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勇気と小さい智友と雨の話
――あ、またあの夢だ、と思った。
子供のころ遊んだ近所の公園に、今の俺が行く夢。
トモと一緒に前にも行ったけど、夢の中の公園はそのときの風景とは違っていて、どこかなつかしい空気を感じさせるものだった。
だからなのか、俺がこの夢を見るとき、きまって公園の中でトモと会う。小学生のトモと。
時々ナオ兄も一緒で、だから自分だけが高校生のままなのはなんか不思議な感じなんだよな。
まあ夢だからなんでもありなのかもしれないけど。
夢の中でトモは、俺のことを「ゆうき」って呼び捨てにする。年上でも、最初に会ったときに馴れ馴れしく話しかけたから、なんか不審人物だと思われたみたいだった。俺に会うとトモはいつもちょっと警戒心を見せる。ナオ兄がいるときは特にそうだ。
朝比奈勇気だと名乗ってみたけど、「勇気は同い年だから、お前が朝比奈勇気なわけない。勇気の名前を知ってるなんてさらにあやしい…」と疑いのまなざしで見られただけだった。ナオ兄がいるときはうまく取りなしてくれるんだけど、でもやっぱりナオ兄も俺が朝比奈勇気と同一人物だとは思っていないみたいだった。
夢の中にもう一人の「朝比奈勇気」はちゃんと存在していて、トモと同い年で、トモやナオ兄と何度も一緒に遊んでいるらしかった。ちゃんと、俺の記憶と同じとおりに。
らしいというのは、俺は夢の中でその「朝比奈勇気」に会ったことがないからだ。トモやナオ兄からの話でしか、俺は「勇気」を知らない。
よく、自分のドッペルゲンガーに会うと死ぬって聞くけど、夢の中でもそうなっちゃうのかな。だから俺は小学生のときの自分に会わないのか？
小学生のトモの話では、最近「勇気」はこの公園に全然来ていないらしい。一度記憶を頼りに「勇気」の父親の店に行ってみたけど、そこは知らない店になってて、人に聞いてみたけど移転先がわからなかったらしい。
トモは、「多分、俺がもっと早く行ってたら移転先のお知らせとか地図とかあったかもしれないけど…」と、とてもさみしそうに呟いていた。
――夢、だよな？
これは現実じゃなくて夢なんだよな？ 時期的に俺んちが引っ越してしばらく経ったくらいで、小学生のトモがそんな話をするというのはなんだか符号が合っててそわそわするけど、これは俺の中の想像力が見せている夢なんだよな？
トモがすごくつらそうな表情をしているのも――。
俺はその話を聞いたとき懸命にトモを励ましたけど、トモは俺に気を使うようにちょっと笑っただけだった。それなら俺の引っ越し先を伝えてトモを「勇気」に会わせようと思い立ったけど、なぜだか夢の中で俺は自分の住所がまったく思い出せなくて、無理やりトモを連れて公園から出ようとしても道がまったくわからなくて、そうして気がつくと夢から覚めてるんだ。
トモは時々「勇気に会いたい…」と寂しそうにこぼす。口の中でころころとアメを転がしながら。
そのたびに俺はこれは夢だと思いながらも、自分の昔の罪を突きつけられる。
今のトモから話を聞いたときもトモにすまない気持ちになって謝ったけど、でも実際にはあんな言葉程度で終わらせられる話じゃなかった。
トモは何度もこの公園に来ていて、そうして「勇気」に会えないまま、暗い表情で毎回帰っていく。
なにやってんだよ、勇気！ トモがこんなに待ってるんだから、またここにこいよ！
道がわかったら、俺が無理やり勇気のところに行って、勇気を連れてくるのに！
俺がいくら勇気だって名乗ったって、慰めようとしたって、トモには全然伝わらなくて、トモが待っているのは同い年の勇気だけなのに！
夢から覚めるといつも俺は悲しい気分になり、でもなんで悲しかったのか具体的な夢の内容は起きて少し経つとすっかり忘れているんだ。ただなんとなく悲しい気持ちと、そうしてトモに優しくしたい気持ちだけが残る。
しばらくしてまたこの夢を見ると、悲しさもその理由も夢の中でははっきりと思い出すんだけど。
俺が公園の夢を見るときは、必ずトモが公園にいる。
誰もいない公園の夢を見たことはない。
だから今日もなつかしい景色に気がついたとき、トモがいる！ってすぐに思った。
でも今日の夢は大雨で、俺は夢の中なのに自分の体にあたる雨の冷たさを感じた。
どしゃ降りの公園、先の見えない視界。あたりに人影なんか全然なかった。
俺は、今日の夢は俺の勘がはずれて、トモが出てこない夢であればいいと思った。こんな大雨の中、トモがいるとしたら、すごくすごく嫌な予感しかしなかった。
俺はいつもトモやナオ兄と会う場所に向かった。誰もいなければいいと願って。
だけど――。
「……トモ……」
トモはいた。たった一人で。
雨の中、ずぶ濡れで佇んでいた。
小学生のトモが薄着で、全身を雨に濡らしたまま、寒そうに自分の体を両腕で抱きしめていた。
「トモっ！」
俺がトモに駆け寄ると、そこで初めて俺に気がついたトモが顔を上げた。
「……なんだ、ゆうきか……」
体が冷たい。顔色も悪くて、唇の色も青かった。
「トモっ、大丈夫か!? トモ、とにかくここじゃなくて別のところに行こうっ！」
トモがなんで雨の中一人でここにいるのか理由を知りたかったけど、そんなことよりもまずは先にトモを暖めてやりたかった。どこか屋根のあるところに行って、それからタオル。ううん、トモの施設に帰った方がきっと早いっ。
「……兄さんが……倒れて……入院したんだ……」
「ナオ兄が!?」
「……兄さんのそばにいたかったけど、子供だからって帰されて……みんな、大丈夫だからって……」
「トモ…っ！」
トモは震える唇で、懸命に俺に話してくれた。トモの体も震えていて、俺は自分も濡れていたけど、たまらなくなってトモの体を抱きしめた。
ナオ兄が倒れて入院したって。そんなの、小学生のトモにすればすごく不安だよな。たった一人きりで、自分の家族を失うかもしれない恐怖を抱えて。
「トモ、大丈夫だよっ！ ナオ兄は大丈夫だからっ!!」
俺の言葉なんて気休めにしかならないだろうけど、でもどうにかトモを安心させてやりたかった。
俺は自分より小さな体をさらにぎゅっと抱きしめた。
「トモ…っ！」
「……勇気……」
「なに、トモ!? 俺はここにいるよ!?」
俺は最初、自分のことを呼ばれていると思った。だけど違った。トモが呼んだのは。
「……勇気に、会いたい……。ここに来れば勇気に会えると思って……。勇気に、会いたいのに……どうして、勇気……」
「――っ」
「勇気は……もう、俺のことなんて……きら、い…に…」
「トモっ!! 違う、それは違うっ!! トモのこと大好きだよ、嫌いになってなんかいないっ！」
「…なら、どうし……」
トモは、俺を見ていないようだった。ただひたすらに、ここにいない「勇気」を追いかけていた。
俺が抱きしめているトモの体が重くなる。トモの呼吸が乱れ、それでも唇が「勇気」の名前をかすかに紡ぐ。
「――っ、ごめん、トモ！ トモごめんっ!! 来なくなってごめんっ!! 嫌いになってない、でも俺っ、ごめんトモ――っ！」
俺はトモを抱きしめて謝るしかなかった。何度も何度も、俺より小さいトモに謝る。
夢。
それはわかってる。
今目の前で起きていることも現実じゃなくて夢の中の出来事。
俺は実際には、今の年のまま小さいトモに会っていない。
でもトモが経験していることは本当に夢の中の出来事なのか？ 俺の頭の中が作り上げた妄想なのかな。
もし、もし本当に小学生のトモが雨の中一人で立ち尽くして俺を待っていたとしたら？
俺の知らないところでトモがずっとこんなふうに待ち続けていたんだとしたら。
俺はトモにどれほど謝ればいいんだろう――。
「ごめん、トモっ。俺なにも知らないで、ずっとずっとトモにひどいことしてきた……っ！」
「……ゆ、うき…？」
トモが俺の腕をつかんだ。俺は少し体を離してトモの顔を見る。トモは、ちゃんと俺を見返していた。
「……なんで、ゆうきが、泣いてるんだよ……」
「……っ！」
「…ゆうき、高校生…なのに、俺より年上なのに…そんな、小さい子供みたいに……」
「トモ、ごめんっ。本当にごめんっ。俺…っ！」
トモの言うとおり、俺は泣いてたみたいだった。でも涙は止まることなくさらにあふれてきた。俺は何の説明もなしに、トモに謝り続ける。
「…ゆうき…」
トモの小さな手が俺に伸ばされた。俺の頬を滑って、トモの指が俺の涙に触れる。
冷たくて優しいトモの手。
「…泣くなよ、ゆうき……。ゆうきの泣き顔、見たくない…。ゆうきは笑ってる方がずっといい……その方が、好き、だ……」
そうしてトモが俺にほんの少し笑いかけ……そのあと、トモの目が閉じられた。
「――っ！」
ずしりと俺の腕にかかるトモの体重。
「……トモ――っっ！！」
俺はありったけの声でトモの名前を呼んだ。
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