「･･････っ」 啓太の中心に触れる遠藤の手にさらに力が加わる。そのまま上下にこすられた。 他人に触られているというだけでも恥ずかしいのに、服ごと形をなぞるようにこすられて啓太はくらくらした。本当にただのセクハラという範疇じゃすまされない。このままいけば確実に犯罪だ。 けれど、遠藤はそれでもいいというのだ。犯罪者のリスクも覚悟の上でことに及んでいると。 （そんなのって･･････） 「さっきの啓太くん、かわいかったよ。また感じているところを見せて」 啓太の頬に軽くキスをして遠藤が言った。 「いやだ･･･っ」 「でも、実際俺に触られると気持ちいいだろ？」 「気持ちよくなんかない！」 「ふうん？ じゃあ、直接触って確かめてみようか」 「あ、だめだ･･･っ」 啓太は身をひねって逃げようとしたが遠藤の手に押さえ込まれた身体はろくに動かすことができなかった。その間に啓太の中心に触れていた手が離れ、もぞもぞと動いて布団に挟まれていた啓太の服のスカートをまくりあげた。そのまま、下着の中に手を入れられる。 「･･････っ！」 再び遠藤の手に直接触られ、啓太の身体がびくりと揺れた。先程下着の中に手を入れられたときはただ単に好き勝手に指が動いていただけだったが、今度は明らかな目的を持って啓太の膨らみを捕らえた。指で軽く握られて、その指がゆるゆると動きはじめた。 「いやだ･･･っ」 啓太は遠藤の胸においたままだった腕を突っぱねて身を起こそうとする。その途端ボタンがはずされたままだった啓太の服がはだけ、胸元が露になった。ぼんやりした明かりの中になまめかしい啓太の肌が浮かび、遠藤は笑みを浮かべた。 「すごいね、啓太くん。下着もここもこんなに濡れてたんだ。白衣の天使なんて言われているけど、その下はこんなにぐちゅぐちゅだったんだ？」 「違うっ。だから、もういい加減に･･･っ」 「だって現にこんなに湿ってるよ。さっき俺に触られてそんなに気持ちよかった？ もしかして啓太くん、しばらく抜いてなくて溜まってた？ 早く言ってくれれば手伝ってあげたのに･･･」 「手、離してくださいっ。こんなこと本当にやめてくださいっ！」 啓太は故意に啓太を辱めようとする遠藤の口を手でふさいだ。 「やめないと大声を上げて人を呼びますからね！ そしたらおおごとになって困るのは遠藤さん･･･――･･･っ･･･」 口をふさいでいた啓太の手にぬるりとした感覚が走った。 「あ･･･っ」 手のひらや指に濡れた感覚が走る。その衝撃で少しずつ押さえる力が抜けていった啓太の指を遠藤が少し顔を動かして口に含んだ。そのまま故意に音を立ててしゃぶる。 「･･････っ」 指先のぞくりとした快感に連動するように遠藤の手の動きがいっそう複雑に動きはじめた。巧みに指を動かし、下着の中から啓太自身を引き出す。啓太の先端が布団にこすられた。 湿った水音が啓太の耳朶を打つ。遠藤の指の滑りから、下半身からも濡れた音が聞こえてくるような気がした。 腰を押さえていた遠藤の手が啓太の双丘に回り、スカートをめくって下着を少し引きおろした。啓太の肌が病室内の空気に触れる。そして遠藤の手は啓太の肌を撫で回し、ときおり指で双丘の谷間をなぞった。 自分でもあまり触れない場所を他人の手で辿られ、啓太の意識が混乱する。直接身体の中心を扱く手や啓太の指を含む遠藤の口から伝わってくる強い刺激に混じって、後ろを辿る指先からも確実に甘い感覚が走る。その感覚に耐えるのが精一杯で、自由になる手でどうにかこの快感の拘束から逃れようと行動することはできなかった。この状況をどうにかしなくてはと思うものの、遠藤の愛撫に翻弄されてなかなか思考がまとまらない。 「今の啓太くん、すごくいやらしい格好をしているんだろうね。人の上に乗って服を乱して、こんなところまで見せているしね。そのうえ気持ちよさそうに目を潤ませて、息も弾ませている･･･」 口に含んでいた啓太の指を舌で押し出し、ときおり指に舌を這わせながら遠藤が言った。 「大声をあげて人を呼んで、啓太くんはこんないやらしい自分の姿を人に見せたいんだ？」 「――っ」 「人の上に乗っておしりを突き出し、喘いでいる姿を人目にさらしてもっと気持ちよくなりたいんだ？ ここに人がきたら啓太くん、いろんなところを人から見られちゃうんだよ。もしかしてそれを期待しているのかな。啓太くんは視姦されるのが好きなんだ？」 「違うっ！ そんなこと思ってない･･･っ」 「でも人を呼んで今の姿を見てもらいたいんだよね。だったらそうすればいい。大声を上げるまでもなく、啓太くんがちょっと手を伸ばしてナースコールすれば、すぐに人がくるよ。･･････いやらしい啓太くんの姿、見てもらおうか」 「･･･や･･･っ」 「人を呼んでみたら？ それともやっぱり呼ばないの？」 「･･････」 遠藤の忍び笑いに啓太は口をつぐむ。逡巡するように遠藤の顔を見つめてから啓太は目を伏せた。 人を呼んだとしても、遠藤の拘束は直前まで揺るがないだろう。つまり、本当に今の姿が同僚や騒ぎを聞きつけた他の患者の目に触れることになるのだ。 「うん、じゃあ続けようか。腰を上げて」 啓太の選択を読み取った遠藤が、勝者の響きを声に含んで言った。 「腰を浮かしたほうが気持ちよくなれるし、続けるほうを選んだ以上もっと自分から積極的になろうね」 「･･･っそんなことする義理なんかない･･･っ」 「つまりそれだけ長引かせてもっとしてもらいたいんだ？ おとなしい顔して啓太くんてけっこうこういうこと好きなんだね」 「･･････！」 遠藤のあまりの言いように頬をはたこうと反射的に動いた啓太の手を、啓太の双丘から離れた遠藤の手が捕らえた。そのまま啓太の手をひねるように啓太の背中側に回す。 「痛･･････――っ！」 自分の指先が触れた場所に啓太はぎくりとした。 「腰を上げないと、啓太くんの手がつらいだけだよ。ほら、指が届かない。この濡れた指でここをほぐさなきゃいけないんだから」 「や、いやだっ」 「大丈夫、やり方は教えてあげるから。ついでに自分でするときのために、どこをどうすると気持ちよくなれるか教えてあげるよ」 「そんなの知りたくないですっ」 遠藤の手に誘導されて、啓太の指が触れたのは先程遠藤が探っていた双丘の谷間だった。遠藤はさらに奥に啓太の指を導こうとするが、啓太はささやかながらもそれに抵抗した。 「そんなこと言ってても一度知ったらくせになるよ。さ、腰を上げて足を開いて。でないと、こっちを痛くしちゃうよ？」 「･･････っ」 口調は柔らかかったが、啓太自身を扱いていた遠藤の手に強い力が加わった。快感を越えて痛みさえ感じる。啓太はその強い刺激から逃れたくて、ベッドの上の遠藤の身体をまたぐように膝を立てた。その際に腿で引っかかっていた下着は、啓太の手を掴んだままの遠藤の手と指示によって片足を引き抜かれる。 啓太が足を開くと中心を握りこんでいた遠藤の手がすぐに緩み、また同時に背後に回された自分の手が双丘の奥の窄まりに触れた。 「あ･･･っ」 啓太は困惑する。自分の指が遠藤に導かれて、排泄器官でしかないところを触らされているのだ。そして前を刺激する遠藤の手とあいまって、くすぐるような焦れた触れ方なのに、なぜかそこからもかすかな快感を呼び起こされる。 膝を立ててしまったために啓太のもう一方の手は身体を支えるのがやっとで、遠藤の暴走を止めるすべはなかった。 「自分で触るのは恥ずかしい？ でも、いつも自分で触っているこっちと変わりはないよ。･･･さあ、気持ちよくなってごらん」 「･･･あ、ん･･･っ」 自分の中心を扱きながら、遠藤の指が啓太の先端をくすぐっていく。ぬめる指先に煽られ、くぼみを爪で引っかかれる。また身体の位置を変えて啓太の下にもぐりこんだ遠藤の唇が啓太の胸の突起を捕らえた。舌で突っつきときに甘噛みし、あるいは吸いつく。 「や、だめ････っ。いやだ･･･っ」 「かわいいよ啓太くん。ほんとにたまらない･･･。想像以上に感じやすくてかわいくて、すごく嬉しいよ。だからもっと、乱れて」 「･･･あ、そこ、やぁ･･･っ」 遠藤の手に無理やり引っ張られ、自分の先走りの露を指先に塗りたくられる。その指を自分の秘所に押しつけられ、また指が濡らされる。 そうして後孔までが濡れた音を立てるころ、啓太は指先をそこに含まされた。 「･･･････っ！」 自分の中にもぐる異物感。指は一度引かれたが、また窄まりに押しつけられた。幾度か浅い注挿が繰り返され、出入りする指の刺激に強引に慣らされる。 「ふぁ･･･っあ･･･っいやだ･･･っ。こんなこと、や･･･っ」 「そんなこと言ってこっちもぴくぴくしてるよ。胸だって、こんなに赤くして俺を誘ってる」 「そんなの勝手に言･･･っ･･･あっ･･･は･･･っ････」 「そろそろ指、増やそうか。あ、啓太くん爪は立てちゃだめだよ、中が傷つくからね」 「･･･やぁ･･･っ指、もう離して･･･っ」 「ほら、これで二本。中で自由に指、動かしてごらん。そしたらすごく気持ちよくなるから」 「で、できない･･･っ」 「じゃあ仕方ないね。あとで俺がやってあげるから、啓太くんはこのへん触って」 窄まりの中に強く指を押しつけられた途端、そこから身震いするように広がった感覚があった。 「･･･んっ･･･っあ、なに･･･!?」 「感じた？ じゃあ中で指曲げてごらん」 「いやっ」 「だめ。こう、だよ」 「あっ･･･ああっ、や、やだ･･･あっ･･････！」 自分の指がそこに触れたとき、先程よりもはっきりと感じるものがあった。 「いやだ･･･っ、ゆ、指抜いて･･･動かさな･･･で･･･っあ、ああっ･･･っ」 抑えきれない喘ぎが口をついて出る。自分の指が触れる場所から広がるものは明らかな快感だった。前からの刺激とはまた別に、身体の中を走る強い快感。 あまりの快感に射精感さえこみ上げるが、後ろから引き出される快感とは裏腹に、前はいつの間にか根元を強く握りこまれていた。行き場のない熱が啓太の中を暴れまわる。 「････は･･･っ離して･･･っもう自由に･･････ふっ･･･っ」 「どっちを？ こっちを自由にしていかせてほしいのかな？」 「ちが･･･う、後ろ･･･っくっ･･･ん･･･」 「嘘ついちゃだめだよ啓太くん。こっちは気持ちよくてたまらないくせに。いきたいのならちゃんと口でそう言ってごらん」 「言わない･･･っ、別にいきたくなんか、ない･･･っぁ･･･っ」 「強情だね」 そう言って笑うと、遠藤は啓太の指を秘所から引き抜いた。それから啓太の手を離し、代わりに自分の指をそこにあてがう。 「じゃあ強情なきみに免じて俺の指でいかせてあげるよ。ほら、自分でも腰を振ってもっと乱れて。俺の上で好きなときにいくといい。――夜は長いんだから、我慢することなんかないんだよ」 「･･････っ」 遠藤に促されて、間もなく啓太は遠藤の手の中に白濁した液体を吐き出した。 遠藤の手を汚したものが、啓太の後孔に塗りこまれる。一度達して過敏になった身体はそれだけでも快感を拾った。 「もう一度手でいかせてあげようか？ それとも後がきつくなるからそろそろ俺に付き合ってくれる？」 身体を起こして息を整えている啓太に向けて遠藤が言った。その途端、啓太の平手が遠藤の頬に飛んだ。 「･･･う･･･っ」 「･･･････」 遠藤を睨みつけた啓太の目から、涙があふれてきて頬を伝わった。涙はあとからあとから込み上げ、ときおり短い嗚咽がこぼれる。 「最低だ･･･っ！」 「･･･でも、まだ痛いことはなにもしていないよ。きみはただ気持ちよくなってイっただけだ」 淡々とした遠藤の声に、啓太が再び手を振り上げる。 そのとき、この部屋のドアの外でかすかな靴音が聞こえ、ドアが小さくノックされた。 「遠藤さん？ 遠藤さん？ さきほどコールされてましたけど、大丈夫ですか？」 「･･････っ」 啓太が身をこわばらせ、息を飲む。 その声は啓太の同僚のものだった。先程ナースコールを受けたから、様子を確かめにきたらしい。 部屋の明かり自体は消えているとはいえ、啓太と遠藤の姿はサイドボード上の懐中電灯に照らされている。また啓太の服は乱れたままで、下着もまともに履いていない。 ドアを開けられたら、中でなにが行われていたかは一目瞭然だった。 「･･･もうおやすみになっているのかしら･･･？ 遠藤さん？」 啓太は息を殺してドアを凝視した。ここで動いて服を直そうとは思わなかった。 下手に動いて物音がたったらあのドアはすぐに開けられてしまうだろう。だから啓太はそのままの姿勢で同僚がドアを開けずにそのまま去るのを待った。 だが、遠藤はそうではないらしかった。 ノックの音ともに止まっていた遠藤の手が動き出し、啓太の窄まりに指を這わせた。 「･･････っ！」 一方で吐精して萎えかけた啓太自身をゆるゆると扱く。 啓太はそこから広がりはじめた甘い熱に声を上げそうになり、慌てて自分の両手で口を押さえた。 明確な意図を持って、さらに遠藤の指が激しく動きはじめる。 「･･････っ」 「伊藤さんから報告もなかったことだし、大丈夫だったのかしら･･････」 ドアの外で同僚の呟きが聞こえる。それから手がノブにぶつかった音が。 「！」 口を押さえながら遠藤の顔を見ると、遠藤は啓太に向けてかすかに口角を上げて笑ってみせた。 （この人は、わざと･･････！） 啓太の中に新たな怒りの感情がわく。だが今現在啓太には、遠藤の愛撫を声を殺してやり過ごすことしかできなかった。 啓太が声を上げることを恐れていないのか、啓太が耐えきれると思っているのか、遠藤の手には遠慮がなかった。ドアの外にいる当直のナースは耳をそばだてている可能性もあるのに、平然と啓太自身から先走りを引き出し濡れた音を立てる。また後ろには浅く二本の指を挿入させた。 啓太の身体に絶え間なく快感が走る。 本当は遠藤の手を押さえ込んでこの甘い責め苦を止めたかった。だが唇を噛みしめているだけでは、いつ声をもらしてしまうか啓太には自信がなかった。現に両手で押さえ込んでいてさえ、ときおりくぐもった声が上がるのだ。 「･･･ふ･･････んっ･･･」 中をかき回されて気まぐれに指先で前立腺を刺激させられる。そのたびに啓太の身体が跳ねた。こらえなきゃという思いが、よりいっそう啓太の身体を高めていく。 「･･････まあ、いいかな。なにかあったのなら報告があったはずだものね」 再び同僚の呟きが聞こえた。それから靴音とドアの外から離れる気配。 「･･････っ･･･っ――あっ･･･だめ･･･っ！」 啓太を犯す遠藤の指が三本になったとき、啓太の唇から抑えきれなかった声がこぼれた。 「･･･どうやらセーフ、だったみたいだね」 「･･････はぁ･･････」 「よく頑張ったね･･･と言いたいところだけど、要するに俺のやり方がだめだったってことかと思うとちょっと残念だね」 「･･････っあ、あなたは･･･っ」 「大声を上げるとさっきの彼女がまたここまで戻ってくるかもしれないよ？」 「こんな、こんなことをして楽しいんですか遠藤さんは･･･っ。人を、なんだと思･･･っ。犯罪以前に人間として失格です･･･。ほんとに、最低だ･･･！」 啓太の目から再び涙がこぼれた。啓太は手の甲であふれる涙をぬぐう。 「･･･泣くくらいなら声を殺さないで助けを求めればよかったのに。そしたらきみは助かったし、俺はきみの望みどおり犯罪者になって人間としても失格という烙印を押されることになったんだ。自分が好きで声を殺していただけなのに、人のせいにするのはどうなのかな」 「･･･っ好きで、そうしたわけじゃない。あなたが最初に脅したから･･･っ」 「違う。啓太くんが最初に俺から逃げなかったんだよ。この前俺がきみをこの部屋に呼びつけたときに、きみはそのことを誰かに報告するべきだったんだ。報告されていたら俺は注意を受けただろうし、もう一度俺がナースコールしても、きっときみ以外の人がここに来ていたはずだ。でもそれをきみはしなかった。･･････隙があったのはきみの方だよ」 遠藤に冷めた口調でそんな言い方をされ、啓太はまた平手で叩いてやりたい衝動に駆られた。 だがそれをしなかったのは、遠藤の目に影を感じたからだった。部下らしい見舞い客が訪れてから、いつも彼はどこか別の場所を見ているような目をする。 「でも――･･･いい、やめよう。あとはもうきみの好きにすればいい。 先程の彼女のところにいって泣きつくなりなんなりするといい」 啓太から両手を引き、遠藤が目を伏せて言った。 「中途な身体は自分でどうにかすればいい。俺はもう、きみには触れないから」 「･･･なんで、こんなことをしたんですか？ その理由を教えてください」 濡れた目元を拭いながら啓太が問いかける。遠藤は、啓太を見ようとはしなかった。 「別に理由なんかない。ただ何日も禁欲生活を余儀なくされて溜まってたから、適当にそばにいる相手としたかった。それだけだよ。･･･さあ、もう帰りなさい」 「･･･いやです」 「･･････それはつまり、最後までしたいってことなのかな？ ここで逃げなかったら本当に俺は最後までするけど、そうしてもらいたいの？ もしかして気持ちよかったから俺にもっとしてほしいんだ？ 啓太くんはこんなやり方のほうがお好みだったのかな」 遠藤のその声を聞いて、啓太は偽悪的だと思った。弁解や謝罪をするわけではない。むしろ遠藤は故意に悪ぶって見せている。啓太にはそう思えた。 思えばドアの外に人がいるのがわかってて仕掛けてきたのは、この状況を発見させるためだったのかもしれない。人に見つかれば、すべては終わるから。 「･･･あなたは、身勝手だ。いつもいつも人のことなんか･･･俺のことなんかこれっぽっちも考えないで」 啓太の目からまた新たな涙がこぼれた。 「身勝手でなければ、こんなことをしようとは思わないよ。とにかく、俺に腹を立てているのはよくわかったからいい加減に帰りなさい。その足で警察に行くなりマスコミに流すなりなんでもすればいい」 「いやです」 そう答えた途端遠藤の上に乗っていた啓太の身体が強く引っ張られた。そのまま重力が逆転し、今度は啓太のほうがベッドに押しつけられていた。上から遠藤が圧し掛かってくる。 「さっきはあれだけ嫌がっていたのに、解放されると知った途端さみしくなったのかな？ 啓太くんがその気なら俺は勿論かまわないよ。――これが最後通告だ。帰りなさい」 命令することに慣れた圧迫感がその声には宿っていた。けれど啓太は男を押しのけてベッドから降りようとは思わなかった。 さっさと部屋を出て行けばいいことは百も承知している。実際遠藤にその気がなくなった今、ここで逃げることは簡単だった。けしてこのまま遠藤に無理やり犯されたいわけじゃない。 でも、今ここで出て行ってはいけない気がした。 啓太にもわからないなにかが、啓太を引き止める。 啓太は濡れた目で遠藤を見上げた。 「･････理由を、教えてください。俺にこんなことをした本当の理由を。でないと帰りません」 「だから、さっきも言ったように･･･」 「俺は、あなたの本当の理由を知りたいんです」 嘘を許さない啓太の瞳に見つめられ、遠藤は目をそらした。 「話したところで免罪符にはならない」 「それでも知りたいんです。教えてください」 一瞬のためらいのあと、遠藤は啓太に視線を戻した。遠藤の手が涙の残る啓太の頬を優しく滑る。 それから、啓太は遠藤に唇をふさがれた。 「･･････っ!?」 遠藤はこのまま無理強いを続ける気なのかと身を強張らせた啓太だったが、すぐに身体の緊張を解くことになった。遠藤は啓太の身体を押さえ込んだりはしなかった。はだけた胸元や足など、どこにも触れてくることはなかった。 ただ、キスだけを交わす。深く、優しく。 それは先程無理やりされたキスよりずっとずっと丁寧で優しいくちづけだった。 幾度も角度を変えてキスをされ、啓太の中に忍んでくる遠藤の舌先に口腔をなぞられる。啓太を置いてきぼりにせず、遠藤はゆっくりと啓太の反応を待ってから続けた。 「ふっ･･･んっ･･･っ」 啓太の背筋を甘い感覚が駆け上がる。 さんざん快感に煽られてきた身体がまた新たな快感を拾ったかと思ったが、啓太はそうではなく、自分の心が震えて甘さを引き出しているのだと自覚した。 ベッドの上に置いたままの啓太の指がひくりと動く。このまま手を持ち上げて、自分の上に乗っているこの身体を強く抱きしめたい衝動にかられた。 ･･････短いとも長いともつかないくちづけが終わってから、遠藤は啓太の頬に残る涙をついばんでいった。濡れたまぶたにも軽く唇を落とす。 「――明日退院することが決まった。多分昼にはもう病院を出るよ」 「･･････え？」 キスの余韻を覚ますような遠藤の声に、啓太は目を上げてその顔をじっと見つめた。 「だって、まだ」 「院長には退院の許可をもらってある。少し強引だったけど掛け合ったら許してくれた。仕事が手間取っててこれ以上は休ませてもらえなさそうでね、俺が動かないとだめなんだ」 「そう･･･なんですか」 「だから退院して病院を出てしまう前に、きみがほしかったんだ」 「――」 「ナースコールをして啓太くんがくるかどうかは賭けだった。この前のことが誰かに報告されていれば、来ない可能性のほうが高かった。もしきみが来なかったら、俺はそれで終わりだと諦めるつもりだった。･･････でもきみはきたんだ。こんなひどいことを仕掛けたのは俺だけど、きみが来ないことを半分祈ってたよ。啓太くんを見てしまったら抱きたい衝動を抑える自信がなかったから･･･もう、きみに対して限界だったんだ」 それから遠藤は啓太に向けて目を細めて笑いかけた。 「――啓太くんが、好きだよ」 「･･････っ」 「きみが誰よりもなによりも好きだよ。他のものはいらない。それくらいに好きでたまらないんだ。きみだけが好きだよ啓太くん」 「･･･じゅ、順番が思いっきり逆でしょう!? だから遠藤さんは最低で身勝手だというんです！ 普通はちゃんとそう言ってからっ」 「先にきみに告白してふられて･･･ふられたのにきみを無理やり抱いたら、俺は本当にひどい男になるだろう。だから」 「あなたは充分ひどいんですよ！」 啓太がきっぱりとそう言うと、遠藤が吹き出した。 「そうだね。でも本当は前にも告白しようとしたのにそれを止めたのは啓太くんだよ。それにはっきり言わなくても、俺の気持ちは充分わかっていただろう？」 「知りませんっ」 啓太が顔を背けると、笑いをおさめた遠藤が上から啓太の身体を抱きしめた。 「･･･本当にきみの言うとおり俺は最低だし、それを撤回してほしいとは言わない。きみに許しを乞おうとも思わない。ただこんな男がいたんだってことだけは覚えていてほしい。･･････きみにひどいことをしてでも、俺は忘れられたくなかったのかもしれないな。勿論、それも俺の勝手な理屈だけど」 それから遠藤はもう一度だけ軽く啓太にキスをしてから身体を離した。 「これで終わりだよ。俺はきみに話したし、きみがもうここに留まる理由はない。･･･これ以上啓太くんといたらまた襲いたくなるから早く行きなさい。いいね？」 「･･････だから、なんであなたはそんなに身勝手で強引なんですか･･･？」 啓太は遠藤を見上げて静かな声で問いかけた。 「それにあなたの行動も言葉もいつも矛盾しています。･･･俺は、あなたを許すことなんか出来ない。だってあなたは本当にひどいことをしましたからね。いつだって自己中心的で自分の都合ばかり人に押しつけて。俺がどう思っているかとかどうしたいとか全然考えないで、全部一人で勝手に決めて」 そう、あのときも。 啓太は数日前、今日と同じように深夜この部屋に呼び出されたことを思い出した。 あのときも遠藤は自分の言いたいことだけ言って人に帰るように促したのだ。 人のことなんかお構いなしに、いつだって気ままに突き放して。 あんなふうに気持ちを告げられて、それに対するこちらの反応をまったく見ようともしないで。 「遠藤さんはずるい･･･。ずるすぎます。･･･俺は･･･」 啓太は唾を飲み込み、のどを鳴らした。 馬鹿なことをしているかもしれないという自覚はあった。 このままなにもなかったように部屋を出て行けばいいのに。そうすればこんなにひどいことをしたこの男をますます増長させなくてすむのに。 ――それでももう。 啓太は自分の中にある、震える心を止められなかった。 「俺も、遠藤さんが、好きです」 |