「ここ、なに？」 俺は引っ張り込まれた教室の中を見て、和希に聞いてみた。自分でも呆れていることがわかる声。 その教室は電気がついてないせいもあって薄暗くて、そして机や椅子がいくつか置いてあるだけの閑散とした部屋だった。 「使ってない教室。だから人も来ないし、なかなか便利だろ」 そう言いながら教室のドアを閉め終えた和希が、後ろから抱きついて俺の身体に手を回してきた。 うわっ、マジでその気なのかよ、和希っ。 「なにが便利なんだよ」 「ナニかするのに便利。･･･っていうか、とりあえず人目を気にしなくていいところじゃないとこんなことできないだろ」 和希は俺に抱きついてきたけど、そのまま前に回した手を動かそうとはしなかった。ただ俺を抱きしめてくれているだけだった。 ･･･俺がこんなふうに優しく抱きしめられるのは嫌いじゃないってわかっててやってるだろ和希。こんなふうにされたら腕をはずそうとか抵抗しようとか全然考えられなくなって、そのまま甘えたくなるだろ。 「さっきから和希は人目なんか全然気にしてないだろ」 それでも口では文句を言うと、 「人目を気にしていたから短い時間で解放したり、瞬間的なキスだけにとどめたんだろ？ 本当はずっとこうしていたかったけどな」 と、少しだけ俺を抱く腕に力を込めて和希が言った。 それから俺は和希に床に座るように促された。なにかするための前段階という気配も全然しなかったので、俺は素直にそれに従う。 薄暗い教室の片隅に、俺たちは並んで腰を下ろした。壁に背中を預けて俺は膝を立て、和希は両足を伸ばしている。片腕を俺の肩に回して、和希は自分に頭を預けるように俺を引き寄せた。 少しほこりっぽいけど、外の音なんか全然聞こえない静かな空気に包まれた。 ･･･こういう時間の流れって好きだなと、しみじみ思う。 「･･･入学式さ、実は少し緊張してたんだ俺」 そんな中で、和希がぽつんと話しはじめた。俺は薄暗い中目を凝らして、和希の顔を窺おうとする。 「他の新入生たちとは勿論緊張の意味が違うけどな。もとから年のことはばれない自信があったけど、でも本当に入学したばかりの学生たちにまじって絶対にばれないという保証はなかったし、なにかのアクシデントが起こらないとも限らない。西園寺さんたちは俺に気づいてもなにも言わないでくれるだろうとは思ってたけど、久我沼もいたし、他の来賓の目もある。まずこの初日を乗り切らなきゃ俺がはじめようとしていたことはただの茶番で終わるし、少なからずどきどきしてたんだ」 「俊介は･･･和希はすごく落ち着いていたって言ってたぞ。他の新入生は緊張していたけど、遠藤だけは落ち着いてて周りを見て楽しんでいるようだって」 「まあ確かに楽しんではいたけどな。日本での入学式、しかも自分が学生の立場なんて新鮮といえば新鮮だったからな。それに式を取り仕切る学生会の手腕も個人的に楽しみだったしな」 「じゃあ王様が言ってた、和希は学生会のお手並み拝見て感じで式に参加してたっていうのも、あながち間違いじゃないんだな。･･･王様はそれで怒ってたけど」 「王様、俺のこと性格が悪いとでも言ってたか？ 純粋に楽しみだっただけなんだけどなあ。王様が持つカリスマ性に、学生として触れるのも楽しいだろうなと思ってさ。今は慣れたけど、それまでは『文武ともに秀でた将来有望な学生』であり、『何度か世話になった人の息子の丹羽くん』としてしか見ていなかったから、それに加えて『式典を取り仕切る頼もしい先輩』として見るのも面白いと思ったんだよ。それは王様だけじゃなくて西園寺さんや七条さん、それに俺が入学を認めた他の学生たちにも言えることだけど、まあ王様の力はもとからかってたから余計にな」 和希が、自分が経験したベルリバティの入学式のことを思い出しながら話してくれている。和希の優しい声とともにそのときの和希の考えや気持ちが伝わってきて、俺は少しくすぐったいような、なんとも言えない気持ちになった。まるで和希と一緒に、俺もその日を経験したかのような感覚になれた。 「七条さんは、和希を見て式の間中転校を考えていたって言ってた。それから西園寺さんは和希が手芸部に入ってびっくりしたって」 「はは･･･。あの二人からは実は式のあと呼び出しくらったよ。まあ俺もちゃんと話をしなきゃとは思っていたけど、いきなりその日の放課後に教室にお迎えまできてさ。七条さんだけだったけど、でもやっぱりあの人も目立つだろ？ 入学式から数日間はクラスの連中に妙に注目されちゃってさ、せっかく目立たないように振舞っていたのに冷や冷やしたよ。で、会計部に行ってみたらお迎えは七条さんが勝手にしたことみたいでさ、『早く事情を知って理事長にご協力したかっただけで、別に他意はないんですよ？』なんて七条さんに笑顔で言われたりもしたよ･･･」 うわ、確かに七条さんだったらあの笑顔でそれくらい言いそうだなあ。なんたってリップサービス、だもんな。 ･･･や、やっぱり七条さんも王様みたいに和希のこと恨んでいるのかな･･･。 俺が心の中でそんなことを考えていると、和希がこれまでと声の調子を変えてふと呟くのが聞こえた。 「俺も･･･今までの時間を否定したくはないけどな」 「え？」 「いろいろと失敗もしたし、それで啓太をつらい目に合わせたりもしたけど、確かに今まで俺たちが過ごしてきた時間を否定することはないよな。全部、今の俺たちが存在するためには必要な時間だったんだろうし。･･･でも」 そこで和希が壁から身体を離して、俺の顔を見た。和希はかすかに笑ったようだった。 「でも、ちょっと悔しいな。俺一人だけ、啓太がいなくてさみしがってたなんてさ」 俺一人･･･で悔しいって･･････あっ、さっき俺が聞き逃した言葉だ。 「啓太は俺に早く会いたかったなんて思わなかったようだけど、俺はさみしかったよ。できたらやっぱり一緒に入学したかったな。はじめからきちんとした形で啓太を俺の学園に呼び寄せたかったし、なんといっても初々しい啓太の新入生姿を目の前で見て楽しみたかったしな」 「･･･っ･･･俺のこと見て楽しむってなんだよ」 「そのままの意味だよ。きっとかわいかったんだろうなあ、入学したての啓太は。胸に新入生の花をつけて、慣れない場所に緊張しててさ。声をかけられるたびにどきどきして、でもかわいい笑顔で精一杯受け答えしてさ。あ〜、そんときの啓太に声をかけてみたかったなあ。今よりもっと幼さが残ってて、俺はすごくなつかしくなっただろうなあ」 「一年以上経っているわけじゃないんだし、今とそんなに変わらないだろ」 「でもやっぱりまだまだ制服を着慣れていないっていうところがいいんだよな。啓太を包むものすべてが新品で」 「俺がベルリバティに来たときだって新品の制服だっただろ。もうっ。人のことそこまで勝手に想像するなよな！」 俺が文句を言うと、すかさず和希が言い返してきた。 「啓太だって俺のこといろいろ想像したんだろ？ だったら俺だって啓太の昔のことを想像してもいいだろ？」 「和希のは不純でなんかやばいかんじがするからダメ！」 「やばいって、いくら俺だって真新しい制服を脱がすところまでは想像してないぞ」 「･･･そう言いながらこの手はなんだよ」 「この制服は新品じゃないだろ」 和希の手はしっかり俺が着ているジャケットのボタンにかかっていた。喜々としてネクタイまでゆるめてくる。 和希･･･。 「結局はそうなるんだな」 俺は和希に向けて冷ややかな口調で言ってやった。ここの教室に引っ張り込んだ途端に仕掛けてこなかったから、ちょっと見直してたのにさ。二人で話をするだけで俺は充分楽しかったのに、和希ってこういうとこほんと即物的だよな･･･。 「ん？ 他にもまだ聞きたいことがあるのか？」 俺の服を脱がす手は止めずに和希が聞いてきた。 「あるって言ったら？ そしたら和希ちゃんと答えてくれるのかよ」 「勿論答えてやるよ。『こっち』より先にさ」 そう言いながら和希の手が俺のシャツの内側を滑った。俺はその手をすぐさま軽くはたく。 よーし、じゃあいろんな質問に答えてもらうからな！ 俺は和希にコトをはじめさせないべく、懸命に質問を考えた。 えーと、えーと、なにかないかな･･･。あ、そうだ。 「七条さんから、和希がベルリバティに入学してから学生のために改善された場所がいくつもあるって聞いたけど、それって本当なのか？」 まず一つ目として、俺はさきほど七条さんから聞いた話を和希に確認してみた。 「ああ、そうだな。どれも大したことじゃないけど、確かに俺がベルリバティに来て変えたことならいくつかあるよ。やっぱり学生として中で生活してみるもんだよな。上から見ていただけじゃ気がつかない、改良の余地がある場所とか目につくもんな。セキュリティの面でも、実際に生活してみて甘いところや見落としていた死角に気づけたよ」 そう言いながら、和希がボタンをはずし終えた俺のシャツを、ジャケットと一緒に肩からずらした。そして俺の身体を引き寄せ、肩口に顔をうずめてくる。 わ、わわっ和希っ。 「や、約束が違うぞっ。俺まだ聞きたいことがあるんだからな」 「どーぞどーぞ。早く言ってみろよ」 「言う！ 言うからシャツを引っ張るなよ。･･･っだから舐めるなっ。手を動かすなって！」 「啓太が言うの遅いから待ってられなくてな」 「言うって言ってるだろ！ だからえーっと、か、和希、もしかして理事長室に編み物道具とか毛糸とか持ち込んでたりするのか？」 これもまた七条さんたちとの話に出てきたことだ。俺が聞くと、和希はあっさりとそれに頷いた。 「最近は忙しくてなかなか編めないけど、あそこの引き出しには入れてある。それがどうかしたのか？」 あの立派な机の引き出しに入っているのか･･･。本当に和希って編み物好きなんだな･･･。 「煮詰まったときに編んだり、逆にぼーっと考えごとをしたいときにはちょうどいいんだ。編みながら考えているとけっこういい考えが思いついたりするんだぜ」 「ふうん、そうなんだ･･･って、和希･･･っ！」 身をかがめた和希が俺の胸に口を寄せてきた。俺は和希の髪の毛を引っ張ってやる。人が聞いているときぐらい中断しろよなっ。 だけど和希はそれぐらいでは俺から離れようとはせず、口を寄せていないほうの胸にもしっかり指を伸ばしてきた。指のはらで、俺の胸の先端を押しつぶしたり、指で弄んだりする。･･･一瞬、俺の方の思考が途切れた。 く、くそ、負けないからなっ！ 「和希、ベルリバティの入学式ってどんなかんじなんだ？ 学生会の主催らしいけど、普通の厳粛な式とは全然違うのか？ それに式のときの盛り上がり方はどんなふうなんだ？」 俺はあがりはじめた息で言葉が途切れないように、早口で質問した。式の内容のことは海野先生から少し聞いていたけど改めて和希からも聞いてみたいと思ったし･･･なにより時間稼ぎになるだろうと思ってのことだった。そこからまたいろんな質問が思いつくかもしれないし･･･っていうか、無理やり探し出すんだけど！ 「んー？ そうだな･･･」 和希は舌で転がしていた俺の胸の･･･そこから口を離すと、とりあえず約束どおり俺の質問には答えてくれた。 ･･･和希に舐められて濡れたところに、和希の息がかかるのが微妙に気になるんだけど･･･。 「うちの入学式はけっこう楽しいと思う。一つのイベントって感じでさ。式として本当に必要なことだけは組み込むようにこちらから提示してあるけど、あとは式次第そのものが学生会任せなんだ。去年の入学式もそれなりの出来だったけど、今年は王様の力でものすごく盛り上がったんだぞ。式には会計部も協力していたしな」 「学生会と会計部が協力し合っていたんだ。それならきっと本当に楽しい式だったんだろうな。いいなあ、そんな話を聞いちゃったら、やっぱり俺も出たかったなって思っちゃうよ」 「出られるだろ」 そう言った和希が再び俺の胸に口を寄せた。わざと音を立ててついばんでくる。 「･･････っ」 それだけじゃなくて、和希の手が俺のズボンのホックにかかった。器用に指で簡単にはずす。 「で、出られるって･･･」 「だから来年にさ。来年の入学式もまた学生任せになるだろ。でもってどうせ啓太も手伝わされるんだろ。まあ、もしかしたら啓太が自主的に手伝うのかもしれないけど」 「･･････」 和希の指がスボンのファスナーをおろしはじめ、俺の意識はどうしてもそちらに引っ張られてしまった。 「そしたら今度は新しい一年生を迎える側として参加できるだろ？ 俺も勿論新入生を迎えるためにはいろいろと準備をしなきゃいけないし、立場は違うけど、俺と啓太が一緒に新入生を迎えることには変わりないだろ？ 一緒に、後輩を迎えような」 和希はそう言って、かがめていた身体を起こし、俺にキスをしてきた。 「う、うん――」 俺はすぐに返事を返したが、それを奪うように和希がさらに唇を深く合わせてきた。俺は壁を背にしているために逃げようもなく、そのまま和希のキスに翻弄される。 「ぅん････ん･･･っ」 ･･･どのくらい俺たちはキスをしていただろうか。和希の絶妙なキスに意識がなかば飛びかけていたとき、楽しそうな和希の声が聞こえた。 「――で、他に質問は？」 言いながら和希の手は俺の下着の中に侵入してきていた。 「入学式のこと、もっと詳しく教えてやろうか？ それともあの日俺が西園寺さんたちとどんな話をしたかとか、俊介になにを言われたかとか、もっと話してやろうか？」 「･･････」 俺の顔をのぞきこみながら言う和希に、俺は恨みがましい視線を向ける。もっと話してやろうかなんて言いながら、指はしっかり俺のを弄びはじめている。 こういうところ、ほんとに性格悪いとつくづく思う。 俺の息があがりかけていることや、和希の指に反応しかけていることなんか充分わかっててそんなふうに言うんだ。 「なにが聞きたい？ 啓太の知りたいことなら、俺はなんでも教えてやるよ」 ･･･ここで例の質問をしてやろうかとも考えたけど、とりあえず今はやめた。そう言いながら俺に言わないこともきっとたくさんあるんだ。 ――それでも。 「･･････も、いーよっ」 俺は半ば投げやりな気分になって叫んだ。 「いいのか？ 啓太、俺に聞きたいことたくさんあるんじゃないのか？」 笑いながら指で俺の弱いところを何度もひっかいてくる和希。ちょ･･･っ、和希、本気で俺の質問を受けつける気なんて全然ないだろっ!? 「もういいって言ってるだろ！」 「そうか？ じゃあ『こっち』をはじめてもいいんだよな」 結局中断してたときなんか全然ないじゃないか！ 俺は文句を言いたい気持ちに駆られたが、あえてその気持ちを飲み込み、和希の首に両腕を回した。 「･･･もういいよ。みんなに話を聞いたし、そのあと和希からもいろんな話が聞けたからさ。俺はその場にいなかったけど、ちゃんと和希から話が聞けて和希の思い出を共有できた気がするし、もう･･･充分だから。･･･けしておまえの誘いに負けて身体に引きずられているわけじゃないんだからな」 最後の部分を強調すると、和希は吹き出したようだった。自分の手の中の俺の反応を見て、意地っ張りだなとか思ったのかもしれない。でも本当に身体だけに引きずられたわけじゃないんだからな！ 「ああ、思い出の共有だな。これまでの時間の中で重ならない部分があっても、こんなふうにたくさん話をして思いをわかちあっていけば、それは俺たちがずっと一緒にいることとそう変わらないよな。これからもこんなふうにたくさん話をして思い出を共有していこうな」 和希はそう言って、俺の身体を壁からずらしゆっくりと床に押し倒しはじめた。 それから少し身体を浮かし、俺のズボンに手をかけて引きおろしていく。 「うん･･･。俺も、もっともっと和希のことが知りたい」 「俺だって啓太のことがもっと知りたいよ。――だからまずは啓太がいかに初々しい新入生であったかとか、真新しい制服姿はどんなふうだったのかとか、その制服の下の肌の色やそのときの体つきが知りた――･･･」 俺はその言葉の途中で、和希のことを膝で軽く蹴りあげてやった。 「それ思い出の共有じゃないだろ、全然っ！」 「そんなことないぞ、それも啓太の大事な思い出の一つだろ。たとえば啓太が初めて一人でしたときのことだって大事な」 「その口を閉じないと俺本気で帰るからな」 「わかったわかった。じゃあそれはひとまずおいといて、まずは二人の新しい思い出を作るとするか」 「･･････和希が使うと思い出って言葉が穢されていくような気がする･･･。そもそもこういうのは普通の思い出とは全然違う気がするぞ･･･」 ぶつぶつと俺がそう呟くと、それに対して和希はあっさりと言い放った。 「でも気持ちと快感を二人で共有するのは同じだろ？ ってことでたっぷりと快感をわかちあおうな、啓太ｖ」 俺に向けて満面の笑顔を見せてから、和希はすぐにあやしい手つきで俺に触れてきた。 う･･･『快感をわかちあう』なんて確かにそのとおりかもしんないけど、なんかいやな響き･･･とひそかに不満に思っていた俺の耳元で、そのあと和希がこっそりと付け足した。 「それから勿論、今同じ時間を過ごしている幸せもな。俺たち二人でたっぷりと共有しような」 「――うんっ」 俺はすぐにこの言葉に頷き、幸せを共有すべく、和希の体に腕を回して抱きついた。 なんか和希の口のうまさにしてやられた気がしないでもないけど、でも一緒にいられて幸せなのは本当だから。 和希も俺も同じ幸せを感じることが出来たら、やっぱりそれが一番嬉しいことだから。 ＥＮＤ |