そのあと、二人はそのまま寮に帰って勇気の部屋で抱き合った。はからずも二日連続で智友に抱かれることになったが、一連の騒ぎで起きた胸のもやもやを払拭するために、勇気も積極的に智友に応えた。
「んっ…トモ……っ」
　甘い声をこぼしながら、智友の体にぎゅうっと抱きつくと、智友がかすかに笑った気配が伝わった。
「……トモ、なんだよ…」
「いや、勇気がかわいいなって」
「……」
「嘘言ってないぞ。昨日もかわいかったけど、今日はさらに積極的で感じやすくてかわいくて……なんでなんだろうなって」
　智友の笑顔に、勇気はますますむっとする。智友の表情はどう見ても、その理由がよくわかっている表情だった。
「そんな心当たりない。俺はいつもと同じだけど」
　そう答えると智友は今度は声に出して笑った。
「トモ！」
「勇気はほんと、どこまで俺を夢中にさせて、どこまで俺を調子づかせるんだろうな。勇気がそんな態度見せるから、俺がずっと反省しないままなんだよ」
「そこは反省しろよ！　…っていうか、反省って言葉が出てくるってことは俺に対して悪いって思ってるんだよな？　あんな棒読みの言い方じゃなくて」
「だから、勇気がかわいいから、落として騒ぎになってよかった、俺の行動は間違っていなかったって思ってるところだよ」
　そう言った智友が、勇気にキスをする。
　反論したかったのに智友にキスを仕掛けられ、それがだんだん深くなっていき、勇気としては智友へのむしゃくしゃする気持ちを飲み込むしかない。智友は本当に楽しそうで、勇気としては悔しくてたまらなかった。
「今日の勇気、ほんとかわいい」
「バカ…かわいい、言い過ぎ…。あっ、んんっ……！」
「勇気をいじめる趣味はないはずだけど……なんか、目覚めそう」
「目覚めるな、よ…っ。ひぁ…あっ、トモ、そこだめ…っ」
「いい、の間違いだろ。勇気のおねだりが聞きたい」
「……っ」
　智友の指に弱いところを責められながら、勇気は智友を見返す。
　今日の一連の出来事。広まった智友の彼女の噂と、それを否定しない智友。その挙句に反省の色も全然なくて。
　勇気は智友の背中に回していた腕を上げて、智友の髪を引っ張った。
「痛っ…勇気？」
「…俺ってほんとは運が悪いのかも。今しみじみ悪い男につかまったなって実感してるよ」
　勇気の言葉に智友がまた笑みを浮かべる。
「……で？」
「……トモ、もっと……トモが早くほしい…」
　悪い男なのに――それでも目の前にいる智友に早く抱かれたくて、勇気は抱きつく腕にさらに力を込めた。



　翌日になっても、智友が落とした‘失敗’と智友の恋人のことは寮や学園のいたるところで噂になっており、勇気としては憂鬱で仕方がなかった。一緒に登校して校舎に向かっている勇気と智友を見たクラスメートが、「仲直りしたんだな」「まあ、一応許してもらったかな」などという会話を智友とのほほんとかわしていることにも気分がささくれ立つ。
「…勇気？　体がきついのか？」
　クラスメートが離れていってから、不機嫌な勇気に智友がこそっと話しかけてきた。
「昨日は歯止めがきかなかったしな…気がついたら空明るくなりかけてたし」
「そ、そうじゃなくて。っていうかトモ、そんなことここで言うなよ」
　会話の内容を心配して、勇気が慌ててあたりを見回す。
「これぐらいの内容じゃ聞かれてもなんのことかばれないって。勇気の気にし過ぎ。ま、体が大丈夫ならいいけど」
「だからトモ！」
「……」
　智友が無言で勇気に視線を送る。
「な、なんだよ…」
「別にー？　悪い男はどっちかなって」
「えっ？」
「勇気、俺先に行くから。俺と一緒にいると勇気もからかわれるだろ。俺の彼女のことで」
「！　トモっ！」
　勇気に後ろ手で手を振って、智友が足を速めて前を行く。
　はっきりと本人から強調された彼女という単語と智友のその態度に、勇気はすぐに智友のあとを追うこともできなかった。
「あれ？　またケンカかよ。仲直りしたんじゃねえのおまえら」
「朝比奈ー。自分が独り身だからって笠原にあたるなよー」
　少し離れたところからクラスメートたちの声がとんでくる。勇気はそれらを無視すると、自分のペースで校舎に向かいはじめた。
　――仲直りしたんじゃないのか、の言葉を、勇気は自分こそ智友にぶつけたかった。昨日一晩を一緒に過ごしたのに、どうして朝からまたこういうことになっているのだか。
　自分がいけないのだろうか。
　でもやはりあの会話を人に聞かれて、探られたら大変だと思う。だから周りのことを気にするのは当たり前のはずだ。
　智友はさほど気にしないふうで、まるで人に聞かれても困らない様子だったが――。
『……安心する』
　自分の考えにひたりながら歩いていた勇気の脳裏に、昨日聞いた智友の声がふいに思い出された。
『俺ばっかりじゃないって安心する』
『たまには俺だって勇気を妬かせてみたくなるんだよ』
「……」
　聞いたときもそのあとも、昨日は深く考えていなかったが、あれはつまり、智友は自分のことで妬いていたということだろうかと考える。
　俺ばっかりだなんて、それは一度や二度ではないということだろうか。
　勇気にとっては妬かれるような心当たりは全くなく、たとえばそればどんなときなのだろうと思う。智友が妬いている姿もまったく見たことがなかった。
　妬いているというなら、今の自分の方がよほど妬いている。架空の存在に対してであり、智友の気持ちは自分にあるとわかっていても。
「朝比奈くん、おはよう！」
　考え事をしていた勇気の後ろから、明るい声がかけられた。
「今日もいい天気だね」
「伊藤先生…。おはようございます」
「うん、おはよう。あれ？　朝比奈くん大丈夫かい？　ちょっと顔色悪いよ」
　勇気の後ろから声をかけてきたのは教師の伊藤だった。伊藤は挨拶をした勇気の顔をじっと見て眉をひそめた。
「あ、ちょっと寝不足で…」
「それは…昨日のことで？」
「えっ!?」
「あー、朝比奈くん、ちょっとこっち。遠回りになるけど、こっちの道から行こう」
　伊藤が勇気の手を取って引っ張った。勇気は校舎に向かう最短ルートから外れ、緑あふれる別の道に引き込まれる。
「伊藤先生っ!?」
「昨日のこと、あそこで話すにはちょっとまずいからね。ここなら、今の時間は平気かな」
「伊藤先生、昨日のことって…」
　自分の寝不足の原因が昨日のことって、伊藤はどういう意味で言っているのか。勇気が怖々聞くと、伊藤はちょっと苦笑いしつつ、「昨日の、笠原くんの一件だよ」と言った。
「ト、トモの一件？」
「ほら笠原くん、教室で落し物しただろ？　あれは……やっぱりまずいよ。落とした物が物だけにね」
「そ、そうですね。本当にだめですよねあれは…」
「使うこと自体はいいことだし、他の場所なら持ち歩くのもいいと思うけど、教室に持ち込むのは勉強が本分の学生としてはまずいかな」
「ですね。トモに…それとなく言っておきます…」
「俺も笠原くんに直接言うけど、いくら朝比奈くんのためでも、どこにでも持ち込むのはね。本来、校内はそういうところじゃないんだし、若いから抑えきれないんだろうけど、やはり学生のうちはもうちょっと節度を持った方が……朝比奈くん？」
「――」
　伊藤の言葉の途中から、勇気は聞くはずのない言葉を聞いて固まっていた。
　学園内では、智友が落としたコンドームは、学園外の彼女相手に使っているという噂だけが広まっていた。智友がそれを学園内で使っている、ましてや学園の中にその相手がいるなどとはまったく、一度も語られていないはずなのだ――。
「朝比奈くん、さっきよりも顔色悪くなってるよ！　保健室に行くかい!?」
「い、いえだいじょーぶです。それより先生、え…？　なんでそこに俺の名前が……？」
「だって笠原くんの恋人は朝比奈くんだろ？　だから昨日はあんなことになって、学園内でばれるんじゃないかと心配して寝不足になったんだろ？」
「なんでっ!?　え、伊藤先生なんでそのことっ…！」
　伊藤の肩を両手でつかみ、思わずそう叫びかけて勇気はまず最初にそらとぼけなかった自分の言動を後悔した。伊藤の断言した口調ではごまかせなかったかもしれないが、あまりにも迂闊に認めすぎてしまった。
「い、いえ、えっと、なんで先生。そそそそんな誤解……」
「あ、大丈夫だよ朝比奈くん。君と笠原くんのことは学園内の大半の人間は知らないし、俺も他の人間に言うつもりはないから。ベルワンの頃から君たちを見ててもしかしてそうかなって思っていたら、友人経由で笠原くんの恋人宣言を知っちゃったんだよ。だから気にしなくていいから」
「トモのこいびとせんげん……」
「それより、今回みたいなことがもうないよう、教室には持ち込まないこと。校舎も、基本的にはまずいから。えっとその、校舎以外でも探せば人がこない場所は他にもあるから、もしどうしても学園内でってときは、そういうところをうまく使って……」
「学園内で人のこないところって……たとえば理事長室みたいなところとかですか？」
　顔を赤らめて言った伊藤の言葉に勇気は深く考えず、反射的にそう答えていた。実際、理事長室は使う頻度が多かったりするのだが。
「えっ!?　あ、ああ、うん、笠原くんならそれも……いや、でもあそこは……」
「先生？」
「と、とにかく、教室は避けること。いいね？」
「わかりました。すみません、伊藤先生…」
「まあ、落としたのは笠原くんだからね。朝比奈くんも、えーと、難しいかもしれないけど流されないようにね。じゃあ俺はこっちの職員室に…」
「待って、先生！」
　自分から離れていこうとした伊藤を、勇気はその手をつかんで引き止めた。先ほど聞いた単語が頭の中でリフレインする。
「トモの恋人宣言てなんですか？」
「え？　あー、俺は直接聞いてないんだけど、笠原くんが俺の友達にはっきりと言ったらしいんだ。自分は同級生の朝比奈くんとつきあってるって」
「…なんで…」
「これからもずっと別れる気はないから、もしそのことが学園内で問題になったらすみませんて。……俺の友人は笠原くんの後見人だから、笠原くんが報告しておきたいって思ったんじゃないかな。朝比奈くんとのことを、これからのために」
「これから……」
「こんな形で騒ぎになるとは笠原くんも思っていなかったと思うけど、俺の友人に朝比奈くんのことを話すことで、今後笠原くんに関することには朝比奈くんも関わることになるとか、もし笠原くんになにかあった場合、朝比奈くんにも知らせてほしいとか、そういう意味も込められてたと思うよ。…ってこれは、俺の友人が言っていたことだけど」
　勇気は、智友の後見人である人物を知らない。だが智友が「すごい人」だと言った、おそらくだいぶ年上の成人しているその人にまで自分のことを伝えているなんて、勇気にすれば初耳だった。
　その人や伊藤に知られて恥ずかしいという気持ちもあるが、それ以上に智友がその後見人に自分たちのことを報告した理由やその心の内を智友本人の言葉で知りたいと思った。
　自分はいまだ家族にはなにも話していない。勿論一時的なことだから話さないわけではなく、自分だってこの先智友とずっと一緒にいたいと思っている。だがまだその時期じゃないと思っている自分と、すぐに話した智友。家族と後見人という立場の違いはあるが、どちらの方が自分たちの将来のことをちゃんと考えているかは、明らかだった。
「……」
「朝比奈くん？」
　黙り込んだ勇気に伊藤が声をかけようとしたとき、あたりに予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「あっ、大変、もうこんな時間だ！　朝比奈くん、君も急いだ方がいいよっ！」
「は、はい。俺行きます。じゃあ伊藤先生、失礼します」
　自分の頭の中に浮かんだことに浸る間もなく、勇気はチャイムに追い立てられるように急いで教室に向かった。
　教室に入るとすでに智友がいて、周りのクラスメートたちになにやら話しかけられているところだった。
　呼吸を整えている勇気と智友の目が合う。そのとき、本鈴のチャイムが鳴った。



　一時間目の授業の後、勇気は智友と話そうと思ったのだが、まず先になにをどんなふうに話そうかと悩んでいるうちに、また智友にクラスメートの何人かが話しかけていた。普段なら話しかけられたところで眠いだの面倒だのと言って席を立つか、寝たふりをする智友が普通に相手をしていた。勇気にも聞こえてくる智友たちの話は、やはり昨日広まった‘智友の彼女’の話だった。
　智友に伊藤の言っていた恋人宣言のことも聞きたかったし、今朝のやりとりについても話をしたかったし、智友の「俺ばかり妬いている」と言った真意も確かめたかった。だがどれも教室で切り出すには難しい話題ばかりで、ぼやかして伝えるにもうまい言い回しが浮かんでこなかった。だから智友の話が気になりながらも、勇気としてはその場に加わらず離れたところで黙っているしかなかった。
　クラスメートたちの好奇心に満ちた質問に、智友は積極的に答えてはいなかったが、それでも否定する単語はあまり口にしなかった。智友の適当な相槌だけで、好き勝手に妄想したクラスメートたちの中の‘彼女像’が膨らんでいく。
　――うっわ、笠原、そんなことまで経験済みなのかよ〜。おっとなー！
　――そんなタイプには思えなかったから今回のことは意外だったなあ。なあ、マジで女紹介しろって。
　――相手、けっこうなお嬢様学校に通ってるらしいじゃん。お嬢様なのに大胆ってすんげえー憧れるよな。
　智友の彼女が架空の存在なのはよく知っている。智友の気持ちが自分にあるのも疑う余地はない。
　それでも聞こえてくる会話に、頭の中で智友が自分の知らない女の子とデートしているイメージが浮かんできてしまう。
　ここまで広まったのならいまさら取り消せないのだろうが、だったら広まる前にどうにかできなかったのだろうかとの思いが浮かぶ。昨日はもういいと言ったが、昨日よりさらに具体的に生々しくかわされる話に、勇気の気持ちはますます暗くなっていく。
　智友は学園内で使っているってばれなくてよかっただろと言った。
　それは確かにそうだが、だからと言ってその安心の代償がこれなら、勇気としてはどっちもどっちだと思えてきた。
　噂はいつか落ち着いていくのだろうが、それは智友に彼女がいることが定着しての話だ。「笠原には恋人がいる」という話が当たり前のものとなり、周りはごく普通の会話の中でときおり智友にその話題を振る――卒業までずっと。
　たまらなくなって、勇気は両手で机を思いきり叩いた。周りの視線が勇気に集まる。
「朝比奈？」
「おいおいまたかよ。朝比奈には刺激が強すぎたか？」
「いっそ笠原に童貞の捨て方でも教えてもらえよエース様。…っと。なに」
「それは言い過ぎ」
　クラスメートの軽口を咎める智友の声が聞こえたとき、勇気の中でなにかがはじけた。そんなふうにちゃんと、自分のことを気遣う気持ちもあるくせに。
「そうやって話に付き合うから、ますます広がっていくんだろ!?　話題にされて困っているのなら、相手するのが面倒なら最初から全部黙っていればいいんじゃないのか!?　お前の態度はまるで戸惑いながらも自慢しているようにしか聞こえないっ！」
　智友を振り返らず、机だけを見つめたまま勇気は自分の中の思いを吐露した。
　すると智友から冷静な声が返ってきた。
「別に自慢しているわけじゃない。ただ事実を言っているだけだ」
「――事実っ!?」
　その言葉を聞いたとき、目の前が一瞬真っ赤に染まった。
　勇気の前の机が再び大きく鳴る。
「事実って、トモっ！」
「勇気が俺に言いたいことがあるのならここで言えばいい。言えることがあるのなら」
　智友を見ると、智友も勇気を強い視線で見返していた。視線をまったくそらさずに勇気の言葉を待つ。
　二人のやりとりに、教室内は物音一つないほど静かになった。周りのクラスメートたちは固唾を飲んで様子を見守っている。
　――言いたいことなら勇気の中にはっきりとある。
　なにが事実なんだと、彼女の存在なんか架空のものじゃないかと大声で言えるものなら言いたかった。
　だがそれを口にしてしまったあとにはその先がある。彼女の存在は嘘だったとして、じゃあ昨日智友が落とした物はなんで開封済みだったのか。それをどんなことに使っているのか。別の使用方法でごまかそうとしたって、今となってはなにを言ってもなんでこれまでそれを隠そうとしたのか追及されることになる。そしてなぜ勇気が智友の彼女の有無を知っていながら、一旦はそれを否定せずに受け入れたのか。そこまで二人で隠すようなことなのか――。
　追及され、順序立てて考えられればその答えに行きつかれてしまう。だから勇気は言いたいことがあってもそれを口にはできなかった。
　だが智友は、智友の目は、勇気に言えるものなら言えばいいと語っていた。そこには不安も困惑もまったくなく、本当に勇気がここで全部ばらしても構わないような態度だった。
　智友のまっすぐな視線が勇気を追い詰める。事実だと言った智友を否定したいのならすればいいし、否定できないのならこの状況を甘んじて受け入れろというような――。
　だから勇気がこの場で智友に言えることは一言しかなかった。子供っぽくても。ただの言い逃げであっても。
「……ト、トモの……トモのバカっ！！」
　教室中に響く大声でそう叫ぶと、勇気は智友に背を向けて教室を飛び出した。今はもう、あとのことはなにも考えたくなかった。
「バカって……朝比奈…言うに事欠いて…」
「ガキ過ぎる…」
　勇気が教室を飛び出したことで、ざわめきが教室内に戻ってくる。
「あいつすぐに授業始まるのに…どうするんだ？」
「なんか壮絶なひがみ？だよな。笠原に先越されたのがそんなに悔しいのか……笠原？」
　勇気に思いきりバカと言われた智友はしばらくその大声に呆然としていたが、自分を取り戻すと思わず吹き出した。
「…くっ…バカって…ガキくさ…」
「おまえらこじれてんなあ。仲直りしたんじゃなかったのか？」
「ま、本気で揉めてないから大丈夫だって。ちょっと拗ねてるだけだし。勇気も……俺も」
「へ？」
　疑問符を浮かべるクラスメートには構わず、智友は自分の席から立ち上がった。
「笠原？　授業…」
「ちょっと行ってくる」
「おー、ご苦労さん」
「今度こそ本当に仲直りしろよ〜」
　クラスメートたちの声を背に、智友も勇気に続いて教室を後にした。
　残ったクラスメートたちはそのまま今のことを話したり、次の授業の準備に取りかかりはじめる。
　その教室の片隅ではあるクラスメートが隣の友人に、こっそりと話しかけていた。
「……なあなあ、今のやりとりさあ。朝比奈が『トモのバカ』って言って教室を出て行って、そしてそのあとを言われた笠原が追いかけていくってやつさ……」
「うん？」
「なんかオレ、どう見ても痴話喧嘩の流れにしか見えなかったんだけど……」
「ま、仲いい友達同士の喧嘩も、一種の痴話喧嘩じゃねえの？」
「だよな。笠原、彼女いるしな。でも……」
　そのクラスメートの呟きは教室内の喧騒で、たちまちかき消された。
「彼女の話題のときは全然笑いもしない笠原が、朝比奈に構うときはすごく楽しそうなんだよな……」

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