Ｌａｓｔ Ｗｉｓｈ（後） そう呟いた途端、空は腕をつかまれ、強い力で男の胸に引き寄せられていた。腕の中にいると思う間もなく、男の手が空の顎を捕らえ、顔を上げさせる。性急に押し当てられた唇からはすぐに舌が侵入してきて、強引に空の口をこじ開けた。 「・・・ん、くぅ・・・っ」 いつもにも増して深く唇を重ねられ、口腔を犯される。角度を変えて何度も行われるくちづけは、呼吸のための空気さえ奪われそうな苛烈さがあった。――しかし普段の、こちらのことをお構いなしにされるキスとは、どこかが違う気がした。 空も一方的に受け入れるばかりではなかった。初めは今の状況に驚いたものの、そのうち水都にくちづけされていると理解すると、その首に自ら腕を回し、積極的に応えていった。 空の意識を煽るように、男の手が空の背中を滑り落ちて腰に回る。服の上から双丘を撫でられたときも、感情が高まりこそすれ、引く気持ちはわいてこなかった。 制服の下のシャツの中に、男の手が侵入してきた。脇や腹部を愛撫せずに、すぐさま胸に伸ばされる。たどり着いた胸の突起を、男が指の腹でこすりだした。 「ふっぅん・・・っ」 水都の首に回した腕に、空がきゅっと力を込める。ただ胸を責められているだけなのに、それだけでたまらない快感が走る。男の唇が空のそれから離れて荒々しく首筋を舐めていくさまも、空の快感を高めていった。 水都の手が片手で器用に空のズボンの前を寛げていく。いつもこちらを焦らす水都らしくない早さでそこを開放すると、男の手は空の背後に回った。いくらか下着を下ろして割れ目を辿り、その部分を指で刺激する。 「あっ・・・ふ･･･っん・・・。・・・はっぁぁ・・・」 空の腰が水都の身体に押しつけられる。硬度を持ちはじめたそこを、空は無意識のうちにこすりつけた。男の服と自分の下着にすれて刺激を得ているからではなくて、自分のそこが男の体に触れているという事実が空を導いていく。 「いやに敏感じゃないか。やはり、そうとう溜まっていたみたいだな」 机に背を預けていた水都が空ごと身体の向きを変え、空を机に押しつけた。その体を少し浮かせて、机の上に座らせる。そして一度空から身を離すと、中で主張しはじめている空自身を覆うズボンと下着を引っ張り、完全に脱がした。空のそこが数学教諭室の明かりに照らされる。 「――っ」 「足を閉じてはだめだろう、羽柴。ちゃんとそこで開いて見せてみろ。――最後だからこそ、じっくり見たいんだが？ おまえだって私の目にさらされたいだろう。もう、二度とないことだしな？」 慌てて足を閉じた空の両足をつかみ、水都はかかとを机の上に乗せて膝を割った。男の言葉に、空がたちまち顔を背ける。それでも、もう足を閉じようとはしなかった。どんなに恥ずかしい姿であっても男の視線を感じ取るのはこれが最後だと思うと、自分の中で羞恥心と相反してその視線さえも惜しむ心が芽生える。 唇を噛み締めて足を震わせながらも恥ずかしさに耐えている空の顔を愉しそうに見上げながら、水都は明かりの下のそこをつくづくと眺めた。見られているだけで〝空〟がますます成長していることは、男の目にも明らかだった。 「くく。本当に不思議なものだな。さして色気も品も落ち着きもないおまえのココだけは、色といい形といい天然で男を誘っているんだからな。誰が見たってしゃぶりたくてたまらなくなる」 「・・・んんっ・・・・」 男が指でついっとなぞると、それだけで空の唇から甘い声がこぼれた。さらに別の箇所をつつくように刺激される。 「や・・・よせっ・・・。ンなやりかたしないで、ふっ・・・さ、さっさと挿れればいいだろっ」 「最後だからじっくり堪能したいんだろう。羽柴のココも気持ちよそうだがな？ ほら、ココなんか特にな」 「ひゃぁっ・・・っ」 男が空自身の先端のくびれを指でくすぐる。それだけで空にすれば達してしまいそうなほど強い刺激となった。 「も、よせよ・・・っ」 「ここでやめたらきついのはおまえじゃないのか？」 「・・・きついから、早くイかせろって、言ってんだろ・・・っ。ずっと朝がこねえワケじゃない・・・時間には、限りがあるんだからなっ」 「朝まで、何度もかわいがってほしいのか、おまえは」 水都が足を開いた空の太ももをぺろりと舐めた。故意に一番敏感な部分からは手を離し、太ももの付け根だけを舐めていく。 「・・・あっ、ん・・・ふっ・・・・」 空の手が伸び、男の髪に触れた。引き離したいのか押しつけたいのかわからない手が、男の髪をやわらかくつかむ。 「焦らされるよりも、何度も私に突かれたいって？ ふ・・・殊勝じゃないか。最後だから自分の中に私を取り込みたいわけだ」 「んっ・・・さ、最後最後って、ゆ、なよ・・・」 「言われるとせつなくなるのか羽柴？ ん？」 「違う・・・ただ、いやな、だけだ・・・んんっ・・・」 「私とこうやって言葉を言葉交わすのも最後だぞ？ 勿論、ここを触られるのも、な」 「ふ、ふぁっ・・・あっ・・・く・・・ん・・・っ」 水都の指が背後に回った。足を開いている空の丸見えとなっているそこに指を辿らせる。それから水都は空の右足を抱えるようにして肩に担ぎ上げると、指と同時に舌もひらめかせた。突然甘く濡れた感触がそこに加わり、空の体がびくびくと跳ねる。 「あ、みな・・・とっ・・・っ、やっ・・・ふっ・・・」 「どうした？ 早く挿れてほしいんだろう？ そのためにはここをよくほぐしておかないとな。もう何度も私を迎え入れて慣れているとはいえ、たまにはちゃんとほぐしてやるのもいいだろう。・・・最後だしな」 舌でそこを舐めとられながら、少しずつ指が侵入しはじめる。空は可能な限り上半身を起こし、自分の足が乗せられていないほうの男の肩口をつかんだ。 自分の中で、さらに快感が高まっているのがわかる。男の指や舌に感じてしまうのみならず、秘所にかかる男の息にも、足に触れる男の服にも、耳から聞こえる言葉にさえ体内の熱が煽られて敏感になっているのがわかる。 「あっ、ああっ・・・・っんふっ・・・」 水都は、そそり立っている自分自身には今はなにもしていないのに。放置したまま、後ろだけを責め続けているのに。 それでもそのことがなおさら、空の意識をおかしくする。 「もうこんなになっているのに、私にかわいがられるのをおとなしく待っているわけか？ 自分では触らずに・・・ふ。おまえも、少しは我慢することを覚えたらしいな。それとも自分の手よりも、私の手のほうがいいと、もう身体で覚えているからか？」 「んんっ・・・っ」 空の秘所から口を離し、水都は二本の指を中に押し込めた。その部分を濡らした大量の唾液とあいまって、湿ったいやらしい響きを持つ水音が空の耳にも届いた。 「あ・・・っも、早く・・・挿れろよ・・・っ」 「そう急かすな。焦らされてたまらなくなっているおまえの顔は本当に眺めていて飽きないしな。おまえが啼く声も・・・一晩中聞いていても飽きない。まったく・・・ここまで躾けてやったのに、ここで手放すのはかなりもったいないんだがな」 そう言って男は指で空の中をかきまわす。空がたまらずに首をゆるく振って、自分の中の快感を散らそうとする。 「おまえのここも、私を、忘れたくはないだろう？」 水都が今まで放っておいていた空自身を左手でつかみ、舌で根元から先端までをつぅ・・・っと舐め上げた。 その途端。空自身が強く震えた。 「あっ・・・や、もっ、ん、んんっ・・・・・・っ！」 そうして、これまで追い詰められていた空の中の快感が、外に、拡散した。 「はぁ・・・は・・・ぁ・・・」 空が荒い息を吐いて呼吸を整える。体の中が熱くて、今自分の制服や顔になにがかかったのかも、よく理解していなかった。空の中からあふれ出たそれで穢された少年の顔を、水都が舐めとるようにキスの雨を降らせていった。 「ん・・・っ」 思いがけず優しい男の唇の感触に、空が身じろぎをする。男の手は、再び空自身にかかっていた。 「まったく。おまえは相変わらずこらえ性がないんだな」 「そりゃあ誰かさんと違って若いからなっ！」 自棄になってそう言った空の唇に、男が唇を重ねてきた。ゆるく舌を挿入させながら、そのくちづけとともに空の体を机の上に倒していった。制服の下のシャツに男の手が滑り込みそこを愛撫されても改めて足を開かされても、空には男を突き放す気はまったくなかった。 最後の夜の、初めてのつながり。朝まで限られた時間のうちの一度目。これまでにないほど心も体も男を受け容れる気になっているのがわかる。 「さて、おまえが待ちわびていたものだぞ」 「ふん。あんたこそ、そろそろ限界だったんだろ？」 空がそう憎まれ口を叩くと、男がかすかな笑みを浮かべた。 「ふ。限界など、とっくに超えている・・・」 「――え？」 「だから、しばらく連続でつきあってもらおうか」 水都の目元がなぜだか一瞬柔らかく細まった気がして、空の目が男の表情に釘付けになる。だが次の瞬間には、空の奥まったそこに男の強張りが当たった。 「あっ・・・み、水都・・・っ」 これから起こる出来事を認識した空の体に緊張が走る。空は必死で手を伸ばし、男の首に腕を回した。 少年の腕に込められた力に引き寄せられて、男は空にあてがったそれをぐっと侵入させながら、少年の体の上に自分の上半身を重ねた。服越しに、二人の体温が合わさり、さらに互いの体の中の熱を高めていく。 「・・・・・・っ」 空は目をつぶり、男にぎゅうっとしがみついた。男のスーツにあたった自分の分身が、服の生地にすれて新たな快感を生み出す。体内に取り込んだ男自身に対しても、すでに幾度も覚えこまされた体が甘く反応しはじめていた。 「そう締めつけるな羽柴。すぐに私を達かせたら、中途半端でつまらなくなるのはおまえのほうだぞ」 空にささやきながら、水都がゆっくりと腰を動かしはじめる。空の足を押さえていた右手を動かし、かけていた眼鏡をはずした。片手で折りたたみ、それを握りこんだまま机の表面に手をつく。 「あっ、ぬっ・・・ぬかせっ・・・。あんたど、せっ絶・・・んのクセに・・・・・・っ」 動きはじめた男に合わせ、空の体も無意識のうち揺れはじめる。机に乗っていた空の足が離れ、水都の腰に回った。 ――最後、だから。 もう明日からは他の誰かのものになるから。 自分たちは他人同士に戻るから。 そう考えただけで空は、もっと深く男とつながりたい気持ちを抑えられなかった。 ブラインドを下ろしていない窓から、朝の光が差し込んでいる。空は床に横向きで寝転んだまま、白々とあける朝を見つめていた。 体がだるくて、思考がまとまらない。 ただ空はぼんやりと、「別れの朝」という単語を思い出していた。歌かなにかで聞いた言葉だっただろうか。 わずかに身じろぎをして、空は生身の自分の肌に、男のスーツがかけられていることに気づいた。淡白な生地の肌触りが、そのまま男のずるさにも似ていた。本気であたためてくれる気はないくせに、完全に突き放してもくれないのだ。中途半端な気まぐれに、自分はずっと振り回されっぱなしだったような気がする。 でも、もうそれも終わるのだ。 もう今日からは、互いに別々の道を歩んでいく――。 そう思うと、目元が熱くなるような気がした。窓を見ていた空の視界がぼやける。 ようやく男から解放される時が訪れて、自分はこんなにも嬉しがっているのだ。 目元からあふれて頬をつたった一筋の雫を、空はそう解釈した。 「･･･羽柴。起きたのか？ 起きたのなら服を着ないと、風邪を引くぞ」 背中のほうから男の声が聞こえ、空はドキリとする。慌ててスーツの袖口で目元を拭った。 「はん。あんたが手加減なしにさんざんヤるから動けねえんだよっ」 「ねだったのはおまえのほうだろう。何度も腰を揺らしてひっきりなしに垂れ流して。本当に貪欲なやつだよ、おまえは」 「そっちが無理やり突っ込んだんだろっ。オレはあそこまでなんて言ってない――」 文句を言いながら半身を起こして振り向いた空は、そこにいる男の姿を見て言葉を止めた。 別になにが違う、というわけではない。 ただワイシャツを着た男がそこに立っているというだけで、空の胸がびくんと跳ねたのだ。普段は使用していない机に寄りかかって、水都は煙草を吸っていた。ネクタイはとかれ、ワイシャツの襟元は緩められている。そんないくらかくだけた格好をした男の姿が、窓から差し込む白い光の中で浮き立って見えた。 ――悔しいほどに。あまりにも、さまになっていて。 言葉を失ったまま空が男をじっと見つめる。 空の視線に気づいた男が、吸っていた煙草を手元に寄せておいた灰皿でもみ消した。寄りかかっていた机から身体を起こし、ゆっくりと少年に歩み寄る。 空の前に来ると水都は膝をついた。少年の頬に伸ばされる手。 「――空・・・」 「・・・っも、触んなよっ」 男の手に頬をなでられた瞬間に、空は慌てて顔を背けた。昨日自分を抱きしめてくれた手に肌を辿られると、それだけで心が震える。 そういうこちらを期待をさせるような行動はもうやめてほしい。そんなふうに優しく触れられたら、未練がましく執着してしまいそうになるのだから。 「もうオレとあんたとは関係ないんだからなっ！」 自分の心に言い聞かせるように、空は叫んだ。 「ふ。私が、本当におまえを手離すと思っているのか？ あいにくだったな。一生飼ってやると言っただろう。――おまえは、永遠に私だけのものだ」 「な・・・」 驚いた空が、改めて男の顔を凝視した。 「言葉どおりだ。私が、本気でおまえを解放するわけないだろう。私も、甘く見られたものだな」 そう言って男が立ち上がり、空に背を向けた。先ほどいた場所まで戻り、机の上に残しておいた煙草とライターを手に取って振り返る。 「ふ、ふざけんなよっ水都！ オレと気に入りの一年とやらを両方ともキープしておこうっていう肚かよっ。オレがそんな扱いをされて、おとなしく甘んじていると思――」 「デマ、だろう？」 激昂した少年のほうを見ず、手に取った箱から新たな煙草を一本取り出して、男はあっさりと言った。 「・・・え？」 「そんなうわさを誰が流したのかは知らないが、私にはまったく覚えがないな」 「――」 「この部屋におまえ以外の生徒を通わせたこともないし、これからもそうする気はない。おまえみたいな躾けるのに時間がかかる馬鹿なペットは一匹いれば充分だからな」 「ってことは・・・え・・・？」 頭が混乱しかけた空に視線を移し、水都はにやりと相好を崩した。 「抱いてください、か。ゆうべはえらく素直でかわいかったじゃないか」 「――あっ、ざけんなてめえっ！！ ひ、人を騙しやがったな！」 「私には騙した覚えはないが？ おまえが勝手に誤解しただけだろう」 「てめえだってさんざん最後だなんだとほざいていやがったじゃねえかよ！ 単なる噂なら否定してみせたっていいだろっ!?」 「放っておいてもそのうちわかることだ。そもそもあの段階ではおまえになにを言っても聞く耳は持ちそうになかったしな。それに・・・くくっ、たまにはしおらしいのもいいな、羽柴。ゆうべのおまえは本当にかわいかったぞ」 手にした煙草を弄びながら男が愉しげに呟く。空の頭の中を、昨夜の記憶が走馬灯のように流れた。 最後、だと思ったからこそ。 これが男に抱かれる最後だと思っていたからこそ、自分はあんなに男を求めてしがみついて――。 「あ、あれは酔っていたからだろっ。そうさ、酔っていただけさ。ビールを飲んで酔ってたから、オレは昨日なにがあったかなんて全然覚えちゃいねえよっ」 「そうか？ それはもったいないな･･･。たまにはあんなおまえを抱くのも楽しいと思ったのだがな」 「はっ、あいにくだったな。オレはもう二度とあんなふうになったりしねえよ！ 第一、オレはしばらくここには来ないからなっ！ ぜってぇに来るもんか！ てめえは本当に最低なやつだよ水都！」 空はそう言うと、自分にかけられていた男の上着をぶつけるようにして投げ返した。それから床に落ちていた自分の服をすばやく着込む。明るい光の中で着替えているところを見られても、怒りに支配された今の空には恥ずかしさなどまったく感じなかった。 そんな空の行動を、愉しげな男の視線が逐一追いかけていた。体そのものよりも、空の、表情を。 「いいかっ。本当にオレはここには来ないからな！ てめえの仕打ちはぜってぇ忘れねーよ！！」 「しばらく、か。まあゆうべはお互い、そのしばらく分はやりこんだしな？ 少し身体を休めないと私もがたがくるしな。なにせゆうべのおまえは本当に貪欲で最後の一滴まで搾り取られ・・・」 「あーあーあーっ！！ オレにはまったく聞こえねーな。とにかく、オレはてめえなんか大嫌いだからなっ」 耳を塞いで大声を上げたあと、空はこの部屋のドアを開けた。最後に男を睨みつけて、それから出て行こうとする。 「羽柴」 「なんだよっ」 「やはり酒くさいのだけは辟易したな。もう飲んでここには来るなよ。興が冷める」 「――今度来るときは日本酒とにんにくでもかっくらってここに来てやるよっ！！」 そう叫んで、空は水都一人を残して部屋を飛び出した。 ――廊下を駆け去る少年の足音が、部屋に残された男の耳にも届いた。 それを聞きながら男は、いまだ火をつけていない煙草を指に挟んだまま、口元に浅い笑みを浮かべたのだった。 ＥＮＤ |