Ｒｅｖｅｎｇｅ １ いつも、思う。 兄ちゃんはずるい。 いつもオレを・・・その、オレに兄ちゃんのを オレが泣いてるっていうのに一人で満足げにイっちゃったりしてさ。 （・・・そりゃ兄ちゃんがイク前にオレは何回もイかされてるけどさ・・・。でもそれは不可抗力だぜ!?） だから、今日こそ・・・。 今日こそオレだってやってやるんだ。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ だんだん通い慣れてきた探偵事務所兼居室である真一朗の部屋の前で、空は両手を大きく広げて、ゆっくりと深呼吸をした。 今日は休日で、別にこの部屋の主に呼ばれたわけではないのだが、空は自主的に一人でここを訪れていた。 特訓がある日には空と一緒にこの部屋を訪れる直は、今日は後輩の広夢と約束があるらしく、朝早くから寮を出ていっている。直の話では、一応ここに顔を出してから待ち合わせの場所に向かうらしい。数日前、実は空も広夢から一緒に遊びに行かないかと誘われたのだが、正直あの二人の独特の雰囲気についていける自信もなく、丁重に断ったのだった。 勿論、断った理由はそれだけではないのだが。 広夢から誘われたその日、空は七海からこの週末に休日出勤をしなくてはいけないのだという話を聞いていたのだ。なんでも今度保健室に新しく設置することになった医療器具が、業者の都合で休日に届くらしい。いつ届くかわからないから、結局その日はまるまる学校で待機する羽目になりそうだと、七海がこぼしていたのだ。 そうしてふと思いついた、とある計画。 正確に言えば、「いつかきっと！」と胸に抱いていた計画を実行する絶好の機会だと知ったのだ。 七海は、たとえその医療器具が午前中に届いても、もうすでに一日分の休日出勤扱いになっているから、午後にさっさと帰るわけにはいかないらしい。 また広夢と直は少々遠出するらしく、直が気を変えてここを訪れるということはどうやらありえそうになかった。 そのことは、空は既にしっかりと調査済みだった。 いつもは計画性もなく〝思い立ったら吉日〟的な行動をとる空だが、この日ばかりは直と七海のスケジュールを綿密に調査しておいたのだ。 そして勿論、今このドアの向こう側にいる人間が、今日一日なんの予定もなくずっと家にいることも、ばっちり確認済みなのだった。 『フフン、今回のオレってばちょっと探偵っぽくねぇ？ いつまでも兄ちゃんに馬鹿にされるオレじゃないんだぜ♪』 少々自己満足に酔いしれていた空の目の前で、玄関の扉がガチャリと開いた。 「・・・いつまでそうやってんだ？ おまえ・・・」 扉の内側から、呆れ顔の真一朗が姿を見せた。 自由にはねたクセ毛は、今は寝癖が原因で更にはねている。 見慣れたパジャマはボタンがはずされていて、真一朗の逞しい胸板が空の眼に飛びこんできた。何度となく身を委ねたことがあるその肌を正視できなくて、空はさりげなくそこから視線をはずした。 「・・・いつから気づいてたんだよ・・・」 本当は真一朗にいきなり出てこられてかなり驚いていたのだが、それを顔には出さないようにと努めながら、空は真一朗を見上げた。 目の前にいるのは、今日自分が一矢報いてやる予定の相手 そのターゲットを見上げなきゃいけない今の自分の立場に、空はいつも以上に腹が立った。身長についてはいつかきっと真一朗を追い越してやると決意しているのだが、以前そのことを真一朗に話したら、軽く無理だとあしらわれただけだった。 確かに真一朗の背の高さは一般の成人男性の平均をゆうに越えているが、空だって同年代の男子に比べたら高い部類に入る身長である。 だが、自分の何年後の姿と言われる夜は、真一朗の身長には及ばなくて。 夜が一体何年後の自分なのかわからないが、それから先、身長が伸びるとは思い難い・・・。 絶望的な思いを振り払うかのようにピシッと背筋を伸ばし、空は真一朗の脇をすり抜けて玄関で靴を脱ぎはじめた。 「このオレが、玄関の気配に気づかないわけねぇだろ？」 ドアを閉めながら自信満々に話す真一朗をキッと睨み、 「いつかぜってぇ兄ちゃんの背後をとってやるからな！」 と、空は真一朗に宣言してみせた。 「フン、背後ねぇ・・・あんときみたいにか？ まぁ、楽しみにしてるぜ」 そんな空に対して、真一朗は鼻で笑いながら空の頭をポンっと軽く叩いてリビングへと向かった。 「あ、あのときはっ、油断してたんだよ！！ 今度こそ、オレのことを認めさせてやるっ！」 握りこぶしを作りながら、空は真一朗のあとに続いてリビングに入ろうとする。 と 「 リビングに入った瞬間、扉の横から力強い腕に腰をひかれ、「しまった」と思ったときには既に遅く、すっぽりと真一朗の腕に抱きこまれていた。 「・・・今度こそ、なに？」 ニヤリと笑いながら空の身体を一層自分に押しつける。なかば真一朗の肌に直接触れる形になり、空はそこから伝わってくる熱にほだされそうになってしまった。 「～～～っ！ ぅ、煩い！ 離せ、いつも人の隙を突きやがってっ！！」 「隙だらけな空が悪いんだろ～？ いつもいつも可愛いことしてくれちゃってさ♪」 チュッと、怒る空の頬に軽くキスをする。 空が怒ったときに、宥めるのに最適だといつも真一朗が使っている手。 今日も例外ではなく・・・怒って真っ赤だった空の顔は、今は別の感情で真っ赤に染まっていた。 「・・・ホント、ずるいよ兄ちゃんは・・・」 「ん？ なんだって？」 「 ぷぃっと顔を逸らしながら身体を捩る。 だが、真一朗の腕は一向に離れなかった。 「だから、離せってば。・・・兄ちゃん？」 逸らした顔を元に戻すと、真摯な表情の真一朗と目があった。 「・・・なぁ、空」 そのまま名前を呼ばれ、ドキリとする。 一瞬声が出ず、真っ直ぐに見つめ返すことで返事をすると、ぎゅっと包み込むように逞しい腕に抱きしめられた。 「オレはお前を認めてるぜ？ 空の頑張りは全部見てるから・・・」 真一朗はそう呟き、空の身体からゆっくりとその腕をはずした。 「にぃちゃ・・・」 ぼぉっと真一朗を見上げる空に真一朗は優しく微笑み、真面目な空気を吹き飛ばそうと言わんばかりに大きな声を出した。 「さっ、今日はどうする？ 七海も直もいないんだし、いまさらトレーニングっていうのもな～。二人でどっかに遊びに行くか!?」 真一朗としてはこの場の雰囲気を変えようと考えた上での発言だったのだが、肝心な空はその言葉を聞いて、『来たっ!!』と途端に硬直してしまった。 真一朗に一矢報いようと空が立ててきた今日の予定。 それは 「・・・どうした？ 空・・・」 空が俯き、いきなり黙り込んでしまったことに疑問を感じ、真一朗は腰を屈めて空の顔を覗きこんだ。 先程よりも真っ赤になった空の口は、なにかを言おうとパクパクと動いている。 真一朗としては、なにもおかしなことは言っておらず、どうして空がこんな風になったのか『？？？』である。 「・・・今日は都合が悪いのか？」 「っ！ ち、違う・・・そうじゃなくって・・・」 空は、意を決して真っ直ぐ真一朗の顔を見つめ返した。 「き、今日の予定、オレが決めちゃってもいい？」 「あぁ、構わないぜ。で、空はどう過ごしたいんだ？」 真一朗に問われて、空の喉がごくりと鳴った。 貴重な休日の真っ昼間からこんなことを言い出すなんて、自分でも馬鹿げていると思う。でも、どうしても真一朗に一矢報いてやりたかったのだ。 「今日は･･･だから･･････兄ちゃんとしたい･･･」 「･･････」 空がぽそりと呟くと、一瞬の間ののちにもう一度真一朗が空を促した。 「え？ なんだって？ よく聞こえなかったな～。もう一度言ってみ、空クン♪」 「･･･本当は聞こえていたクセに･･･。だから、兄ちゃんとしたいって言ったんだよっ」 開き直ってそう叫ぶと、途端に真一朗の腕が空の腰を再び引き寄せた。それと同時に真一朗が口笛を吹く。 「なになに空くん。いつになく積極的じゃん。勿論オレがいやなわけはないだろ？ ん～やっと空もそういうのを自分から求めるようになったのか～。いやあ兄ちゃん、マジで感激♪」 「ちょ、ちょっと離せって！ だから、そういうんじゃないんだからな！」 「そんなに欲しかったのか、兄ちゃんのこと。じゃあ今日は、うーんとサービスしてやらなくちゃなｖ」 「だから人の話は最後まで聞けっていうの、このオヤジっ！」 空の頭を強引に引き寄せ、幾度もキスをしようとする真一朗の顔を、空は腕に力を込めて必死に押しやる。このまま無理やり力で押さえ込まれていつものようにされてしまったら、せっかくの計画が台無しになってしまうのだ。 「照れるな照れるな。ちゃんと、たっぷり良くしてやるからさ」 「それは今日は、こっちのセリフなんだよ！ 今日は、オ、オレが兄ちゃんを抱くんだからな！！」 はっきりとした言い回しを使って言うと、さすがに真一朗にも空の言わんとしていることが理解できたようだった。空を解放してはくれなかったが、とりあえずキス攻撃は止まった。空は真一朗の顔を見ないようにして、さらに一気に捲くし立てた。 「だっていつもいつも兄ちゃんばっかり楽な立場でヤってて、すんげぇずりぃだろ!? おんなじ男同士なんだし、そこはやっぱりフィフティ・フィフティだろ!? オレだってたまには挿れてみたいしさ。だから今日はオレが兄ちゃんを抱くんだからな！」 このまま真一朗に反対されて、そうして強引にコトを進められたら、空としては不利な形勢を逆転できる自信はなかった。相手はなんといってもバカ力の持ち主だし、これまで何度か〝水都〟としてそうされてきたように、力で押さえ込まれたらそこから抜け出すのは至難の業なのだ。相手が行為に夢中になって力をゆるめたときには、すでに自分のほうが相手の技巧に翻弄されて逃げる意思が溶かされている、というおまけつきである。 だから空は真一朗の動向に多少なりとも不安を持っていたのだが 「･･･に、兄ちゃん？」 なんの反応も返してこない真一朗の顔を思わず見上げると、真一朗はまじまじとこちらを見つめて立ち尽くしていたようだった。 そして空に呼ばれたことに気づくと、真一朗は空の頭を引き寄せていた手で空の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「･･･なるほどな。ま、一理あるかもな。しっかし、突然言われるとさすがにびっくりするよなあ･･･」 そう言いつつ、真一朗の態度には本気で焦ったり戸惑っている様子はなかった。まるでこちらの宣言を本気にとっていないように思えて、空はいささかむっとした。 「オレ、本気なんだからな！ 今日は本当にオレが兄ちゃんを抱くんだからな！」 「ああ、おまえの意気込みはわかったって。でもなあ･･･」 「なんだよ、なんか文句あんのかよっ!? あ、兄ちゃんてもしかして〝バージン〟だったりするんだ!?」 「んー？ いや、そういうわけでもねえんだけどな」 「･････････」 真一朗をからかうつもりで言ったセリフは、直後真一朗にさらりと返されてしまった。自分から口にしたものの、微妙な衝撃が空を襲う。いまさら、真一朗の過去を問う気はないものの。 「でもよ、おまえ、本当にできるのか？」 「ばっ、馬鹿にすんなよ！ オレだってちゃんと兄ちゃんを気持ちよくさせてやることはできるよ！ たっぷり兄ちゃんをよくしてやるために、ちゃんと勉強してきたし、そもそも兄ちゃんにされ慣れてるからどんなふうにやればいいか体で覚えているし･･･っていいんだよそんなことはっ！」 迂闊に変なことまで口にしてしまい、空は真っ赤な顔で慌ててその話を止めた。そんな空の様子を見ていた真一朗が、不意に口元ににやりとした笑みを浮かべた。空の体を腕から解放するとその空にくるりと背を向け、さっさとリビングのソファに移動していった。 「なんだよ兄ちゃん、逃げる気かよ!?」 慌てて追いかけた空の目の前で、真一朗がソファに腰を下ろした。そうして背もたれにゆったりと背中を預け、空に、いくらか目を細めて視線を流した。 「に、兄ちゃん!?」 「いいぜ、空。 「 |