密会 ～放課後の保健室～ （前） 空は布団の中で居心地悪げに体を丸め、しばらく悩んでしまった。 悩みながらもシャツのすそを懸命に引っ張り、〝自分自身〟を覆い隠す。 非常に情けない格好なのだが、今現在ズボンも下着も手元にないのだから仕方がなかった。それらは両方とも、今横になっているこのベッドの下にあるのだ。 「はい、これでもう消毒は終わりましたよ。今日一日、この包帯ははずさないようにしてくださいね」 「ありがとうございます、七海先生」 少し離れた場所からはこの部屋の主である青年の柔らかい声と、一緒にいる生徒の声が聞こえてきていた。 なんとなく、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。 「あー、これで見ている俺としても安心したぜ。けっこう血出てたし、気が気がじゃなかった」 「そうですね。確かにわりと出血していましたよね。でも傷自体はそんなに深くないから大丈夫ですよ」 「お世話かけました。あと、七海先生の手までよごしちゃってごめんなさい」 「大丈夫ですよ、これくらい洗えば落ちるんですから。それより制服がよごれなくてよかったですね」 「ほんとほんと。ともかく七海チャン、俺ら帰るわ。さ、早く行こうぜ」 （そうだそうだ、早く帰れよ･･･っ） 空は内心でそんなことを思う。 そりゃあ神聖なる保健室でこういうことをしていたほうがいけないのだが、でもそれはもともと〝恋人〟の方がいけないのであって、けして自分のせいではなかった。 朝寮で会ったときに、おいしいお菓子をもらったから放課後食べに来ないかと誘われて、ついついその話に乗ってしまった。 食い物目当てでもあったし、やはり恋人と少しでも長く一緒にいたかったからだが、放課後二人っきりで会えば自然とそういう雰囲気になってしまうということを、すっかり失念していた。 放課後、恋人の七海に会いに保健室を訪れた空は、甘い菓子を食べたあと、今度は自分が食べられる番となってしまったのだ。 幾度もかわすくちづけに、気持ちと体が煽られる。 七海のキスが単なるくちづけ程度のものではなくなって初めて、空は自分がそういう意味でも誘われていたことに気づいた。 勿論大好きな相手だし、何度も彼に抱かれたのだからいまさら否やはないが、それでもやはりことに及ぶときの気恥ずかしさはどうしようもなかった。 制服のジャケットが肩から滑り落ちていき、シャツがめくられる。 恋人の手が直接素肌に触れてきたとき、空はまだ七海の机のそばの椅子に腰掛けていた。机の上には湯飲みと急須が置いてあり、まさにたった今平穏にお茶していたばかりだったのだ。 『な、七海ちゃん･･･っ』 『私のところに遊びに来てくれたのは羽柴くんのほうでしょう？ いまさらだめ、っていうのはなしですよ？』 くすくすとした笑い声に混じって聞こえてくる、恋人の意地の悪い声。 『って言われたって、オレ、そんなつもりでここに来たわけじゃなかったしっ』 『じゃあ今からそんなつもりになってください。ちゃんと私のほうでもその気にさせてあげますから』 『･･････っ』 ズボンの上からそこを刺激され、いやがうえにも体の中の熱が集まりはじめる。胸に触れてくる手の動きと呼応してじんわりとした振動を与えられると、自分でも吐息が濡れてくるのがわかった。 七海は床に膝をつき、下から見上げるようにして責めてくる。自分がこぼす吐息の甘さも快感に潤みはじめた表情もじっくりとその穏やかな瞳で観察しながら。 そう思うと、空の中でなおさら恥ずかしさが増した。 『ななちゃ･･･ふ･･･っ』 『ふふ。相変わらずかわいいですよ、羽柴くんは。勿論、羽柴くんのココもね』 七海の細い指が空のズボンのファスナーにかかる。空は慌ててその手を押さえ込んだ。 『あっ、だ、だめっ！』 『だから、だめっていうのはなしだって言ったでしょう？』 『ここじゃやだってば！ 七海ちゃん、ベッド、ベッドに行こう！』 『それは ここまで煽っておいて積極的だもなにもないと空は思う。しかし、とにかく場所を移したかった。 今いる場所はなんといってもドアから丸見えだから落ち着かないし、椅子に座ったまま、だなんて、どことなく倒錯的で恥ずかしすぎる。 過去、ここでされたことがないわけではないけれど。 そう、そのときすごく恥ずかしかったからこそ、せめてベッドの布団の中でしたかった。 いつ誰がくるかもわからない、普段は和やかにお茶している場所で足を開かされ、無我夢中にさせられたあのときのような恥ずかしさはもうこりごりだったのだ。 行為のあと椅子や床に散った白い名残を見たときには、そのまま貧血を起こしてしまいそうになったくらいだったのだから。 『でも、私はここでしてもいいですよ。というより、このまましてみたいんですけど』 『オレがやなんだってば！ やっぱベッドのほうがた、楽しめるし･･･』 七海をその気にさせるためにそんなことまで口にすると、軽く吹き出した七海が空の体から手を離してくれた。 『そうですね。じゃあここでするのはまた今度ということにしましょうか』 『今度って七海ちゃん･･････』 空の体がくらりと傾いだが、ここでもたもたしていて気が変わってまた再開させられると困るので、空は半端に煽られた体を衝立の向こうのベッドに運んだ。 そしてまな板の鯉そのものの気分でベッドに上がる。 『・・・・・・い、いいよ･･･』 簡単に椅子を片付けてこちらがわに回ってきた七海から視線をそらして、空が言った。 自分でも、これはまさに誘っているシチュエーションだと思いながら。 しかし七海は、すぐに動こうとはしなかった。 空は七海に視線を戻す。 『七海ちゃん･･･？』 場所を移したことで気持ちが殺がれたのだろうか。まさか今の出来事で怒ったなんてことは･･･そんな不安にもかられた空だったが、七海は別に空に対して気分を害したわけではないようだった。むしろ楽しそうな笑みが、そのおもてには浮かんでいた。 『な、なんだよ、その顔はっ』 『いえ、なかなかおいしい状況だと思いましてね。でもどうせなら余計なものを脱いで、今と同じ言葉を言ってもらえると嬉しいんですけどね。ズボンと下着を羽柴くんが自分から脱いでくれると嬉しいですね。その上で私を誘ってください』 『なっ、なっなな･･･！』 『羽柴くんの希望を聞いて場所を移してあげたでしょう？ 誘うのならもっと大胆に、私をその気にさせてください』 『七海ちゃん！』 『全部脱いで、なんて言いませんから。･･･恥ずかしい格好で大人を誘う悪いコの羽柴くんを見てみたいんです』 七海の言葉に、空の顔が瞬く間に赤くなる。 べつに直接的に響くような猥雑な言葉ではないのに、体の熱が増した気がした。 『羽柴くんだって、もうしないわけにはいかないでしょう？ 一度くらい、そういうはじまり方もいいですよね』 『ほ、本当の大人ならそんなこと言わねーよっ』 『そうですか？ でも･･･羽柴くんだってちょっとはしてみたいって思うでしょう？ もうひくついている〝羽柴くん〟を見せてそのかわいい顔で誘うっていうのも。その気になっていない真面目な大人を、いやらしい体で惑わすんです』 七海が、ベッドにそっと近づいてきた。 その頬を撫でたあと、指が少年の唇に触れる。 ぴくん、と、空の体が反応したが、空は固まってしまったかのように動けなかった。 唇をやわらかく押し広げ、空の口腔内に七海の指が滑り込む。 『･･･はっ･･･ん･･･』 『出来る、でしょう？ だって羽柴くんはいけない子、ですものね。なんにも知らない無邪気な顔をしておいて、ほんとはすごくやらしいことを考えているんでしょう？ それを、ちょっと見せるだけですものね』 『･･･やっ、んふっ･･･』 口腔内を指で犯されているだけでたまらない刺激となる。この程度ではなくて、ちゃんともっとしてほしいと、心の中が震えた。 七海の意地悪な誘導だとわかっていても、体がそれを望みはじめていた。 七海の指が離れたとき、空は七海を恨みがましげに見上げつつも、身につけていたズボンと下着に手をかけた。それを一気に下ろして床に落とす。 目の前にいる青年の性格の悪さを実感しながらも、空はベッドに座りなおすと、ベッドに両足を乗せて少しだけ足を広げた姿勢をとった。 やはりとてもじゃないが、七海の顔を正視できなかったけれど。 『も･･･オレ、こんなになってるんだから、七海ちゃんがちゃんと責任、とれよなっ・・・！』 色っぽいとは言えないぶっきらぼうな少年の言いようだったが、それでも七海は少年のかわいさに目を細める。 『勤務中の大人を誘惑するなんて本当に羽柴くんて悪い子ですよね。いつからそんな悪い子になっちゃったんでしょうね』 そばに寄ってその体を抱きしめると、はじかれたように空も七海の背中に腕を回してきた。そのあとで後ろからくいっと七海の髪を引っ張る。 『そばに悪い大人がいるからその影響だろっ』 『羽柴くん、無粋ですよ。ここで別の人間のことを話に出すなんて。そんなに私を妬かせたいんですか？』 『別の人間てなんだよ、オレは七海ちゃんのことを･･･んっ･･･。んんっ･･･』 言葉の途中で唇を塞がれる。空もそのあとを続けようとはせずに、積極的にキスに応えはじめた。体が七海の愛撫を望んでいて、本当にねだってしまいそうになるくらい追いつめられていたのだから。 むき出しのその部分を、七海は焦らさずにすぐに触れてくれた。その手で包み込んで明確な刺激を送り込んでくれる。 はじまりのきっかけも理屈ももう空には関係がなかった。 七海がくれる快感の波にただ身を任せていく だがしかしその五分後、「七海ちゃん大変！ 血だらけのけが人なんだよ！」という叫びとともに、保健室のドアが開けられたのだ。 かくして空は慌てて布団の中にもぐりこみ、七海は怪我した生徒の手当てに向かったのだった。 空が履いていたズボンと下着はとっさに七海がベッドの下に隠したようで、一度ベッドから降りないと拾えないようだった。向こう側とこちら側は衝立で挟まれて見えないのだから、こっそりベッドから降りてズボンと下着を拾うのも、けして不可能ではなかった。だが拾うときになにかミスをして音を出してしまったり、こちら側の気配を察知されてのぞかれたら言いわけもできない。そんなことを考えると、怖くて身動きできない空だった。 とりあえず今の状況なら、こちらに回ってこられても布団をはがされない限りはどうにか言い訳も立つ。具合が悪いのだといえば、だれも無理に布団をはいだりはしないだろう。きっと七海もうまくフォローするのだろうし。 布団の中とはいえ下半身がむき出しの状態は落ち着かなかったが、とりあえずあと少しの辛抱だからと、空は自分に言い聞かせた。 幸い、急な来訪者の手当ては終わったようなのだから。 「ほら、帰るぞ。なにもたもたしてんだよ」 「・・・う、ん・・・」 「・・・もしかして、まだどこか怪我したところがあるんですか？」 「違います・・・。怪我のことではありません。そうじゃなくて、あの、七海先生。僕・・・僕、七海先生に聞いてほしいことがあるんです」 「私に、聞いてほしいこと・・・ですか？」 「はいそうなんです。僕今、すごく、すごく悩んでて、それで・・・っ」 （･･････げっ） 切羽詰っているような少年の高い声に、空は布団の中でひきつった。 「おい・・・」 「悪いけど今日はちょっと先に帰っててくれよ。僕、七海先生に相談したいことがあるんだ。七海先生、いいですか？」 「･････わかりました。私も忙しいのでそんなに長い間は時間を割けませんけど、それでもいいなら･･･聞きますよ」 「ありがとうございます！！」 （おいおい･･･。オレ、その間ずっとこのまんまかよ･･･） 思ってもみなかったことの成り行きに、空は深い溜息をついた。 |