新しい週末の過ごし方２ １ 初めて水都のマンションに連れて行かれた翌週、オレはやっぱり水都の車に押し込まれ、やつの部屋に行く羽目になっていた。 その日の放課後数学教諭室に呼び出されて、いつものごとくさんざん翻弄されたオレを、水都は「シャワーを浴びさせてやる」と言って誘った。先週の一件で、そのシャワーとはつまり、水都のマンションにあるシャワーのことを指していると学習したオレは、当然その話に乗ろうとはしなかった。汗でべたついてようがナニが付着していようが、そのまま寮に帰ることを主張したのだ。そりゃあ気持ち悪いことは気持ち悪いが、今までだって仕方なくそのまんまで帰っていたんだし、ここでやつの部屋に行くほうがよほどあとがきつくなる。そうとわかっていたからオレは断固としてこのまま帰ると言い張ったのだが、当の水都はオレの言葉なんかまったく聞き入れようともせず、強引にオレを引きずって車に乗せた。 曰く、「だれもおまえの意見なんか求めちゃいない」とのことだった。 ちきしょう、そういうやつだよてめえはよ！ 思えば水都の言動なんか最初からそうだったのだ。シャワーのことを口にした件も、実際には「誘い」ではなく「宣言」に過ぎなかったというわけだ。 そんなわけで無理やり水都の車に乗せられたオレは、そのまま制服で買い物にもつき合わされた。部屋に行くのなら行くで直行して汗を流したいと言ったのだが、それすらもあっさりと無視された。 『そっちから先に言い出したことだろっ』 それに対して文句を言ったオレに、水都は派手派手なその車を運転しながら、『そんなにねだるな。少しぐらい身体を休ませないと、あとできつくなるのはおまえの方だろう』と、その意味を深く考えたら怖いようなことを返してきた。 そして、オレをなんだかよくわからない、高そうな洋服屋に連れ込んだのだった。 食い物屋ならまだしも、なんでこんなところに寄るんだと言いかけたオレを制して、水都はそこで店員にオレに合う服を何枚か見立ててほしいというようなことを指示した。たちまちその店の店員がオレを囲んで身体のサイズを測りはじめ、瞬く間に服が揃えられる。事情がよくわからずに呆然とするオレの前で、水都はそれらの服をカードで買っていたのだった。 『自分の荷物は自分で持て。次行くぞ』 自分は財布にカードをしまいつつ、オレに店員が持っているいくつもの紙袋を持てとあごで指し示す。オレは店員が困っているようだったからついそれを受け取ったものの、実際には疑問符だらけだった。 『おい、どういうことだよこれは！』 『おまえの服を買っただけだろう。汗を流したあとまた制服を着る気かおまえは。それともまた私の服を着るつもりだったのか』 『たとえ新しい服を用意してくれたにしろ、これは数が多すぎるだろ!?』 『置いておく分にはいくつあってもかまわないだろう。同じ服ばかり着るのも芸がない。どうせいつかは着るものだ』 『いつかはって、そんなの今日だけ――』 そう言いかけて、オレは店の出口に向かっていた水都を追いかけていた足を止めた。 『どうした？』 水都は、おそらく今日だけのつもりではないのだ。 直感的にそう悟った。 こいつは、これからもオレを自分の部屋に連れてくるつもりで――。 『･･･空。顔が赤いが、どうした』 『な、なんでもねえよっ。てめえの見間違いだろ！』 『そうか。ならぼやぼやするな。行くところはまだあるぞ』 それから水都は他の店にもオレをつきあわせ、靴や日常雑貨や下着･･･などを買ったのだった。 歯磨き粉や歯ブラシを買ったときにはなんだかすげえ虚しい気分に襲われた。こいつの部屋の洗面台にこれが並ぶのかと思うと、想像するだけで気持ち悪くなってくる。水都が一人で住んでいる部屋なのに、そこにオレの歯ブラシが並ぶんだぜ。悪夢といっても過言じゃねえ気がする･･･。 『･･･こんなのオレの部屋にあるんだから必要ねえだろうがよ』 『ならおまえがいつもそれを持ち歩いて持ってくるわけか？』 『う･･･』 水都のその言葉にオレは、今日は水都の部屋に行くからと歯磨きや歯ブラシを鞄に詰め込む自分の姿を思い浮かべてしまい、眩暈を起こしそうになった。彼氏ンとこに泊まるためにいそいそと荷物を詰め込む女じゃねえんだからさ･･･。 っていうか、根本的に水都の部屋に泊まらなきゃ歯ブラシなんかは必要ねえんだよな。そりゃあ服は必要かも知れねえけどさ。･･･っていやいや、服だって、シャワーを浴びに来ることさえなければ必要ねえんだって。 なんだかオレの意思を無視して用意周到に環境だけが整えられているような気がする･･･。 『げ。なにパジャマなんか見てんだよ、ンなの必要ねえだろう!?』 『そうだな。買ったところで着ているときなんかないだろうからな。いつも脱ぎ捨てたまま寝ているのがおちだな』 『だれもそんな意味で言ってねえだろっ!?』 『ああ、シーツも新しいのを買っておくか。どうせ何回も吐き出してすぐに汚すんだろうしな』 『･･････は、誰かさんが早すぎるって？』 『こらえ性がないとは思うが、早漏とまでは認識していないがな。ふ。なんだ、自分で気にしてたのか？』 『･･･ってめえの話をしてんだろ、てめえの！』 『おまえは感度がよすぎるだけだろう。それともよほど私と相性がいいのか。どちらにせよ悩むほどではないな』 『誰が悩んでるっつった!?』 その日の買い物はたかが買い物なのに、すごく精神を磨耗させられた時間だった。 しかもそのうえ水都は、やつの部屋に向かう帰りの車の中でこんなことまで言ったのだ。 『――オレは礼なんかぜってえ言わねえからな。てめえが勝手にしたことなんだからな』 『別に礼など必要ない。だれもおまえにただでやると言っているわけじゃない』 『!? 最初から金をふんだくる気だったのかよ!? オレは欲しいなんて一言も言っちゃいねえだろ!?』 『出世払いで充分だ。それとも身体で返すか？ 奉仕される立場というのも、悪くはないがな』 『～～～～一人で妄想してマスでもかいてろよ、てめえはっ！』 水都の口元に浮かんでいた笑みが癇に障って、オレは思わず水都に向けて中指を立てていた。 ――当然の如く、その日酷使されたのもオレだったわけだが。 オレにはそんな趣味はねえものの、たまには水都だってされる立場になってみろよ、と思わずにはいられない夜だった。 ともかく気がつくとオレの意思とは裏腹に、水都の周りで〝オレの居場所〟だけが整えられつつあるようだった･･･。 ２ それから一ヶ月、オレは自分では全く望んでいないにも関わらず、毎週末を水都のマンションで過ごしていた。オレはなんだかんだ理由をつけては水都から逃れようとしたのだが、水都がそれを許さなかった。 あるときなんかマジで拘束して車まで引っ張っていったんだぜ？ 誘拐も同然のその扱いにオレは憤慨したが、だからといって解放されるわけでもなかった。 くそう、勉学に燃える真面目な高校生を拉致したうえ無理やり突っ込んで監禁するなんて、完全に犯罪じゃねえのか!? 水都なんかいつか変態容疑でパクられりゃあいいんだ。つーか、オレがぜってぇチクってやる。ネクタイでオレの腕を拘束して無理やり部屋に連れ込んだときなんか、そのまま拘束をはずさずにさらに目隠しまでしてヤりやがったんだぜ、あいつは！ なにが、たまにはこんな趣向もいいだろう、だ！ てめえの変態趣味に無理やりオレをつき合わせるんじゃねえよっ。 こうなったら水都に文句を言って鬱憤を晴らすなり、「うるさい」と向こうからオレを追い出したくなるように仕向けようとしたが、それはなかなかうまくいかなかった。ただ水都を怒らせただけだとオレの体に報復されるだけで憂さ晴らしにもなりゃしなかったし、難癖をつけようとしたものはことごとく難癖をつける隙が見つからないほど完璧な状態を提示されたりしたからだ。水都は変態の犯罪者のくせに意外にも料理や雑務の手際がよく、それらに関してはオレに文句を言わせなかった。･･･いくら年が違うとはいえ、水都のほうがオレより何事も器用なのってすげえ腹が立つ･･･。 そんなわけでオレはここのところ休日なのにゆっくりと身体を休めることができなかった。 連れ込んだときにいつもいつもヤることねえっつーのに、バカ水都のヤロー･･･。言ってもムダっていうのが悔しいっつーか、情けねえけどな･･･。 「羽柴。ほら、メシだ」 「ん･･･」 水都の声に、オレは眺めていた雑誌から顔を上げないまま答えた。口の中のポテトチップスがぱきっと割れた。 「･･･羽柴。人に作らせておいていい態度だな」 「なんだよ、オレは来てやっているだけだろ。いわば〝客〟なんだからな。そっちがオレをもてなすのが当然だろ」 「さんざんもてなしてやっていると思うが、まだ足りないというわけか。なら食事のあとを楽しみにしているんだな」 「そういう意味じゃねえのわかってて言うなよな」 オレは文句を言いながらじゅうたんから身体を起こした。水都はリビングの入り口で両手にどんぶりを二つ持って立っていた。 「邪魔だ、そこを片づけろ」 「言われなくても片づけるって。あ、今日買ったばかりの雑誌なんだから足で踏むなよな」 「先にその食い散らかしをどうにかしろ」 「散らかしてねえだろ。たったのこれだけだろ。だから、そう言っているそばから足でどかすなよ。もう食えなくなるだろっ」 人が自分の金で買ったものぐらい雑に扱うんじゃねえよ。オレはさらに不満をあらわにしつつも、雑誌をとじ、ポテトチップスの袋を片づけた。それからテーブルの位置を直し、テーブルの上を拭いた。 「ほらよ」 「･･････」 「なんだよ、雑炊かよ。しけてんなあ」 「文句があるなら食うな。外で食べるのがいやだとさんざんほざいたのは誰だ」 「だっていちいち出かけるの面倒だろ。ま、いーや。･･･って箸がねえぞ水都」 「それくらい自分で取りに行け」 「あっ、ちゃっかし自分の分は持ってきてんじゃねえか。ほんと、性格悪りぃよな」 オレは仕方なく立ち上がって箸を取りに行く。すると水都からついでにサラダもあるから持ってこいと後ろから声をかけられた。だったら最初から自分で運べよな。いつもながら人使いが荒いやつ。 サラダと箸を運び、ついでに冷蔵庫にあった水を持っていった。そのときには水都はオレのことなんかかまわず一人でどんどん食っていた。一緒にゴアイサツして食うっつーのもアレだけど、まったく気にせずに先に食われてるのもなんかむかつく。 それでもオレはそのことは言わずに、テーブルのそばに座ると手を合わせてから自分も食いはじめた。 ･･････すでに知っているとはいえ、水都が作ったものはまともな味で、こっちの食欲を充分満たすものだった。食事に関するコメントは避けたまま、オレはとにかく目の前のどんぶりを平らげることに夢中になっていった。 そして食後、オレはまたじゅうたんにねっころがって雑誌を見ていた。水都はそばのソファに座って本を読んでいる。オレが（いつも水都に無理やり押しつけられている）食事のあと片づけをしているときも、こいつはここでやっぱり本を読んでいた。なにを読んでいるかは知らないが、ま、興味がねえからどうでもいいけどな。 今はテレビも消してあるから、お互いのページをめくる音や姿勢を変えるときの音だけがときおり聞こえる程度だ。互いの呼吸音さえ聞こえそうなくらいの静けさ。 食事とか片付けとか掃除とか風呂とかセックスとか、そういうものでいろいろと動くこともあるが、わりとこんなふうにだらだらと過ごす時間も最近は多かった。オレと水都は一緒にいたって話なんかしねえから、大抵こんな時間はそれぞれ自分の好きなことをして過ごしている。たまには水都に宿題を教えてもらうときもあるけど、バカにされるだけだし、そのあとなぜかベッドになだれ込む羽目になるから、本当に必要なとき以外は避けるようにしていたりする。 ――雑誌を眺めながら、オレは不意にこの雑誌の先週号もここにあることを思い出した。確か、その前の号もあるはずだ。ここに来るときにコンビニに寄ってオレが買ったり、朝学校に行く前に買ったものをそのまま持ち込んでいるからだ。それから雑誌のページを押さえていた自分の腕の袖口を見て、今着ている服は水都が買ったものだということを思い出した。 オレは雑誌から顔を上げて部屋の中を見回した。部屋の壁にはオレの制服がハンガーにかけられて吊るされていた。テーブルの上には二人分のグラスが置いてある。それからオレがはずした腕時計もあった。 離れたところにあるビデオラックにはオレが持ち込んだテープが数本あり、そのそばには水都に無理やり買わせたゲーム機が置きっぱなしになっていた。 「･･････」 オレは息を飲んだ。 改めて見てみると、この部屋にあるオレの私物がいつの間にか増えていたのだ。この部屋だけじゃない、洗面所にはオレの歯ブラシがあって、キッチンにはオレの箸がある。隣の部屋にあるタンスにはオレの服が入っている引き出しもあるし、枕だって置いてあるのだ。 初めてこの部屋につれてこられたとき、ここは間違いなく水都だけの空間だった。オレのものなんかそのとき身につけていたもの以外、なにひとつ置いてなかった。 あれから一ヶ月。 今の状況は、まるでオレが水都の空間を侵蝕しているようだと思った。ここは、今は水都とオレの空間になりつつある。 週末に来ているだけなのに。一週間のうちの二日を過ごしているだけで、こんなにも部屋の中が変わっていくものだろうか。 いつも無理やりヤり、オレを休ませない水都。けして喜んでここに来ているわけではないのに。 なのにだんだんとここで過ごす時間に慣れ、この状況に順応している自分がいる。 身体の疲労は激しいけど精神的に、この部屋で寛ぎはじめている――。 「羽柴。どうした？」 「・・・なんでもねえよっ」 水都に声をかけられ、オレの意識は現実に戻らされた。本を読むのをやめてオレの顔を見た水都から、オレは顔を背けた。 冗談じゃない。 なんでオレがこいつの部屋で過ごすことに、居心地のよさなんか感じなきゃいけねーんだよ。 そんなの錯覚だろ!? 水都のそばはいつだってオレにとって鬼門のはずだろ!? 数学教諭室で寛げたことなんか一度もねえし、ならここだって同じことだよな。むしろもっと落ち着かないいやな気分になって当然の場所だ。 だって数学教諭室より、ここの場所のほうが水都が過ごす時間が長いんだぜ。いわば〝悪の巣窟〟なんだし、どこもかしこも水都の空気に染まってて、だからもっと緊張して近寄りがたく感じるのが普通だよな。 そうさ、だから順応しているなんていうのは錯覚してるだけに決まっている！ オレはそう考えていて、ふと、〝ここの部屋のほうが水都の存在が強いから〟という言葉を思い浮かべてしまった。 ここの部屋のほうが水都の存在が強くて、どこもかしこも水都の色を帯びているから。 だから「職場」である数学教諭室とは違って、この場所の空気が心地よく感じるのだと――。 「違うっ。そんなのはぜってえ違うって！」 気がつくとオレは思い浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。 水都が再びオレを見たのがわかった。 「またくだらないことを考えているんだろう、おまえは」 「なんにも考えちゃいねえよ！」 「顔を見ればわかる」 水都はそう言って読んでいた本をソファに置くと、オレの方に近づいてきた。 「顔を見ればわかるってなんだよっ」 水都の言い方が癇に障って、オレは身体を起こすと水都にかみつくように答えていた。その途端水都の手がオレの胸元をつかんできて、強引にそちらに引き寄せられた。 そして。 「･･････んっ」 水都の唇が、オレの唇を塞いできた。生暖かい感触がオレの呼吸を息苦しいものにした。 たちまち水都の舌がオレの中に入ってきて絡んでくる。いつもどおりの強引なやり方で。 その慣れたやり方にオレの中のなにかがかすかに反応しかけ、オレは慌てて腕を突っぱねて水都から逃れようとした。 「よせっ。いきなりしてくんじゃねーよ。この･･･っ」 だが反論しかけた口が再び塞がれた。今度はあごを押さえられ、多少のことでは逃れられない角度で水都が侵入してくる。無理やり人の中をかき回しているくせにそれは荒々しくもなく、巧妙にオレの中のなにかをくすぐっていく。 ――いやだと思った。 今こいつにキスなんかされたくねえ。 だがオレの意思なんて無関係に水都は自分の思うとおりに振る舞い、オレを追い詰めようとしていた。 「･･･ん･･･ふっ･･････」 重なった唇の間から、絡まったオレたちの唾液がこぼれていくのがわかった。 オレは自分の腕から力を抜かなかった。水都にキスをされている間も、できるならこいつを押しやり、自由になりたかった。 だが水都はオレの解放を許さない。むしろさらに奥にあるものをくすぐり、オレの意識をだんだん困惑させていった。 唾液が絡むかすかな水音がオレの耳にも届いた。水都の手が、オレのシャツのすそをめくりはじめる。オレが抵抗しようがそんなのは無駄だと言わんばかりに、水都の指先が、オレの敏感なところを焦らしながら辿っていく。 「いやだっつってんだろっ」 ようやく水都の唇が離れたとき、オレは息を整えながら水都に言った。かなり語尾をきつく言ったが水都の返事はオレの耳を舐めてきただけで、オレは自分の意思に関わらず首をすくめるはめになった。 「･･････みな、と･･･っ」 くそっ、本当にこいつって強引だよな。人のことなんかおかまいもしねえで、自分がサカったときだけヤりやがる。そんな自分勝手な人間のそばが居心地がいいなんてぜってぇありうるわけないよな。 そうさ、やっぱりこいつのそばが居心地がいいなんていうのは、疲れたオレが錯覚しかけただけさ。ここで過ごす時間に迂闊にも慣れかけて、そんな馬鹿なことを考えちまったんだ。 なにもかもこの部屋に来ているからいけねえんだ。オレがここにいて水都の都合がいいときだけ抱かれる――そんなのは水都にとって過ごしやすい週末であって、〝オレの週末〟なんかじゃねえよな。 オレは、オレだけの楽しい週末を取り戻すべきなんだ。この部屋に来る前の、当たり前の週末を。 「･････くっ･･･ん･･･」 床に押し倒され本格的に水都に熱を煽られながらも、オレは心の中で一つの決意を抱いた。 これからはもう水都の都合よくここに連れてこられたりしない。オレは、自分の部屋で週末を過ごすんだ。 来週からはぜってぇここでこいつと週末を過ごしたりなんかしねえからなっ！ |