夏休み２ （前） 「ちょ、ちょっとトモ…っ」 「なに、勇気」 焦った声をあげた勇気への返事は、悔しいほどに余裕に満ちた声だった。 頭上からは慌てた勇気が出したシャワーの湯が自分たちに降り注いでいるが、それで智友が壁に追い詰めた勇気から身体を引くことはなく。 「お、俺たち、今雨に濡れた体を温めるためにここにいるんだよな」 「そうだな」 「ってことは、ほら、ここで温まらないと風邪ひいちゃうだろ!?」 「だから、これから温まるんだろ。二人で」 「……っ、トモっ、お前最初からそうするつもりで一緒にシャワー浴びようって言ったのかよ!? 順番待ってたら風邪ひくとかなんとか言っといて」 「当たり前だろ。勇気、ここがホテルだってこと忘れちゃいないだろうな」 「それは、それはわかってるし、俺だってそりゃあ思ったけど、でもホテルに入って５分くらいでこれって……っ」 「５分も、だろ。雨が止んだら帰るつもりなんだし、せっかくの時間無駄にすることないだろ勇気」 「無駄って……」 智友と二人で遊びに行き、突然の大雨に降られた途中で、とりあえずそばにあるホテルに入ろうと言ったのは智友だった。そこはどう見てもラブホテルで、男同士な上にまだ高校生じゃ入れないだろ!?と慌てふためいた勇気の肩を抱いて、堂々としていれば大丈夫だから、と言って、智友がさっさと中に入るのを促したのがほんの少し前。それから本当にスムーズに中に入ることができ、じゃあ、まずは濡れた体を温めようとバスルームに入ることになったのだが。 一人ずつ順番に浴びるのは時間がかかって風邪をひくかもしれないからと智友に引っ張られ、勇気はなんの疑いもなく一緒に入った。――否、なんとなく危機意識が働いたから、これからシャワーを浴びるというのに、しっかりタオルは巻いて入ったのだが。そして智友にもタオルを渡して。 ホテルに入った時点で、勇気もそうなるだろうなとは思っていた。学園の夏期休暇を智友と一緒に勇気の実家で過ごしている現在、勇気もここずっと智友と触れ合っていないからそれに否やはないのだが。 だからと言って一緒にバスルームに入ってすぐにというほど、勇気は頭を切り替えることができなかった。なにせここは初めての場所で、二人して明るい場所でほぼ全裸になっている状態なのだ。いくら何度も智友に抱かれてはいても、どうしても照れや羞恥が混じる。 「……な、勇気。俺、こうして普通にしているのがもうしんどいんだけど」 シャワーの湯で濡れた前髪の奥から、智友の瞳が熱く勇気を見つめる。いつになく強く求められて、勇気がたじろぐ。ほしい気持ちは一緒。でも、そんなにじっと見つめられたら、どうしたらいいのかわからなくなる。 「わかった、けど…」 「勇気の心の準備はまだ？ それとも体の準備かな」 言葉では煽りながらも、壁に両腕をついたままいまだ勇気に触れてこない智友。ひっきりなしにシャワーから温かい湯が降り注ぎ、二人の体を濡らした。智友の髪にも顔にも、そして均整の取れた体にも水滴が流れていく。勇気の目の前で。 「……」 勇気は身体の中の熱を逃がすように一度息を吐いた。湯の温かさだけでのぼせてしまいそうな気がした。 智友とは何度も寮の大浴場で一緒に入ったことがあるのに、今日は正視できなかった。――いくら一緒に入ったことがあっても、こんなに近くで、こんな雰囲気でいたことが今まで一度もなかったと気づかされる。 「…そんなふうに意識されると、ますますヤバいんだけど」 「だってトモが……」 「俺がなに？」 「エ、エロい雰囲気出してくるからだろ。いつも一緒に入っててもそんなふうになったことないのに…っ」 「エロい雰囲気って……。まあ、今は勇気と二人きりだし、さすがに寮の大浴場じゃこんなことできないだろ。他に人がいるときも多いし、あとあと掃除が面倒だし」 「掃除の問題なのかっ!?」 智友の言葉に、勇気は反射的に声を上げた。 「じゃ、じゃあ部屋のバスルームではこんなふうにならないのも、あとが面倒とか思って……」 「それは考えすぎ。あそこは狭いし、ベッドの方が楽だろ」 「面倒……楽……」 「勇気」 自分の考えに入り込もうとしていた勇気に、智友が口づけた。最初の軽い触れ合いから、だんだんと口づけが深くなっていく。 「…んっ…トモ……っ」 それとともに密着する身体に肌が熱くなる。 「……は…ぁ…。トモ…」 「勇気、今誤解しただろ。俺が楽っていうんじゃなくて、どう考えてもベッドの方が勇気が楽だろってことだよ」 「……その割には今の状況はなんだよ。それにベッドじゃないときももう何度かあったよな」 「まあたまにはそういうときもあるって。それに今日のはほら、一回ぐらいこういうのも経験しておきたいだろ。なにごとも経験、経験」 「トモ！」 壁についていた智友の手が勇気の背中に回り、その身体を引き寄せた。そのまま勇気の濡れた肌を滑り、腰のタオルのふちに指が触れる。そちらに意識を向けようとすると首筋に口づけられて。 「……っ」 「もういいだろ、勇気。これ以上話してると勇気が変なことを考えそうな気がするし」 「変な、ことって…なんだよ」 「さっき掃除が面倒って言った俺も悪かったけど。でもいくら俺が面倒なことは嫌いでも、勇気に関することは別だからな。最初のときもそうだっただろ」 「…っ最初って……」 右手でゆるゆると勇気のタオルのふちを辿りながら、智友の左手は勇気の脇腹や背中を撫でていく。勇気は制止したいのか抱き合いたいのか自分でもよくわからないまま、智友の腕に手をかけた。話しながらも、智友の唇が勇気の首筋や肩を滑っていく。 「俺には前提条件も選択肢も勇気しかないんだから、勇気とこうしていることが俺のすべてだよ」 「……面倒だっていうなら、そもそも男同士ですることが…って、トモは考えたことはないのか」 「ない」 勇気の問いに即答したあと、智友は顔をあげ、勇気の顔を見つめた。そのあとで軽く息をつく。 「ほらやっぱり変なこと考えた。その質問、金輪際禁止な。さっきも言ったように俺には勇気しかいないし、勇気しか抱きたいと思ったことない。勿論お前が女ならって思ったこともないし、今後もあり得ない。もし勇気がそんなことを考えたとしたら、そんなのは認めないし、勇気にも俺以外の選択肢は与えない」 「俺だってそんなこと考えたことない……けど」 「俺にとってはどうかって？ それは俺を見損なった話だろ」 「う…ごめん。だってトモがあんなふうに言うから……」 「それは悪かったって。ただ共同の場でするほど俺もサカってないっていう話だよ」 「……教室は十分共同の場だろ……」 過去の出来事を思い出して勇気が呟くが、智友にはあっさりと無視された。 「それより勇気、これ……自分ではずして」 智友の指が勇気のタオルを示す。水分を含んだタオルにそって勇気の腰に指をさまよわせながらも、そこに力が加わることはなく。 「えっ。な、なんだよ。トモがはずせばいいだろ。それくらい……」 「勇気が。俺に抱かれるためにはずして」 「ト、トモ…っ」 「勇気だって、もうこの先を触られたいだろ。勇気の身体の準備が整ってきたのは、もうわかるし。まだちゃんと触れてもいないのに、ここもたってる」 「……っ」 タオルに触れていない智友の左手が勇気の胸の横をつうっと滑る。実際、直接的に触れられていないのに、キスと智友の言葉と流れるシャワーの水滴だけで煽られていた。 「な、勇気、しよう？」 勇気の耳元に唇を寄せて、智友がかすかな声で囁いた。 「――っ」 「勇気が自分のタオルと俺のタオルはずしてＧＯサイン出して」 「トモ…」 「やっぱり初めての場所で戸惑ってる勇気の気持ちを大事にしたいし、だから俺はお前がその気になるまで待つけど。俺に流されるんじゃなくて、勇気が本当にその気になってからしたい」 「……お前、言ってることとやってることが違うぞ。待つとか言ってこんなの……っ」 智友の手の動きには明らかな意思はないものの、それだけに勇気の身体をじわじわと熱くさせていく。あくまでも敏感なところには直接触れずに。 それでも、待つと言いながらも、その動きは勇気の身体と気持ちを煽った。 キスで翻弄されているときに言われれば自分でもあっさりタオルをはずしたかもしれないのに、こんなふうに言われるとますます困惑する。 「タオル、はずすけど……それに対してなにも言うなよ」 「なにもって？」 「なにもだよ」 智友にさんざん煽られて、勇気は自分の身体の状態を自覚していた。タオルをとれば、反応している自分自身がさらされる。だから自分のからはずすのはしゃくで、勇気は智友のタオルに手をかけた。勢いのままにそのタオルをはずす。 「…勇気のえっち。俺から先なんだ？ まあいいけど。俺の状態確かめたかった？」 「……だからなにも言うなって！」 勇気の顔が赤く染まった。自分のタオルをはずしたわけじゃないのに、羞恥心がこみ上げてくる。そのうえ、智友はわざと勇気に自分の身体を押し付けてきた。見なくてもわかる智友の、昂った熱。 勇気はそのまま自分のタオルもさっさとはずしてしまおうと思った。だが無意識に顔をあげてしまい、一瞬智友と目が合った。 「――」 智友の情欲に濡れた瞳。のどが干上がる感覚。自分のタオルにかけようとしていた手が思わず止まって。 「ここまできて焦らすのひどいだろ。ほら、勇気」 智友に促され、勇気はごくりと唾を飲みこんだ。 「俺はもうたまらないくらい勇気がほしいよ。勇気は？」 「……俺、も…トモがほしい……」 その言葉とともに、勇気は自分のタオルをはずして床に落とした。すぐにご褒美とばかりに体を密着して智友が口づけてくる。勇気は智友の背中に腕を回して、力を込めた。 続 |