智友から連絡がきて、次に会ったのも勇気の部屋で、だった。
　勇気にシャワーを浴びて待つように言った智友は、部屋についてすぐ、勇気にズボンと下着だけ脱ぐように指示した。
　先週別れたときから六日後、土曜日の晩。それまでに智友のことばかりを考えさせられ、智友と会うのに緊張していた勇気だったが、来て早々のその指示のせいで緊張が飛んだ。ベッドの上でうつぶせのまま足を開かされ、別の緊張を強いられることになった。この日もやはり、明かりはつけたままで。
「……トモっ…！」
　恥ずかしい体勢に耐え切れず声を上げた勇気に、智友は冷静な声で勇気に次の行動を促した。
「勇気。ほら、ローション垂らしたから、これでもう怖がることないだろ。続き、だよ。自分の指でもっとなすりつけて体になじませて」
「……っ」
「今日は自分で準備してもらうって言っただろ。指で撫でているだけじゃ、いつまでも中はほぐせないよ。怖くないから指入れて」
「……でも…」
「勇気のそこは俺のを何度も咥えてるんだから指なんか大したことないだろ。ほら勇気。今後のためにも自分でほぐすやり方も覚えなきゃだろ」
「……んっ…」
「そう。そのまま少しずつ指を動かして。最初はゆっくり、広げるように。ローションをうまく使って……あとで、そこに俺のが押し入るの想像して」
「……っ」
　智友の声に従って勇気は指を動かし、自分で自分の秘所を少しずつ揉みほぐしていく。恥ずかしさのあまり腰の角度を変えようとすると智友に止められ、ちゃんと智友に見える角度で行うように言われる。
　今日は智友にはまだどこにも触れられていない。服の上からでさえどこも触られてないのに、自分で足を広げて受け入れる準備をさせられるのはたまらなく恥ずかしかった。蕩けていない自分のいつもの思考が、ますますこの状況の恥ずかしさを際立たせる。
　だけど智友の好きにしていい、教えられたことは覚えると言った自分の宣言が、勇気の恥辱を抑え込みこの行為に没頭させていく。
「…は…ぁ…っ」
「自分のナカ、初めて触ってみた感想はどう？　もっと奥に指を挿れていくと、勇気のいいところがあるよ」
「ん…っ…」
「……だんだんいい顔になってきたな。今度からはそうやって、先に自分で準備しといてくれよな。そうすると手間が省けて助かる」
「…トモ……」
　顔をあげて智友を振り返ると、智友もベッドに上がってきた。
　勇気の服をめくり片方の胸に手を伸ばしながら、「続けて」と言う。智友の手が、初めてこの日、勇気の肌に触れた。
　智友の指が的確に勇気の胸の尖りに触れ、好きなように弄りはじめる。
「んっ…」
　六日ぶりに触れてきた智友の手が勇気の新たな性感帯となった胸を弄る。それだけで反応してしまうが、さらにその感じている様子を智友に見られているのだ。
「勇気のここ、もう固くなってる。ここをいじられるのももう気持ちいいんだな。もしかして一人でしてたときにもここを触ってた？」
「…触って、ない…」
「ふうん。じゃあ後ろは？　一人でしてるときにもう指入れてたり？」
「してない…っ」
　智友のからかうような言葉に、勇気ははっきりと答えた。二日前、自分で一度処理をしたけれど、さすがにそこまで触れようとは思わなかった。智友の触り方を思い出しながら胸や後ろを触るなんて、これ以上頭がおかしくなることはしたくなかった。
「そ。でも‘前’は触って一人でしてたんだ？　昨日？　おととい？　それともあの日にすぐ？」
「……」
「そんときの勇気のオカズがなにか興味があるな。定番のやつがあるのか？　気に入りの子がいるとか。……それとも、俺を思い出してした？」
「……違うっ。そんなのなにもっ……あっ！」
　否定の言葉を口にした途端智友に爪を立てられ、乳首に痛みが走った。だがすぐに宥めるように指の腹で撫でられる。
「…っ…ん…」
　鋭い刺激も甘い刺激も片側だけで、勇気は触れられていないもう片方の胸にしびれのようなものを感じた。
「まあなんでもいいけど、でも自分でしたのは事実なんだろ？　じゃあ今度はそっちも触ってもらおうか。そのときしたみたいに、自分でしているところを俺に見せてくれよ」
「そんなの、準備とは違うだろ。トモがその気になってるならもう挿れればいいだろ!?」
「準備だよ。勇気と俺の気分を高めるための準備。勇気だって、後ろを触るだけじゃなくて、前も触った方が気持ちいいんだろ？　そのままの姿勢で、前も後ろも自分で触って」
「――」
　さすがに恥ずかしすぎて勇気が躊躇していると、智友は勇気の胸から手を離し、勇気の両方の手首をそれぞれにつかんだ。後ろに触れている手にはそのまま続けるように促し、身体を支えているために使っていたもう片方の手を下から自分の足の間にまわさせる。
「トモっ！」
　腕の支えがなくなり、ぐらついた体を肩で支えた勇気は、次の瞬間自分の指が一番敏感な場所に押しつけられて声を飲み込んだ。
「……！」
「こっちもこんなに反応して、触られるの待ってたんだろ？　だったら遠慮なく自分で扱けばいいだろ。勿論……後ろの指増やしてこっちの準備をするのも忘れるなよ」
「……あっ…！」
　智友の手に促され、智友の声にそそのかされる。自分の中の羞恥心はこの行為を拒否しているのに、動かすことを強要された手が、だんだん自分の意志で動き始める。
「…っ…んっ……あっ…ぁんっ……」
　いつしか智友の手が離れていったのには気づいたが、勇気はもう、自分の手を止めることができなかった。
　だめだ――と思う。
　自分の手で触れているだけでも体は浅ましく反応してしまうのに、それを智友に見られて、智友の声を聞いてしまったら。ましてや不意に肌を撫でられたら、それだけで理性が溶けてますます追い詰められていく。
「…あっ、や、だ…もう…これ…おかしく、なる…から…っ」
「おかしくなれば？　自分を変えていいって言ったのは勇気だろ」
「…や、こんなの、違…っ。ノーマルって、言った…っ！」
「充分ふつーの範囲だろこれぐらい。童貞の勇気にはわからないと思うけど」
「……っ」
　智友の言葉の後ろに、一瞬見も知らない人間の影が浮かんだ。
　その『普通の範囲』を、すでに別のだれかで経験している口ぶりの智友。
　智友が経験者だということは前に抱かれたときになんとなく察しられたが、そのときはそれに対してなにも思わなかったのに。
　今は智友の過去の相手にすら、灼熱の気持ちを覚える。
　智友には昔恋人がいたのかもしれない。否、今だっていないとは限らない――。
「…はっ…あっ…」
　快感と嫉妬とで思考が溶けていく。
　本当は二日前自分で処理をしたとき、智友のことを考えて体が熱くなり、自分を慰めたのも智友のことを思い浮かべながらだった。智友にはけして言えないけど、頭の中で智友の声や手、与えてくれた熱を思い出して快感を求めた。
　あのときの快感と、どうしようもないほどの虚しさ。
「……勇気一人でハマっちゃいそうだな。これから毎日こうやって一人で楽しむのか？」
「……トモ……っ」
　勇気は顔を上げた。あのとき頭の中で想像した人が、今目の前にいる。そう思ったらたまらなくなって。
　勇気は潤んだ目で、必死に自分の欲求を智友に訴えた。
「――もう俺のが欲しくなった？」
　智友の言葉に、勇気は素直に頷いた。
「そう。じゃあ……舐めて」
　智友は勇気の目の前で、今日はまだ身につけていたズボンの前を開いた。それに対して勇気はいやな顔はせず、少し身体を起こすと、自分の両手で智友自身を引き出し、躊躇なく口に含んだ。
　前回教え込まれたことの復習をするかのように、手と舌で智友のいいところを探っていく。
「――」
　智友は一心不乱に智友のをしゃぶっている勇気をどこか悔しい思いで見下ろす。従順に智友に従い、自分がそれを求めていることを隠しもしない勇気。
　だが智友は、こうして勇気が求めているのはただ自分のナカを埋めてくれる男の昂りだからであって、けして「自分」が求められているわけじゃないのだと思う。
　前回のセックスで本当にハマってしまったようだが、勇気が求めているのは快感だけであって自分は求められていない。
　智友は、以前思わず口にしようとした問いのことを思い出す。
『その代わりもう関係を終わらせないし、話だって今のことだけじゃない、学生時代のことだってもっと昔のことだってたくさん話してもらうからな！』
『……勇気は――』
『……トモ？』
　――勇気は、俺のことが好き？
　あのとき口にしかけた言葉。けれどすぐに、その問いを口にすることの虚しさに気づいてやめたのだ。
　自分のことが好きかと問えば、絶対に好きだと返ってくることがわかっていた。勇気はきっとはっきりと答えてくる――友達という意味において。
　想いの差をつきつけられるだけの問いなど、聞いたらさらに自分がみじめになりそうだった。
　だからあのとき別のことを口にしたのだ。
　こうして熱心にしゃぶって、自分を求めてくれると勘違いしそうになってたまらなくなるけれど。
「……勇気、もういいよ」
「ん…」
「じゃあ…俺の上に乗って」
「…え？」
「このまえいろんな体位試すって言っただろ。今はこれ。俺の上に乗って足開いて」
　勇気を追い詰めるために言った言葉が、再び素直に受け入れられる。
「…わかった」
「……」
　ベッドに腰を落として足を伸ばした智友の上にまたぎ、勇気は足を開いた。自分で体の位置を調節する。
「…ほんとに男のコレがまた欲しくなったんだな」
　勇気が智友の昂りに再び触れようとすると智友から嘲りの言葉が発せられた。
　勇気は智友を見返す。
「…それが条件だからな」
「嘘つきだな勇気。あんなに熱心に俺のをしゃぶってたくせによく言う。欲しくて欲しくてたまらないって顔してたけど？　今だって、そんなに物欲しそうな顔をしているくせに」
「……トモ…」
「……勇気は俺が欲しい？」
「……欲しいよ。だってそれが条件だろ。それに……す、少しは俺だって楽しまないと割に合わないからな」
「へえ。割り切ったんだ？」
「……割り切ったよ。だから、何回でも遠慮なく抱けばいい」
「じゃあ……こいよ」
　智友に促されて、勇気は智友の昂りに触れながら腰を上げた。
　初めて行う体勢に戸惑いがまったくないわけではない。できるなら智友に誘導してもらって、わけのわからないうちに翻弄されてしまえばいいと思う。けれど智友を欲しがる気持ちが自分の中に確かにあって、条件だからと言い訳しながらも、積極的に自分から行動したい気持ちもだんだん抑えられなくなってきていた。
「…んっ…」
　智友の熱が勇気の身体に触れる。
　今までは全部智友から、だった。智友の愛撫の巧みさに引き込まれるままに受け入れた。
　今の智友のことがもっと知りたい、智友に関係を切られないための条件がセックスというなら呑む、そういうつもりだった。
　けれど今は、自分から智友を欲しているのがわかる。言葉でごまかしても欲しい気持ちが顔に出ていたように、身体でもばれてしまいそうだと思った。でも求める気持ちが抑えられなくて、勇気は戸惑いも恥じらいも抑え込み、少しずつ腰を落としていった。
「…あっ、トモ……っ」
　ぞくぞくとした快感がそこからわきおこる。今までだって快感を感じていたけれど、それ以上にたまらない気持ちがあふれてくる。
　ただ挿れられるだけじゃない。繋がっていく――智友と。
　智友の過去や今現在にも別の人間が関係していたとしても、今のこの瞬間だけは自分だけが智友と繋がっている。そう思ったら、少しでも早く智友の全部が欲しくなって。勇気は一気に腰を落とした。
「んんっ……！」
「…っ勇気…」
「…は…ぁ…」
　一呼吸ついてから勇気は智友を見返した。どこか自分を気遣わしげに見ているその表情にかすかな笑みが浮かぶ。
　自分を切り捨てようとしていても、多分、本当には自分は嫌われていないとその表情を見て思えた。体の関係だけであっても、昔の友達関係の名残のようなつながりであっても。
　そうであるならば、今のこの関係を大切にしたいと勇気は思った。自分の気持ちをごまかしたままでも。
「……トモ、気持ち、いい…？」
　勇気が問うと、智友からは、
「……ちょっときつい…。勇気に食いちぎられそう」
との返事が返ってきた。
「――えっ、あっ、じゃ、じゃあ、抜いたほうがっ」
「バカ、冗談だよ。……今日は俺、楽したいから、勇気そのまま動いて」
「……動くのはいいけど、その楽したいからっていう理由がなんかむかつく…」
「正直でいいだろ」
「よくない！　…っていうか、いまさらだけど今日、ほんとにトモなんにもしてないんじゃ……」
　勇気が呟くと、智友が楽しげな声で答えた。
「気のせい気のせい」
「トモっ！　…お前、こういうときにも手を抜くなよ」
「今度、本当に横になったままで一から全部勇気にしてもらおうかな」
「そんなの……んっ…！」
「そろそろ焦らしプレイつらい。勇気、ほら動いて」
「焦らしてるわけじゃない…っ」
　勇気を促すように腰を動かされて、勇気はその途端わき起こった快感にどうにかして耐えた。
　見下ろすと、智友が勇気の足を撫でてさらに先を促す。その智友の目に、確かに自分を求める欲が浮かんでいて、勇気はそれに煽られるように智友の身体に手をついてゆっくりと腰を浮かした。
「…あっ…んんっ…」
　智友の熱が自分の中をこすっていく。その熱はちゃんと熱くて固くて。自分が咥えて高めたせいもあるが、本当に自分の、柔らかくもない男の身体で智友が反応してくれているのが嬉しかった。
　いくらか腰を上げたところで再び腰を落とす。そうして勇気はしばらくその動きを繰り返した。
「…勇…気…。だから、焦らすなって…」
「知らな…、身体、慣らしてる、だけ……はぁっ…。動いて…やってるんだから、文句、言うな…っ」
　だんだんと動きを速めながら、ときおり腰を回す。中にあるものの存在を確かめ、あるいは味わうように。
　今まではただ智友に翻弄されるまま、快感だけが頭を占めて、無我夢中で受け入れるのが精一杯だった。
　でも今は身体の奥で智友を感じて、触れあっている肌で智友の体温を感じた。肌に浮いた汗も、自分を見つめる瞳も、声も、息遣いも。智友のすべてを感じることができた。そして全身をめぐる強い快感の中で勇気ははっきりと自覚する。
　ああ、自分はもうこんなにも智友が好きなんだ、と。
　快感の中でも思考はクリアで、慣れない経験やただ体に引きずられているわけじゃないと確信できた。他のどんな人間に対しても思わない。
　自分の心は、智友だけに囚われている。
「……トモ、気持ち、いい…？」
　勇気は再び智友に問いかけた。
「俺は、気持ち、いいよ…」
　智友を見つめて笑いかけると、勇気の中を犯している智友の昂りが増した。
「…っ!?　トモ、やっ、急におおきく……ひぁっ…あ、だから…やっ……！」
「…無茶、言うなっ…。こっちは焦らされて、きついんだよ…」
　智友の声が掠れていた。本当に追い詰められている――自分が追い詰めていると知ったら、智友の昂りの急な変化に慌てていた心がふっと落ち着いて。
「んっ…トモ、イきたいのなら無理せず…先にイっていい、よ…。俺も協力する、からさ…」
「…この…っ、勇気のくせに…！」
「えっ…あっ、ト、トモ……っ！」
　腕をつかまれ、下から急に突き上げられる。それと同時に今日はまだ自分でしか触れていなかった勇気自身に智友のもう片方の手が絡んだ。
「やっ…ま、待って、激し……っ、トモ、なにもしない、って……っふぁ、んっ、あっ、ああっ…！」
　智友に速い動きで腰を使われ、また勇気自身を性急に扱かれる。一気に襲ってきた快感に、勇気は揺すられる身体を抑えることもできず、ただ声を上げるだけだった。
「勇気、イきたいならイっていいぜ。俺も協力する、からさ」
　唇を舌で湿らせながら智友が笑う。
　その言葉が先ほど自分が口にした言葉だと気づいたときには、勇気はもう限界を迎えていて。
「ぁんっ、やぁっ、ひぁ…あっ、トモの…ま…っ…負けず嫌い……っ！！」
　そう叫びながら、智友の手の中で吐精した。そしてその間もなくあとに、智友が勇気の中で達したのがわかった。



「……はぁ…。…んっ…」
　呼吸を整えながら勇気が身体を浮かし、自分のナカから智友を引き出す。体液で汚れてしまった感触もすでに気になることはなく、そのまま智友の隣に身体を投げ出すようにして横になった。
「……ほんとにトモ、負けず嫌い…」
「――」
「……トモ…？」
　智友の返事がないことを不思議に思って勇気が智友の方に顔を向けようとしたときには、勇気の身体に智友の体重がかかった。
「……トモ…」
　どこか白々とした気分で呟いてしまう。
　智友はニッと笑うと、そのまま顔を勇気の首元にうずめてきた。
「ん……っ」
　たちまち智友の手が勇気の肌をなぞる。――今日は初めから智友の手にはあまり触れられていなかった。ときたま気まぐれのように触れられたのと、さきほど智友の手に追い上げられたときぐらいだった。だから智友に肌を撫でられて、それだけで自分の全身が喜んでいるのを勇気は感じた。前に触れられたときとは全然違う。性感帯でないところを触られても、こんなにも気持ちいい。
　勇気はたまらなくなって、智友の首に腕を回した。智友に言われて、ただしがみつくように智友の背中に手を回すのではなく、今は自分から智友に抱きつきたかった。
「…トモ…っ、なにもしないはず、じゃ…なかったのか…？」
　勇気が問うと、智友が勇気の耳に唇を寄せて言った。
「なにもしないなんて言ってない。楽したいって言っただけだろ」
　そう答えたあとで勇気の耳に舌を絡める。
「…んっ…！　だから……っ」
「もういいんだよ。あんなんじゃ、欲求不満になるだけだし」
「人を…使うだけ、使っといて……ひぁっ…あっ…！」
「勇気、集中。早く欲しい」
「……っ…トモ…っ」
　智友が本格的に勇気を愛撫しはじめる。
　勇気は智友の背中に手を回したまま、智友にその身を任せた。
　再び身体が熱くなり、唇からは自然に声がこぼれていく。先ほどの抱かれ方でも不満はないが、やはりこうして抱き合えるのが嬉しいと勇気は感じた。
　ときおり視線が合うだけで、ますます気持ちも身体も高まっていく。
　甘い言葉がなくても、指先が繋がれることがなくても――くちづけがなくても。
　今はこうして身体だけでも求められ、繋げられるのが嬉しかった。



「――」
　二度目の行為が終わって勇気が少しうとうとしていると、智友の視線を感じた。
「……トモ…？　どうかしたのか？」
「いや、別に。勇気も慣れたなと思って」
「……」
「二回目。この前と違って勇気、全然いやがってなかったよな。わりと積極的だったし、声も…」
「……トモが慣らしたんだろ」
「まあな。だとしてもなんか…一人でやけに気持ちよさそうな顔してたし…なんかむかつく」
「――そ、んな顔してたか、な」
　智友に指摘され、一瞬勇気の身体がこわばった。不自然にならないようにと意識しながら智友から視線をはずす。
「してた。一回目のときもそうだけど、勇気に気持ちいいって言われてにやつかれると……――あれ、ほんとむかつく」
「…それ、だけ、慣れて…余裕も出てきたってことだろ。トモが早くそうしたかったんだろ。むかつかれる理由はない…」
　言いながら、智友に見えないように手で自分の身体をつねった。気を引き締めていないと、智友といられることで自分の顔が自然に笑みを浮かべそうになっていることに気づく。
　いきなり笑顔ばかりになって智友の言葉や行動をなんでも喜んで受け止めていたら、智友に、簡単にこの気持ちに気づかれてしまう。
　手軽に寝る相手だけを欲していた智友。その智友に気づかれたら、勇気の気持ちが煩わしいと切り捨てられるのは必然のように思えた。
　勇気は懸命に以前の智友との関係を思い出そうとする。学生時代や再会したばかりのころ、智友に対してどう思ってどんな言動をしていたかを。
「…っていうか、にやついてたってなんだよ。変な言い方するな」
　必要以上に声に怒りを込めて言うと、智友がほんのわずか押し黙った。
「……」
「トモ？」
「…にやついてただろ。勇気のあの気色悪い顔、最悪」
「きしょ……。……でも別にそれで萎えたわけじゃないからいいだろ。……あれ？　むしろ、あのときなんか…？」
「――っ！」
「痛っ！　トモ、思いきり蹴るなよっ！」
「あ、足がちょっと当たった」
「ちょっとじゃないだろ、今の絶対わざとだろ!?」
「勇気、うるさい。俺、眠くなったから寝るから。おやすみ」
「トモ、話――っ！　この前と同じことするなよっ！」
　こちらに背を向けて目を閉じた智友の腕をつかみ、勇気が声を上げた。
　智友の腕を強く引っ張ると、智友が勇気を横目で見返してきた。
「勇気、三回目は？」
「……っ。…トモが話をしてくれたあとだったら、仕方なくっ付き合ってやってもいいけど。拒否するとまたこのまま帰るって言われそうだし」
「仕方なく、ねえ…」
　勇気の言いように、智友が笑みを浮かべる。
「…なんだよ」
「勇気も割り切って楽しんでるんだろ？」
「た、楽しんでるよ」
「なら、今度はどんな体位試すかな。今度四十八手本買ってくるのもいいよな。勇気とならちょっとアクロバティックなのも試せるし」
「トモ！」
　仰向けになった智友がさらに笑う。だが勇気は、その智友の言葉にかすかな胸の痛みを感じた。
　――勇気となら。
　そこに見え隠れする智友の過去の経験。
　勇気は表情を取り繕いながら、何気ない口調で聞いた。
「俺とならって、トモのことだから今までにもいろいろ試してきたんじゃないのか。なんか、たくさん経験あるみたいだし」
「別にふつーだよ。男は勇気が初めてだし、俺から声かけたこと一度もないし」
「…それは自慢してるのか」
「普通のやり方しかしたことないよ。女は面倒くさいし、疲れる。適当に話し合わせて適当にヤる以外の手間かけるのも面倒だし。わざわざお伺い立てて気を使ってまで試したいとは思わないし」
「…でもさっきの、『普通の範囲』ぐらいのことはしたんだろ。俺からすれば、やっぱりあれは普通じゃないと思うけどな」
「普通だって。自分でなにもしなくていいから楽だし。適当に手、抜かないと、身体の相性がいいだのちゃんつきあいたいだの勘違いされてすごくめんどくさいことになるしな。前にしつこくまとわりつかれて辟易したことある。あーいう重くてうざいの、ほんと勘弁」
「――」
「勇気？」
「…い、いや、俺はそのためのセフレなんだなと思ってさ」
「…そうだよ。勇気となら面倒がなくて楽だからな」
「でも、話だけはしてもらうからな。トモがいくら面倒がったって」
「わかってるよ。……本当に話のためなんだもんな」
「え？」
「――で、今度はなにが聞きたいって？」

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