むらさきいろのクスリ（前）　




　　　　　　　　　　　　　　１

「さーて。どうしたもんかな〜･･･」

　腕を組んで、真一朗はうーんとうなる。目の前にある机の上にちょこんと鎮座しているのは、小さなガラスのビンだった。
　コルクで栓をしてあるそのビンの中には、不透明な紫色の液体が入っている。いかにもあやしげな色をしたそれを見つめながら、真一朗はずっと悩んでいた。
　今日、思いがけずに入手したその小ビンは、真一朗の仕事に大きく関わるものだった。ずっと追っている人間の悪事を暴く証拠になりえるもの。手に入れたときは真剣に、これをどう活用して最大限の収穫を得るかということに思いを馳せていたのだが、学校からここ、自宅兼事務所に帰る途中で真一朗はふと気づいてしまったのだ。この小ビンの中身は、もしかしたら自分が知っているあのクスリと同じものかも知れないと。
　そう、以前学校の化学室で見たことがある、あのクスリと同じ効果があるものならば。
　それは真一朗にとって、悪事の証拠以上に重要な意味を持つことになる。

「手に入れてみたはいいけど、これ、別のクスリだったらやっぱ飲ませるのはまずいよなあ･･･」

　なんせ相手は薬にかけてはプロフェッショナルなのだ。勿論真一朗は犯罪組織として憎んではいるのだが、事実は事実だ。似たような色の、全然効果が違うクスリを作るなど朝飯前だろう。

「やっぱちゃんと成分を調べるのが一番だよな･･･。しっかしこれがアレだった場合、試してみない手はないよなあ」

　ついつい、頭の中でこの薬を使用した場合のことを思い浮かべてみる。不埒な想像が脳裏を席捲し、たちまち真一朗の顔がにやけた。
　以前見た、‘紫色のクスリ’を飲まされた少年の痴態を思い出し、もし自分の好きな少年があんなふうになったらと思うと、安全だとか仕事だとか正義だとかの、お堅い話はどうでもよくなってくる。
　このクスリを飲ませて、長年我慢していた分の想いを思うさま吐き出して昇華させたいと思うのだ。
　しかも‘紫色のクスリ’のもっともおいしいところは、薬を飲んだことや、そこから派生して起こった出来事が、飲んだ人間の記憶に残らないということだろう。
　つまりあとで嫌われる心配もなく、思いっきりヤれるというわけだ。

「ん―･･･これもシゴトの一環つーことで、空に協力してもらうか♪」

　自分一人だけで都合のいい結論を導き出し、真一朗は机の上の小ビンに手を伸ばした。この週末、空も真一朗と一緒にここに来ている。今から空のいる部屋に行って、さっそく飲ませてみるつもりだった。

　――だが。

「羽柴くんに、なにを協力してもらうんですか？」

　にこやかな声が背後から聞こえてきたかと思うと、真一朗の目の前の小ビンが、後ろから伸びてきた手に奪われた。

「げ。七海っ」
「これ、なんです？　クスリですか？」

　真一朗が振り向くと、片手にトレーを持っている七海が立っていた。トレーの上には湯気のあがったコーヒーカップがのっている。

「なな、おまえ勝手に人の部屋に入ってくんなよっ」
「いまさらなにを言ってるんですか。真一朗だって、私の部屋に勝手にずかずかと入ってくるじゃないですか。大体、人がコーヒーでもどうかと思って持ってきたのに、その言い草はないでしょう？」
「あーはいはい。サンキューでした。じゃあそれ置いて出ていけよ」
「そんな言い方じゃ、全然誠意が感じられませんっ」

　おざなりな対応をする真一朗にむっとして、七海が持っていたトレーを乱暴に机の上に置いた。金属製のトレーがガシャンッと大きな音を立て、カップの中のコーヒーがはねる。はねたコーヒーが手にかかりそうになった真一朗は、慌てて手を引っ込めた。

「おまえ、淹れといてこぼすなよ〜」
「･･･やはりなにかの薬品のようですね」

　文句を言う真一朗を無視し、七海は持っていた小ビンを高く掲げて室内の光に透かしてみた。小ビンを見る目つきが、医学に通じている者の目になる。

「相沢のクスリですか？」
「･･･の、周りにいる人間から手に入れたもんだよ。多分、やばいやつには間違いねえだろうな。やっこさんの行動を押さえる証拠の一つさ」

　真面目に仕事の話をする七海に、観念したように真一朗が事実を伝える。続けて、この小ビンをどういう経緯で手に入れたかまで話した。

「そうですか･･･。とても重要な話ですが、学校だと誰が聞いているかわからないから、とりあえず一時的に真一朗一人の胸におさめていたわけですね」
「え!?　ま、まあな」
「じゃあこの薬は私に預からせてください。どういう薬かきちんと調べてみます。もしかしたら以前別の事件で絡んでいたものと同じかもしれませんし、少なくともこれを裏のオークションにかけてみたら、相沢が関わっている‘正規のルート’のほうからなにか言ってくるでしょうしね。そうしたらそこから･･･――真一朗？　なにか･･･」
「いや･･･」

　だんだん本格的になっていく七海の話に、真一朗は内心で引きつっていた。自分も数時間前にはそんなふうに考えていたが、今は、それどころじゃないのだ。
　真一朗にとってはもっと重要で、もっと単純で本能的なことがかかっている。

「ただ、その薬はやっぱオレが持ってるわ。オレなりにいろいろと、調べたいことがあるんだよ」
「･･･いつも薬品関係は私に任せていたじゃないですか」
「そうなんだけどよ、ちっとな」
「――そういえばさっき、羽柴くんにも協力してもらうって言ってましたよね。真一朗･･･まさかこの薬を羽柴くんに試してみる気じゃないでしょうね？」

　七海の目がすうっと細くなった。真一朗の様子に、なにか直感が働いたらしい。
　真一朗はギクリと身を固くしたが、表情には出さないように心がけた。

「いや、あれは別の話さ、別の話。ほら、空も見習いというからにはもっともっとオレたちに協力する義務があるわけだろ？」
「どんな薬かわかりもしないものを羽柴くんに飲ませてどうしようっていうんですか？　もし即効性の毒だったらどうするんです!?」
「だ、だから七海サン、それは七海サンの早合点であってオレは別にな、」
「――それとも真一朗は、もしかしてこの薬の効果を知っているんですか？　どこかで同じようなものを見たことがある、とか？　そしてその上で羽柴くんに･･････」
「お、おい、なな･･･」

　恋する人間の直感とも言うべきか、七海に鋭く見破られて、だんだん真一朗が言葉をなくしていく。
　そして七海は、頭の中で一つの図式を成り立たせた。
　七海の声が、さらに冷ややかなものに変わった。

「･･････ああ、わかりました。そういうことなんですね」
「な、七海サン･･･？」
「真一朗はこの薬と似たようなものを知っているんですね。そしてこれを羽柴くんに飲ませようということは、真一朗が知っている薬の効果は、つまり――」
「あーはいはい、そのとーりです。きっとおまえが考えているとおりだよ、なな」

　七海の声を遮り、真一朗がひそかに抱いていた計画を認めた。真一朗は降参したように両手をあげているが、その口ぶりは計画を諦めた人間のものではなかった。
　――むしろ。

「確かにオレはこれと似たようなものを見たことがあるし、それがどういうものだったか知ってるさ。･･･で、なな。それがどうかしたのかよ」
「真一朗!?」
「空にこれを飲ませてヤりたいっつーのが、なにかおまえにとって問題あんのか？」
「〜〜〜〜なに開き直ってるんですか!?　問題なんて、大有りでしょう!?　もしそれに変な副作用でもあったらどうするんですか!?」
「んー、でもそれを飲まされた市川もなんともねえみたいだし、大丈夫じゃねえの？」
「仮定で物事を進めないでくださいっ！」

　だいたい、真一朗は昔から楽天的過ぎるというか、細かい配慮が欠けているんですよね――と、お小言に発展した七海の話を今度は真一朗が無視し、机の上に置かれたコーヒーカップを手に取った。そのまま一気に、くーっと飲みきる。

「はい、ごちそうさん。じゃあ早くそれ置いて出てけよ」
「･･･あくまでも実行しようという考えなんですね」
「わりぃか？　ヤれるチャンスがあったらそのチャンスを逃がさず、きっちりヤるのは男として当然だろ？　そもそも原点に立ち返ればだな、相沢がどんなクスリを作っているかここで把握する必要性があるわけだ。まさか直で試すわけにもいかねえだろ？　クスリが効かない性質というより、あいつで‘相沢のクスリ’を試すなんてことはぜってぇしたくねえ。もっともあいつ、今ここにいないしな」
「なんかもっともらしいこと言ってますけど、だからってそれを羽柴くんに飲ませていい理由にはならないですよ」

　妙に真面目に話す真一朗にごまかされずに、七海が冷ややかに突っ込みをいれる。

「だから私が成分を調べますって言ってるじゃないですか」
「･･･そんなこと言って、オレからそのクスリを横取りする気だろ。で、おまえが空に飲ませるつもりだな」
「私は真一朗とは違いますっ！」
「･････痛っ･･･」
　
　七海の脚が、思いきり真一朗の脚を踏んだ。そして、その勢いのまま七海は続けた。

「このクスリがどういうものか知りたかったら、真一朗が自分で飲めばいいでしょう!?　羽柴くんに飲ませようとする前にっ!!」
「オレが飲んだら空襲っちまうだろ。それともおまえが相手してくれるわけ？」
「冗談でしょう。そのときはご自分でどうぞ」
「うわ、ひっでーななちゃん。長年の相棒の言葉とは思えないよな〜」
「とにかく、このクスリは私が預かった上で処分します！」
「ん〜･･･じゃあ七海、ここは一つ穏便な解決方法をとることにしようぜ」

　真一朗にびしりと指を突きつけた七海に、真一朗は仕方なく妥協案を出した。

「･･･なんです？　またくだらないことでも思いついたんですか？」
「ななサン冷たい･･･。だからよお、このクスリを空に飲ませたらおまえもまぜてやるからさ。三人で楽しもうぜ」
「真一朗、そういう問題じゃないでしょう!?　私は羽柴くんの健康と安全のことを考えてっ･･･」
「まあまあ、それはわかるけどよ。でもそんなにカタいこと言うなよ七海。オレが知る限りこのクスリは即効性だからな、飲ませた途端に体が熱くなって意識もとろーんとしてきてイイ感じになるんだぜ？　空がそんなふうになったところを想像してみろよ。普段ならぜってえ拝めない姿があれこれと･･･。そういう空をオレとおまえでいただいちゃうわけだ。すっげえ、サイコーだろ？」
「じゃあ話はここまでですね。成分調査の結果が出たらお知らせしますから」

　そう言って七海が、机の上のトレーを持ち上げる。真一朗から奪ったままの小ビンもキープしたまま、くるりと背を向けた。

「ああっ、七海サンっ！」

　慌てた真一朗が椅子から立ち上がり、部屋を出ていこうとする七海の首に後ろから腕を回して引き止める。

「カップが落ちるじゃないですか！」
「七海ぃ〜。やせ我慢すんなよ？　おもいきりヤっちゃっても、空の記憶には残んないんだぜ？　このままおとなしく空が目覚めんの待ってたらあと何年も我慢しなきゃいけないんだぜ。実際に空を手に入れるのはオレかおまえかはわかんね―けど、ここらでちょっとヌいときたくねえ？」
「別に興味はありませんから」
「またまた〜。オレ知ってるぜ？　空が風呂からあがったときなんか、おまえけっこう空から目が離せねえみてえじゃん。空、イイ感じに育ったよなあ･･･ちょうど今が旬なんじゃねえ？」
「――真一朗の考えにはついていけませんね」

　そう言って七海がもう一度真一朗の脚を思い切り踏む。その痛さのために解かれた腕を払いのけ、七海はさっさとドアに向かった。

「･･･ってーなあっ。ったく、一人だけいい子ぶんなよなあ。んじゃあ、七海の言うとおり今回は諦めてやるよ。その代わり今度‘安全なクスリ’を使うときはおまえは混ぜねえからな」
「――!?　また羽柴くんにクスリを使う気ですか!?」

　ドアの前まで来て振り向いた七海に、真一朗は真剣な目を投げる。ちゃらけた部分が払拭され、真一朗の奥にある、‘もう一人の真一朗’の資質をうかがわせて。

「でないとそろそろオレ限界にきてんだよ。本気で力任せに組み敷いて空傷つけるよりはましだろ？　空がその気になってくれれば、とりあえず縛ったり無理やり挿れることはしなくてすむからな。――心だけ手に入れれば体はいらねえなんていう、中途半端な想いじゃねえんだよ」
「･･････」

　その圧迫感に、心ならずも七海が一瞬呑まれる。

「おまえがどうしたいかまではオレは関知しねえ。その代わり、オレがすることに口を出すなよ七海」
「･･･っ･･･それで私が黙っていると思ったら大間違いですからね、真一朗！　羽柴くんの気持ちを置き去りにするなんてそんなのただの強――」
「ななちゃ〜ん、オレ、ハラ減った〜。メシまだ〜!?」

　七海がその先を続けようとする前に真一朗の私室のドアが大きく開き、空が腹をさすりながら入ってきた。

「なんでもいいからハラに入るもんくれよ〜･･･あれ･･･？　兄ちゃん？　七海ちゃん？」

　部屋の中の雰囲気を敏感に読みとった空が七海と真一朗を交互に見つめる。

「･･･どうしたんだよ。オレ、もしかしてなんかヤバイとこに来た？」
「いいえ、そんなことないですよ。羽柴くん、おなかすいたんですか？　じゃあ今すぐ用意しますね」
「へへっ。やったあ〜！　･･･あれ？　七海ちゃん、なにもってんの？」
「ああ、これですか？　なんでもありませんよ。ただのごみですから」
「あっそーなんだ？　なんかのクスリみてえだけど、もういらねーもんなんだ？　――あ、でもオレ、なんかそれ見たことあるかもしんねえ。なんか見覚えが･･･ええっとどこでだっけなあ･･･」

　しきりと首をひねりながら、空が七海の手の中を見つめる。それを聞いて、真一朗は心の中でげっ、と呟く。空に見覚えがあるのも道理なのだ。なにせ空も同じものを見たことがあるのだから――。

「そうなんですか？」
「七海ちゃん、ちょっとそれオレに見せて？」
「いいですけど･･･でも扱いにはくれぐれも気をつけてくださいね？」
「うん」

　空が、七海から小ビンを受け取る。そしてそれをしげしげと見つめた。
　あやしげな、紫色の液体。
　確かこれと同じようなものを、化学、室、で･･････。

「うわっ、こ、これってもしかして市川が飲んでたやつとおな――･･･」

　言おうとしたことを、空は最後まで言うことができなかった。いつの間にか側まで寄ってきていた真一朗に、強く腕を引っ張られたからだ。
　空の手の中の小ビンが、強引に真一朗に奪われる。
　そして、真一朗は片手で難なくコルク栓を押し開けると、その小ビンの中身を自分の口に含んだ。
　そのまま、腕をつかんでいる空の体を引き寄せ――。

「真一朗っ」
「んっ――!?　ふっ、ん･･････はぁ、に、兄ちゃん、急になにすんだよっ」

　無理やり真一朗にキスされた空が、手の甲で口元を拭いながら真一朗の体を強く押しやった。

「しかもなんか口の中が甘――え･･･っ!?　あれ･･･なに･･･」

　真一朗をきつく睨んでいた空の視線が揺れた。なにやらぞくぞくとした悪寒に襲われ、自分の腕で自分の体を包み込む。

「羽柴くん!?　大丈夫ですか!?」
「だいじょ･･･ぶ･･･。でも、なんか･･･ヘン･･･。体･･･あつ･･･んっ･･･」
「羽柴くん!?」
「･･･やっ･･･。七海ちゃん、オレに、さわらないで･･･っ」

　変化が訪れた空の体を心配する七海の手を、空が押しのける。でもその手には全然力が入っていなかった。自分でもどうしようもないほどの変化に空の声に戸惑いがまじる。
　そんな空の腕を、真一朗は強く引き寄せた。そうして自分の腕の中に取り込んだ。

「あ･･･っ!?　なに、兄ちゃん･･･!?　･･･っ･･･だから、今オレにさわん・・・な･･･っ」
「触るなって、こんなふうにか？」
「ん･･･っ」
「効くのが早いな、空。体質か？　それともあのクスリよりもっと即効性があったのか？」
「真一朗!?」
「――出てけよ、七海」

　空の頬や体を手でなぞりながら、真一朗は七海に冷ややかな一瞥を投げた。

「こんな状態の空を楽にしてやる方法なんて一つしかないだろ？　これからそれをするから、邪魔するなら出ていけって言ってんだよ」
「こ･･･んな状態って･･･あ･･･兄ちゃん、さっきの･･･。本当に、市川が飲んだのと･･･っ･･･んっ･･･」
「ああ、同じかもな？　相沢の周りを調べているうちに手に入れたクスリだ。それがどんなクスリか試飲して調査するのも見習いの仕事だぜ、空」
「ンなの･･･詭弁･･･っ。あっ、よせよ･･･んなとこ、さわん、なっ･･･」
「ふうん、まだちゃんと意識があるんだな。やっぱりあれとは違うのか･･･。あんときはすぐに正気じゃなくなったようだしな」

　ま、意識があるほうが楽しいからいいか――などと呟く真一朗の腕から、空の体が強引に引き離された。
　七海が、強い力で空を自分のほうに奪い返したのだ。

「あ･･･七海、ちゃん･･･」

　真一朗の、体を這いまわる手から解放されて、空がほっと安堵の吐息をつく。
　――だが。

「えっ･･･な、な･･･ん･･･っふっ･･･」

　優しい手が頬に触れ、顔を七海のほうに向かせられたと思ったときには、すでに唇が塞がれていた。初めて七海にくちづけられて、空の意識が混乱する。
　いつもお茶を入れてくれて優しく笑いかけてくれる大好きな人ではあるが、こんなふうに艶っぽいことで関わるとはまったく予想もしていなかった。

「おいおい、七海･･･」
「んっ･･･あっ･･･や、も･･･――」

　両手が手持ち無沙汰になってしまった真一朗が、目の前でキスをかわす七海に声をかける。七海はただ一度のキスでは空を離さず、幾度もくちづけている。そのキスはどう見ても、軽いキスではありえなかった。

「――七海っ。いい加減しとけよなっ」
「邪魔しなければ、出ていかなくてもいいんでしょう？」
「はぁ･･･な、なな･･･みちゃん･･･？」
「大丈夫ですよ、羽柴くん。心配しないで？　私がそばにいるからには、真一朗にひどいことなんかさせませんからね」
「げ、マジで加わんのおまえ･･･」

　空ににこりと微笑む七海の言葉に、真一朗が顔を引きつらせた。七海は確かにこのままおとなしく出ていくような殊勝な性格ではないけれど。

「仕方ないでしょう？　真一朗一人にこの場を任せておいたら、羽柴くんがどんな目にあわされるかわかりませんからね。私も付き合うことにします」
「･･･んじゃおまえ見学組な。そこに突っ立って、オレのこと監視してろよ」
「見学だけしてたら、咄嗟のときに真一朗を止められないでしょう？　それに、痛みをもっとも昇華させるものは‘快感’なんですよ。羽柴くん、痛くないようにちゃんと気持ちよくさせてあげますからね？」
「･･･え･･･な、に･･･？」

　とても優麗に微笑んだ七海の表情になんとなく嫌な予感をかきたてられて、空が聞き返した。いつもなら七海の笑顔には心が安らぐはずなのに、今は逆になんだか落ち着かない。

「すみません、真一朗が羽柴くんに強引なことをして･･･それを、私がちゃんと止められなくて。でもその分、早く楽にしてあげますからね」
「ん･･･っ」

　そう言った七海が空の耳元に唇を寄せた。そのままぺろりと耳を舐められる。その一方ですでに七海の手は空のシャツの下に滑り込もうとしていた。

「空、そこでそれこそ詭弁だって突っ込めよ。なーんか空って七海には甘いんだよなあ･･･」
「ひゃ･･･っ。に、兄ちゃん･･･っ、ど、どこ触ってんだよ･･･っ」
「ほらな。差別するなんて兄ちゃん悲しいぞ、空」
「だからよせ･･･って･･･や、だめ･･･っ」

　空が懸命に真一朗の手を払いのけようとするが、さして力が入らない手では好きに動く真一朗の手を止められなかった。そうしてその手に煽られて、さらに空の体が熱くなっていく。

「ふっ･･･ちょっ、と、待･･･っ」
「そんなこと言って、待てないのは空クンのほうだろ？」

　空の背後から回り、空の腰や、太腿を真一朗の手がさわさわと動いていく。

「！･･･な、七海ちゃ･･･ンなとこ、触っちゃ、だめだってば･･･っ」
「もしかして、ここはまだ誰にも触られたことないんですか？　そのわりにはなかなかいい反応してますよ、羽柴くん」

　シャツの下から滑り込んできた七海の指先が、空の胸の突起をつついた。

「あ･･･ふ、二人とも、オレの言ってることちゃんと聞けよ〜っ！（＞＜）」

　高まる快感に意識をとられつつも、空が必死の面持ちで叫んだ。

　――しかし当然のごとく空のその言葉自体、二人の意地の悪い‘おにーさんたち’に綺麗さっぱり無視されたのだった。

〔ＮＥＸＴ〕