつける余裕もないまま、啓太は徐々に追い詰められていく。どうしようもないほどの快感に襲われ、意識しない呟きがこぼれた。
「…あっ…やだ、こんな…っ」
「こんないやらしいことしないでほしい？　それとも……こんなんじゃ、全然足りない？　…もっと？」
「か、ず…きっ…っ」
「うん、ちゃんと見ててやるから。俺の前でだけ啓太の全部をさらけだしていいよ。達くところも出すところも全部、俺が見ててやるからさ」
　耳から忍び込む和希の笑みの混じった声に逆らいたいと思いながらも、何もできないまま啓太は追い上げられた。
「あっ…ああっ……っ――…っ!!」
　和希の強引なやり方に絶頂まで導かれ、啓太は自分の手や和希の手を濡らして達する。啓太の意思に反して、それは強烈な快感だった。
　啓太が達したばかりの荒い呼吸を整えていると、和希が「おつかれさま」と呟くのが聞こえた。
「……っ」
「いつにも増してすごく気持ちよさそうだったな。感じてる啓太、とってもかわいかったよ。……啓太？」
「……う…」
「――啓太…」
　中途におろされたままだった啓太のズボンに、新たなしみがぽつんと浮かぶ。それが啓太の涙であることは、俯いている啓太の顔をのぞきこまなくても和希にはすぐにわかった。
「こんなやり方、いやだ。今日の和希、最低だ…っ」
「……」
「こんなのいつもと全然違うだろ？　いつもはもっとちゃんと俺のこと、大事にしてくれるだろ？　なのに、今は…っ」
「……ごめん」
　啓太の涙まじりの声に、和希は目を伏せた。
　それから両腕で啓太の身体を優しく抱きしめる。けして強くなく、ただ啓太を大切に包み込むような力で。
「ごめんな啓太。これは俺の…わがままだよ」

　今度はちゃんとしよう――そう言って、和希は啓太の服を丁寧に脱がした。そのあとで自分の服も全部脱ぐ。
「和、希…」
「いじめてごめんな。さっきみたいなことはもうしないよ。――おいで」
　和希に誘われ、啓太はおずおずと和希に近づいた。先ほどの和希の一方的なやり方に腹を立てている気持ちはまだ啓太の中でくすぶっている。いきなり泣いてしまい、気恥ずかしい気持ちもある。
　けれど、さっき和希に抱きしめられたときに、なにかに自分の心を鷲掴みされたような感覚に陥らされた。それがなにかはわからなかったが、自分を見つめる和希の瞳に引き寄せられる。
「…本当にもうあんなやり方はするなよ」
「ああ」
「今度はちゃんといつもみたいに…」
「お詫びを兼ねていつもよりサービスしてやるよ」
「いいよ、そんなのっ」
「遠慮するなよ」
「遠慮なんかしてないよっ」
　文句を言いながらも啓太が和希に身を寄せると、すぐに和希の手が啓太の腰に回った。ぐっと引き寄せられて顔が近づく。啓太が目を閉じると、和希が唇を重ねてきた。
　たちまち深くなるくちづけに、啓太も必死で応える。和希の手が啓太の肌を撫ではじめ、一度達したばかりの身体にまた火がつきはじめた。そのままベッドに押し倒され、和希の指や唇にじっくりと愛撫される。
　――和希の指先に先ほどのような意地の悪さはなかったが、それでもどこかいつものやり方とは違うような気がした。
「…んっ…和希…っ」
　与えられる快感に身体が浮いてしまうような気がして、啓太は必死でシーツをつかんだ。汗ばんだ身体にシーツが擦れるのさえ快感に変わる。
　両足を大きく割られ、身体の中心からあがる和希の舌と口腔による水音が、啓太の聴覚までも犯す。
「あ…っああっ…」
　双丘の奥にある秘所はすでにほぐされ、和希の指が幾度も抽挿を繰り返す。ときに中の敏感な場所を的確に押され、ときに焦らすように掠めるだけで通り過ぎていく。そのたびに自分の腰が揺れてしまうのを、啓太は止められなかった。
「和希っ、和希、もう俺…っ」
「――そろそろ限界？」
「うん…うんっ。だからもう早く…っ」
「わかった。…けど、俺のほうがまだだから、啓太もう少し待っててな？」
「いやだ、待てない…っ」
「大丈夫、待てるよ。それとも啓太は俺を置いて一人で達っちゃうのか？　…俺を、置き去りにして？」
「…っそんなんじゃないけど、でも俺っ…」
　切羽詰って今にも泣き出しそうな啓太を宥めるように、和希は啓太の足の付け根に何度か軽いキスをした。そのキスにすら反応し、啓太の足がびくりと震える。
「和希…っ」
「…好きだよ啓太。そんなふうに必死になって俺を求めてくれるところもかわいいよ。だから、もう少しその声を聞かせて」
「やっ、ほんとに、俺っ…」
「啓太は自分が思うより慣れて耐性がついてるから大丈夫だよ。――一人でいっちゃ、だめだよ？」
「……っ」
　解放を求めて体内で暴れまわる快感に出口を与えられないまま、啓太は屹立する自身を再び和希の口腔に取り込まれた。後ろを探る何本もの指先に内部をかき回され、あまりにも強い刺激に全身が震える。
「やっ、もう、手、離せよ…っ。頼むから和希…っ」
「……」
「かず、き…っ！」
「……いいよ。そんなにねだられたら、俺のほうもたまらなくなるよ」
　和希は啓太自身を自分の口と手から解放すると、身体の位置をずらした。啓太の顔を見てその頬や額に軽いキスを落としながら、啓太の手をシーツからはずさせ、自分の背中に導く。
「和、希…？」
「縋るならちゃんと俺に縋って。目の前に誰がいて、誰に抱かれているか、啓太はちゃんと覚えなきゃだめだよ」
「そんなの、俺には和希しかいないだろ…？」
「それでも。離れてても絶対に忘れないように、啓太はこっちでも俺を覚えて」
「あ…っ」
「いい？　挿れるよ」
「ん…っ」
　啓太が頷いたのを確認して、和希は腰を進める。少しずつ啓太の中に進めていくと、背中に回された啓太の手がいっそう強く和希を抱きしめてきた。
　啓太の身体が追いつくのを待ってから、和希はゆっくりと動きはじめた。
「あっ、和希…和希…っ」
　だんだん動きが激しくなる和希に敏感なところを突かれ、さらに互いの身体の間で自身をこすられてたまらなくなっている啓太のせつなげな声を聞きながら、和希が囁く。
「気持ちいい、啓太…？」
「んっ…あっ、あぁっ…っ」
「啓太。たくさん感じて、俺のことちゃんと身体で覚えて」
「は…っ、和…っ」
「そして…」
　――俺の虜になって。
　その呟きとともに和希はいっそう激しく啓太を突き上げ、啓太にさらなる声をあげさせた。
　

　
「啓太、腹減ってないか？　インスタントの雑炊だけど、食べるか？」
「んー…？」
「もし腹減ってるんだったら起きろよ。それともこのままもう一回寝る？」
「ん…今何時…？」
「一時だよ」
「一時っ!?」
　言われた時間に驚いて、啓太は飛び起きた。慌ててそばにあった目覚まし時計で時刻を確かめると、確かに深夜の一時をまわっていた。
「ほんとに一時だ…」
　思わず気が抜けて、ばったりと再びベッドに沈み込んでしまう。和希に抱かれたあと、そのまま数時間眠り込んでしまったらしい。
「ほら、夜食。啓太が食べないなら俺が両方とも食うぞ」
　ややして食欲を刺激するようないい匂いが漂ってきて、啓太は再び顔を上げた。先に起きた和希が、トレーに二人分の雑炊を乗せて運んできたところだった。
「食堂、結局行けなかったからな。だから代わりに腹の足しになるようなもの作ってみたんだけど啓太はどうする？　啓太が食べさせてほしいって言うなら、俺が食べさせてやってもいいけどな。『ほら、あーん』てかんじでさ」
「いいよ、一人で食べるよ」
　もそもそと毛布を身体に巻きつけて、啓太が身を起こす。
「そうか？　でもちょっとは俺に食べさせてもらいたいだろ？」
「一人で食べられるって！」
「じゃそれはまた今度な」
　和希はそう言って、笑いながらトレーごと啓太に雑炊を渡した。自分は一つの丼だけを取り上げ、啓太の隣りに腰を下ろす。
「今度なんかないよ。まったく…今日の夕食のメニュー、俺の好きなものばかりだったから楽しみにしてたのにさ。…和希のせいだぞ」
「そうだな。俺が啓太のかわいさにはりきりすぎちゃったからな。あ、啓太。まだ出来たてで熱いから気をつけろよ」
「……和希のせいだって文句を言ってるのに、なんで和希、そんなに嬉しそうなんだよ…」
　啓太が聞くと、和希は満面の笑みを浮かべて答えた。
「そりゃあ幸せだからな」
「え？」
「啓太とこんなふうにいられてさ。啓太と二人っきりでいられて、俺はすごく幸せだよ」
　和希に本当に幸せそうに微笑まれて、聞いた啓太のほうが少し照れくさくなってしまった。啓太は照れ隠しに自分の手元に視線を落とし、トレーを支えながらその上にのっていたれんげを手に取った。
「こ、このあとシャワーも浴びたいし、急いで食べなきゃな。和希、作ってくれてありがとう。いただきます」
「どうぞ召し上がれ…と言いたいけど、そのまえに啓太の返事を聞かせてくれよ。啓太は？　俺と二人でいられて幸せ？」
「…幸せだよ。そんなの当たり前だろ」
「そうだな。こんなのは当たり前だよな」
　啓太の答えに満足して、和希は自分も雑炊を食べはじめた。啓太は頭の片隅で今日の和希の様子に引っかかりを覚えたが、和希に視線を送ると嬉しそうに見つめ返されるので、気恥ずかしくて結局はそのことについて考えられなくなってしまった。
　――雑炊を食べ終わると、啓太は和希に断ってバスルームを借りることにした。和希の部屋で抱かれたあとはもう何度もここのシャワーを使っているので、タオルを勝手に取り出してシャワーの準備をする。
　バスルームのドアを開けたところで、啓太は背後に人の気配があることに気がついた。
「か、和希!?」
「ん？　どうかしたか啓太」
「どうかしたかって、もしかして和希も一緒に入るのか…？」
「だって、そのほうが時間短縮になるだろ。俺も早くシャワー浴びて早く寝たいしな。…それがどうかしたのか？」
「別にどうもしないけどさ…」
　はっきり言えなくて視線を泳がせた啓太の頭を、和希の手がくしゃくしゃとかき回した。
「早くシャワー浴びて、早く寝ような」
「う、うん」
　和希と一緒にシャワーという今まで何度も経験している危険な符号を心配しつつも、啓太はそれ以上なにも言えなかった。和希の表情に裏の意図を感じなかったせいでもあり、また詳しく確認してやぶへびになったら困るからだった。
　けれど、ここで確認しようと確認しまいと結果は同じだということを、啓太はバスルームに入って五分で思い知らされたのだった。
　

　　　　　２

　あふ…とあくびをもらした啓太の隣りで、和希が笑った。
「啓太。今日あくびするのそれで何回目だよ。よく出るよなあ」
「俺がこんなに眠いのは和希のせいだろ。こっちは真面目に全部の授業受けてたんだからな。なのに一人だけちゃっかり三時間目と四時間目さぼってるしさ」
「だからあれは仕事で抜けただけだって説明しただろ？」
「でも仮眠もしたんだろ？」
「まあ少しはな」
「やっぱりずるいだろ。本当にもう、今日は眠くて眠くてしょうがなかったんだからな。昼休みに少し寝たぐらいじゃ全然眠気が取れなかったよ。それもこれも昨日、和希があんなに…」
「俺が、あんなに？」
「…なんでもないよ…」
　和希に聞き返されて、啓太はこの場で答えるのも恥ずかしくて口をつぐんだ。六時間目が終わったあとそのまま机の上に出しっぱなしだったノートや教科書を鞄の中に詰め込む。
　夕べは結局、あのあとバスルームの中ででもまたされてしまい、身体が疲れきって朝起きるのが大変だったのだ。重い身体をどうにか引きずって学校には来たものの、授業には身は入らないし、昼休みはほとんど寝て過ごしたようなものだった。
　その原因である和希は途中授業を抜けていたせいか、啓太から見て放課後の今もさほど疲れてはいないようだった。もともと抱かれる側である自分の負担のほうが大きいとわかっている啓太も、あくびをした自分を見て笑った和希にはほんの少し恨みを抱かずにはいられなかった。
「それで、啓太今日はどうする？」
「え？」
　机の上のものをすべて鞄に詰め終わった啓太に、和希が聞いてきた。和希がなんのことを聞いているのかわからなくて、反射的に聞き返す。
「今日は、って？」
「どこに行くかってことだよ。昨日は学生会に行ったから今日は会計部の手伝いに行くか？　それともやっぱり王様たちのところに行って、今日の様子を見てくるか？」
「ああ…」
　啓太は鞄の蓋を閉めた。
　そのときまた不意にあくびが出てきて、啓太は自分の口を押さえた。
「ん…今日は別に王様とも西園寺さんとも約束しているわけじゃないし、どこにも行かないで帰るよ。顔を出しても今日は全然手伝いにならなさそうだし、とにかく今は眠いしな」
「そうか。じゃあ啓太、気をつけて帰れよ」
「和希は？　どこかに寄っていくのか？」
「俺はちょっとサーバー棟で仕事してから帰るよ。さっき手をつけた仕事が中途半端だったから、それを片付けてくる」
「そっか。じゃあまたあとでな」
「ああ」
　啓太が立ち上がると、和希も同様に立ち上がった。二人で並んで教室を出てから、廊下で別れる。
「食堂が閉まるまでには帰るよ」
「わかった。俺もそれぐらいまで部屋で寝てるかもしれないな」
「じゃあ帰ったら真っ先に啓太の部屋に寄って起こすよ。そしたらすれ違わなくていいしな」
「そうだな。じゃあな和希」
　和希と別れて寮に帰ろうとする啓太の背中を、和希は足を止めたまま見送った。離れていく啓太の背中を追いながら、先ほどあくびをもらしたときの啓太のとろんとした表情を思い出す。
　本当に疲れて早く横になりたくて、どこかに寄る元気さえない啓太。
　和希の口元に抑えきれないかすかな笑みが浮かんだ。

　約束していたとおり和希に起こされて、啓太は和希とともに食堂に足を運んだ。
　そこで夕食をとってから自分の部屋に戻る。そのとき和希も部屋までついてきたが、今日はあまり和希と二人きりの時間を過ごしていなかったので、ただ普通に話をする感覚で啓太はそれを受け入れた。和希が今日どんな仕事をしたか、自分が寝ているときにどんな夢を見たか、そんなたわいのない話をして二人で楽しい時間を過ごすために、啓太は和希を部屋に招きいれたのだった。
　――だから。
「ちょ、和希っ!?」
「啓太…」
「うわっ、そんな熱っぽい声で囁いても今日はだめだって！」
「どうして？　俺は啓太がほしいけどな」
　話の途中で和希の手が啓太の腰にまわりあやしい手つきになってきたのに気づいて、啓太は慌てた。
　いくら夕食前に少し眠ったとはいえ、まだ昨日の疲れが身体に残っている。昨日はなかなか寝かせてもらえなかったのだ。それから二十四時間さえ経っていないのに、啓太としてはまたする気にはなれなかった。
「俺は今はいい。いらないっ。それより普通に和希と話をしたいよ」
「話なんかいつでもできるだろ？　それより啓太…」
「これだっていつでもできるだろ!?　本当に今日はだめだって、まだ今も疲れが残ってるんだからさ！　だいたい和希だって今日は仕事で疲れてるだろ!?　俺もだめだけど、それ以上に和希の身体が心配だよ」
　ただ拒否するだけじゃあっさりと無視されそうな気配を感じて、啓太は和希のことを口にした。実際部屋で少し眠った自分とは違い和希はずっと仕事をしていたのだから、啓太としては本当に和希の身体を心配する気持ちもあった。ただでさえいつ休んでいるかわからないほどのハードスケジュールをこなしている和希なのだ。自分を求めてくれるのは嬉しいが、それよりもちゃんと休んでほしい気持ちもあった。
「仕事…」
「そうそう、仕事だよ。俺の部屋に来るまでずっと仕事してたんだろ？　だったらやっぱり和希も今日は休んだほうが…」
「……その仕事のことで、啓太に慰めてもらいたいって言ったらどうする？」
「え？」
「さっきまで片付けてた仕事のことでちょっと…いやなことがあってさ…」
　苦笑をにじませた和希の声に引き寄せられ、啓太は和希の顔を見つめ返した。
「それでそのことを忘れようとして啓太が欲しくなったんだろうな。無意識に、啓太に甘えようとしてたのかな」
「和希…」
「でも確かにたかがそれぐらいのことで啓太に無理をさせるのは忍びないし、やっぱり今日はいいよ。悪かったな」
　そう言うと和希は啓太の身体に触れていた手を引いた。それから立ち上がって啓太に背を向ける。
「和希っ!?」
「今日はもう帰るよ。これ以上ここにいたらまた啓太に手を出したくなるからさ」
「和希、ちょっと待てよっ」
　ドアに向かおうとする和希を、啓太は慌てて引き止めた。その腕に縋って和希の足を止めさせる。
「啓太は気にしなくていいよ。これは、俺の問題だから」
「そんなこと言うなよ。和希の問題は俺の問題でもあるだろ？　和希が苦しんでるんなら、それは『たかがそれぐらいのこと』なんかじゃないだろ!?」
「啓太…」
　啓太は和希の腕を離すと、自分が着ている服の胸元をつかんで和希を見上げた。
「……いいよ」
「啓太？」
「和希が苦しんでて、それで俺を求めてくれているのならかまわないよ。俺なんかで和希の慰めになるのなら、むしろ俺にすれば嬉しいよ。……和希に、抱いてほしい」
「啓太…。でも俺のために、啓太が無理することなんてないよ」
「無理なんかじゃない。俺が望んでるんだからかまわないだろ？　俺には和希の仕事のことなんてよくわからないけど、でもそんな俺でも和希に対してできることがあるなら…」
「――ありがとう啓太。嬉しいよ」
　自分を見上げて必死に訴えてきた啓太の身体を、和希は抱きしめた。そのあたたかい身体を自分の腕の中に閉じ込め、啓太の耳元で囁く。
「ちょっと久しぶりにまいっててさ、啓太に慰めてもらいたくなったんだ。でもしばらく仕事のことは啓太の身体で忘れさせてもらうよ」
「そ、そんな言い方はするなよ…」
「でも本当だろ？　もしかすると現実を忘れたくなるあまり今日はちょっと無茶をするかもしれないけど、啓太はそれにつきあってくれるんだよな？」
「えっ!?」
「本当にありがとう、啓太。……愛してるよ」
　心の中でひそやかな笑みを浮かべ、和希は啓太にくちづけた。

「…はっ、ぁっ…んんっ…っ」
　闇の中、獣のような激しい息遣いがさらにこの部屋の空気を濃密なものに変えていた。
　すすり泣きにも似たみだらな喘ぎ声にまぎれて、愉悦に満ちた男の声が響く。
「そう…もっと自分でも動いてごらん。そのほうが啓太だってより深く俺を感じられるだろ？」
「あっ…かず、き…っ」
「俺の上に乗ってるからって、遠慮なんかしなくていいよ。もっと自分のしたいように腰を動かしてごらん。俺のにえぐられてこすられたほうが、ずっとずっと気持ちいいだろ。ほら」
「……っあ、そこは、だめ…っ」
「だめじゃないよ啓太。きゅって絞り込んで、そこがいいって啓太の身体が悦んでる。自分のいいところは、ちゃんと自分で覚えてなきゃだめだよ。でないと、自分でするときに困るだろ？」
「やだ…っも…あっ、ああ……っ」
　男に下から犯されたまま、ときおり脇腹を支える男の両手に強引に身体を浮かせられる。そのあとは重力とともに男にさらに激しく貫かれ、少年は男が与える圧迫感と快感に何度か意識を飛ばしそうになった。男の上で、何度達したか自分でもわからない。そもそも自分がいつからこうされているのか、時間の感覚さえ定かではなかった。
「…かわいいよ啓太。啓太のおかげで仕事のことは吹っ切れそうだよ。こんなやり方ですらちゃんと応えてくれる啓太のおかげだよ」
「はぁ…んっ…ぅんっ……」　
「…そう、なかなか上手になってきたじゃないか。啓太は飲み込みが早いから俺も教えがいがあるよ。こんなに早く覚えて感じてくれるのなら、別に今まで手加減しなくてもよかったのかな。啓太の外見に、俺のほうが騙されていたみたいだ」
「あっ、かずき…っ」
「――もっと、俺を感じて。そしてもっと俺におぼれて。俺なしじゃ生きられないくらいに気持ちよくさせてあげるから。…ね、俺の啓太」
　少年の身体に幾度となく楔を打ち込みながら、男は少年の身体を甘くて濃厚なさらなる快楽の中へと堕としていった。

続