頑なに閉じていた口は、鼻をつままれることによって開けざるを得なかった。
　隙を見て相手の身体を蹴飛ばしてやろうと思った足は、相手の身体に押さえ込まれてうまく動かせなかった。
　舌がピリッと痺れ、薬くさい味が口の中いっぱいに広がる。唾液で押し戻そうとしたが、息苦しさのあまりいくらかは飲み込まざるを得なかった。
　口の中の苦々しさが、そのまま屈辱の味となった。
「くっ･･･」
　唇から小瓶が離れたとき、空は身をかがめて口の中にあるものを吐き出そうとした。
　だがすぐさま髪をつかまれ、頭を引き上げられる。
「少しばかり苦かったかな。でも、良薬は口に苦しというだろう。これからそんな味はすぐさま忘れられるよ。身体の、甘さでね」
「オレに、なに飲ませたんだよっ」
「わからないのかい？　そんなはずはないんじゃないかな。空くんはもう今の薬の意味を知っているはずだよ。それとも･･･わかっててあえて聞いているのかな。僕から、淫猥な言葉でも引き出したいのかい」
「ふざけるなっ！　なんだよ、これっ。手を縛っているネクタイ、はずせよ。それから薬、中和剤でも解毒剤でも持って来いよ！」
「おやおや。途端に言葉が悪くなったね。僕は、客の立場なんだけれどね」
「こんなことする客がいるかよ！　ただの犯罪者だろ」
「ちゃんと楽しませてもらうっていう断りは入れておいたはずだよ。それでもかまわずに僕を招き入れたのは君自身だ」
「こんなことされるなんて思ってもみなかったからな。･･････最初はちゃんと、信用してたんだぜ」
　ソファに座っている少年が、きつい目で奏司のことを睨みつけていた。その強気な態度と、瞳の奥にあるどこか傷ついたような光が、奏司の笑みを誘った。
「なるほど･･･人に媚びるということが、無意識に出来てしまうのだね。自覚していないからこそ余計にたちが悪い。その手でいつも真一朗を誘っているというわけかな」
「誘っているとか媚びているとかってなんだよっ。わけわかんねーこと言うなよっ。とにかくこれほどけよ！」
「確かに、よく見るとなにもかもが誘っているというわけだね。まったく、真一朗もよくこんな性悪な人間をそばにおいている。いつから道をはずれかけていたのか･･･もう少しで手遅れになってしまうところだったよ」
「なに言･･･――っ！」
　奏司の空の髪をつかんでいない手が、空の腿の上に置かれた。それだけで空は、強い悪寒に襲われた。
　他人の手の熱や重さがズボン越しに感じられただけで、意識がそちらに集中する。
　口の中に残る苦さが、喉の渇きをいっそう早めたかのようだった。
「性悪な人間だと言ったんだよ。どうせ自覚はしていなかったんだろう？　自覚していれば、まだかわいげがあったんだけどね」
　奏司の手が空の腿を撫でていく一方で、空の髪から離れた手が空の脇腹を滑った。
「･･････っ」
　どちらも服越しなのに。
　あるいは服越しだからこそ、生地のすれた感覚がなおさら奥にあるものを煽る。
　ただ触れられているだけなのに、空は息苦しくてたまらなくなった。
　普段なら全然なんともない行為のはずだが、今はいやに敏感だった。故意にゆっくりと手を滑らせる奏司の触り方が原因なのではなく、やはり先程の薬が作用しているのだと悟らざるを得なかった。
　だんだんと身体が熱くなってくる。自分の吐息に、甘さが混じりはじめているのがわかった。
「ああ、薬が効きはじめたようだね。目が潤んで頬が紅潮しているよ。ふふ、泣きたくなったら泣いてもかまわないからね。それぐらいでは放り出さないから安心するといい」
　空に触れる手は止めずに、奏司が空の顔に自分の顔を近づけた。実際赤みがさした顔で、少年が反応していることは明らかだった。たったこれだけの動作で反応を示す少年。それでは、このさきもっと淫らなことをほどこしたら――おそらく経験の少ない少年の身体は、一つ一つに如実に反応し、喘いでくれることだろう。
　空の耳に息を吹きかけると、少年がたちまち首をすくめた。
　その反応を奏司は心地よいものとして受けとめる。しばらくの間、楽しめそうだと思えた。
　このなにも知らない少年を思いのままにいたぶり、追いつめる。そして自分が、ずうずうしく真一朗のそばにいられるような人間ではないと、少年に思い知らせるのだ。
　奏司はソファに座っている少年の正面で床に膝をつくと、少年の脇腹に滑らせていた手を、服の中に忍び込ませた。男にしてはなめらかな肌に手を滑らせ、服の奥のその箇所を指で撫でる。かすめるようなその指の動きだけで、たちまち少年の身体が揺れた。奏司は再び、胸の先端を指の腹だけで刺激する。
　左右にゆるく振られた少年の表情に苦悶と、そして快感とを見出して奏司は満足を覚えた。
「どうなのかな？　ここを触れられると気持ちいいかい？」
　今度は指先でそこを引っかくように触れてみた。太股に置いていた手は少しずつ少年の腿の内側へ近づけていく。
「き、気持ちいいわけねーじゃん。すっげえ、むかむかするっ」
「そう、むかむかするんだ？　空くんは、むかむかするとここがこうなるわけだね」
　ズボンの上から少年の股間のふくらみに手を置いた。奏司がなにを言いたいかに気づいた空が、それでも憎まれ口を叩いた。
「そういう薬を飲ませたんだから、とーぜん、だろ。単なる生理現象であって、ほんとに寒気がしてんだよっ」
「つまり感じているわけじゃないと言いたいんだね」
「痛・・・っ」
　少年の胸の飾りを、いくらか力を込めてつまんだ。空が顔をしかめたが、痛みさえ下半身を熱くさせる刺激になっているのは、奏司にもわかっていた。実際、ズボンのふくらみがさらに強くこちらの手を押し返してきているようだ。
「ああ、少し力を入れすぎてしまったね。赤くなってしまったかな」
「く・・・っ」
　痛みを与えたことを口実に、奏司は少年のシャツをめくりあげた。空気と奏司の目にさらされ、空がたまらず目を閉じる。
「うん、赤くなってしまったね。しかも腫れているようだ」
　少年の胸に顔を近づけ、奏司が少年の立ち上がっている胸の突起を一舐めした。
　さらに少年の反応を確かめながら、ゆっくりとそこを舌先で嬲っていく。つつき、あるいは舐めとり、また唇で軽くはさみこむ。たわいのないそれだけの動作でも、薬に煽られた体には強い刺激となったらしく、空が幾度も身じろぎをした。むずがゆい甘さが、全身に広がっていく。
「こちらだけじゃ不公平かな。こちらも舐めてあげようか？　そうだね、空くんが舐めてほしいって言ったら、同じように・・・いや、もっとよくしてあげるよ？」
　めくったシャツを手で押さえたまま、奏司が、今度はもう一方の胸の突起を一瞬だけ舐めた。
　もう一方にもはしった濡れた感覚に、空は、そちら側も同様に奏司に舐めとられることを想像してしまい、慌てて頭を振った。
　もう一方も、奏司に。
　同様に舌の上で転がされ、じわりとした刺激が走る。
　拒否したくてもできないまま、奏司の右手は自分自身の中央に置かれていて。
　そんな想像だけで頭の中がおかしくなりそうだった。
　あくまでも薬の効果による生理現象であるだけなのに、それに引きずられそうになる自分がここにいる。
「冗、だ・・・」
「もう一つのほうは必要ない？　なら、代わりにここをかわいがってあげることにしようかな」
　奏司の手が空のズボンのホックにかかった。空が現実を認識し、抵抗する間もなく、ズボンの前が寛げられる。
「･･････！」
「すぐに飛び出て･･･ふふ、元気だね。それにもう濡れているみたいだ。舐めてもいいかな？」
「！　よせっ！　･･･っ、んん･･･っ」
　奏司の言葉に、空は慌てて腰を逃がそうとしたが、その前に奏司がそこに屈みこんだ。
　胸の突起と同様に、舌で。
　育ちはじめた形をなぞるように、ゆるゆると舌が空のそれの表面を滑っていく。
　空自身を支えている奏司の手も、ただ支えているだけではなくて。支えながら指先で裏側や根元をくすぐられる。
　空の腰が空の意思とは裏腹に揺れた。
「･･･な、なにが、目的なんだよ･･･っ」
　口からこぼれそうになる熱い吐息を殺しながら、空が自分自身を舌で舐めている奏司に言った。
　尋常ではなかった。
　腕を縛ったあげく、薬を飲ませ、あげく自分の性器を舐めているのだ。愛だとか恋だとかそんな甘ったるい理由でないことは明白だった。
　この男は、こんなことをしてなにが楽しいのだろうか。そして自分をこんな目に合わせて、なにを果たそうというのか。
　奏司が先ほどから真一朗の名前をちらつかせることには空も気づいていた。
「目的？　そんなのは明らかだと思うけれどね？」
「オレにこんなことして、奏司さんに、な、なにか得になるようなことがあんのかよ」
「損得勘定ではかっているわけじゃないよ。ただ楽しめればそれでいいんだからね」
「さっきから奏司、さん、兄ちゃんのことばっか言うけど、要するに、オレが兄ちゃんのそばにいるのが、気にくわねえんだろ」
　奏司の舌の動きが止まった。
　空自身から口を離し、少年の顔を見上げながら、握っていた空自身の先端のくぼみに思いきり爪を立てた。
「･･･っ･･･ふ･･･っ」
　痛みと同時に強い快感に襲われて、空の意識が一瞬飛びそうになる。
「そのとおりだよ。真一朗のそばに色気だけの性悪な子供がいるのが気に入らないんだ。あの馬鹿な弟がいつ誘惑されてしまうのかと思うと、気が気じゃないよ。四六時中、この身体が真一朗を誘っていると思うとね」
「なんで･･･っ！　オレと兄ちゃんはなんにも関係ないだろ!?　ただの探偵と見習い、昔馴染みっていうだけで全然変な関係じゃないだろ。大体、オレも兄ちゃんも男同士なのに、そんなふうに勘繰るほうが異常っ･･･んっ･･･んん――っ」
「今はそうかもしれないね。でも、これからどうなるのかはわからないからね。その前に、対策を立てておきたかったんだよ」
「･･･なにっ･･･言･･･んっ･･･」
　空自身を強く握りこみ、奏司は少年の反応を確かめながら扱きはじめた。
　理性を取り戻そうと思うのに、奏司が与えてくる快感に、意識が流されそうになってしまう。
「真一朗をたらしこんだらどうなるのかその身体に刻みつけてあげないと、天然で媚びを売ることがうまい空くんにはわからないだろうと思ってね」
「そ、んなの、心配するだけ無駄･･･ぜって、あ、ありえな･･･はっ･･･」
「それはどうかな。実際さきほどからこんなに色気を振りまいているからね。少しでも空くんに好意を抱いている人間からすれば、つねに誘われているのと同じだよ。ふふ･･･きっと空くんは天性の淫乱なのだろうね」
「･･･っそんなの、違うって言っても、証明する手立てなんかねえだろ･･･!?　オレと兄ちゃんの間には、今現在もこの先も、なんにもない。でもそんなの、ただひたすら信じてもらうしかねーじゃんっ。それともオレのこと、ずっと監視してる気かよ!?」
　一度自分の舌を噛みしめ、空が自分の中で高まっている快感をほんのわずか逃がした。その瞳に正気の光をたたえ、奏司を睨みつける。
「――オレがなにを言っても、オレの言葉なんか信じらんねえって言うのなら･･･奏司さんがそんなにヤりたいんなら、もう勝手にヤれよ。どうせ途中で虚しくなるのは奏司さんのほうなんだからなっ」
　薬で快感を引き出され、今もって一番敏感なところを他人の手で刺激されているのに。服も乱れ、感応している恥ずかしい姿をさらされているのに。
　それでも、少年の瞳にはなにものにも屈しない力強さがあった。
「･･････」
　――穢したい。
　奏司は、その瞬間焼きつくほどに強烈な思いを抱いた。
　ただ真一朗に近づけさせないためではなくて。
　この生意気な少年をめちゃくちゃに壊して喘がせて溺れさせて、思いきり泣かせてやりたかった。真の陵辱をこの少年の体に刻みつけたい。
　ふっと、奏司の口元に笑みが浮かんだ。
　それはこれからの時間に対する期待感が、思わずこぼれてしまった笑みだった。
「虚しくなるかどうかはわからないよ」
　そう言って、奏司はしばらく放っておいた少年の胸の突起に改めて指を這わせた。充血し張りつめているそこを力を込めて押しつぶす。
「ん･･･っ」
「ふふ。やりたければ勝手にやればいいと言ったね。うん、じゃあ勝手に愉しませてもらおうかな」
　息をひそめて、奏司は空に向けて優しく囁いた。

ＮＥＸＴ

　


　キリリクが奏司→真一朗前提の奏空ということなので、その点をご了承ください。
　一般的な奏空とは違います。

　偽物の奏司さんについてはおいといて（汗）空･･･うちの空は、追いつめられるとキレたり開き直る傾向があるようです。
　この続きはわりとあっさりしてますので、そういう展開の期待をされないほうがよいです。
　いや、ほんとに。